001 将来
■将来■
宇都宮和人が少年の頃だった。
「和人、みんなから一番喜ばれる仕事は、なんだかわかるかな?」
「わかんないよ。父さん」
「40度近い熱が出てる時、どうしてもらいたい?」
「病気を直してもらいたい!」
「じゃ、お気に入りのおもちゃが壊れた時は?」
「新しいの買って!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そう来たか!それじゃないとイヤという時はどうかな?」
「壊れているところを直してもらいたい。あ・・・、わかった!」
「おっ?」
「一番喜ばれる仕事って、なにかを直してあげる仕事でしょ?」
「大正解!和人、おまえは賢い子だ。父さんはとっても嬉しいよ」
「すごいね。ぼく!」
「ああ。自分の体なんか、絶対にとっ代えられないぞ」
「そうそう。ぼくは自分の体がお気に入りなんだ」
「それは、いいことだ。自分をうんと好きになることだな」
「うん!」
「医者は体を直し、車屋は車を直し、電気屋は電化製品を直す。父さんはコンピューターを直す」
和人はそこで考え込んだ。
「じゃ、勉強ができない頭を直すのは?」
「そりゃ、神さましかおらんよ!」
「それで、学生はみんな神社に行くんだ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「神主さんも直すお仕事なんだね!」
「運を直す仕事かな」
そこに和人の母親がやってきた。
「うふふ。和人も父さんも愛してるわ」
「きみはいつもステキだよ。オレの心を癒してくれる・・・」
「母さんは父さんの心を直すんだね?」
「そうよ、和人。ねぇ、あなた・・・」
うるるる・・・。
「ああ・・・」
じぃ・・・。
「母さん・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あーっ、始まった。調子に乗って4人目作んないでよね!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ、沙羅ったら・・・」
母親は長女の沙羅を見つめて、更に言いたそうにした。
「4人目がだめなら、一気に5人目というのは、どうかな、母さん?」
--- ^_^ わっはっは! ---
それを見た父親が先に言った。
「なんなのよ、それ!」
沙羅が目をつり上げた。
「ふわぁ・・・」
宇都宮和人は、しがないソーシャルメディア系のベンチャーIT会社のエンジニア兼マーケターであった。仕事自体は、肉体的には辛い訳ではないが、面白いというほどでもなかった。
「あーあ、やっぱり、あの時、大学、辞めたの間違いだったのかなぁ」
彼は一度4年制工科大学に入ったもの、そこでの勉強から自分の将来のイメージを抱けずにいた。先輩たちは、自分の作りたいものもなく、会社の名前で就職先を決めた。そこはそこそこ有名な企業ではあったが、望んだ職種にありつけた先輩はほとんどいなかった。
「大手企業に就職するなら、卒業は大前提だったけど。はぁ・・・」
何ヶ月か悩んだあげく、和人は大学の教務部に退学届けを出したのだった。
「宇都宮君。せっかく入ったわが校を、2年もしないうちに止めようって言うんだね?」
進路主任は、穏やかな表情で宇都宮和人を見つめた。
「今のコースが、自分の夢にどう役立つのか・・・。その、ぜんぜん思えないのです」
「それは、いかんね。もっと早くに相談して欲しかったよ」
「入学式にですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「おほん。せめて、5月くらいにして欲しいな」
「わたしの夢は、卒業後、勉強内容に関係のない有名会社の社員や上級公務員になることではないんです・・・」
「みんなそうしているんだよ。安定した生活を約束することだし、親御さんだって安心できるし、ある種のステータスになるのではないのかね?」
進路主任は、心配そうに和人を見つめた。
「ありがとうございます。でも、数字に追いまくられ、システムという見えない主人に忠誠を誓わされ、人生を無駄にするところに何十年もいるなんて耐えられません・・・」
ぶるっ・・・。
「だから、今自分で決めたいんです。自分の人生、やりたいこと。お金以上の大切なものを奪われ続けていることに、だれも気づいていません」
進路主任は和人の言葉に反応した。
「で、なんだね、そのお金以上のものとは?」
「時間です。二度と戻ってこない、大切な自分の時間。本当はできたかも知れない、自分の夢を追いかける時間。大好きな人と過ごす時間。世界を見たりして楽しむ時間・・・」
「きみにはたくさんあるだろうに・・・」
和人は首を振った。
「21世紀も競争が奨励され、一人の勝者とその他大勢の敗者が決まっていく。それって、なんかものすごく心が貧しくて、野獣同然の考え方だと思います。文明はとんでもなく進歩したというのに、精神的な進化には人間の知恵を一つも感じません」
「ふむ・・・」
進路主任は大きく息をついた。
「お金や複利は人類の偉大なる発明と言われますけど、欲望に基づくもので理性に基づくものとは思えません。人類が進歩するためには、絶対に必要なものなんでしょうか?」
にこっ。
「お金と利息・・・?わたしには大いに必要だよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「宇都宮君、きみは、すぐにでも社会学か宗教学の講師になれるぞ。非常勤でよかったら、どうだね、うち以外で?」
にたり。
--- ^_^ わっはっは! ---
和人は進路主任の言葉をスルーした。
「それで、宇都宮くん。きみは、いったいどうしたいのかね?」
「わたしは、ビジネスに組み込まれる立場ではなく、小さくてもいいから自分のビジネスを作り、所有する立場になりたいんです。自分が許された時間内に、夢を実現したいんです」
「夢?よかったら聞かせて、くれないかね、とりあえずタダで?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「どうも・・・」
「要は、どうしても起業家になりたいというのかね?」
「はい」
「待っているのは地獄かもしれんよ、宇都宮君」
こっくり・・・。
「ご忠告ありがとうございます。ひょっとしたら、それに気づいたということこそ、わたしがここで学ぶべきものだったのかもしれません」
「わかった。今は何を言っても聞いてはもらえんようだから、退学届けはわたしが月末まで預かろう・・・。いいね?」
「あ、はい・・・」
「どうかしたのか?」
「預かり賃、取るんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わっはっは。気が変わったら言ってくれ」
「はい。ありがとうございます」
がらぁ・・・。
和人は教務室を後にした。
ばたん。
「宇都宮和人か・・・」
「調べますか?」
「ああ、そうしてくれ・・・。機械科2年生だ」
「承知いたしました」
「その前に・・・」
「なんでしょう?」
「わたしも、きみも、辞表を書く練習をしないとな」
「はぁ?」
「奴隷だそうだ」
--- ^_^ わっはっは! ---
結局、和人は、そのまま工科大学を半年でやめ、インターネットビジネスに強い即戦力型のIT系の専門学校に入った。
「ITを武器に、いずれ起業するぞ・・・」
そして、和人はWebソーシャルメディアの会社に応募した。
会社は株式会社セレアムと言った。
「名前は、宇都宮和人さんね?」
20代前半と見える美しい女性は、株式会社セレアムの社長の国分寺真紀で、自らスタッフの採用に当たっていた。
「はい」
「一応、本採用ということにさせてもらうけど、本当にうちでいいの?」
「はい」
「あなたの学校なら、もっと有名な会社に就職できるんじゃないの?」
「わたしはサラリーマンではない選択肢があるところが、必要なんです」
「ふふ。変わってるわね、あなた・・・。襟、立ってるわよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「すいません。スーツ着慣れてないことがバレバレですね?」
「ふふふ。いいわ。でも、変っていることって、それ、大切なことよ」
「はい」
「うん。わかった。あなたを気に入ったわ。報酬は貢献度次第で、毎月金額が変わるわよ」
「承知しています」
国分寺真紀は、にっこり微笑んだ。
「うちはね、社員といってるけど、最初に言ったように、みんなには、個人事業主になってもらって、営業や経理などの業務をそれぞれ請け負ってもらうという形なの」
「事業の請負ですか・・・」
「ええ、そうよ。わかるかしら?」
「はい」
「だから、毎月の振込みは給料とは言わないわ。業務委託料よ。つまり、税金や保険料、その他は、一切引いてないの。満額、あなたの口座に入るわ」
「でも、それを政府や自治体に支払わないわけにはいかないでしょう?」
「もちろんよ。払うまで、お上は死んでも追っかけてくるわよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「税務署で、あなた自身が、確定申告することになるの」
「確定申告ですか・・・」
「ええ。個人事業主としてね。会社員のお給料とはわけが違うわ」
「社長に、それを教えていただくことは、可能ですか?」
「ふふ。もちろん。わたしの専門だし。あなたのやる気次第ね」
「お世話になります」
ぺこり。
和人は深く礼をした。
「そう言ってくれると、思ってたわ。顔に書いてあるもの」
--- ^_^ わっはっは! ---
「えへ・・・」
「それでね、一応言っとくわね。毎日事務所への出勤はあるわよ。それに、男はわたしの弟で常務の国分寺俊介とマーケティングリーダーの二宮祐樹だけ。あなたは3人目。貴重なのよ。うちは男手が圧倒的に足りないんだから」
「そうなんですか・・・」
「後は、そうねぇ。あなたにその意思があったって、不思議じゃないけどぉ・・・」
きょとん。
「はぁ・・・?」
「うちは若くて可愛い娘ばっかりだから、仕事も楽しくなればいいわね。ふふふ」
「は、はぁ・・・」
「社内恋愛も結構よ。でも、非常識なアプローチは禁止ね」
「あ、はい」
「うふふ。じゃ、会社の寮に入るってこともOK?」
「はい。そうしていただけると、すごく助かります」
和人の実家は、大山市から何百キロも離れていた。
「1K、洋式水洗トイレ、お風呂つき。家賃は月1万円で、光熱費は本人負担ね。築30年だけど、2階の南側で日当たりはいいわよ。見てきたっけ?」
「ええ。常務さんと一緒に」
「よし」
女社長は頷いた。
「本格出社は4月1日からよ。仲良くやりましょう。よろしくね。今日は、どうもありがとう」
「は、はい・・・」
「あー、それと・・・」
ぽん。
女社長は手を打った。
「なんでしょうか?」
「うちね、そんなに大きいわけじゃないから、みんな、お互い、ざっくばらんで呼び合ってるの。あなたは宇都宮和人かぁ・・・」
(やっぱ、名前長いよなぁ・・・)
にこっ。
「んー。そうだわ。和人。和人って、呼ぶわよ。いい?わたしのことは、真紀でいいわ」
「え、そんなぁ。社長さんを、下の名前でだなんて・・・」
「うふふ。練習してみようっか?」
じい・・・。
「和人・・・」
にこっ。
真紀は和人を見つめ微笑んだ。
「真、真紀さん・・・」
かぁ・・・。
和人は緊張して赤面した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。街中で呼び合ってたら、恋人と間違われるわね」
「か、からかわないでください」
「ふふふ。わたしは、おばちゃんか・・・」
「そんな、とんでもない」
「いい?みんな個人事業主。社長よ。あなたもわたしも社長。だから対等にフランクにいこうよ。いいわね。早く慣れてよ」
「はい・・・」