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224 善意

■善意■




ユティスは、古代エルフィア人がなぜ大都市ではなく、郊外型住宅街を選択したのかを説明した。


「何世代もの間、彼らが夢にまで見たエルフィアが、すべてを愛でる全なるものと自然とに対立した、人工物の塊だったからです・・・」

ユティスは少し悲しげに言った。


「なんと・・・」


「そこには、魂の安らぎはありませんでした。宇宙船と言う人工物の中にいて、何百年もの宇宙の長旅で、すっかり精神的に消耗していた彼らが、心から期待し望んでいたものは、巨大都市や交通網や、2千メートルもそびえ立つ摩天楼の人工の森などではなかったのです」


「自然と調和した、心の安らぎ場所ですか?」


「リーエス。彼らは、宇宙船の中で、争いがいかに無益なものか、身にしみてわかりました。そして、彼らにしてみれば、エルフィア自体、一つの宇宙船でした」


「ええ。おっしゃることは、よくわかります。地球でも、宇宙に出た宇宙飛行士たちは、国家やイデオロギーが、いかに地球の自然、また文明の進歩を阻害しているかを、口にしてます。実際、地球人として、彼らが、一番、地球をわかっているのです」


「ほとんどの地球人は、思い上がっているわ」

「ああ。そうだとも・・・」

「暖かな太陽、海、山、小川のせせらぎ、そよ風、花、鳥、木々・・・」

「パラダイスだ・・・」


「あなた方のご先祖は、そういうものを期待していたんですね?」

「はい」

にっこり・・・。

ユティスはゆっくり微笑むと、それを肯定した。


「わたくしたちは、何世代もかけて、エルフィアを自然に戻すことにしたのです。おかげで、今では、星全体がすっかり自然の特別保護区になりました。星が生き返ったのです」


「なんということだ・・・」

「われわれ、地球とは、正反対のことを・・・」

「地球人は、間違っているというのだろうか・・・」


「いいえ。どうか、自らを卑下なさらないで。どんな世界も一度は経験することです」


「しかし・・・」

「それと並行して、文明がさらに進み、エネルギーの心配がなくなった時、劇的な変化が訪れました」


「劇的な変化?」

「はい。奪い合う文明との完全な決別です」


「奪い合う文明?」


「はい。すべては、性悪説に基づく思考と行動です。ビジネス至上主義、利己主義化した行き過ぎの個人主義、アソシエーションの肥大化、過剰なまでの契約関係、意味のない大量消費、過度の競争、取り尽くすだけの資源、報酬の要求、お金、等々でしょうか・・・」


「耳が痛いな・・・」


「で、今は?」

「創造し合い、与え合い、分かち合う文明です」


「わたし、わかるわ・・・。社会が成熟し、衣食住が足りるようになったのよ。そうして、圧倒的に男性的な原理に傾いていたところから、女性的な原理を大幅に取り入れ、人間本来のバランスを取り戻したということね・・・」

真紀が感慨深げに言った。


「はい。真紀さんのおっしゃるとおりですわ。人間は、男性的な要素も女性的な要素も、その両方が必要なのです。大切なのは、そのバランス。今の地球は、カテゴリー1における安全安心の確保、男性的要素だけが過大に評価されているような気がします」


「理性、効率、忍耐、挑戦、目的意識、競争、等々。想像や創造、共有や誠心、供与や思いやり、そんな心や感情や精神といったものは、置いてけぼりね」

真紀が付け足した。


「リーエス。そして、伝説の超高文明世界、カリンダの文明促進支援が始まりました」

ユティスは続けた。


「エルフィアより、さらに高文明の世界ですか?」

「はい。宇宙的に考えると、エルフィアが最高の文明世界などということは、まず、ありませんわ」


「あくまで、謙虚ですね・・・。頭が下がります」

「それに控え、地球はと言うと・・・」

「でも、そのような超高文明、少なくとも、われわれ地球人には、とても想像もできないような超高文明でも、先に進む必要があるんですか?」

MLGのメンバーたちは、ユティスに向かって口々に質問をした。


「そうです。そもそも、なにに向かって進むんですか?」

「それは、とても良い質問ですわ」

ユティスは両手を広げて、優しく微笑んだ。

にっこり・・・。


「単純すぎて、ご理解できないかもしれませんね。それは、愛することを学び、幸福になり、大宇宙を愛で満たすことです。そのためのすべてを準備することです。終わりなどありません。大宇宙は広く、わたくしたちは自分自身さえ持て余しています。人類は、そのために、宇宙の偉大なる力、すべてを愛でる善なる者より、その生を受けたのです。自ら答えを出すまで、とにかく、進化に終わりなどありませんわ。エルフィアが完全か、といったら、まだまだ、まったく不完全ですもの」


「うーん」

どこからともなく、うめき声が起こった。


「ですが、地球の自然や歴史は、弱肉強食、強いものだけが、優秀な遺伝子を残していけるということを、示していますよ。人類もそれに従っているにすぎません。経済的に、政治的に強くあると言うのは、そういうことです。そして、その競争の中で、生残ったものはだけが、栄える。このどこが、自然に逆らうことなんでしょうか?」


だれかが、反対意見を述べた。

「そうだ。ツァラトーストラです。強きものこそが生き残り、進化を推進する。神はそれを望んでいる。このニーチェ的帰結には、どうお答えで?」


にっこり。

「はい。おっしゃる通りですわ。それが、カテゴリー1の世界なら、それも許されるでしょう。しかし・・・、強きものだけが正しいなら、今も恐竜は生きているということになりませんか・・・?」


「恐竜は大隕石衝突で滅んだんだ。それがなければ、今も生きてるかもしれん。人類はいないかもしれん」

「でも、そうはなってはおらんじゃないか?」


「そもそも、カテゴリー1とはなんでしょうか?」

「はい。自分たちの星を出ることなく、一生を終える世界のことです」


「つまり、宇宙に出ることのない世界ですか?」

「はい。その通りです。しかし、一旦、宇宙にでたとしたら・・・」


「出たとしたら?」

「そういう自分たちの都合だけで、他の世界を蹂躙することは、許されません」


「ルールがあると?」

「はい。ですから、それをご理解されていない世界に、カテゴリー3以上の世界が、公に姿を現すことも、自らの母星の宇宙座標をお教えすることも、ありません」


「しかし、あなた方、エルフィアが、自分たちの主星の座標を地球に開示したのはなぜですか?あってはなりませんが、支援先の世界、例えば、地球がエルフィアを攻撃するという可能性は考えないんですか?」


国務長官が、安全保障に関する質問をしたので、一同に緊張が走った。


「・・・」

ユティスは一呼吸置き微笑んだ。

にっこり。


「それは、エルフィアの文明促進推進支援の根幹に係わることです。どこから来たのか、だれだか、わからない。それこそが大切なのです。わかってしまえば、大きな問題を抱えることになるでしょう」


「なぜ?」


「善意の継承を感じているからです。わたくしたちは、主星の座標を、既に高根沢博士はご存知のはずですが、セキュリティ上もあるとはいえ、慈善活動であるということから、カテゴリー2の世界に、基本的には開示いたしません。もちろん、開示したところで、カテゴリー2の世界が、自分自身だけで、エルフィアに訪れるようにテクノロジーが進化するまでになるには、何百年とかかるでしょうけど。地球が、晴れてカテゴリー3になれば、おのずと、大宇宙の様々な世界が地球を歓迎し、友好使節団が、訪れるようになるでしょう。みんな、お待ちしているんですわ」


「それなのに、あえて地球には、開示されたというのですか・・・?」

「はい」


「それは、なぜですか?」

「それに善意の継承とやらは?」


「まず、当座の理由としては、地球にスーパーノバのエネルギー直撃の危機が迫っていたからです。それも、数日という、本当に、ほとんど時間が残っていない状況でした。地球とエルフィアの座標を、エルフィアと地球の双方で協力して確認し合わなければ、地球座標の割り出し、その手前でエネルギーの本流を逸らすことは、とても間に合わなかったでしょう」


「地球を・・・、救うためだけにですか?」

「はい」

一同は深く感動していた。


「なんという・・・」

にこっ。

ユティスは、優しい微笑みで一同を見回した。


「それほどまでに、地球は価値がある存在なのですか、エルフィアにとって?」


「はい。エルフィアにとってだけではありません。この大宇宙にとってです。地球には、わたくしたちと同じ人類、つまり、みなさまがいらっしゃいますわ。エルフィアはそれを知ってしまったですもの。そして、あまたいる生き物たちも。その美しく、ステキな地球をなんとしてでも、お救いしたい。それだけで、理由は十分ではないでしょうか?」


「・・・」

会場は感動に沈黙した。


「う、う、うううっ・・・」

呻くようにすすり泣く声が、数人から聞こえてきた。


「わたしは・・・、わたしは・・・」

大統領は再びユティスの前にひざまづいた。藤岡首相も大統領に倣った。


「大統領に首相、どうか、お立ちになってくださいませ。エルフィア人は、あなた方と同じく人間です。神さまではありません」


そう言うと、ユティスは二人をすぐに立ち上がらせ、一人一人と抱き合い、頬と頬を付け合った。


「どんな言葉も、あなた方に対して、わたくしどもの気持ちを表わしきれません。この言いつくしきれぬ感動と感謝、そして尊敬の気持ちを、どうやって、お伝えすればいいんでしょうか・・・」

大統領は声を震わせた。


「もう、十分に伝わっていますわ。わたくしがここに参りましたのも、エルフィアの意思をお伝えするためです。エルフィア自身、何万年も前、別の超高文明世界『カリンダ』から文明促進支援を受けた身です。彼らは、わたくしたちに、なに一つ見返りを要求しませんでした。彼らが、どこから来たかもわかりません。座標をきいても決して教えようとはしませんでした。優しく微笑んで、こう答えるだけでした。『じきに、おわかりになりますよ』、と・・・」


「で、おわかりに、なられたのですか?」


「うふふふ。もちろん、リーエスです。わかるということ。それは、彼らがどこにいるか、ということでは、ありませんでした。わかるというのは、なぜ、教えないか、ということだったのです。カリンダの人たちは、今も、必ずこの大宇宙のどこかにいるのです。何十億光年の彼方かもしれませんが・・・」


ユティスは両手を広げ、空を見上げるような仕草をした。。


「わたくしたちは、カリンダに恩返しする術がありませんでした。何万年も経った今ですら、カリンダの宇宙座標はまったく皆目検討もつきません。そして、わかったのです。この大宇宙で、わたくしたちに続く他の文明を促進支援することこそ、カリンダへの恩返しなのだと。恐らく、カリンダですら、さらに別の先進世界の支援を受けていたのに違いありません」


「なんと、そういうことなのですか・・・」


「ですから、巡り巡って今度は地球の番が来た、というだけのことです。カテゴリー2に入った地球には、その資格がありますわ。この大宇宙には、わたくしたちの人智に及びもしない不思議な意志があります。地球のみなさまが、カテゴリー3や4になられ、準備が整った時に、エルフィアが行ったように、なんの見返りを要求することなく、他の世界の文明促進支援をしていただければ、エルフィアにとってこんな嬉しいことはありません」


「大使・・・」


「もし、わたくしたちエルフィアのことを思っていただけるなら、あなた方地球人も、愛と善意の精神を広げることを、継承していただければよいのです。それをいつか実現できる時に・・・。あえて言うならば、それが、わたくしたちエルフィアへの、いいえ、カリンダや、さらにその先あるかもしれない、愛と善意の世界への、その崇高なる大宇宙の意思への完全なる恩返しです」


「うう・・・」

「あう・・・」

みなは、ユティスの言葉に身を震わせた。


「すべてを愛でる善なるもの。その愛と善意の継承こそが、わたくしたちの望みです。見返りなど必要ありません。わたくしたちの自由な意思です。わたくしたちは、そうしたいからこそ、そうするのです。決して義務だとも思っていません」


「愛と善意の継承・・・」

「大使・・・」


ぐすっ・・・。

首相は涙ぐんで言葉にならなかった。


「大使だなんて、恥ずかしいですわ。ユティスとお呼びになって」

にっこり。

ユティスはえもいわれぬほど優しい笑顔になった。


「あなた方、エルフィアに比べ・・・、なんと、われわれは、さもしい心しか持っていないことか・・・。わたしは、自分自身が恥ずかしい・・・」


ユティスは首相に近づくと、すぐにハンカチーフのような美しい布で、首相の涙を拭き、頬を寄せた。


「藤岡首相。決して恥ずかしいと思われることは、ありませんわ。どのような世界も一度ならず必ず通る道ですもの。エルフィアとて例外ではありませんことよ」


「も、もったいない・・・。大使・・・」

「ユティスですわ、うふ」


ユティスは、首相に微笑んだ。

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