203 平等
■平等■
俊介はアンニフィルドに完璧にからかわれていると感じていた。
「怒るぞ!」
「おお、恐い・・・」
ちゃぽんっ。
がしっ。
アンニフィルドは素早く俊介の右手を掴んだ。
「おいたはダメ。わたしは超A級のSSよ」
ぎゅっ。
アンニフィルドの腕に力が入ると、俊介は微動だにできなかった。
ぶるぶる・・・。
「くぅ・・・」
「一つ、教えてあげましょうか?」
「うるさい!」
ぶんぶん。
がしっ。
俊介はアンニフィルドの手を振り解こうとしたが、失敗した。
「生物の基本は女性なの。男性は女性からの派生形よ」
「はぁ?」
「ほら、あなたの胸にも女性と同じ乳首があるわ」
「なにを言ってる?」
つん。
「ひんっ!」
びくっ。
「こらっ、突っつくな!」
「あは、男も感じるのね?」
「当ったり前だろ!」
「で、もし、生物の基本が男なら、そんなもの男に必要ないと思わない?」
「だから、なんなんだよぉ?」
「生物の基本形は女性ってことよ。男性の染色体を持った受精卵は、ある時期まで女性として育つの。乳首はその名残り。でも、胎児のある時期に、母親の子宮内で男性ホルモンを浴びなければ、男性は身体も心もちゃんとした男性になれないのよ」
「男が女のなりそこないだとぉ・・・」
俊介はいい加減頭に来ていた。
「それは違う。男性は男性だから必要なの。性染色体のことを知ってるでしょ?」
「XだかYだか知らないが、ふざけるのも大概にしろよ」
「わたしは、しごく真面目よ」
「そのどこがだ?」
「Y染色体には、X染色体の枝が一つ欠けてるでしょ?」
「男は、不完全だと言いたいのか?」
「ナナン。遺伝子の情報量が違うってこと」
「だが、女だって、その枝にある遺伝子は作動しないよう、きっちりブロックされているじゃないか?」
「よく知ってるわね?」
「そりゃ、有性生殖に関しては、授業以外でも積極的に勉強したからな」
--- ^_^ わっはっは! ---
「けど、なにが言いたい・・・?」
「いい?人間に限らず、種をよりよく存続するために、男性が女性より派生した。これは基本的に男性に女性を選ぶ権利はないということよ。最終的にカップルが成立するためには、必ず、女性の同意があってこそ・・・」
「はっは、笑わせるな。女を振る男もゴマンといるぞ!」
俊介はアンニフィルドを見つめた。
「そうかしら。ジゴロが何人の女性を振ったとしても、最後はどこかしらの女性に許可を得ることになるんじゃないの?」
アンニフィルドはまったく動ずることもなく、俊介を見つめた。
「そして、最後の女性が、彼に許可を与える・・・」
「うっ・・・」
「諦めて。男性は女性に勝てっこないのよ」
「どういう意味だ?」
「降参しなさい、俊介・・・」
「なぜ、そうしなきゃならん?」
「もう少し、素直になって欲しいの」
「オレは自分には素直だ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「じゃ、わたしにも素直になって欲しいわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「自分も他人もない。オレは絶対的に素直なんだ!」
「そうかしら?」
「そんなに言うんなら、なぜ女だけで子孫を残すようにしない?エルフィアの科学なら、そんなことくらいわけないんだろ?」
「それでいいと思う?」
「なんだと?」
「男性がいないと、子孫は育たないわ。単性生殖というのは、種を滅ぼす極めて危険な行為なの」
「どうして?」
「だから、男性と女性あってこその人間なの」
「それがなんの関係があるんだ、この場合?」
「あなたとわたしの関係よ。少し学術的に考察してるだけ」
「いらんよ、そんな考察なんか」
「ナナン。必要なことよ。あなたは知らなくちゃいけないわ」
「なにを?」
「いくら高文明社会と言えど、女性だけの単性生殖を選んだ世界は、必ず、種族として衰弱していくわ。何世代も重ねないうち、すぐに子供が死んでしまうの。病気になったり、遺伝子異常が起きたりして」
「だから、その話しのどこに、今のオレたちの状況が関係してるんだ?」
「まぁ、聞いて。DNAの交差で新しい要素を取り入れなくなったら、その瞬間に、種は衰退の坂道を急速に転がり落ちていくの。エルフィアにおいても、何万年も前に、女性たちに女性単性生殖の意見が支配的になったことがあったわ」
「はっ。男なんていらないってか?」
「リーエス。でもね、エルフィア女性は自らそれを否決したの」
「なんで?男たちに襲われなくて、済むんじゃないのか?」
「その危険はあったわ。でも、そんな生物学的、理性的な理屈よりも、もっとロマンチックな感情体験の方が重要に思えたの」
「わははは。ロマンチックだって?」
「リーエス。相思相愛のカップル。強くて優しい男に、美しくて優しい女」
「王子さまに王女さまか。バッカバカしい・・・」
「でも、本気でそういう社会に作り変えた方が、女性単性生殖より、遥かに理に適っていることに気づいてたのよ」
「それで?」
「子供が欲しいからカップルになるの?それとも、カップルになりたくてそうなった結果、子供が欲しくなるの?」
「どっちもありじゃないか。わけわからんぞ・・・」
「パートナーよ・・・。純粋にパートナーが側にいて欲しい。どっちがどうってことじゃないわ。エルフィア女性は心底そう思ってる。以来、エルフィアでは男性も協力してくれたの。地球は完全に男性の価値観に基づく社会よ。いかに自分だけが生き延びるかが優先される、戦いありきのカテゴリー1の男性的価値観。エルフィアはまったく違うわ。大幅に女性の価値観を入れた継続可能な調和する両性的社会・・・。でも、ユニセックスというわけじゃないわよ」
「で、オレにフェミニストになっれってかぁ?」
「ナナン。対等によ。男性と女性。同じところもあれば違うところもある。双方が主張し合い否定し合うのではなくて、認め合い尊重し合うことよ。フェミニストとは根本的に違うわ。卑屈にはなって欲しくない。かと言って、威張り散らされるのはご免だわ。染色体の話しに戻ると、男性が偉そうにする生物学的な正当性はないと言うこと。平等よ」
「で、オレたちの場合、この状況となんの関係があるんだ・・・?」
「あなたは・・・、選んでる?」
「なにを?」
「わたしには、その自覚があるわ・・・」
「謎かけは止せよ。なにが言いたい?」
「・・・」
「なんだよ?」
「わからないなら、いいわ。背中流してあげるから、後ろ向いて」
アンニフィルドは話題を変えた。
ごしごし・・・。
ざざぁあ・・・。
「はい。終わり。気持ちいい?」
「ああ・・・。ありがとう」
にこっ。
「嬉しい・・・?」
「・・・」
じゃばぁ・・・。
「じゃ、先に上がるぞ」
「どうぞ・・・」
がたっ。
今しがたの学術問答で、すっかりその気を殺がれた俊介は、さっさと脱衣所に出て行った。
「SS・アンニフィルド、わたしです」
「アンデフロル・デュメーラ?」
「リーエス。どうされました?」
「うーーーん。地球の男って、どうして、ああ鈍いのかしら?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ナナン。それは、俊介個人の問題でしょう。彼は、基本的にまだ自信が持ててないんですよ」
「あの自信の塊みたいな俊介がぁ?」
「リーエス。それは、対象があなただからです」
「ホント?」
「お確かめください」
「ベッドで?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうしたいのであれば、ご随意に」
「もう、勿体つけてないで、ちゃんと教えてよぉ」
「それは、わたくしのミッションではありません」
「なによ、役立たず。普段は人を焚きつけときながら、肝心な時だけ、引っ込んじゃうだから・・・」
「どうおっしゃられても、これはあなたご自身ですべきことです」
「わかったわよぉ・・・。で、どうしろって?」
--- ^_^ わっはっは! ----
「ご自分でご判断を」
「ケチ・・・」
「一つ、言い忘れていました」
「なに?」
「SS・アンニフィルド、あなたも同様にそれを言ってません」
「それって?」
「あなたが、シュンスケから聞きたいと思っている、一言です」
「わたしが聞きたい一言ねぇ・・・」
「リーエス」
「お風呂上りのシャンパン用意してくれる?」
「ではありません」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わかってるわよぉ・・・」
(くっそう。なにが女が基本だ。やってられないぜ。ビールでも飲むか)
俊介は部屋の冷蔵庫を物色した。
「おっ、さすがフランス。ロイ・ルデレールのブラン・ド・ブランか。おおっ、さすがヨーロッパ。ビールはホイネケンに限るぜ」
俊介はホイネケンの緑色の缶を見つけ、それを取り出した。
ぷっしゅぅ・・・。
ごっくん・・・。
ぷはぁ・・・。
「あーーー、美味い」
「シュンスケ、上手くいかなかったんですか?」
「お、アンディー、期待に添えなくて、悪かったな」
「わたしは、そうでもないかと思います」
「そっかぁ?」
「リーエス。SS・アンニフィルドは、あの状況でも、いつでもあなたを一瞬で倒せますよ。それが、そうはならなかったんですから、あなたにとって、いえ、お二人にとって、大いなる進歩と言うべきでしょう」
「これが、大いなる進歩だって?」
「リーエス。もうすぐ、SS・アンニフィルドもここに戻ってきます。たぶん、さっきよりもっと魅力的になって・・・」
「もっと悪魔的になっての間違いじゃないか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ナナン。魅力的になってです」
「そいつは結構だ」
「お風呂上りの飲み物でもご用意されることを提案します」
「飲み物か?」
「リーエス。きっと喜ばれると思います」
「わかった。イモ焼酎があったかどうか、調べてくるよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
風呂上りでバスローブに身を包んだアンニフィルドは、血色よく健康的な色気に満ちていた。
どきっ。
俊介は慌ててグラスを取り出した。
「ほれ、風呂上りで喉が渇いてるんだろ?」
とくとく・・・。
俊介は、ロイ・ルデレールのブラン・ド・ブランを明けて、グラスに注いだ。
しゅわしゅわぁ・・・。
「それ・・・?」
「乾杯・・・」
「あ、乾杯・・・」
ちーーーん。
グラスの高い音が静かに響いた。
「シャンパンが好きなんだろ?」
「リ、リーエス・・・。なんで、わかったの?」
にこっ。
アンニフィルドは、嬉しさがこみ上げてくるのを、やっとで堪えていた。
「独りで飲む・・・?それとも、この前のように・・・」
「あなたが飲ませて・・・」
アンニフィルドはそう言うと、自分のグラスを置いて眼を閉じた。
ごっくん。
俊介の口からそれを受け取ったアンニフィルドは、両腕を俊介に巻きつけた。
「もう一回・・・」
ごっくん。
続けて、俊介は、アンニフィルドにもう一杯与えた。
「よいしょっと」
俊介はグラスを置くと、ベッドの一つに腰掛けた。
「ベッドは二つね?」
アンニフィルドはその隣のベットに座った。
「ベッドってのを、丁寧な地球語で言うと、なんだか知ってるかい?」
「床」
「丁寧にと言ったはずだぜ」
にやっ。
「お床?」
「そう、男・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ばんっ!
「痛・・・」
「もう、バカ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「使うベッドは、一つだっていいんだぜ?」
ばん!
「あっちへいきなさいったら!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「普通、こういう状況で、なにもないってのは不自然じゃないか?」
「嫌よ。わたし、そこまであなたに許してないもの・・・」
「へ?」
「こういう時、鎌をかけるような冗談で、わたしを試そうとしてもダメ」
「どういうことだ?」
「これは、お仕事。それに、あなたにとって、わたしはなんなのか、まだ、あなたの口から聞いてない・・・」
「なんだ、そりゃ?」
ばさっ。
アンニフィルドは、俊介に背を向けて、隣のベッドの毛布に潜り込んだ。
「そういうことなら、今後もありえないわね。シャンパン、ありがとう」
「なにが?」
「わかんないのなら、それでいいわ。とにかく、わたしはこっち。あなたはそっち」
「ちぇ、ヒントくらい教えろよ・・・」
俊介はどうやらアンニフィルドが本気らしいことに気づいた。
「何度も教えたけど、自分で気づかないのなら、それだけのものってことよ」
「さっぱりわからん・・・」
「とにかくそういうことで、おやすみなさい」
ぱちっ。
アンニフィルドは足元灯を除いて灯を消した。
「・・・」
「・・・」
「おい、本当に寝ちまってるのか・・・?」
「リーエス。明日は、体調をベストにしとかなくちゃね。それじゃ」
「待てよ。まだ、10時半じゃないか?それに・・・」
「それに、なに?」
「そのぉ・・・、パリの高級ホテルで、夜をきみと一緒に過ごすんだぜ・・・」
「だから?」
「きみは平気なのか?オレは、とても眠れないよ・・・」
ばさっ。
俊介が文句を言うと、アンニフィルドはベッドから身体を起こし、俊介のもとにいった。
「しょうがない子ねぇ・・・」
「え?」
すぅーーーっ。
アンニフィルドは俊介の傍に腰掛け、横になった俊介の頭を優しく撫でた。
「あなたが寝付くまで、こうしてあげる・・・」
アンニフィルドのいい香りが、俊介の鼻腔をくすぐった。
「オレは赤ん坊かぁ?」
「坊やは黙って目を閉じてなさい・・・」
俊介はアンニフィルドの言うままに目を閉じた。
とろーーーん。
「いい子ね・・・。ねんねこ、ころぉーりよ・・・」
すぅーーーっ。
けだるいアンニフィルドの子守唄に、俊介はたちまち眠くなった。
とろとろぉ・・・。
「ふぁあ・・・」
かくん。
「・・・」
「眠っちゃったか・・・」
すぅーーーっ。
アンニフィルドは、なおも俊介の頭を優しく撫でた。
「すーーー。すーーー」
俊介の寝息が規則正しく時を刻んだ。
「好きよ、俊介・・・」
ちゅうっ。
アンニフィルドは俊介の唇にゆっくりとキッスした。
さあさぁーーー。
そして、俊介と同じ毛布に潜り込んだ。
次の朝、俊介は柔らかく暖かい感触となんとも言えないいい香りに、眼を覚ました。
「ん・・・?」
「すぅ・・・。すぅ・・・」
俊介の数センチ前には、アンニフィルドの満足そうな寝顔があった。
「ア、アンニフィルド・・・」
「すぅ・・・。すぅ・・・」
びくっ。
「どういうことだ・・・?」
俊介はたちまち頭をフル回転させた。
「うん・・・」
俊介が急に動いたので、アンニフィルドも目を覚ました。
「俊介・・・?」
「おはよう・・・」
「言葉だけなの?」
にこっ。
--- ^_^ わっはっは! ---
どっくん・・・。
眩いばかりのアンニフィルドの笑顔に、俊介は動揺した。
すぅ・・・。
アンニフィルドの右手が、俊介の頬を伝っていった。
「・・・」
突然、俊介は理解した。
「きみが、好きだ・・・」
俊介の数センチ前で、アンニフィルドの瞳が潤んでいた。
「もう一度言って・・・」
「好きだよ、アンニフィルド」
ぎゅぅ・・・。
「嬉しい・・・」
にっこり。
アンニフィルドにゆっくりと笑みが広がっていった。
きゅうっ。
そして、その手は左手と一緒になって、俊介の首に巻きついた。
「それを聞きたかったの、ずうっと・・・」
ぽわぁーーーん。
黄色味を帯びた白い光が、アンニフィルドから滲み出てくるように、二人を包み込んだ。
俊介はその光に包まれながら、アンニフィルドに神々しさを感じ、とても幸福感に浸った。
「すまない。もっと早く言うべきだった・・・」
「ナナン。もう欲しいものは手に入ったから・・・」
「オレもだ・・・」
「あなたの心・・・」
ちゅっ。
アンニフィルドの声はキッスに消えていった。