020 飛込
「アンニフィルドです。みなさん営業のお仕事って大変よねぇ・・・。新しいお客さまを見つけるのっていろんな方法があるけど、直接売り込みに行くことを地球では「飛び込み」って言うんだそうね。和人も、それをやってるんだって。飛び込みミスして底で溺れなきゃいいけどぉ?あは!」
■飛込■
ぴんぽーーーん。
今日の和人は飛び込みセールスだった。
この業界、飛び込みセールスは必須で、これなしではビジネスは成り立たなかった。
「株式会社セレアムの宇都宮と申します。企画部長の鬼怒川様はいらっしゃいますか?」
一件目は、その日の調子を上げるための大事なバロメータだ。和人は、まったくの新規ではない顧客から入った。
「はい。お待ちください」
受付の電話から声が返ってきた。
「あれ?」
「どうかいたしましたか?」
ユティスは興味津々で和人を観察していた。
「うん。なんかすんなり面会できそうな気がする」
「さすがは和人さんですね」
「いや、まだそうと決まったわけじゃないんだけど・・・」
かちゃ。
人のよさそうな50代くらいの男が和人の前に現れた。
「えー、鬼怒川ですが・・・」
男は和人を見て、にこやかに微笑んだ。
「あれぇ・・・。宇都宮さん、あなただったんですか?」
「お世話になっています、鬼怒川部長」
「ほら、やっぱり!」
にこっ。
ユティスは和人の耳元で楽しそうに言った。
「そうだ!あの件、御社でお願いしようかと思っているんだけど・・・」
「ありがとうございます」
(うっそぉ・・・、先週、先輩の話だと、コンペチタに決まりそうだって言ってたぞ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「宇都宮さん、それでなんだけどさぁ。午後の役員会で正式に承認もらうんで、宇都宮さんの特別サービスとしてさぁ、見積なんとかならないかなぁ・・・」
「と申しますと・・・?」
(値引き交渉かな・・・)
(ネゴになったら、値下げでなく、サービスの追加でまとめろよ)
和人の頭に俊介の声がこだました。
(そんなにシナリオ通りにいけば、苦労なんかしませんてば・・・)
にやっ。
「見積の端数をスパッと・・・」
「スパッと・・・?」
和人はネゴ幅を計算した。
「切り上げですね?」
その時、ユティスが間髪入れずに鬼怒川の耳元でささやいた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「わはは。宇都宮さん、相変わらず冗談がうまいな。しかし、ずいぶんと可愛い声してますねぇ・・・?」
(ちょっと、ユティスってば、なに言ってるんだよぉ!)
(うふふ、楽しいですわね!)
--- ^_^ わっはっは! ---
(さっき、だれにも見えない、聞こえない、ていったじゃないか?)
(またまた、和人さんの波長にごく近い方なんでしょうね。わたくしにはどうしようもありませんことよ。うふふ)
(かんべんしてよぉ・・・)
にたぁ・・・。
「それ、ハズレ。切り下げてほしい」
鬼怒川はネゴを要求した。
(価格交渉はな、ぎりぎりまで粘れよ)
和人の頭に再び俊介の言葉が響いた。
(端数ったって、いくら引くことなるっだっけ・・・)
「はい。承知いたしました」
(え?)
--- ^_^ わっはっは! ---
(ユティス!)
和人のネゴは一瞬で終わった。
「そう言ってくれると思ってましたよ、宇都宮さん。恩に着ます」
「あ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
にこっ。
「それで、金額訂正見積を、今日の正午までにメールしてほしいんだけど」
鬼怒川は和人に微笑んだ。
「リーエス」
またまた、ユティスが鬼怒川の耳元で今度は低い声で答えた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あー。なんて、言ったんだね、今?」
「了解です」
和人はとっさに答えた。
(わーわー、ユティスったらなんてことを・・・)
(うふふ。和人さん、すごいですわ。契約取れちゃいましたよ!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「わっはは。じゃ、値引き後の見積書を待ってるから、よろしく」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあ」
「はい、失礼します」
「失礼しますわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぺこ・・・。
ユティスは、鬼怒川部長に深々と頭を下げた。
(待てよ、さっきの冗談、女の子の声で宇都宮さんがマネたと思ったけど。今のあいさつはなんだ?彼、一人だよな。気のせいか?でも、確かに女の子の声だったぞ、ありゃ・・・)
鬼怒川は頭を軽く振った。
(昨日の酒が残ってるわけないしな。今日はすぐ帰ろう。恋女房が美味しい料理を作って待ってるし・・・。えへへ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
ぷるぷる。
鬼怒川は頭を振った。
「ユティス。さっきは頭が真っ白になっちゃったじゃないかぁ」
「ごめんなさい、和人さん。でも、和人さんとご一緒にお仕事するのはとっても楽しいんですもの・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ひらひら。
ユティスはにこにこしながら、チョウのように和人の回りを舞った。
「許してくださいますか、和人さん?」
ユティスは舞うのを止めて、和人を見つめた。
じーーー。
「う、うん。そんな目で見つめられたら嫌なんて言えるもんか。それに、契約も取れたことだし・・・。腹を立てる理由なんてないよなぁ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは。『終わりよければ万事よし』・・・」
和人も笑いながら言った。
「リーエス(はい)。早速いいことありましたわね!」
ユティスの楽しそうな声に、やっと和人も契約を取れた嬉しさを実感してきた。
「なんか、このまま、ずうっと和人さんと一緒にお仕事をしてみたい気分ですわ」
和人はたちまち有頂天になった。
「ほ、ほんと?」
「リーエス(はい)」
「さ、和人さん。お昼までお時間がありませんわ」
「うん。早く事務所に連絡入れなくちゃ・・・」
「急がないと、役員会がお昼寝会になってしまいますわ」
--- ^_^ わっはっは ---
和人はスマホで事務所に連絡を入れた。
「あのぉ・・・」
「和人か。ちゃんと昼寝取ったか?」
二宮だった。
「はい。おかげさまで、契約も取れちゃいました」
「なに?」
--- ^_^ わっはっは ---
「A社の企画の件、取れちゃいました」
「ええっ!おまえ、カフェで休んでたんじゃないのか?」
--- ^_^ わっはっは ---
二宮はすっとんきょうな声を出した。
「そんなにでかい声でしゃべったら、事務所のみんなに聞こえます」
「だれが、カフェで休んでいるって?」
茂木がすぐに聞きつけた。
--- ^_^ わっはっは ---
「いや、なんでもありません」
「二宮、あなたの話相手、和人ね?」
「ちょっと、急な用事なんで・・・」
くるり。
二宮は茂木に背中を向けて、小さくなった。
「二宮、あんたもカフェに休養に行くつもりなんでしょ?」
--- ^_^ わっはっは ---
「と、とんでもないっすよ、茂木さん」
二宮はそう言うと、すぐに電話に戻った。
「和人、A社って、まさかあの件か?」
「はい。すぐ見積を出し直してほしいって。端数を切って」
「いつまでにだ?」
「今日の午前中までです。午後の役員会で承認とかで・・・」
「時間ないぞ。さっさとロケットにでも乗って帰って来いよ!」
「そのつもりです」
ぷっ。
「ふう・・・」
「和人さん?」
「あ、うん。なに?」
「ロケットって、和人さんの車より速いんですの?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「死ぬほどね・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「やったか、和人?」
声の大きな二宮の話は、みんなにに筒抜けだった。
「聞いてたんですか、常務?」
「ああ。1000Wのギターアンプなみに大音響だったぞ」
「やっぱり・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そんな、大袈裟なぁ」
「二宮、おまえに秘密を守れというのは、像が月に行くくらい難しい話だな」
--- ^_^ わっはっは! ---
しかし、脇で聞いていた俊介は内心大いに喜んでいた。
「A社といえば、ソーシャルメディアとECサイトを連携させて売上を延ばしている、女の子用のアパレル販売会社だったよな?」
「そうっす」
「でかしたなぁ、和人・・・」
(和人のヤツ、あのよれよれ状態でA社に行ったってことか?)
二宮は信じれない顔をした。
「なにか不満なのか?」
俊介がきいた。
「いや別に」
エルフィアの文明促進推進委員会では、地球の文明支援について、緊急会議が招集されていた。
「どうですか、みなさん。今、まさに始まろうとしているプロジェクト、地球の支援ですが、われわれはコンタクティーの精神についてなにも確証を得ておりません。もし、万が一、コンタクティーがミューレスのような人物であったなら、このプロジェクトの先は明るいとはいえんでしょう。いや、失敗は確実になるかと・・・」
「で、トルフォ、きみは地球のコンタクティーに適合テストをしろと?」
「そうです。みなさんはどう思われますかな?ここにも、地球プロジェクトは慎重に進めるべきとのお考えをされてる方が、何人もおられるはずです。いかがです?」
「そのコンタクティーだが、どう適合してないと思うんだね、トルフォ?」
エルドがトルフォを見つめて質問した。
「精神的なひ弱さがある場合には、エージェントへの負担が膨大になる。わたしは、地球人コンタクティーがダメだと言ってるわけじゃないんだよ、エルド。少なくとも、エルフィアのエージェントが地球に赴く前に、確認すべきことはしておかねばならないんじゃないか、ということだ」
「わたしは、トルフォに賛成する」
「わたしもだ」
理事の数人が即座に返事をした」
「で、適合テストにパスすれば、それはそれで、けっこうなことじゃないのかね?」
トルフォとは別の理事が意見を言った。
「そうだ。そうだ」
「リーエス。それに賛成」
「しかし、この場合、適合テストはエージェントとコンタクティーとの接触を最低1週間絶つということだろう?」
「そうだよ。エージェントからはなにも告げてはならない。その間、コンタクティーの心理的な動きをモニターして解析する」
「バカな。そんなことをしてなんになる?まだまだ、コンタクティーと信頼関係が構築できてない段階だぞ。コンタクティーに余計に心配の種を与えて、エージェントへの信頼を失うようなことをしてどうする?」
理事の一人が叫んだ。
「初期段階だからいいんですよ」
トルフォは余裕で話した。
「議長、そろそろ、決を取っては?」
時期理事候補の参事、ブレストは議長に提案した。
「エルド、いいんですか、このまま採決させて・・・?」
メローズはエルドの横で心配そうに言った。
「確かに、理事たちの意見はトルフォに傾いている。しかしだ、この時期にウツノミヤ・カズトを直接モニターすることは、ひょっとして、意義のあることかもしれない」
「エルド、あなたまで、どういうことですか?」
「ここは、わたしは、理事たちの好きなようにさせた方が、いいかもしれんと思っている」
「最高理事エルド、あなたは意見がありますか?」
「ナナン。票決に入っていただいて結構」
「では、票決を取ります。トルフォの提案に賛成の方はお立ちください」
さっ。
すすっ。
会議場は軽く半数が立ち上がった。
「エルド・・・」
エルドは、メローズの横で席に座ったまま動かなかった。
「票決は最初から決まってる。わたしが立つまでもない」
「では、地球人コンタクティー、ウツノミア・カズトの適合テストを実施します。テストは即日開始するものとします。エルド、ユティスへの告知は、あなたから・・・」
「リーエス」
エルドは複雑な気持ちで議長の言葉を聞いていた。
和人は外回りを終えると、ユティスと一緒に事務所に戻った。
「ここだよ」
にこっ。
「ここが、和人さんの職場ですか。うふふ」
「パジューレ(どうぞ入って)」
「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございます)」
しゅーーーうっ。
「戻りましたぁ」
和人は事務所のドアを開くと、先にユティスを入れようとして、一歩下がってドアの開くのを待った。
「はい、ユティス」
「まあ、やっぱり和人さんは優しいですわ」
すうっ・・・。
ユティスはドアの横をすり抜けた。
「わっ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だって、精神体ですもの・・・」
「あはは、そっか。そうだったね。これは便利だ」
「リーエス(はい)。とっても」
「和人、なにやってんだ、おまえ・・・?」
二宮が、ドアを開けてだれかを入れるような仕草を一人でしている和人を、
不思議そうに見つめた。
(しまった。ユティスはオレ以外には見えないんだった)
「あははは。悪い空気が澱むといけませんからねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
とっさに和人はごまかした。
「なにが悪い空気だって?」
茂木がからんできた。
「いやぁ、外の空気ですよ。中のいい空気を外に出してあげて、大気汚染を浄化しましょうってことでして・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「言うようになったわねぇ、和人」
「どうも」
和人は自分の席についた。
その時だった。
「それ!」
真紀の合図で、事務所中が大拍手に包まれた。
「お帰り、和人。やったわね!」
社長の真紀は満面笑顔で和人を迎えた。
「はあ?」
「すごいですね、和人さん」
石橋も尊敬の眼差しを送った。
「A社と初契約か。大したもんだ」
常務の俊介も喜んだ。
「待ってくださいよ。まだ内示の段階だし、正式に契約書交わしたわけじゃないし・・・」
「交わせなかったら殺す!」
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮がファイティングポーズをとった。
「じゃあ、トドメはわたしが」
--- ^_^ わっはっは! ---
茂木が酒を注ぐしぐさをして、笑いながら言った。
(なんだかすごいですわね)
ユティスが興味深々で言った。
(大した金額じゃないのにね?)
(いいえ、和人さん。金額の問題ではあませんわ)
(じゃ、なに?)
(それより、まったく初めてなんですよね、このお客様)
(それはそうだけど・・・)
ユティスが言いたかった続きは、真紀がした。
ぱんぱん・・・。
真紀は、事務所の中で手を打った。
「みんな、よく聞いて!」
「うっす」
「新規のお客様を獲得するには、リピーターの6倍の費用がかかるの。会社も本人も。会社はそれがかかっても、絶対に取りたいの。次からはコストは6分の1で、もっと商談が取れるようになるから。そして、うまく関係を続ければ、ずっとお客様でいてくれる。そして、口コミで評判を広げてくれるわ。これが、どういうことか、わかるわよね。だから、新規の商談を獲得することは、大変重要ってことよ。和人は、これを見事に示してくれたわ。拍手、みんな」
ぱちぱち・・・。
「あ、ありがとうございます。じゃあ、オレ、昼前までに見積出さないといけないから」
「そうね」