226 書面
■書面■
大田原の話しにMLGのメンバーは度肝を抜かれた。
「なんのご冗談で・・・」
「冗談ではありません。わたしは、エルフィアとは別のNGC3XXX銀河にあるセレアムという世界から来た者です。証拠なら、お見せいたしましょう」
大田原は、ユティスと同じく会議場の一同にイメージを送った。たちまち、うめき声があがった。
「ここの国分寺姉弟は、わたしと地球人の妻との間に生まれた娘の子供たちです。孫というわけです。大変残念なことに、妻と娘夫婦はこの場におりません」
「おお、なんということ!」
「ということは・・・」
「わたくしたちは、四分の一セレアム人の血が入っています」
真紀が一同にゆっくりと話した。
「そういうことでしたか・・・」
高根沢博士は、大田原と国分寺姉弟を交互に見つめて、頷いた。
「ただ、わたしの場合は、宇宙機に乗って来ました。地球到着寸前で、宇宙機は事故を起こし、かろうじてわたしだけが助かったのです。瀕死のわたしを助けてくれた地球の女性が、わたしの妻です」
「なんと・・・」
大田原は続けた。
「わたしも、地球の様子を憂い、なんとか支援をしようと考えていました。しかし、宇宙機はすっかり形を留めていないほど壊れ、通信機も役に立ちませんでした。わたしは、ひとりで計画を進めるしかなく、セレアムとの連絡を絶たれて、早、50年近く経ってしまいました。わたしは、まず日本の政府筋にパスを作る必要がありました。また、そのためには、インターネットを利用するのが一番効果があることも認識していました」
「信じられん・・・」
「孫の国分寺たちは、準備にすら何年もかかるというのに、わたしの計画を実現するため、会社を立ち上げたのです。孫たちの会社名が、『セレアム』というのにはこういう訳があります。そして、会社には、それに相応しいと思うメンバーをひとりひとり採用していきました。そして、去年入ったのが、宇都宮和人です。彼のPCはどうしたことか、今だからわかったのですが、宇宙機で唯一無事だった機器である、超時空ハイパートランスポンダーに反応し、エルフィアとのコンタクトを可能にしました」
「・・・」
一同は興味津々で大田原の話しを聞いた。
「孫たちから、エルフィアが地球に接触していることを知って、わたしは大そう驚きました。今度こそ、地球の文明促進支援が実現すると確信しました。こうして、わたしがセレアム人と名乗れるのも、エルフィアのおかげです。50年もの間、わたしはセレアム人であることを隠し通すしか、自分を守る手立てがありませんでした。セレアムは、カテゴリー3、レベル5であり、カテゴリー4のエルフィアとは比べるべくもありません」
しーーーん。
会議場に沈黙が訪れた。
「おわかりになれましたか?地球は、決して独りではありませんし、支援先がエルフィアだけでもありませんわ」
ややあって、ユティスは一同を見渡し微笑むと、手を大きく広げ全員を包み込むようにした。
「首相、大統領。日本は既に、50年も異世界を受け入れてきたのです。妻がいたおかげで、異星人であるわたしが生活するのに困ることは、ほとんどありませんでした。日本は、世界に例を見ないほど安全で、清潔なところです。テクノロジーも進んでいて、人々の教育や意識やマナーも高い。自分たち以外の人間にも気を使い、基本的に、性善説に立った人々の国です。これは、とても重要なことです。それに、なんといっても、とても美しい」
大田原はほっとしたように言った。
「日本政府には、異星人の受入実績がある、・・・というわけですな」
大統領が言った。
「大田原さん、ありがとうございます。それに、国分寺さんたちも。さぁ、セレアムにコンタクトをつけましょう。そして、大田原さん、あなたの世界とも協力し合いましょう」
真紀と俊介は一同に一礼をした。
「ミスタ大田原、あなたはなんという素晴らしい人なんだ」
大統領は驚嘆の声を発した。
「ミスタ藤岡、あなたはご存じなかったので?ご自身のブレインでしょうが?」
「面目ない・・・」
「まぁ、いいでしょう・・・。これで、ますます日米の関係は重要となるわけですから」
「そうですが・・・」
「ミスタ大田原、ミス国分寺にミスタ国分寺。あなたたちも、本プロジェクトの中心メンバーとして参加していただけますな・・・」
大統領は国分寺姉弟に依頼した。
「もちろん」
「ええ、大統領」
「大田原さん。セレアムの座標はおわかりですわね?」
「左様。エルフィアから連絡なさるんで?」
「はい。よろしければ、そうさせていただきます。地球の支援は、エルフィアとセレアムの合同プロジェクトとして、もう一度、仕切り直しをしますか?」
「いいえ、わたしでは、ほとんど前進すらしなかったものが、ユティス、あなたのおかげで、状況はここまで一気に進展したわけです。エルフィアが支援しているというのに、今さらセレアムの出番などありませんよ」
「しかし、初めに手がけたのは、セレアムですよ」
「けっこう。お任せいたしましょう。わたくしどもセレアムにお手伝いできるものがあるなら、遠慮なく、おっしゃってください。エルフィアの下で支援活動することは、大変な名誉ですから」
大田原はくったくのない笑顔でユティスに答えた。
「わかりました。エルフィアの最高理事より、セレアムにメッセージをお入れいたしますわ。お届け先の方は、おわかりですか?」
「はい。では、この件は、別途お打ち合わせさせてもらえますかな?」
「はい」
ユティスは大統領と首相を見つめた。
「さて、まだ、本題が残っていますわ」
ユティスは大統領と首相に微笑んだ。
「わたくしたちエルフィアが、地球と最初にコンタクトをしたのは、和人さんです」
ユティスはそう言って和人の手を取り、一同によく見えるように高く掲げた。
「彼は、ただの一市民ではないのかね?」
誰かが疑いの声を出した。
「それこそが重要なのです。地球の真実を語れるのは、ごくごく普通の方たちです。もし、あなた方の政府の高官とか、国際企業のような大組織の最高地位にある方、いわゆるVIPの方でしたら、地球やご自分のお立場のことをお考えになって、きっと、ご自分の希望や良い報告ばかりになるでしょう」
「格好のいい、ウソの報告ですね?」
「リーエス。それらを最終的にまとめる時には、地球の現状とは似つかわしくないものになる可能性があります。それでは、わたくしたちの支援計画は、絵に描いた餅になってしましますわ。地球の地域差は、とても大きく、わたくしたちエルフィアは、正直、驚きを隠しえません」
「では、なぜ先進国でなく、途上国でご支援を開始されないのですか?」
「地球の先進地域は、途上国以上に危険な状況にあるからです」
「われわれの方が危険?」
「なぜです?」
「テクノロジーに比べて、精神が追いついてらしてません」
ユティスは核心を突いた。
「テクノロジーの進歩に、精神が追いつけていない、と?」
「そうですわ。このままでは、先進地域の強大なテクノロジーで、地球が破滅しかねません。地球の運命を握る人々に、まず、現状把握し、それを認めるだけの勇気と優しさを持っていただきたいのです」
「なるほど・・・」
大統領は大きく頷いた。
「偽りなき真実が、知りたいんですな?」
高根沢博士が言った。
「はい。それが、現時点で、良いとか悪いとかは、まったく関係ございません」
ユティスはにっこりと笑って答えた。
「エルフィアは、両国のご好意に感謝いたします。予備調査にご協力いただけますなら、大変ありがたく、わたくしたちは、両国と友好協力関係を築きたいと思います」
「・・・」
しばらくの沈黙の後、補佐官は大統領に目配せした。
「では、ご確認いただきたいものが・・・。いずれ必要になるかと・・・」
補佐官はペンと友好基本条約書を、取り出そうとした。
さっ・・・。
ところが、それを見ていたユティスは、すぐにやんわりと補佐官を制した。
「いいえ。書面は、お止めになって」
ユティスの目が悲しげになった。
「はぁ・・・?」
大統領補佐官は予想シナリオと違ったので、びっくりして声をあげた。
「条約や契約のようなもので、エルフィアとビジネスライクなアソシエーション的関係をお結びになるおつもりでしたら、お断り申しあげます」
ユティスはやんわりとではあったが、きっぱりと言った。
「あ・・・」
一瞬にして会場は静まりかえった。
しーーーん・・・。
そこに、ユティスの柔らかな声が悲しく響いた。
「契約は、いずれにせよ、性悪説に基づき利害関係を築くものです。わたくしたちは、地球のルールは遵守いたします。しかし、愛と善に基づく友人として、歓迎いただけないのでしたら、エルフィアに戻るしかありません・・・」
ユティスはとても悲しげな顔になった。
「しかし、条文は、もしもの場合の双方にとって解決しやすいように・・・。ど、どういうことで・・・?」
ぱくぱく・・・。
大統領補佐官はユティスを見つめて、口を大きく開け閉めさせた。
「人は、愛と善に基づいて、創造されたのです。しかし、あなた方、地球人は、他人を疑い、ご自分以外を生まれながらにして、悪であると、お信じになられているようですね?日々の糧が保証されない世界は、常に奪い合いが行われる不安定で危険なところです。カテゴリー3に進もうとするならば、これを克服する必要があります。相手が一方的に悪だという根拠はなんですか?自分が100%正しいとする根拠はなんですか?すべてのケースにその書面に書かれたことで解決できますか?」
ユティスの言葉は哀愁を帯びていた。
「なにも、あなたがたを疑っているわけではなくて、トラブル時への対処を、双方で理解し合うということを記述しているんですが・・・」
「理解し合うのを約束するというに、どうして、はじめから、そうしなければならないとする取り決めを、条文として必要とするのですか?」
「ですから、これは、覚書で、双方、忘れないようにするために・・・」
「地球人は、それすら守れないということなのですか?意見の相違は、いつでも、起こり得ます。エルフィアは、いつでも協議に応じます。不足ですか?」
「しかし、そうおっしゃられても、それが常に履行されるとは、限らないんで・・・」
「それは、相手が、そうはしないという性悪説に立った見方ではありませんこと?ご自分は必ず守られるということですか?」
「どういうことで?」
「不測の事態に対して、話し合うことが解決策とおしゃるのであれば、わたくしの申し出で、十分かと思います。条約文は、はじめから不要なことだと思いますわ」
「すべては、話し合える、ということですか・・・?」
ユティスは黙り込み、ゆっくりと目を伏せた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
その場を重たい空気が支配し、数分が経っていった。
かたっ。
「とても残念です・・・」
ユティスが再び口を開いたが、出てきた言葉に、一同はショックを受けた
がたっ。
「え?た、大使・・・」
「善意と愛に基づく限り、書面は不要です」
「大使・・・」
「アンデフロル・デュメーラ、準備はできて?」
「どういうことですか・・・?」
「リーエス、エージェント・ユティス。いつでも4名を回収可能です」
エストロ5級母船のCPU擬似精神体が静かに答えた。
「アンデフロ・・・。大使、もう一人おられるんで?」
「回収?」
「どういうことだ?」
ざわざわ・・・。
会議場が不穏な空気に包まれ、騒がしくなった。
ぽわーーーん。
突然、4人の周りを、白に近い黄色の光が淡く包み始めた。
「止めろ!行ってしまうぞ!」
だれかが叫んだ。
「大使、行かないでください!」
藤岡も思わず叫んでいた。
「待って、お待ちください!」
「はったりだ!」
「大統領!」
淡い光はついに、4人を完全に覆っていた。
「ユティス!和人!止めるんだ!」
俊介は真紀と大田原にも叫んで、ユティスたちを留まらせようとそた。
「行っちまうぞ!」
「大田原さん、なんとかしてください!」
そこに、ユティスの透き通った声が響いた。
「申し訳ございません。コンタクティーの和人さんだけは、わたくしたちに、ご同行していただきます」
いつでもアンデフロル・デュメーラは、4人を転送できる状態だった。
「だめです!行かないでください!」
藤岡はパニックだった。
「わたくしどもが、みなさまの前に現れることは、二度とないでしょう・・・」
光の中で、悲しみに溢れたユティスの声だけが響いた。
「本気だぞ!」
「大統領、条約書を取り下げてください!」
大田原は大声で叫んだ。
「待って!」
「さようなら・・・」
「止めろ!行くんじゃない!」
「大統領!」
会場のメンバーは、どうやら、エルフィア人たちが、本気らしいことに気づいた。