022 試験
■試験■
ユティスがエルフィアに戻った次の日に、和人はつぶやきサイトに例のいいことだけ日記をつけていた。
(ま、いいことあったし、つぶやくかな、今日も・・・)
かたかた・・・。
ぴっ。
(ユティス、きみが本当に存在してるなんて、オレはなんという幸運だろう。嬉しさで胸がいっぱいだ。夢でもなんでもいい。毎日、きみとあんな風に会って会話がしたい。きみの声を聞くだけで安らぐよ。きみの微笑み。オレ、今、宇宙一幸福な男。あは、迷惑かい?とにかく、きみの微笑みに乾杯!ありがとう、ユティス)
しかし、その日はユティスからの連絡はなかった。
(おっかしいなぁ・・・?)
次の日になっても、ユティスからの連絡はなかった。
(おっかしいなぁ・・・?)
そして、その次の日も、ユティスとの連絡はつかなかった。
(おっかしいなぁ・・・?)
さすがに、和人はなにか起きているのではないかと考えた。
(応えてくれよ、ユティス!)
和人は不安になっていた。
(どうしたんだろう、ユティス。オレが呼べば答えてくれるっていったけど、答えてくれない・・・。呼び方が間違ってるんだろうか?)
「ユティス、出てきておくれ」
しーーーん。
「ユティス、開けぇ、ゴマ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
(どう呼べばいいんだろう・・・?)
和人は心の中でユティスの名を呼び続けた。
(ユティス?ユティス、聞こえるかい?オレ、和人だよ・・・)
しーーーん。
和人は何度かやってみたが、答えが返ってくる様子はなかった。
「ふぅ、どうしたもんだろう・・・?」
和人は沈みながらも、ユティスが応えてこない理由を一人で探った。
(あの正直なユティスが約束を違えることなんて絶対にありえない。なんか、もっと大切な理由があるんじゃないか・・・?)
和人は考えたが、日常の仕事は否応なく降りかかってきた。
「さて、一息ついから事務所に戻ろう・・・」
ぱかっ。
和人は例のカフェでPCを開けた。
(とにかく、今日のいいことだけ日記だけは毎日書いておこう・・・)
かたかた・・・。
(道でおばあちゃんがいたんで車を停止したら、やっぱりそこを横断したかったんだ。おばあちゃん、道を横切るとオレに深々と礼をしてくれてさ、照れくさくなっちゃった。でも、なんか嬉しいよね。あそこで車を止めるように言ってくれてありがとう、ユティス)
ぴっ。
PCはそれをすぐにアップを完了させた。
(どうかな、ユティスは読んでるのかな?)
「ふぅ・・・」
和人は溜め息をつくと、コーヒーを一口すすった。
「あ、お客様。今日はお一人ですか?」
にこにこ。
店員の高原慎二が笑顔で和人の横にやってきた。
「あ・・・。そ、そうです。えへへ・・・」
「今日は、天使さん、いないんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、天使ね。あはは、ちょっと休暇中・・・かな・・・」
「そうですか。天使にも日曜日のようなものがあるんですねぇ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。かもね・・・」
「当店の新メニューのケーキです。よろしければお試しください」
「それは、どうも。いただきます」
ちらちら・・・。
「なによ、慎二のやつ、天使だとか、休暇だとか・・・。マジで言ってんのかしら・・・」
ぶちぶち・・・。
カフェの奥では高原と同じ店員の美紗緒が、和人と高原を見やりながら、呟いていた。
エルドは執務室でユティスと会話していた。
「ユティス、大丈夫かい?」
「リーエス。正直に申しあげますととても辛いです。和人さんからはわたくしの呼び出しが一昨日より続いていますわ・・・」
ユティスは悲しげに答えた。
「心苦しいだろうが、後3日間は和人に応えてはならないよ」
「リーエス・・・」
「委員会には、まだ地球人に対して懐疑的な人間がいる。特にトルフォは『宇都宮和人に対する適正検査がなされていない』と言っているんだ」
「ですが、これはあんまりだと思います・・・」
ユティスはエルドに頼み込むような目をした。
「確かに、きみと和人の相性テストは合格だ。だが、和人がコンタクティーとしてきみと連絡する現実をどう捉えていくか、これは、彼自身の問題なんだ。ここで委員会理事たちの要求を無視するわけにもいくまい。われわれはそれを怠ったばかりに、過去どれだけ失敗を重ねたことか・・・。下手をすればその世界を大混乱に陥れて、破滅させてしまうかもしれない・・・」
「リーエス」
「それに・・・」
エルドは優しく続けた。
「もし、和人が夢見るような人間で、きみとのコンタクトを自慢し、もしくはそれを利用して、個人的な利益を上げようと考える人物だとしたら、また、きみとコンタクトできないことで、きみを疑ったりしたとしたら、コンタクティーとしては相応しくないということになる。これには同意するね?」
「リーエス。しかし、和人さんは、そのような人間ではありません」
ユティスは必死でエルドに訴えた。
「うむ。わたし個人としては和人を信用しているよ。だが、委員会の最高理事としては火種は早いうちに消しておきたい、とも思うんだ」
ぷる・・・。
ユティスは首を振った。
「しかし、反対派の方たちはこれで最後という訳ではないと思います・・・」
「ありえんことではないな。きみの言う通りだ」
「だったら、エルド・・・」
しゅん・・・。
「もう暫く辛抱してくれないか・・・。ここで反対派が和人の人格を目の当たりにすれば、意見を変更するだろう。われわれが地球プロジェクトをゆるぎなく進められる、いいチャンスになるんだ」
エルドは自分の筋書きをユティスに説明した。
「反対意見、その方たち、多いんですの?」
「理事のうち3割くらいかな。そういう考えを持っているのは・・・」
「そ、そんなに多く・・・」
ユティスは肩を落とした。
「悲観することはないよ。反対の理由は、和人が嫌いだからではないんだ。あくまで、プロジェクト推進する上で『コンタクティーの資質は十分に確認をされるべきだ』という慎重さに過ぎない。和人がそれに相応しくないと言っている訳ではないよ」
「リーエス。でも、和人さんと直接コンタクトできて、たったの3日なんです。それなのに、わたくしが1週間も和人さんになにも連絡しないと、わたくしはおろか、エルフィアそのものの信用を無くしてしまいます」
「それについては、本当にすまないと思ってる・・・」
「わたくし、このことに関しては、和人さんに一言も断ってきておりませんわ。もし、和人さんが・・・」
「ふむ。しかし、反対する理事たちの意見としては、和人のきみへの信頼がその程度であれば・・・」
「おお、エルド、そんなこと・・・」
どたっ。
ユティスは両手を顔に当ててそこに崩れた。
「ユティス!」
「和人、A社とのキックオフ・ミーティングのスケジュール合わせといてよね?」
開発部マネージャーの岡本がA社から戻ったばかりの和人に声をかけた。
びくっ。
「え?あ、はい・・・」
和人は驚いてそばに来た岡本を見上げた。
「はいじゃないでしょ。なに、ぼけぇっとしてるの?」
「な、なんでもないです」
「しっかりしてよ、営業主任さん。あなたがいなきゃ、仕事が進まないんだからね」
ぺこり。
「わかりました。どうもすいません」
和人は申し訳なさそうに岡本に頭を下げた。
「やばい。頭の中、完全にユティスのことでいっぱいになってる・・・」
ぷるぷる・・・。
和人は雑念を振り払うかのように、頭を左右に振った。
「和人さん・・・」
そんな和人を見ていた石橋は、やり切れない気持ちだった。
「どうした、石橋?」
「二宮さん?」
「おう、なんか心配ごとか?」
「和人さん、最近、またまた変になったような気がしませんか?」
「確かに、いつも変だよな・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なんなんでしょうか?」
「病気かもな・・・」
びくっ。
二宮の一言に石橋は身震いした。
「どういうことですか?」
「心の病。恋、愛、女、告白、デート、片思い。まぁ、武道で鍛錬しているオレと違って、アイツは煩悩を追い払えないんだな」
--- ^_^ わっはっは! ---
(和人さん・・・)
石橋は不安で胸が張り裂けそうになった。
「仕事の悩みなら、あんな風には、ため息はつかない・・・」
二宮は声を低くして石橋に囁いた。
「そうですか・・・」
「それに、仕事の悩みなら会社をサボるな。なにも、やりたくないわけだから仕事なんか手につくわけない」
「でも、和人さんの煩悩の対象とはなんなんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ひょっとして・・・」
どきどき。
「女・・・」
二宮は石橋を見つめてにやりとした。
どっくん。
石橋は真っ赤になった。
「おまえじゃないのか、石橋?」
「え・・・。ち、違います!」
石橋は慌てて否定した。
「だって、ここで和人より年下で可愛い娘ちゃんといえば、おまえしかいないだろ?」
「そ、そんな、可愛いだなんて、からかわないでください。絶対に違います!」
石橋は自分ではないことを直感していた。
(いったい誰?会社の人ではないのはわかる。でも、どこの人かしら。1年一緒にいるというのに、わたし和人さんのこと、お臍の横に黒子があること以外、ぜんぜん知らない)
--- ^_^ わっはっは! ---
「可憐。そういう名前だよな、石橋?」
「はい、それがなにか、二宮さん・・・?」
「こうしてみると、石橋名前のとおり、けっこう可愛いなぁ・・・」
にたり。
石橋はおとなしい性格で、かなり可愛い女だった。
「イ、イザベルさんに言いつけますよ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
エルフィアでは、今回のコンタクティー適合試験について、物議をかもし出していた。
「まぁ、メローズ、お久しぶり。どうしたの突然?」
「ナタリス。わたくしは少々合点がいっておりませんので、ご相談を・・・」
ナタリスはユティスのすぐ上の姉だった。
「なんですの?」
「委員会が下したユティスの待機決定です」
「どういうことですか?」
「トルフォをはじめとする理事の何人かが、地球プロジェクトのコンタクティーにおいて、その資質を確認していないと訴えたのです」
「まぁ、本当ですか・・・?」
ナタリスはエルドの秘書メローズの話を聞き入った。
「エルドもそれを了承したんです」
「ということは・・・、ユティスはコンタクティーと連絡できないのね?」
「リーエス。最低1週間はコンタクトを禁じられています」
「そんなぁ・・・、1週間もですか・・・。しかし、地球の支援調査としてユティスは正式に選任されたはずです。そのユティスの選んだコンタクティーがよもや不適合などとはとても考えられません。この時期になぜそのような決定がなされたのでしょう?」
ナタリスはメローズに問い質した。
「ユティスをエージェントに復活させたくない輩の仕業としか思えませんわ」
「もしかして・・・」
「お考えの人物ですわ」
「では、トルフォなんですか?」
「リーエス。正直、トルフォに対するエルドの態度はとても及び腰だと思います」
ナタリスには、メローズの憤懣やるかたないという気持ちがよくわかった。
「そんなはずはないのでは?」
「ナナン。トルフォはユティスをどうしても自分のものにしたいんです。どうして、『おまえにユティスを連れ合いにさせるつもりなどない』、とエルドがさっさと彼に伝えないのか不思議でしょうがありません」
メローズは不満をナタリスにぶつけた。
「トルフォに対抗できる人物がいないからではないの?」
ナタリスは一度ならずトルフォの言い寄りを避けたことがあった。エルフィアにはトルフォを恐れる男たちが多くいたのだ。
「リーエス・・・。おっしゃる通りです。エルフィアにはいませんわ。しかし、それにしても・・・」
「・・・」
「ナタリス。あなたはエージェントとして成功し、一つの世界に愛を芽生えさせました。その知恵でもってこの状況をどう思われますか?わたくしは、ユティスが可哀想でなりません・・・」
「リーエス。わかりました。エルドにも、なにか大きな理由がありそうですね?」
「エルドに?」
「リーエス。メローズ、わたくしからエルドに話してみましょう」
「ナタリス。アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございます)」
「パジューレ(どういたしまして)。お礼には及ばないわ。ユティスはわたくしの妹ですから」
にこ。
ナタリスは最後に微笑んだ。
エルドの執務室で、秘書のメローズがエルドに意見していた。
「エルド。今回のことですけどあまりに唐突過ぎます」
「わかってる、メローズ。だが、地球のプロジェクトをミューレスのように失敗させるわけにはいかない。ここは、理事たちの言う通り、慎重に証明していくことが肝心だ」
「そうはおっしゃっても、ユティスはあなたの・・・」
「私情を挟んでいると判断されたくない」
「そこです。あなたの立場はあるとしても、なにかとても嫌なものを感じます」
「わたしにか?」
「トルフォにですわ」
「困ったもんだとは思っている・・・」
エルドの表情は幾分さえなかった。
「リーエス。彼が今回も言い出しっぺだってことは明らかです。彼はなんとしてでも、ユティスを手に入れようと思っているんですよ。ここにきて、あんな横槍を入れるなんて、非常識です。不愉快ですわ」
「だが、非適合だと言ってきてるわけではない」
「ナナン。わたしはそう言ってるも同然だと思います・・・」
じーーー。
メローズは苛立ちの目つきでエルドを見つめた。
「それはそうでしょうけど、傍から見ると、エルド、あなたはトルフォの言いなりになっているように見えますよ。それに、ユティスの件にしても、あなたはこのまま彼女をトルフォにお与えになるおつもりなんですか?」
「それは・・・」
エルドは歯切れが悪かった。
「ユティスの意思ですか?そんなこと、聞かなくても、おわかりになるはずです。わたくしは、トルフォに対するあなたの態度を、はっきりさせる時期に来ていると思います。最高理事としてではなく、あなた個人として、ユティスの父親として」
「メローズ・・・」
エルドはすまなさそうにメローズを見つめた。
セレアムの事務所では、国分寺姉弟が和人の様子を心配していた。
「俊介、あれどう思う?」
真紀は和人が溜め息をついているのを横目で見ながら、弟に話しかけた。
「仕事に身が入っとらんな」
--- ^_^ わっはっは! ---
「もう、どこを見てるのよ。わたしは和人が心配事を抱えているんじゃないかと言ったの。少しは社員の心を気遣うことできないのぉ?」
真紀は半ばあきれて俊介を見た。
「悪い、冗談だ」
「冗談になってません」
「わかってるって。例のユティスとなんかあったんじゃないか?」
がばっ。
「あなたもそう思うんだ・・・」
真紀は身を乗り出した。
「ああ。でも、ケンカとかじゃなさそうだ」
「ええ。わたし心配だわ。和人、寂しげで、不安な様子よ」
「ちょっくら、声をかけてみよう」
「ええ。そうしてくれる?」
「ああ」
すたすた・・・。
ぽん。
「よう。元気ないな?」
俊介は和人の肩を軽く叩いた。
びくっ。
「あ、常務・・・」
和人は驚いて俊介を振り返った。
「なんだ?こんなことくらいで、びっくりして?」
「あ、いや・・・」
「なにも、おまえの大事なものを取ろうなんて思ってやしないさ」
「大事なもの?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「アホ。そっちじゃない。これだ」
俊介は和人の机に置かれたメモ書きを指差した。
「jutith・・・」
和人はパスワードのメモを手に取った。
「どうした、本当に元気なさそうだぞ」
俊介は隣のイスを引っ張ってきて、和人の横に並んだ。
「そうですか?」
「A社の件、心配なのか?」
「いえ。そんなんじゃ・・・」
「そうか。だったら、例のエージェント・・・」
どっきん。
「あ・・・」
「なにか、ユティスに言われたのか?」
「いえ。なんにも言われてません。だから心配なんです」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なにがあった?」
「どうもなってません」
「じゃ、彼女とはコンタクトできてないってことか?」
「ここ1週間近くになります」
「ふむ。1週間か・・・。おかしいな・・・」
俊介は右手を顎にやった。
「なにがです?」
「エージェントらしくない・・・」
どきっ。
「どういうことですか?」
「いや、なに、どういう事情か知らんが、わざわざお前をコンタクティーに選んでおきながら、1週間近くも連絡を取らないというのは、いかにもおかしい・・・。だろ?」
「事情があるんだと思います」
「そうだろうな・・・」
「常務、ご存知なんですか?」
「そんな個人的な理由、オレが知るわけないだろうが」
「エルフィアです・・・」
「おまえに毛が生えた程度だ。一般的なことはな。今後はおまえの方が遥かに詳しくなる」
「そんなもんでしょうか?」
「そうさ。おまえは相当信用されているに違いない。余計な心配はするな。ユティスは必ず連絡を取りにくる」
「本当に?」
「ああ。『おまえは選ばれた』と言っただろ?」
「はい・・・」
「そう信じて、今は一心不乱に仕事に打ち込め」
「仕事・・・。そうですよねぇ・・・」
和人はますます落ち込んでいった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ひょっとしたら、そういうテストかもしれんぞ」
「テスト?それって、なんおテストですか、常務?」
「お前のコンタクティー適合試験だ」
「どういう意味があるんですか?」
「それはわからんさ。オレはエルフィア人じゃないからな。ただ、1週間やそこらの連絡がないということで、日常生活がまともにできなくなるとしたら、地球代表としちゃ、今後のコンタクトに支障をきたすんじゃないか?」
「地球代表として・・・。ええ、たぶん」
「エージェントとコンタクテイーは、相当な時間を共有することになる。コンタクティーの精神的な安定は、第一条件だと思うぞ」
「そうですね・・・」
(そう言えば、そのようなことを、最初にユティスは言ってたような・・・)
「でだ、今晩、おまえに一杯つきあってやろうと思ったが、女の子の別口が入ったんでな、こっちはパスさせてもらう。二宮と行ってこい。代金は、こっちで持つ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はい、どうもありがとうごさいます」
「よし、じゃ、A社は頼むぞ」
ぽん。
俊介は別れ際に再び軽く和人の肩を叩いた。
「はい」
「俊介?」
「なんだよぉ、姉貴?」
「和人、さっきよりもっと落ち込んだように見えるんだけど?」
「姉貴の気のせいだろ?」
--- ^_^ わっはっは! ---