217 勝利
■勝利■
ユティス・和人組と、瀬令奈・烏山組の試合は第2セットに入ろうとしていた。
「第2セット、サービス、ユティス・宇都宮組」
審判の一言で、第2セットが始まった。
ユティスは、今までよりフォームを大きくして、ファーストサービスを瀬令奈のまん前に打ち込んだ。
「はいっ!」
ぎゅうーーーん!
ボールは小さく鋭い弧を描いて、あっという間にバックサイドに流れた。
ばん!
瀬令奈は、ラケットに当てることすらできなかった。
ぽーん、ぽーん、ぽん、ぽん、ぽん・・・。
きっ!
「なんなのよ、今のは!」
--- ^_^ わっはっは! ---
(ナチュラルでトップスピンがかかってた。しかも、今までより格段に速い。150キロ・・・?いいえ、170キロ近く出てるわ・・・。この娘、ネコをかぶってたっていうの?)
「ジョージ、気をつけて。速いわよ!」
「了解!」
烏山は膝を曲げ身体を前に倒して、両手をでラケットを掴んで、サービスに備えた。
「どーぞ、お嬢さん!」
24時間経ち、ユティスの神経細胞がやっと運動記憶を定着してきていて、もう10年以上もトップでテニス・トーナメントをやってきたような動きになっていた。
「はいっ!」
ばしっ!
ぎゅうーーーん!
ユティスは、同じようなボールを、今度は烏山のややフォアよりに打ち込んだ。
ばーーーん!
「うぉっとぉ!」
ところが、ユティスのサービスは烏山の予測した反対方向にバウンドし、烏山をのけぞらして、烏山はかろうじて受けた。しかし、球はあらぬ方向へ飛んでいった。
ぽーん、ぽん、ぽーん・・・。
「サーティ、ラブ」
結局第2セット第1ゲームは、ユティスのサービスエースがたて続きに決まり、なんなくキープした。
「つぎは瀬令奈のサービスね。一気にブレークしちゃってよぉ!」
クリステアがユティスを応援した。
「はっ!」
瀬令奈は、ファーストサービスをユティスの前に打ち込んだ。
びしっ!
ばしっ!
「速いですわ・・・」
しかし、ユティスも1セット目のユティスではなかった。
ぱんっ。
ユティスはそれをライジングで軽く受けると、クロスで返した。
すぱーーーん。
ボールは瀬令奈のバックに深く戻った。
「はっ!」
瀬令奈はもう一度クロスで返してきた。
ばん。
ユティスはネットにつめ、ボレーでスライスをかけた。
すぅーーー。
ぱん。
烏山はボレーで受け、ユティスの反対側へ落とそうとした。
「うわっと!」
ぱん。
和人はなんとかローボレーで窮地を逃れた。
ぱん。
ぱん。
コートはボレー・ボレーの打ち合いになった。
ぱん。
ぱん。
気を抜いた方が負けだ。
「はいやっ!」
ぱん。
最後は狙いすぎた瀬令奈がミスをした。
「アウト!」
ぽん。
ぽん。
ぽーん。
ころころ・・・。
「ん、もう!」
瀬令奈は、もう少しでラケットをコートに叩きつけるところだった。
「相当いらだってるわね、瀬令奈」
クリステアがアンニフィルド精神波で言った。
「典型的なジコチューだもの」
その後は、ユティスが見違えるような動きでこのゲームをブレーク、和人のサービスゲームは取られたもの、烏山のサービスゲームは取り返し、ユティスたちがゲーム数を勝ち越しし、5:3になった。
「なんてこと・・・!」
瀬令奈は敗退を目前にして、なお、ユティスは実力ではなく、運であると思っていた。
(このあたしが、こんなやつらに追い詰められるなんて。インターハイ優勝、プロテニスプレーヤーの大沢理香のパートナーだったのよ。いったいどうなってるのよ?)
「さあ、次のゲームはユティスのサービスだよ」
和人はユティスに近づいた。
にっこり・・・。
ユティスは最高に愛らしい笑みを浮かべた。
「和人さん、勝ちましょうね!」
「ああ!」
ユティスがサビースを構えると、瀬令奈も姿勢を低くかまえ、ユティスを睨んだ。
ふわぁ・・・。
ユティスがボールを上げた。
「はいっ!」
ばん!
ユティスのファーストサービスが、瀬令奈の真正面に突き刺さるように、真っ直ぐきた。
どかーーーっ!
「はぁーっ!」
瀬令奈は右足を極端に引いてフォアハンドで受けた。
「はっ!」
ばん!
ぽこーーーん。
「ストレートだ!」
リターンはストレートで和人の左を抜いた。
「やった!」
瀬令奈と烏山はリターンエースを疑わなかった。
ぎゅぅーーーん。
「えっ!」
ところが、和人の後ろからクロスのトップスピンが返ってきた。
「冗談でしょ?あの短い間でどうやったら、そこに入れんのよぉ!」
すぱーーーん!
「まいったぁ!」
烏山はラケットにわずかに及ばなかった。
ぽーん、ぽーん、ぽーーーん。
ボールは無常にも烏山の手間でコートの外側に弾み、そのままコートの外へ出ていった。
「ゲーム・ワン・バイ、ユティス・カズト・ペア、セット・ワン・バイ、ユティス・カズト・ペア、2セット連取のユティス・カズト・ペアの勝利です」
瀬令奈のマネージャーが宣言した。
ずさっ・・・。
瀬令奈はラケットを手放すとその場に崩れ落ちた。
かん。
からぁーん。
かん。
「負けた。このわたしが・・・」
「ユティス!」
「和人さん!」
たったった・・・。
ユティスはラケットをその場に置くと、和人に駆け寄り、両腕を和人の首に巻きつけ抱きついた。
どんっ。
きゅ。
和人はしっかりとユティスを抱きとめた。
にっこり。
にこっ。
ユティスと和人は微笑みながら見つめ合い、お互いの鼻をこすり合わせた。
きゅきゅ・・・。
きゅきゅ・・・。
「勝ったんだね!」
「はい。和人さん!」
和人は心臓は激しく脈打ち、息が苦しくなった。
どきどき・・・。
ちゅ。
そしてユティスは、和人の唇に優しくキスした。
試合前のキッスは一瞬だったので、よくわからなかったが、ユティスの唇は柔らかく、暖かく、甘かった。
「和人さん・・・」
和人は頭の中でユティスの声を聞いた。
「和人さん、好き。好き。大好き!」
何度もその声は和人の頭にこだました。そして和人も応えた。
「ユティス、きみが好きだ。大好きだ。大好きだよ」
二人は、抱き合ったまま、しばらくそのまま動かなかった。和人は、ぞくぞくするような喜びに、震えが何度も体を通り抜けるのを感じた。天にも昇る気分だった。二人には周りの音が聞こえなくなっていた。
「あーあ、昼間っから二人だけの世界に浸っちゃって。いつまでやってんのかしら」
--- ^_^ わっはっは! ---
「もしもーし、王女さま、王子さま。対戦相手との握手は、どうなってますかぁ?」
アンニフィルドの呼びかけにも二人は応えなかった。
「まったくしょうがないわねぇ・・・」
アンニフィルドは微笑んだ。
「しばらく放っておきましょうよ、アンニフィルド」
「リーエス」
「よかったわね、ユティス、和人」
クリステアも満面に笑みを浮かべた。
「ユティスと和人の勝ちよ。わたしたちには今後一切手出し無用ね」
アンニフィルドは瀬令奈向って歩きながら言った。
きゅっ。
瀬令奈は唇をかみ締めて、アンニフィルドを睨みつけた。
「ふん。わかってるわよ」
「なら、いいんだけど・・・」
「でも・・・」
「なんか、文句でもあるの?」
「あんたたち、魔法を使ったんでしょ!」
「はいっ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「魔法ですってぇ・・・?」
ユティスと和人はきょとんとした。
「エルフィア人って、魔法使いなんでしょ・・・?試合中に魔法を使って勝利したんでしょ・・・?だから、試合は無効よ!」
ばしっ。
「なによ!」
ついに烏山が腹に据えかねて、瀬令奈の頬を軽く平手打ちした。
「やっるぅ、烏山!」
アンニフィルドは喜んだ。
--- ^_^わっはっは! ---
「ついでに、パンツひん剥いて、お尻をぶつことね」
クリステアが付け加えた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「瀬令奈、いい加減にしろ。二人は正々堂々ゲームをしたんだ。それが、わかんないのか。なにが魔法使いだ!おれたちは負けたんだよ。おまえの驕り、おまえの偏見、おまえの準備不足、パートナーを信頼しないおまえの身勝手さ。妬みと憎しみでなにも見えなくなりやがって。すべてにおいて、おれたちが勝てる要素はなかったんだ。はじめから。彼らは素晴らしいペアだ。学ぶべき方はおれたちだ」
一歩も引かないという毅然とした態度で、烏山は瀬令奈の目を射るようにして、真っ直ぐ見つめた。
「ふん、バカバカしい。たかが、テニスのお遊びで真剣になったりして。帰るわ」
「待てよ、こら!」
「うるさい!」
烏山の気迫に押された瀬令奈は、ラケットをバッグにしまうと、捨て台詞を残して、踵を返し、独り、さっさとコートを後にした。
「・・・」
烏山はやってられないという風に瀬令奈の背中を見ると、すぐに和人たちを振り返った。
くるり・・・。
「悪かったな。おれから誤るよ。瀬令奈はああいう女だから・・・」
「腐った菜っ葉はゴミ箱行きよね」
アンニフィルドが言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「きみたちがなにをしようと自由だ。もちろんこの試合の結果に関係なくね。きみたちを縛る権利など瀬令奈にあるわけがない」
「は、はい」
「それにしても、すごいよ、きみたちは。テニスをどこでやってたのか知らないが、間違いなくトップレベルのペアだ。ひょっとしたら、プロテストでも受けたことがあるとか?」
「そりゃ、ないです」
「わたくしもですわ。テニスを始めて2日目ですもの」
--- ^_^ わっはっは! ---
「2日?そっかぁ、なるほどね。それに、二人ともお似合いの最高のカップルだよ」
「あは・・・。恥ずかしいです。そんなに持ち上げられちゃ」
「いやいや、きみたちの実力だよ。それに・・・、和人、きみが羨ましいぜ」
烏山は二人に微笑んだ。
「ありがとうございます、烏山さん」
ユティスがお辞儀した。
「二人が、最高の恋人同士だって、よくわかったよ。オレと瀬令奈じゃ、最初から勝てる要素なんてなかったんだ」
和人は耳まで真っ赤になった。
「人前でディープキスしときながら、いまさら赤くなる必要があるのかしら」
アンニフィルドが和人をからかった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ディープキッスだってぇ?」
和人はますますうろたえた。
にこ。
ユティスが微笑んだ。
「和人さん、大好きです」
ユティスは和人の頭にささやいた。
「あらあら、またもとの和人に戻ちゃったわ」
クリステアがクスクス笑った。
烏山も笑いながら話題を変えた。
「あははは、そいつはいいや。で、宇都宮、あ、和人でいいか。和人、きみはおれが瀬令奈をはじめとして、音楽プロデュースをやっていることは知ってるよね?」
「ええ・・・」
「よかった。知らないといわれたら、結構ショックだったよ・・・」
「そんな、あなたは有名人じゃないですか」
和人は慌てて否定した。
「ありがとう、和人」
「なに言ってるんですか・・・」
烏山はまじめな顔になり、ユティスを見つめた。
「ユティス、おれにきみの歌を本気でプロデュースをさせてはくれまいか」
「えー!」
一同びっくりした。
「実は、きみには悪いことをしたが、巷では、もう、うちからデビュー準備中だってことになってる・・・」
「デビュー・・・、ですか?」
「歌手として、出発するってことだよ」
「うゎお、すごいじゃないの、ユティス」
「うふふ」
「あの、今売れっ子たちのプロデューサーの烏山が、ユティスの・・・」
「きみなら、必ず、成功するよ。返事は、今でなくていい。10分後に電話をしよう」
「10分後?」
--- ^_^ わっはっは! ---
さっ。
烏山は自分のスマホの番号を書いて、名刺をユティスに渡した。
「この番号は緊急連絡用だ。本当に大切な人にしか伝えてない。オレ自身とか・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
それから、烏山はアンニフィルドとクリステアと和人を交互に見た。
「ユティスをメインにしたカルテットには、きみたちも必要だ」
「カルテットって?」
「4人でする演奏や歌だよ」
「はあ?」
「野外音楽堂のコーラス。あの時の構成だよ」
「それって、ただの盛り上げ役?」
「そうだともいえるし、そうでないともいえる」
「なによそれ?」
「アンニフィルド、きみは大人の雰囲気十分の美女。クリステアは、クールな雰囲気のスポーティーな美女」
「まぁ、嬉しい。美女だなんて・・・。あは」
アンニフィルドはにんまりした。
--- ^_^ わっはっは! ---
「女の子三人は、それぞれが個性のあるリードボーカルだし、バンキングもできる。めったにいないな。それに、和人、きみは、みんなをまとめるガード役」
「おれもですか?」
「ああ、和人。きみは、ぜひとも必要だ。きみがいることで、他の3人が、女性として、一層引き立つんだ」
「引き立て役かぁ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「きみはけっこうナイスガイだからね」
「でも、男らしいとはほど遠いいんだけど、オレ・・・」
「いやいや、きみくらいがいいんだ。マッチョやヤンキー風はかえってよくない。彼女たちの清楚なイメージを壊しかねん。イメージは天使だから・・・」
「そんなもんかなぁ・・・」
「ああ。それに、和人。きみの声もなかなかいいぞ。リードボーカルも取れそうだな。コーラスもとてもよかった。なにか音楽でもやっているのかい?」
「学生時代にバンドを」
「なるほどね・・・。そういうことか。わかった。とにかく、きみは3人をスペッシャル・サポートする頼れる男ってことで、どうかな・・・」
「えーなになに、スペッシャル・サポートだってぇ?」
すぐにアンニフィルドが聞きつけた。
「あーはっは、和人がSSだって!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はははは。愉快だこと!」
アンニフィルドもクリステアも笑いだした。
「地球じゃ、オレがSSかい?」
「うふふ。和人さんってすごいんですね」
ユティスもクスリと笑うと、困った顔の和人を見た。
「なにか、おかしなことを言ったのか?」
烏山はきょとんとした顔をした。
「だって、SSは、わたしたちのことよ」
アンニフィルドは自分とクリステアを指差した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「はあ、なんのことだ?」
今度は、烏山がまったく合点がいかないという様子だった。
「SS和人、うんと助けてよね」
アンニフィルドはごきげんだった。
「まあ、そういうことでユニットとして出す」
「おれ、普段は会社の仕事があるんですけど・・・」
「けっこう、当座はやっていただいてもね。けど、いままでの反応からすると。専念してもらうことになるかも」
「それ、ものすごくリスク高いじゃないですか?」
「得るものも大きいぞぉ」
「やっぱ、止めときます・・・」
「話だけでも聞いてあげれば?」
アンニフィルドが言った。
「じゃあ、そういうことで、よろしく。待ってるぜ」
烏山も支度をして、テニスコートを後にした。
腹を刺された二宮は全治2ヶ月の大怪我を負ったが、驚異的なスピードで回復していった。傷跡もなまなましく、道場は当分控えるよう医者からダメ押しされた。
「えー、してはいけないんですか?」
「死にたくないなら、当分は控えるんだね。二宮さん」