214 菜葉
■菜葉■
「大統領、お時間です」
「ミスタ藤岡を出してくれ」
「イエッサー」
「ハロー、ミスタ藤岡」
「大統領!」
「さて、昨日の件、いかがですかな」
「協力しましょう。こちらの情報はすべて出します」
藤岡は大田原の言うとおりに答えた。
「けっこうです。こちらはエルフィア人と和人たちの安全確保、日本を含め地球上のいかなる場所に於いてもですが、それをお約束いたします。それと、エルフィアに関する他国の干渉への共同作戦の実行です」
「そちらの望みは?」
「今後のエルフィア文明促進支援に対する優先権を、日本と同レベルで望みます。エルフィアとの具体的交渉は、そちらでお願いする。なにも、合衆国がイニシアティブを取ろうというつもりはない。わたしが懸念するのは、未だに20世紀以前の武力政治体制を拡大維持しようとする国々の、指導者もどきの面々だ。彼らに、エルフィア人を渡すわけには絶対にできない。そして、その知識と知恵もだ」
「あ、う・・・」
「同意いただけますな?」
「むろんです。しかし、エルフィアがどう言ってくるか、わたしでは保証できかねます」
「もっともな話です。ですから、エルフィア代表とわれわれで本交渉に入る前、一度、こちらからアプローチしたい。もちろん、あなたには同席を願うがね」
「なんと!」
「在日、大使館には、すでにそのための人員を待機させている。場所は、日本で結構。ただし、合衆国基地にさせていただくが。よろしいですな?」
「しかし、急にそのような・・・」
「わたし自身、特別機に6日後に乗り込む予定だ。超機密行動のため、エアフォース・ワンは使わない。もちろん、わたしのすべてのスケジュールは、合衆国にいるわたしの替え玉が、わたしとリアルタイムで連絡し合い、取り仕切ることになる」
「大統領・・・」
「会談後、すぐに世界中に発信する予定だ。そのことについても、ぜひ、お話したい」
「こちらの受け入れ準備が・・・」
「わたしは、非公式に横畑に降りる。会談はそこでいかがかな?そこなら、お互い秘密裏に話し合いができるというものだ」
「しかし、横畑基地は治外法権、いくらわたしと言え、お忍びというわけにはいきませんぞ・・・」
「心配はご無用。ミスタ藤岡とメンバー、そしてエルフィア人たちには、フリーで基地内に入れるように指示済みだ。本コードネームを憶えてらっしゃるかな?」
「MLG:ミション・ロスト・ギャラクシー、失われし銀河作戦でしたな?」
「結構。ゲートでMPに申しつけていただければ、簡単に入れるでしょう。MLG、これですべての手続きを進めているので、お忘れのないように」
「了解です」
「もう一つ、大切なお知らせです」
大統領は含みを持たせた。
「なんですかな?」
「エルフィア人との会談には、EU代表も参加します」
「なんと・・・?」
「まさかと思いますが、このことを知っているのが、われわれだけと、思ってらっしゃらないでしょうな?」
「Z国も・・・」
「左様。合衆国は、エルフィア人との関係で、EUとの協同歩調を先日締結しました」
「なんと早い・・・。電光石火外交だ・・・」
「ふふ。日本だけの抜け駆けはよろしくありませんぞ」
「別に、そういうつもりは・・・」
「まぁ、そういうことでしたら、EUの参加に、異議はありませんな?」
「無、無論です」
「結構。EUは、大統領のベルナール氏が、非公式でアジア歴訪中です。EUは、彼直々で、緊急訪問すると伝えてきました」
「わかりました」
「では、来週の金曜日の午後に」
「また・・・」
かちゃ。
藤岡は受話器を置いた。
「ふう・・・。思ったとおりの要求だな」
「はい」
「しかし、なんという行動力だ。1週間後に、横畑で秘密会談だぞ」
「1週間後、金曜日の午後ですか・・・?」
「どうかしたか?」
「6日後まで、大統領はワシントンにいると言ってましたから・・・。おや・・・?ちょっと待ってください。ワシントンから横畑まで9時間やそこらで来ることになるんですよ。通常ジェットじゃ、考えられません・・・。えーっと、ざっと時速、2000キロで移動することになるんです・・・」
「まさか・・・、UFO?」
「ありえないですよ。そんなもの第一あるわけありません」
「しかし、相手は合衆国だぞ」
「本当に空飛ぶ円盤があったら、エルフィアのテクノロジーは欲しがりませんよ。わたしは軍事機密の超音速機だと思いますね」
「うーーーむ。しかし、そんなもんを横畑には降ろせんだろう・・・」
藤岡は唸った。
「グアムで乗り換えでしょう。そこから通常輸送機で。そして、その間にエアフォース・ツーを横畑に降ろし、帰りはそれで帰国です」
「それほど、あせってるのかね?」
「恐らく、なにがなんでもエルフィアのテクノロジーを、そして・・・」
「マーケットか・・・?」
「恐らく・・・」
「しかし、ボランティアで、超高文明を授けてくれるという相手に、ものやサービスを売りつけようなんて、人道に反しないか?」
「ええ、日本人なら、抵抗を覚えますね。ですから、違う方向だと思います」
「違う方向だと?」
「今すぐには思いつきませんが、彼らがビジネス・メリットのまったくないことに興味を示すとは思えません」
「一つ忘れてないかね?」
藤岡はにやりとした。
「なんでしょう?」
「合衆国の設立の歴史だよ。合衆国はプロテスタント・キリスト教国だ。設立時には、世界で最も急進的で、自由というものを徹底して実現しようとしたんだ。その精神は、脈々と受け継がれている。人類すべてに自由を。この側面を忘れて、ビジネス的な側面だけで、大統領を理解しようとしてはいかんな。ボランティアも、日本とは比べものにならんくらい盛んだ」
「首相、それは・・・」
「案外、本気で、地球人類のレベルアップを考えているのかもしれん。もちろん、合衆国の最優先は、第一に要求するだろう。そして、今ある敵対勢力を、これを機に、叩き潰すつもりであることも考えているだろう」
「票を集めること、金を集めること、市場を広げること、敵を叩きのめすこと、それ以外に彼の行動の理由を説明するというんですか?」
「間違えていたら、地球は破滅だ。今更、戻れんだろう。わたしは、大統領にかける」
「首相・・・」
「他に道があるわけでもあるまい・・・。ましてや、EUも参加するとなると・・・」
「選択の余地なしと・・・」
「情けないが、それが今の日本の実力だ。孤立は最悪の選択になる。それよりも、エルフィア人がこっちにいるうちが、好条件を引き出せる唯一のチャンスだ・・・」
藤岡は右手を顎にやった。
「大田原と話す」
「大田原さん?」
「きみにはわからんだろうが、彼は日本の切り札だ・・・。彼がそう言っていた・・・」
「大田原さん自身で、・・・わかりません」
小川瀬令奈は2度ならず3度も目前でユティスに逃げられ、完全に頭にきていた。野外ステージでシークレット登場し、話題を一気にさらうつもりだったのに、ユティスたちが現れたことで、観衆は瀬令奈のことなんかすっかり忘れてしまった。しかもパンツ丸見え状態でステージから転げ落ち、あられもない姿をネットで公開され、瀬令奈のプライドもズタズタだった。メディアも瀬令奈は二の次扱いだった。
(プロデューサーの烏山も、最近はやたらとユティスのことを話題にするし、あの女には仕返ししてやらねば気がすまないわ。必ず秘密を掴んで暴いてやるから。みてなさい)
烏山は、数式会社セレアムにエルフィア娘たちを呼んで、話をしていた。。
「はぁ・・・」
「あのさ、わたしたち、どうして、あなたの事務所のために、歌手するわけ?」
「頼むよ。他所から出られるんじゃ、嫌なんだ。ユティス、きみたちは、オレのイメージにぴったりなんだ。あ、ギャラは、弾むよ。うちの取り分は15%でいい」
「内緒で進めたんでしょ?」
「あ、いや・・・。オレが先走ったのは、誤るよ。きみたちが、是非とも必要なんだ」
かちゃ。
「ジョージ・・・?」
「あ、瀬令奈・・・」
「なにやってんよ・・・?」
「こんにちは。おじゃましています」
にこ。
むっかぁ・・・。
「ユ・・・、ユティス・・・」
「あ、菜っ葉だ」
アンニフィルドが茶化すように先制攻撃した。
「菜っ葉?」
瀬令奈は一瞬ポカンとした。
「小川のほとりで、ひっそり、腐るのを待つばかりの菜っ葉よ。あは!」
アンニフィルドは野外ステージの瀬令奈に頭に来ていたから、ここぞとばかりにたたみかけた。
わなわな・・・。
「あは。かなり険悪な表情ねぇ・・・」
アンニフィルドは言った。
「どこか、お腹の調子でも悪いのですか?」
ユティスも天然で言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
ユティスが瀬令奈に無邪気にきいたが、これが瀬令奈の琴線に触れた。
ぴーーーんっ!
ぶるぶるぶる・・・。
「うううう・・・!」
瀬令奈は怒りに震えていた。
「菜っ葉が腐って、腐敗ガスが溜まってんのよ」
アンニフィルドが火に油を注いだ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「うるさいわね!」
「力むと出ちゃうわよ。ガス」
--- ^_^ わっはっは! ---
「な、なんの用なのよ、あんたたち?」
瀬令奈はとっさの集中砲火に、言い返せなかった。
「ビジネスよ」
「ここは、あんたたちの来るべきところじゃないわ!」
「待てよ、瀬令奈。オレが呼んだんだ」
そこで、たまりかねた烏山が割って入った。
「ジョージ、こいつら、本気でプロデュースするつもり?」
「ああ、そうだ」
「エリー賞ノミネートの、人気歌手のわたしを差し置いてまで?」
「差し置くわけじゃない。事務所も、いつまでも、きみにおんぶに抱っこ、という訳にいかないんでね」
きっ。
「わたしを、捨てるつもりなのね・・・」
「まっさか。安定した事務所の運営には、両車輪が必要と言ってるんだ。そうすれば、きみだって、もっと映えてくる。ユティスたちときみとは、ジャンルが違うんだ。もちろんタイプも・・・、ファン層も・・・」
「そうそう。こいつらと違って、わたしは、世界の小川瀬令奈なのよ」
むっか・・・。
「あーら、こっちは、地球はおろか、数億光年先まで知れ渡った、大宇宙のセレブですからね」
アンニフィルドはやり返した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あーーー、はっは!大宇宙ですって?バッカじゃない?よく、あんな嘘っぱちをでっち上げれるわね?信じるファンも、相当な電波に違いないわ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「本当のことだもん」
アンニフィルドは余裕で言った。
「止めろったら、二人とも」
ジョージが叫んだ。
「あなたは黙っててよ!」
ぴしゃり。
「ちょっとテレビで騒がれたぐらいで、よく天狗になれるわねぇ?」
「天狗って?」
--- ^_^ わっはっは! ---
アンニフィルドが和人を見つめた。
「鼻がキュウリみたく高くてさ・・・。もう、説明してたらきりがないよ・・・」
「わたしの鼻が、高すぎるってこと?」
「まぁ、瀬令奈より高いかも知れないけど、この場合は、小さなことを自慢げに・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「要するに、馬鹿にされたってことよね?」
「簡単に言うと、そういうこと」
きっと、口を結ぶと、アンニフィルドは瀬令奈を振り返った。
「言ったわね。八百屋さんのケンカなら、買ってあげるわ。望むところよ。セレ菜か、小松菜か知らないけど、菜っ葉には違いないわ」
「またまた、菜っ葉ですって!」
「菜っ葉よ。菜っ葉!カテゴリー1の野蛮世界の闇市の隅で、ゴミ箱に捨てられた、ドブネズミも食べない、悪臭放つ、腐った菜っ葉!」
--- ^_^ わっはっは! ---
(すごい・・・。アンニフィルド、よく思いつくよな、そんな罵詈雑言・・・)
(そりゃ、いろんな意味で、超A級だもの・・・)
クリステアが、天を仰いだ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そっちこそ、脳無しデカ女じゃない!」
「へんだ。あなたなんかには、歌だろうが、スポーツだろうが、もちろん、性格も容姿だって負ける気なんかしないわね」
わなわな・・・。
「い・・・、言ったわね!」
瀬令奈は怒りに震えた。
「鼻ぺちゃ、胸ぺちゃ、財布ぺちゃの陰険女!」
--- ^_^ わっはっは! ---
アンニフィルドは攻撃の手を止めなかった。
「なんですって!」
「ふんだ。どうせ、わたしたちには、なにやったって、勝てっこないんだから!」
きーーーっ!
「そうまで言うのなら、勝負しましょうか?」
「ええ、望むところよ!」
(あちゃぁ・・・)
「アンニフィルド!」
「和人は、引っ込んどいてよ!この女、お灸をすえてあげなきゃ、わかんないのよ」
「い、言ったわね。後で泣きを入れても許さないわよ!」
つーーーんっ。
瀬令奈は顎を上げて、アンニフィルドを下目使いに見据えた。
(なんて、礼儀知らずで、生意気な女!)
どっかーーーん。
アンニフィルドの怒り心頭の声が、3人の頭の中で炸裂していた。
「テニスで勝負よ!ミックスダブルスで」
「いいわよ!」
にやっ。
(かかったわ!)
「ただし、出るのはあなたじゃなくて、ユティスと和人」
「え?なんで・・・?」
「わたしたち、なんでしょ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「嫌なの?」
「冗談でしょ。受けて立つわ!それで、あなたは?」
「わたしは、ジョージとペア。いいこと?」
「リーエス・・・!いや、了解よ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ちょっと、待てよ。瀬令奈!」
「なによ、文句ある?」
きっ!
瀬令奈はジョージを睨んだ。
「さぁ、ユティス。わたしと勝負しなさい!」
瀬令奈はユティスにテニスの勝負を申し込んだ。
「勝ったら、わたしたちには、一切、手出し、口出しなしよ」
アンニフィルドは余裕綽々、自信たっぷりに言った。
「わたしが勝ったら、あなたたちのネットとテレビでの芸能活動はなしね」
「わかったわ」
「ちょっと、アンニフィルド。勝手にそんな約束しないでくれよ!」
烏山は叫んだが、すっかり熱くなったアンニフィルドには、まったく聞こえなかった。
「二言は、ないでしょうね?」
「当ったり前よ!」
アンニフィルドは、これで勝てば嫌がらせをしないという約束を瀬令奈から取り、勝手に受けてたつことを了解した。
「アンニフィルド、なんてことを!」
「瀬令奈、バカは止めろ!」
和人も烏山も抗議したが後の祭りだった。
ぷり、ぷり、ぷり・・・。
「スターだか、なんだか知らないけど、黙っていられないじゃないの。この菜っ葉女には、お灸をすえるいいチャンスよ」
「はっ、言ったわね」
にたっ。
瀬令奈はワナにかかったと思って、ほくそえんだ。
「面白くなりそうね」
意外にもクリステアも後押しした。
「じゃ、明日の13:00、コートはホテル・エクセラント・プランセスよ。逃げたら承 知しないわ。行くわよ、ジョージ」
「ごめん・・・。こんなことになっちゃって・・・」
烏山ジョージは申し訳なさそうに、ユティスたちを見た。
「こいつは、一度言い出したら、絶対に聞かないんだ」
「見てなさい!」
ぷいっ。
瀬令奈は言い放つと踵を返した。
「おい、瀬令奈。オレは、賭けなんかを承知したわけじゃないぞ」
「なによ今更。抜けたらクビよ。わかってるわね」
(やれるもんなら、やってみやがれ。オレがいなきゃ、曲一つできないんだぞ。いや、全部かな・・・?)
--- ^_^ わっはっは! ---
瀬令奈は烏山とペアを組み、ユティスは和人とペアを組みことになった。
「さて、ゲームの組み立てでも、話しましょうか?」
烏山は瀬令奈とのペアを組むことは消極的だったが、成り行き上そうせざるを得なくなってしまった。1セット6ゲーム先取の、2セット先取勝負だった。
にたり・・・。
「なんだよ、その笑い。気持ち悪い」
瀬令奈が烏山に謎めいた笑いを浮かべた。
「ふふ・・・。あなた確か、テニス、相当の腕前だったでしょ?」
瀬令奈が烏山にきいた。
(ほら、来たぞ)
「大したことないさ」
「ウソ。わたし知っているんだから・・・」
「優勝はないぜ」
「知ってるっていったでしょ?全日本アマ男子ペア・・・」
「2位が最高かな」
「それだけあれば・・・、十分よ」
「知ってたのか・・・」
「当たり前よ。わたしを、だれだと思ってるの?」
「自慢にもならないがな・・・」
「とにかく、あのユティスをギッタギタにしてやれれば、それでいいのよ」
「素人だろ、相手は?」
「構うもんですか。魔術を使う天使なんだから。それくらいのハンデあって当然」
「信じてるのか?」
「まっさか。だから、証明してやるのよ!」
ユティスに対する瀬令奈の怒りは、頂点に達していた。