194 別用
■別用■
「結局、嘘が本当になっちまったぜ」
俊介は、パリ行きのビジネスクラスの一番後ろのシートに収まっていた。
「お客様、食前のお飲み物は、いかがしましょう?」
明らかにフランス人かその混血だと思われるアテンダントが、流暢な日本語で俊介に微笑みかけた。
「それじゃ、レカールを」
「はい。かしこまりました」
ちゃ。
かち。
とくとく。
日本人アテンダントは、グラスに氷とレカールを入れると、ミネラルウォーターを継ぎ足した。
「きみ、フランスの人なの?随分と日本語流暢だけど・・・」
「まぁ、そう言っていただけると嬉しいですわ。実は、父が日本人なんですよ」
「そうですか」
「ええ。ですから、勤務ベースはパリと成田なんです。お客様も素敵ですけど、ご両親はやはり・・・」
アテンダントは、俊介の堀の深い顔と、きりりとした口髭に目をやった。
「クォーターです。わたしは、祖父似でして」
「そうでしたか。うふふ」
からから・・・。
ぱっ。
彼女がそれをマドラーで混ぜると、グラスは一気に白くなった。
「お。いつ見ても、レカールは不思議だよね?」
「うふ。お客様は旅慣れしておいでですね?」
「そんなんでもないんだけどね」
「日本人でレカールをお頼みされる方は、ほとんどいませんよ」
「なるほどね・・・」
「はい。どうぞ、お召し上がりください」
さっ。
「どうも、ありがとう」
「どういたしまして」
かちっ。
「あり?」
俊介は、カートを動かそうとした彼女の名札を見て、直感した。
「喜連川?」
「はい。わたくしの名前は喜連川ですけど?」
「イザベルと同じかぁ・・・」
「まぁ、妹をご存知なんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「妹?」
「ええ。歳が少々離れてますので、今はまだ、IT関係の専門学校に通ってますわ」
「ひぇーーー。こりゃ、たまげた・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
にこっ。
「彼女のお姉さまですか?」
「はい。姉のミレーヌと申します」
「ミレーヌさんかぁ・・・。あの、彼女、来年、ウチの会社に採りたいと思ってまして」
「まぁ!ひょっとして、セレアムって会社ですか?」
「そうです。ウチの会社です。わたしは、一応、常務取締役でして・・・」
「オラララ・・・。そう言えば、そのお髯、確か常務さんですよわね?」
ミレーヌはひどく驚き、同時に喜んだ。
「はい、そうです。しかし、まさか、お姉さまが、フランス航空のアテンダントされてるとは・・・」
「わたくしもびっくりです。不束者ですが、妹をよろしくお願いしますね?」
「いえ、いえ、こちらこそ、妹さんを預かることになるかもしれないと思うと、身が引き締まります・・・」
きりっ。
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ。うふふふ。妹は、あれでカラテの達人なんですよ」
「はい。聞いています。襲われた時の得意技は、一目散に逃げることだって」
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ!うふふふ。あの娘らしいですわ」
「それは冗談らしんですが、ウチの二宮も、見事な上段蹴りで、妹さんにのされたとかで・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふ。二宮さんと言えば・・・、昇段審査の時の・・・」
「ご存知で?」
ミレーヌは鈴を転がすように笑った。
「うふふふ・・・」
「やっぱりそうでしたか・・・」
「はい。笑っちゃ失礼ですわよね?でも、妹と組み手の途中で、妹の胸に二宮さんの突きが入り、ぽよよーんて。それで、二宮さん、すっかり調子が狂っちゃったって」
「そうらしんです」
「そして、次の瞬間、ドタンって・・・」
「ドタンね・・・。あはは。さぞかし慌てたんでしょうねぇ」
--- ^_^ わっはっは! ---
にたっ。
「真紀、電話よ」
岡本の意味深な笑いに、真紀は嫌な予感がした。
「はい、国分寺です」
「あ、国分寺さん。黒磯です。よかった、いらっしゃって」
「どうされましたか?」
「はい。今度、シャンパンバーでも・・・、いや・・・」
「はぁ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「いや。それが、例の企画、パリ本社で早速内定されたんですが・・・」
「まぁ、それはおめでとうございます」
「はぁ。それはいいんですが、役員会議に説明に来いと・・・」
「それは、ステキじゃありませんこと?」
「あの、それが・・・」
「なにか問題でも?」
「常務さんにも出ていただきたいと・・・」
「ええ?」
「ウチだけじゃ、詳細を説明しきれないもんで、その、日本側スタッフとして・・・。もちろん、渡航、滞在費はウチで持ちますんで、なんとか・・・」
「まさか、プレゼン要員になれと・・・?」
「はい。そのまさかでして・・・」
「ちょっと、それは・・・」
「お願いしますよ、真紀さん。常務さんに、是非・・・」
「困ったわ・・・」
「常務さん、今、どちらへ?」
(言っていいものかしら・・・)
「真紀さん、助けてくださいよぉ。常務さんに電話しても、まったく繋がらないんで」
(そりゃ、そうだわ。わざわざ、スマホ、置いてったんだから)
--- ^_^ わっはっは! ---
「黒磯さんは、どこなんですか?」
「今、成田の第一ターミナルです。11時半の便で、パリに経つ直前です」
「まぁ、それは大変」
「でしょぉ?現地6時には、役員会議なんです」
「ユティス、アンニフィルド、クリステア、それに、和人、ちょっと会議室へ」
「あ、はい」
エルフィア娘3人と和人は、会議室に呼ばれた。
「ここなら大丈夫だわ」
「内緒のお話しですか?」
「そうよ。ビジネス・シークレット。ねぇ、アンニフィルド?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス。なに、真紀さん?」
「かくかくしかじか・・・。急用で、俊介はパリに行っちゃったんだけど、どうしても伝えてもらいたいの。わたしじゃ無理でしょ?」
「なるほど」
「俊介、あなたに無断行動よ」
クリステアがさらりと言った。
--- ^_^ わっはっは! ---
「どうして、わたしの許可が要るのよぉ?」
ぷくぅ・・・。
「どうせ、直ぐに戻ってくるんじゃない?」
「でも、パリよ。日本じゃないのよ。飛行機で12時間もかかるのよぉ」
「ああ。あののろい空飛ぶ機械ね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「どうすんだよ?常務は、パリだよ。携帯やスマホなんか持ってってないし・・・」
「それじゃ、連絡するのは難しいわ」
アンニフィルドは肩をすくめた。
「伝達手段がないの。だから、あなたたちだったら、連絡とれるんじゃないかと・・・」
「アンデフロル・デュメーラがいるじゃない?」
エストロ5級母船は直ぐに反応した。
「お呼びですか、SS・アンニフィルド?」
「俊介と連絡取れる?」
「リーエス。しかし、今は、避けられた方がよいかと・・・」
「なんで?どういうこと?」
「お眠りになられてます。女性のお隣で」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぴきーーーんっ!
「なんですってぇ、あの浮気者!」
ぽーっ、ぽーっ!
アンニフィルドが沸騰した。
「明かりの消えた空中移動機の中で、沢山の人間が席に着いて眠っています」
「そっか、パリ行きの飛行機の中で、まだ移動中なんだ」
和人は事実を正しく把握した。
「リーエス、コンタクティー・カズト。飛行機の中の座席です」
「それを早く言いなさい、アンデフロル・デュメーラ!」
アンニフィルドは怒りを引っ込めた。
「リーエス。申し訳ございませんでした」
「どうしますか、アンニフィルド?」
「どうでもいいけど、超急ぎなの・・・」
真紀が困った顔になった。
「俊介がパリに着いたら、何時?」
「現地時間、4時くらい」
「会議は9時よ」
「起きるの待っていたら、間に合わなくなるんじゃないでしょうか?」
「リーエス、ユティス」
「俊介への連絡方法は、なにかないのぉ・・・?」
真紀はほとほと困りきっていた。
にっこり。
「ねぇ!」
クリステアはみんなを見てにこやかに言った。
「ここは、やっぱり、ハイパー通信で、だれかさんが、彼氏の夢におじゃまするしかないわよねぇ・・・」
「彼氏?」
「恋人のことだよ」
「恋人ですってぇ?だ、だれがよ?」
「じゃ、ふられたんだ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「怒るわよ、クリステア」
「とにかく、あなたが適任じゃないのかしら?」
「わたくしも、そう思います、アンニフィルド」
ユティスも賛同した。
「えーーー、なんで、わたしがしなきゃいけないのよぉ?」
アンニフィルドが渋った。
「知ってるわよ、ハイパーライン。あなたがこっそり俊介と専用線引いてること・・・」
にや。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ハイパーライン・・・?」
「そう。ハイパーライン・・・」
クリステアが目を細めた。
「な、なによぉ・・・?」
「俊介と、ハイパーライン引いてるのは、あなただけよねぇ・・・」
ハイパーラインは、家族、恋人、親友、そういった本当に親密な関係にある同士が構築するもので、何億光年離れていても、瞬時に会話ができるものだった。
「アンニフィルド、やっぱり、そういうことなんですね?」
ユティスは嬉しそうに言った。
(くぅ、バレてる。なんでぇ?秘密にしてたのにぃ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「連絡頼むわよ」
クリステアは当然のように言った。
「リーエス。やれば、いいんでしょ。やれば!」
アンニフィルドは、ハイパー通信で、パリ行きの飛行機の中で、眠っている国分寺俊介を呼び出そうとしていた。
「アンデフロル・デュメーラ、彼の睡眠状態をモニタして?」
「リーエス、SS・アンニフィルド。現在、ノンレム状態に入ったばかりです」
「じゃ、夢なんか見てないわね?」
「リーエス、後、1時間程度は、お待ちする方が確実かと」
「リーエス、了解よ」
アンニフィルドは、夢を見やすいとされるレム睡眠を、待つことにした。
「てなわけよ。1時間待つわ」
「どういうことだい?」
和人は、なぜアンニフィルドがさっさとハイパー通信をしないのか、わからなかった。
「それはですね、和人さん」
ユティスが、説明を始めた。
「今は、常務さんの眠りが深くて、さすがのアンニフィルドも、声が届かないからですわ」
「まだ、想いの量が少ないとか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。いいこと言うわね、和人」
クリステアが笑った。
ぽかり。
「痛いじゃないかぁ・・・」
「うるさい!」
「まったく想われてないとか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「クリステア!」
「はぁーーーい。いっぱい想われてると、信じていたいそうでぇーす」
--- ^_^ わっはっは! ---
「もぉ、余計、酷くなったじゃない!」
「うふふ」
ユティスは今回はなにも言わず、3人の会話を楽しんでいた。
「じゃ、眠りの浅い時間もあるの?」
「リーエス。レム睡眠というのがそれです。目の動きが急に早くなるんで、すぐにそれとわかるんですよ。この時、脳は目覚める準備をしていて、夢を見るんですわ」
ユティスが答えた。
「ふうん、それを狙って、メッセージを送ろうってことなんだね?」
「リーエス。わたくしも、和人さんにコンタクトした時は、そういうタイミングを計っていました」
「そうなの?」
「リーエス。和人さんの意識とコンタクトできる時間帯を把握することは、とても大切なことでした」
「要は、四六時中、和人のこと見てたってんでしょ?」
アンニフィルドが反撃体制に入った。
「まぁ・・・、
--- ^_^ わっはっは! ---
「そ、そうなの・・・?」
かぁーーーっ。
「まぁ、アンニフィルドったら、そんなことないですわ・・・」
ユティスが真っ赤になった。
「ふうーーーん・・・」
クリステアが目を細めた。
「ホントに、ホント?」
「そんなこと、ありません。四六時中だなんて・・・。起きている時だけです・・・」
「ユティス、あなたがでしょ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
くぅ・・・。
俊介は、昨夜のアンニフィルドとの件での朝帰りに加え、パリ行きの飛行機の中で、シャンパンとレカールを飲んだため、気持ち良く眠っていた。
ぴくっ。
ぴく、ぴくっ。
シュンスケの目が微妙に動き始めた。
「SS・アンニフィルド、シュンスケはレム睡眠に入りました」
「アルダリーム(ありがとう)、アンデフロル・デュメーラ」
「リーエス。パジューレ(どういたしまして)」
アンデフロル・デュメーラの報告で、アンニフィルドは、俊介とのコンタクトを開始した。
「俊介?」
「う、うーん・・・」
ごろっ。
俊介はビジネスシートの中で小さく寝返りした。
「俊介ったら、聞こえてる?」
「あ・・・、あぁ・・・?」
「わたし。アンニフィルドよ。聞こえてるんでしょ?」
「あ・・・。アンニフィルド・・・・」
「リーエス。わたし」
「あぁ、オレだ・・・。聞こえる・・・」
「今、あなたの夢に現われてるの。大切なことだから、ちゃんと聞いてよ」
「う、うん。わかった・・・」
「夢じゃなかったんだ・・・」
「そうよ。30分後の別便で、黒磯さんがパリに着くわ」
「わかった。待ち合わせ場所に行くよ。オークションは明日だからな。そっちの現地受け入れスタッフには、ホテルで会うことにする」
「ええ、そういうこと。・・・・ええ、そうね。わたしたちは、・・・だから。黒磯さんとは、あなたから連絡してよ。・・・そう。・・・えっ。ちょっと、俊介?な、なによそれ?」
「どうかしましたか?」
にっこり。
アンニフィルドのあわてた様子に、ユティスは、楽しそうにきいた。
「キスマーク・・・?待ってよ・・・。うそぉ・・・?このわたしがぁ・・・?シャンパン口移ししろって、せがんだあげくに・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
にたにた・・・。
「全部聞こえてるんだけど・・・。キスマークとか、口移しとか、どういうことかしら?」
真紀が、興味津々で、アンニフィルドの会話を聞いていた。
「あはは・・・」
とんとん。
「アンニフィルド、声に出てるってば」
和人がアンニフィルドに囁いた。
「ええ?」
「だから、話してること、みんな聞こえちゃってるんだけど・・・。いいの?」
アンニフィルドはようやくそれに気づいた。
「あーーーっ!わたしったら、声出してしゃべってたの?」
「リ-エス。さっきからずっと生中継してたよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「きゃあ、俊介、みんなに聞こえちゃったじゃない!」
かぁーーー。
「ん、もうっ!」
アンニフィルドはたちまち赤面した。