018 昼寝
■昼寝■
次の朝、二宮は和人を心配そうに覗き込んだ。
「和人、その顔はぜんぜん熟睡してないって感じだな」
「そうです・・・」
「例のユティスとかいう女の子か?」
「そうです・・・。先輩、同じ夢を何回も、しかも続きドラマで見たことってありえますか?」
「連続ドラマか?」
「ええ」
しょぼしょぼ・・・。
和人は目をしょぼつかせた。
「ないな・・・。それにしても、なんだ、そりゃあ?」
「オレ、気が狂っちまったんでしょうか?もう3日も連続なんです」
「気がふれ・・・」
和人にただならぬものを感じて、二宮は出かかったジョークを飲み込んだ。
「言ってみろ、和人。ユティスはなんて言ってきたんだ」
「彼女はオレとちゃんとしたコンタクトをしたがっています。地球のことをとても心配しているんです」
とにかく、二宮は現実の問題に焦点を合わすことにした。
「情けないツラしてんな、和人。まるで一睡もしてないようだな。クマできてるじゃないか」
しょぼしょぼ・・・。
「そ、そうですか?」
「そんなんで、今日一日、身体持つのか?」
「きついかも・・・」
つかつか・・・。
「ちょっと、和人、お願い」
真紀が和人に声をかけたので、二人の会話は中断した。
「今日ね、岡本が休みなの。和人、ちょっとシステムを見てくれる?」
「はい、真紀さん・・・」
すくう・・・っ。
和人はやっとのことで立ち、システム室に消えた。
中には、俊介がいた。
「おう。和人、来たか」
「あ、常務・・・」
早速、俊介は、システム室のサーバーラックの一つを指差した。
「これが、なんだかわかるか?」
「いいえ、まったく。顧客から預かっているマシンじゃないんですか?」
「そうか。そう言ったっけ。実は、これハイパートランスポンダーと言って、半径3億光年をカバーする超時空間通信機だ」
「3億光年・・・?なんなんですか?」
和人はまったく理解していなかった。
「早い話、宇宙の果てまで一瞬で通信を可能にする代物だ」
「ご冗談でしょう・・・?」
「本気だ・・・」
「・・・」
俊介は真面目な顔を崩さなかった。
「前にも話したが、今までこいつが作動したことはなかった。だが、おまえのPC操作時に連動して作動した。つまり、超時空通信をおまえがしたってことだ」
和人はびっくり仰天した。
(常務、オレがユティスと交信してるのを知っている・・・)
「事情によっては、おまえのサポートをしてやれるかもしれん」
「な、なんのことです?」
「恐れなくていい。オレたちはおまえの味方だ」
俊介は和人を真剣にを見据えた。
「和人、オレたち姉弟は・・・」
とんとん。
「入るわよ」
「ああ・・・」
がちゃ。
真紀が入ってきた。
「なんだよ、姉貴?」
「俊介、あなたに電話。シャデルの日本支配人さん」
「黒磯さんか?」
「そうよ。どうするの?断る?」
「いや、出る」
「大事な用事みたいよ」
「和人、後は戻ってからだ」
俊介はシステム室を後にした。
ほっ・・・。
(なんだか知らないけど、今のは危機的状況だったよな。社長も常務もすべてを感づいているんだろうか。ハイパートランスポンダー。半径3億光年。いったいなんのことを言っているんだろう。オレが、エルフィアとコンタクトしたことやユティスのこと知ってるんだったら、あの二人も宇宙人だったりして・・・。まさかね・・・。それにしても眠くて倒れてしまいそう)
ふわぁ・・・。
「眠そうね?」
真紀がにんまりした。
「え、いや・・・」
「いいわよ。カフェで目をつむって顧客攻略シナリオを考えていても」
--- ^_^ わっはっは! ---
「目をつむって・・・。ははは・・・」
しばらくして俊介が戻ってきた。
「和人、オレは急用ができた。続きは戻ってからにしよう」
「はい」
俊介は大事なことを伝えるように、和人を見つめてゆっくりと言った。
「ひとつだけ気に留めておいて欲しい・・・」
「はい」
「おまえが夢でもなんでもいいが、そこで、おまえにメッセージを告げる異世界のだれかに会ったとしよう・・・」
「はい・・・」
「それは夢なんかじゃなく、現実だ・・・」
「・・・」
「それについて相談があれば、いつでも聞いてやる」
そう言って、俊介は上着を羽織り事務所を後にした。
「どうする?事務所にいても、仕事にならないでしょ?」
真紀が腕を組んだまま、顎で出口を指した。
「あなた一人なら、遠慮しなくていいわよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、はい・・・」
「サーバーのチェックは終わったのか?」
二宮がシステム室から出てきた和人を掴まえた。
「真紀社長も常務も知ってるみたいです」
「例の女のことか?」
「はい。ユティス、エルフィア、交信、文明促進支援。全部・・・」
和人は両手を広げた。
「真紀さん、カフェに行っていいって・・・」
「じゃ、一緒に出るか?」
「いや、オレだけだそうです」
--- ^_^ わっはっは! ---
「オレの許可も取ってくれよぉ・・・」
「すいません」
「で、ユティスと一晩中語り合ってたって?」
「はい・・・」
「まいったぜ・・・」
「はあ、別にウソつくようなことじゃありませんし・・・」
「それ、幽霊じゃないのか?取り付かれちまってたりして・・・」
二宮は霊にこだわった。
「絶対に違います。霊の世界じゃなくて、別世界。エルフィアってのは実在するんです。この大宇宙のどこかに・・・」
「マジ、信じてるのか?」
「疑う理由でも?」
「ありすぎて、喜劇と悲劇が100編書けてしまうぜ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「それに悪いことは言わん。真紀さんが言うように、早く外に出てどっかで寝てろ。おまえの死にそうな顔を見てると、こっちまで病気になりそうだ」
どよよぉーーーん。
「そんなにひどいんですか?」
「ああ。ほら、いって来い」
「すいません」
「じゃ、行ってきます」
和人はいつもの通り、通る声で挨拶した。
「いってらっしゃーい」
石橋たち事務所の内勤者たちは、『お得意先を回りに出た』と思われる和人に言葉をかけた。
--- ^_^ わっはっは! ---
(しかし、いいんだろうか、どうどうと仕事をサボっちゃって?ああ、眠い。本当にスターベックスで寝てよう)
--- ^_^ わっはっは! ---
和人はカフェ・スターベックスに入ると、いつもの一番奥の目立たない席に座り目を閉じた。
とろーーん。
かっくん・・・。
がばっ。
とん。
「カフェラテです」
店員はさっさとそれを置くと、シンクに引っ込んでいった。
とろーーん。
かっくうん・・・。
がばっ。
和人は舟をこぐように身体を前後に揺らせ、オーダーが来たのも気づかず睡魔に抵抗を試みていた。
かく・・・。
「あれれ。あの客、コーヒーに一口もつけないうちに寝入っちゃったぜ」
男性の店員は和人の方に目配せし、見ている事実を述べた。
「カフェラテ、ワンオーダーで一日中寝てるつもりね・・・」
女性店員は意見を述べた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「のわけないだろ?」
「とにかく、朝っぱから、どうどうと仕事サボってるのね」
「昨日の晩、徹夜仕事だったんじゃないか?」
「なに言ってんのよ。どうせ萌え系のオンラインゲームやってたに違いないわ」
「ひねくれた見方すんなよ、美紗緒」
女性店員の辛口批評に、男性店員が抗議していた。
「だって、そんな面構えじゃない」
「そういうこと顔で決まんのか?」
「うるさいわね。さっさとシンク片付けてよ」
「へいへい・・・」
(美紗緒のヤツ、今日は、やけにご機嫌斜めだな)
和人が寝入ってしばらくたってからだった。
ゆらゆら・・・。
和人は夢を見ていた。
「和人さん。和人さん?」
娘の優しい声に、和人はそれが誰だか思い出そうとしていた。
「どなたでしたっけ?」
ぼやぁーーー。
娘の像は周辺がぼやけていて、だれだか判明しなかった。
「まぁ、お忘れですの?わたくしです。ユティスですわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティス・・・?」
「はい」
娘は嬉しそうに応えた。
「ユティス・・・。ユティスかい?」
「リーエス(はい)、ユティスですわ」
ぴっきーーーん。
和人は夢の中で正気を取り戻した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あは。嬉しいよ、きみに会えて」
「わたくしもです」
「あれ・・・」
ユティスの昨晩と違うことは、よりイメージが鮮明になったことだった。
「なんか、今日ははっきりしてきたね」
「和人さんの頭脳の活性化が進んでいるからですわ」
「ふうん・・・」
にこにこ・・・。
まだまだぼやけてはいたもの、ユティスは笑顔を絶やさない愛らしい娘のようだった。
「思ったとおり、きみはステキだね」
和人は少し気分がよくなっていた。
にこっ。
「まぁ、お世辞がお上手ですこと」
「ホントさ。ふぁ・・・。ごめん」
ユティスはすぐに和人が寝不足なのに気づいた。
「和人さん、ごめんなさい。わたくしとのコンタクトで、十分な睡眠時間をお取りできなかったのですね。わたくし、和人さんのことも考えないで、大変申し訳ございませんでした」
ぺこり。
ユティスは謝り、和人の体調を気づかった。
「大丈夫だよ。ちょっと昼寝をすれば直るさ」
「リーエス。和人さん、力を抜いてください。リラックスできますか?」
「うん。なにをするの?」
「わたくしが和人さんに20分で8時間分の熟睡をご提供いたします」
ユティスは両手を手前で胸付近まであげ、和人を誘うような仕草をした。
「すべてを愛でる善なるものよ、一時の安らぎを欲する彼のものへ、望む休息を時を凝らし固め、彼のものが望むがまま与えたまえ」
和人はユティスに言われるがまま目を閉じ、大きくゆっくりと深呼吸をした。そして、全身の力を抜きユティスの柔らかな歌にも似た言葉に浸った。ユティスの言葉は聞いたこともない言葉であったが、なぜかその意味はよくわかった。
「あぁ・・・」
和人は完全にリラックスしてきた。
すとん・・・。
ユティスの言葉で、和人はあっという間に深い眠りに落ちていった。
「うふふ。20分後、またお会いしましょう」
俊介は大田原太郎に新たにわかったことを告げていた。
「俊介か・・・」
「ああ。じいさん。客との打ち合わせがあるんで手短に頼む」
「わかった。礼のハイパートランスポンダーの件でわかったことを聞かせてくれ」
「ああ」
「相手は、エルフィアに間違いないか?」
「間違いないね」
「・・・」
「じいさん・・・」
「いや、なんでもない。そうか。エルフィアなら心配はいらん。彼らなら、必ずや・・・」
大田原は感慨深げに一人でうなずいた。
「うむ。必ずや地球の現状を打開する支援をしてくれるだろう」
「ああ」
「宇都宮和人とかいった青年は、実際にエルフィア人と会っているのか?」
「ああ。ただし、会ったといっても夢の中だ」
「ふむ・・・。夢の中ということは、この次は精神体で現われるな」
大田原は次に起こるべきことを告げた。
「というと・・・」
「実際に訪問する前に、現地を確かめておくんだ。肉体を伴わい精神だけの精神体でな・・・」
「幽霊みたいな話だぜ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「実際、似たようなもんだ」
「へ・・・」
「ところで、エルフィアだが、その母星は地球から何千万光年先、何億光年先かもしれん」
「マジかよ?」
「ハイパートランスポンダーへの信号強度データを見せてもらったが、少なくとも何百万光年という局所銀河団の中、つまりお庭程度の距離ではないな」
大田原の言葉に俊介は驚いた。
「何百万光年で庭かよ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「それだけ宇宙というところは広いんだ。その恐ろしく距離があるにもかかわらず、精神体を直接地球に送り込むとは・・・。やはり、エルフィアの文明はセレアムの比ではないようだ・・・」
「それで、宇都宮和人は最重要人物になったわけだな?」
「うむ」
「それでだ。政府の保護を頼みたい」
俊介は大田原に要求した。
「表立ってはできんぞ」
「わかってるさ。じいさんだから相談できることだ」
「うむ」
「じゃあ、行くぜ」
「うむ。しっかりな」
ぽん。
俊介は手を打った。
「ちょっと待て、俊介。忘れるところだった」
大田原は声を低くした。
「なんだい?」
「お前たちの両親にもこのことは伝えてある」
「ありがとよ、じいさん。で、お袋たちなんか言ってたか?」
「それでな・・・」
「ああ」
「天奈の話では、『近々にスーパーノバ』が出現するかもしれんと・・・」
「『近畿にスーパーの婆』さんが現れる?」
--- ^_^ わっはっは! ---
にや・・・。
「そいつもエルフィア人かい?」
俊介はにやりと笑った。
「真面目に聞いておらんようだな」
「聞いてるさ。で?」
「大きな恒星が寿命が尽きる時、とんでもない大爆発をする。それがスーパーノバだ。もし、数十光年以内の地球近傍で発生したなら、爆発時のガンマー線等の放射で人類は一瞬で蒸発だな」
「そんなにすごいのか?」
俊介は信じられなかった。
「ああ。たとえ、何千光年先だろうが、ガンマー線放射の方車軸に地球があれば安全とはいえん」
「で、そんなものが発生するっていってたのか、オヤジたち?」
「うむ。いつかわわからんらしいが、望遠鏡でも星に相当歪みが生じている。もし、急激に収縮し始めたら、スーパーノバ化までほとんど時間は残っていない」
「ぶっそうな話しだな。で、それは地球に近いのか?」
「7000光年」
ほっ・・・。
「なんだ、そんなにあるんじゃないか」
俊介は胸をなでおろした。
「いいや、それだって安全とは言えん。しかし・・・」
「しかし、なんだ?」
「もう一方は640光年だ」
「もう一つって・・・、まだあるのか?」
俊介は頭を振った。
「ああ。オリオン座のα星、ベテルギウス。こっちはいつ爆発しておかしくない状況だ。問題はガンマー線の放射軸だが、幸い地球を向いてはいないようだ」
「脅かすない・・・」
俊介は大袈裟に安心してみせた。
「ま、そういうことだ」
「わかった。じゃあな」
「ああ」
俊介はひょんなことで世界のトップ・ファッション・ブランドのシャデルの日本支配人と知り合いになっていた。
「さてと・・・」
今日はその黒磯からの要請で、金座の日本シャデル本社に来ていた。
「ようこそ、国分寺様、お待ちしておりました」
「こちらこそ、お招きいただいて・・・」
受付嬢に案内されて、俊介は支配人室に入った。
とんとん。
「どうぞ」
「どうも、国分寺です」
「ああ。ようこそ、国分寺さん。お忙しい中急なお呼びたてをいたしまして」
ぺこっ・・・。
黒磯は頭を下げた。
「いや、こちらこそ」
「お電話でお伝えしましたとおりで、シャデルの次期春夏モードの東京発表会があるんですが、ぜひ、おたくの会社のみなさんに、お越しいただきたいと思いまして・・・」
「御社の発表会にですか?」
「ええ。今までは、ファッション業界人だけのイベントでしたが、今回は、一般の方にも枠を取りまして」
「さすが、トップブランドで」
「ははは。それで真っ先にあなたのことを思い出しましたんです」
「それは光栄です」
「どうも。ただ、3名様で恐縮なんですが、あなたのお姉さま・・・他、よろしければと、思いまして・・・」
「3名ですか・・・。もめますねえ・・・」
俊介はにやりと笑った。
「いやぁ、支配人権限でも、これが精一杯でして」
「わかっています。使わさせてもらいますよ。どうも、ありがとうございます」
「なぁに、他ならぬ国分寺さんですから。それがこれです」
ぴらっ。
黒磯はチケットを3枚俊介に差し出した。
「ただのシャンパンバーの知り合いというだけですのに・・・」
「とんでもない」
「姉も喜びますよ」
「そりゃあ、どうも!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ・・・、それで・・・」
「なんでしょうか?」
「社長さんは、ぜひ・・・」
「ええ、もちろんですとも」
「あははは・・・」
ぽっ。
黒磯は40代であったが、歳柄にもなく赤くなった。
「今度、また、その・・・」
「姉と来れば、よろしいんですか?」
「あははは、それは、それは・・・、最悪、社長さまお一人でも・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わかりました。一応、本人にきいてみまましょう」
「ど、どうも、すみません」
シャデルから帰る途中、車の中で、俊介は黒磯の言葉を思い返していた。
(いきなり、シャデルから大事な用事があるっていうから、何事かと思ったら、そういうことだったのか。黒磯さんも、社用なら姉貴に言えばいいのに、オレに振るからどうも変だと思ったぜ・・・。ふっふっふ。あの黒磯さんが、姉貴にホの字だったとはねぇ・・・。独りもんとは知ってたが、意外だぜ。確かに、二人はロイ・ルデレールで1回会ってはいるが、チェックの早いこと・・・。姉貴、貰い手候補が現れたぞぉ!)