206 密談
■密談■
俊介はアンニフィルドと一緒に、スーツケースを引いて、事務所にに戻った。
「よう、姉貴。戻ったぜ」
「ただいまぁ」
アンニフィルドはいつものように陽気に戻ってきた。
「おかえりなさぁーい」
事務所のみんながコーラスした。
「おかえりなさい、俊介。おじいさまの仕事で、パリまで行ってたっての本当だったわけね?」
「当たり前だ」
「アンニフィルドもお疲れ様」
「どういたしまして」
「パリはどうだった?」
「よかったのは、最後の日の朝と帰りの飛行機の中だけね」
「ええ?パリ楽しくなかったのぉ?」
「そこそこね。堅苦しくて疲れたわ」
「そう・・・」
「わたし、ユティスたちのところに戻るわ」
「ええ。今日は3人とも寮で待機してるはずよ」
「それじゃ」
「お疲れ様」
「お疲れ様でしたぁ・・・」
そして、数日後のことだった。
「それでね、俊介?」
俊介を振り返ると、真紀は言いにくそうにしていた。
「なんだい?」
「黒磯さんから、また電話がかかってきて、帰るなり申し訳ないが、今日の夕方ロイ・ルデレールに来てくれないかって」
「ええ?一休みさしてくんないのかぁ?」
「ロイ・ルデレールのクリステアを奢るって言ってたわよ。そうそう、迎えをよこすって」
「クリステアの10年ものか?」
「たぶんね・・・」
「しょうがない。行くとするか・・・」
夕方になって、事務所の外で、クラクションが鳴り響いた。
ぷ、ぷーーー。。
(着いたか・・・)
「姉貴、ちょっと出かけてくるぜ」
「ロイ・ルデレール?」
「ああ。それで、そこでオレに大事な相談があるんだって。あれから直接聞かされたよ」
「まぁ、あなたに?すごいじゃない、俊介。パリの一件ですっかり信用されちゃって」
「ビジネス戦略さ。とにかく、そういうこと。じゃ、行くぜ」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃぁーーーい」
「ちょっと、今の聞いた?」
「ええ。俊介ったら、シャデルの日本支配人とか言ってたわ」
「そこと、ビジネスするのかしら?」
「なんでも、パリでプレゼン説明したんだって」
「例の企画を?」
「ふふふ。だとしたら、スゴイことよ」
「わたしたちも、なにかと役得にありつけるかも?」
「例えば?」
「ドレスとかコスメとか・・・」
「ブ、ブー。最高級ブランドが、あなたたちに安売りするわけないじゃないの?」
そこに、茂木が割って入った。
シャデルを身に着けるって資格があるのかしらね?」
「確かに、それを言っちゃおしまいだわ」
「なによ。わたしには、資格がないっていうの?」
「ない。ない。絶対にない」
--- ^_^ わっはっは! ---
「もう、失礼しちゃう!」
ばたん。
俊介は、迎えに来たハイヤーに乗り込んだ。
既に、中にはシャデルの日本支社支配人が座っていた。
「やあ、国分寺さん」
「どうも、お迎えありがとうございます。黒磯さん」
「先日は、本当にありがとうございました」
「なに言ってますか」
「運転手さん、金座のロイ・ルデレールへ」
「かしこまりました」
ぶろろろろーーーっ。
「タバコは?」
「いや、わたしは、けっこうです」
「すみませんね、お忙しいのに、急に・・・」
「忙しいのは毎日です。黒磯さんのお誘いなら、スケジュールを空けるしかないかなって」
「それはどうも」
「で、今日は、ただパリのプレゼンのお礼がてらに、飲むってわけでは、ないんでしょう?」
「ええ、またまた、ちょっとばかしご相談がありまして・・・」
「なるほど。わたしにできることなら、なんなりと」
「ありがとうございます」
きぃ・・・。
「いらっしゃいませ」
「どうも、こんちわ」
「あら、今日は、お二人でお揃いですか?」
「商売談義でしてね」
「それは、光栄ですわ、わたくしどものお店で」
「いつもの席で、よろしいですか?」
「けっこう」
品のいい服に身を包んだ店員は、丸テーブルの一つに、俊介と黒磯を案内した。
「クリステアのブラン・ド・ブラン。ボトルでいただこうか」
「はい。いつもありがとうございます。おつまみは、なにになさいます?」
「フロマージュに、えー、黒磯さんは?」
「わたしは、じゃあ、地中海風ブーシュ・ド・ポワソン」
「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」
「さて、今日は、ご無理を言ってしまいまして」
「かまいませんよ。わたしも、ここは気に入ってますんで」
「そうですか!実は、わたしも、こんないいお店が、近くにあったなんて、つい最近まで知らなかったんですよ」
「そうですね。特に、クリステアは、目ん玉が飛び出るくらいしますが、その価値は十分にありますよ」
「ええ。独りで来ても、ここなら変じゃないし、お洒落ですし・・・」
「女性客も、けっこういますしね」
「はじまりましたね。国分寺さん」
黒磯はにたにたした。
「いやいや、オヤジ定番の焼き鳥の立ち飲み屋も、好きですよ」
「ええ?行かれるんですか、そんなところも?」
「もちろん。ついこないだも、うちの女の子たちを連れて行きました」
「女の子って・・・、そこ、大丈夫なんですか?」
「それが、けっこう若くて美しい女性も来るんですよ。安くて美味しくて、密かにブームだとか・・・」
「立ち飲み屋が、そんなに人気とは、知りませんでした」
「黒磯さんの会社の女性は、イメージが合いませんからね」
「ははは。どうでしょうか。一度、聞いてみましょうかねぇ」
「その時は、お声がけしてください。うちも揃えますから」
「そりゃ、楽しみです」
「はい、お待たせしました」
女性店員が、ロイ・ルデレールのクリステアを、クーラーに入れて持ってきた。
「さ、どうぞ」
彼女は、にっこり微笑むと、二人にそれぞれフルート・グラスを渡し、それにクリステアを静かに注いでいった。
しゅわしゅわ・・・
やや、緑がかった淡い黄色の透明な液体が、細かな泡を出しながら、静かにグラスを満たしていった。
「では、お楽しみください。お料理もすぐにお持ちいたします」
「どうも」
「どういたしまして」
「それでなんですが・・・」
黒磯は一段と低い声になった。
「パリでやった役員会で説明の件、うちの最新モードのWeb実験を、ビデオクリップで前宣伝しようということになりまして」
「ほう。では、どこかのスーパーモデルでも出すんですか?」
「いや、そういう訳でもなくて・・・」
「問題がありそうな、顔をしてますよ、黒磯さん」
「実は、急遽、その企画は日本側やれって、電撃テコ入れ指示がグローバル本社から来まして。なんと、それが、今週の予定なんですよ」
「なるほど・・・」
「ところが、本国から呼ぶはずだったモデルが、急に風邪をひきましてね、先程キャンセルを通知してきて、モデルは日本側で調達しろってことに・・・。そんな、急なことを言われてもですねぇ・・・」
「そりゃ、災難で・・・」
「わたしには、ぜんぜん、モデルの当てがないんです。モデルの派遣事務所も当たったんですが・・・、とにかく、うちのイメージに合った娘がいなくて・・・、もう、明日には決めないと、撮影が間に合わないんです」
「それなら、撮影を延期したらいかがです?」
「カメラから照明から、それに、やっとのことで、金座の撮影時間帯を押さえたんですよ、警察署から」
「その時間帯の、通行を制限するとかで?」
「そうなんです。そこまでして、キャンセルでもしようものなら、莫大な損害が・・・」
「んーーー。要は、モデルですか?」
「左様でして・・・。はぁ・・・」
「そういうことなら、申し訳ありませんが、わたしにお手伝いできることは、ありそうもないですね」
「そんなこと、おっしゃらないでください」
そういうと、黒磯はポツリと言った。
「そういえば、国分寺さん、パリ本社のパーティー・・・」
「パーティー?」
「ええ。、お連れのプラチナブロンドのロングヘアのすっごい美人。しかも、なかなか愛嬌のある女性。確か、このお店にも、先日、一緒に来てらしていましたよね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
(しまった・・・。ひょっとして、アンニフィルドといるの見られたかぁ?)
「お知り合いというか、もっとお親しそうにお見受けしたのですが・・・」
(やべーーー)
「なんのことでしょうか、黒磯さん・・・?」
「あははは。いや、実にお熱いキッスでした・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
(げげげ、見られてた・・・)
「国分寺さんの恋人ですね?」
「い、いや・・・」
「ダンディーな国分寺さんが羨ましいですよぉ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はい。お待たせしました」
女性店員がにっこり微笑んで、料理を持ってきた。
「あ、どうも、ありがとう」
「どういたしまして。国分寺さんも楽しんでくださいな」
「はい」
そこで、女性店員はにっこり微笑むと、俊介に耳打ちした。
「ところで、この前の、そのステキなプラチナブロンド、恋人なんでしょう、国分寺さん?ものすっごい噂いなってますよぉ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええっ?」
俊介は大いにうろたえた。
「とんでもない。わたしは一人モンです」
「もう、お店中のお噂ですったら。お店の前に、お二人が空中からいきなり現れ、乾杯するなり・・・、二人でキッスって」
そう言うと、女性店員は片目をつむって、テーブルを後にしようとした。
「待ってくれよ、春日ちゃん」
「はい。なんでしょう?ふふふ」
春日は大きな目を俊介に向けた。
「きみ、なにを知ってるんだい?」
「キスマークのこと以外は、なぁんにも・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「十分じゃないか・・・」
「それに国分寺さん、お優しいのね。肩に頭をあずけてすっかり眠ってる彼女を、ちゃんと起こさないように、ずっとそのままにしてたんですもの。ぎゅうっと抱きしめたまま」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だって、あれは・・・」
「スーパーモデルかと思ってしまいましたわ。ねぇ、黒磯支配人」
春日は、そう言うと、ウィンクをしてカウンターの中に戻っていった。
「ふふふ。国分寺さん、やっぱり、そうでしたねぇ・・・」
黒磯は、急に、にこにこ顔になって、俊介の方に身を乗り出した。
(春日ちゃん、なんて余計なこと言ってくれちゃって。まずい・・・。アンニフィルドの首筋キッス・・・。あれも絶対に見られたな・・・)
「パリ本店のお連れさん、モデルって、さっきおしゃっていましたよね?」
黒磯は俊介に藁をもすがるような眼差しを向けた。
「あははは・・・。だれが、そのようなことを?」
「今、春日ちゃんが・・・」
(ごまかせなくなっちまったな、こりゃぁ・・・)
「いや、モデルでもなんでもないですよ」
「結構。重要なのは、プロのモデルかどうかではなく、わたくしどものイメージに合うかどうかなんです。パリで拝見した限り、トップモデルにもまったく引けは取りませんよ」
「滅相な、大したことありませんよ」
「いやいや、とびきりの美人でしたよ」
「ちょっと、黒磯さん・・・」
「ぜひ、承諾しただけませんでしょうか?」
「そんな、いきなり・・・。本人の了解ってもんがあるでしょう?」
「じゃ、取ってください」
--- ^_^ わっはっは! ---
「困りますよ」
「国分寺さんが困るのは重要なことではありません。問題はご本人さんです」
「そんなぁ!」
--- ^_^ わっはっは! --
「ね、説得を。今回のビジネス、企画の第二フェーズの契約はまだでしたよねぇ・・・。たしか、要件定義だけでも、ン千万円とか・・・」
「うっ・・・」
俊介は非常に痛いところを突かれた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「第二フェーズは、恐らく数億円にはなると思うんですが・・・」
「う、うっ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あらためて、数社でコンペした方がいいかも知れませんねぇ・・・」
「ん・・・」
「さてと・・・」
ころっ!
「で、女の子たちを、いつ集めればいいんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「明日。できれば、午前中・・・。時間がありません・・・」
「あはは・・・」
「国分寺さん、恋人を出し惜しみしないでください。フランスでは、恋人を知人に紹介することは、一つの義務みたいなもんですよ」
「恋人ですって?」
「それとも、不倫相手ですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「違います!」
くしゅん、くしゅん!
アンニフィルドは、エルフィア大使館こと、株式会社セレアムの社員寮で、大きく2回くしゃみをした。
「まぁ、大丈夫ですか、アンニフィルド?」
「平気よ・・・」
「あは。アンニフィルド、それ、どっかで、きみのこと噂されてるんだよ」
「本当ですか、和人さん?」
「日本じゃ、そういうことになっているんだ」
「ふうん、そう・・・」
(俊介かなぁ・・・。だったら、いんんだけど・・・)
「アンニフィルド、本当に大丈夫なの?」
クリステアは少し心配そうにきいた。
「一応、ここのウィルスパターンに対応するワクチンを適用してるけど?」
「わたしが言ってるのは、あなたのハート」
--- ^_^ わっはっは! ---
クリステアはなおも心配そうにしていた。
「なに。なによぉ?」
「ふふ。アンニフィルドのお噂なら、俊介さんじゃないのですか?」
(ユティスったら、鋭すぎるじゃないの・・・)
シャンパンバー、ロイ・ルデレールでは俊介が、シャデル日本支配人の黒磯より、その要望を聞かされていた。
「実は・・・、モデル、3人必要なんですよ・・・。できれば・・・」
「ちょっと待ってください。一人じゃないんですか?」
「3人です」
黒磯は俊介が依頼を受けてくれそうとわかると、さらに要求を大きくした。
「3人ねぇ・・・」
俊介のその微妙なニュアンスに、黒磯はすぐさま反応した。
「やっぱり、当てがあるようですね?」
「しょうがないですね。白状しますよ。彼女はついこないだうちで採った3人娘の一人ですが、他の二人いましてね、こちらも、確かに、ちょっとした美人ですよ。タイプは違いますが・・・」
「ホントですか!」
「でも、本人たちが承知するか・・・。それに、イメージに合うかどうかも・・・」
「わかりました。明日、9時に、わたしの秘書を国分寺さんのところに行かせます」
「ちょっと、待ってください。本人たちの了解ってものが」
「とにかく、お会いさせてください。この通りです」
ぺこり。
黒磯は俊介に頭を下げた。
「ここは、わたしの奢りということで」
「しょうがありませんね・・・。頭を上げてくださいよ、黒磯さん」
(悪い、アンニフィルドよ。ここは、シャンパン代になってくれ!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「ありがとうございます。さすが、国分寺さんだ」
「じゃ、ちょっと、事務所に連絡入れますんで・・・」
「うわっ!ありがとうございます」
ぺこぺこ・・・。
黒磯は、何度も俊介に頭を下げた。




