183 我儘
■我儘■
ぶろろろーーーっ。
瀬令奈は北海道のCM撮影が終わり、マネージャーと一緒に空港に向かった。
ぴょこん。
たったったった・・・。
キタキツネだった。
「うわーっ、キツネだ。危ない!」
ドライバーは、キツネが飛び出した方向の反対側へ、ハンドルを切った。
ききーーーっ!
どっかーーーん。
「きゃあーーーっ!」
どかどか、ぼーん。
いきなり飛び出してきたキタキツネを避けようとして、車は縁石に乗り上げパンクしてしまった。
「バカ、なにやってんのよ!」
瀬令奈は運転手に噛み付いた。
「すいません。キツネを避けようとして・・・」
「どうしたというのよ?」
ぶろろろ・・・。
ふにゃん。
よたよた・・・。
ぎゅうん。
ハンドルが不自然に重く、車は右に大きく曲がった。
(やっぱりかぁ・・・)
「まいったなぁ・・・。パンクしたようです」
むっかぁ!
「なんですって!飛行機に、間に合わないじゃないの!」
瀬令奈は頭に来てどなった。
「どうにかしなさい。出発時刻まで後30分しかないのよ」
「だったら、もう少し早く起きてくださいよぉ・・・」
マネージャーがぼやいた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「わたしはちゃんと起きたわよぉ!」
「なに言ってるんですか、2時間オーバーですよぉ?」
「誤差の範囲じゃない」
「2時間が・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「第一、わたしを起こすのはあなたの仕事でしょ。あなたがしっかりしなくてどうするのよぉ!」
「ええ?しっかりするのはオレなんすかぁ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あのぉ、一応、3回も起こしたんですけど・・・」
「なんで4回目をしなかったのよぉ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ホントは8回目なんですけど・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
[ウソ!わたしはそんなに聞いてないわよ」
「だから、眠ってたわけでしょ。聞こえるわけないですよぉ」
--- ^_^ わっはっは! ---
ふん!
「人のせいにするなんて、最低だわ!」
(どっちがだよぉ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、なんとかしなさいよ、ウスラトンカチ!」
ドライバーは広告代理店の人間だったが、瀬令奈に殺されるのではないかと、ビクビクだった。
「そうはおっしゃられてもパンクですから・・・」
「パンクがなんだっていうのよ?さっさと取っ替えなさいよぉ!」
「乗客をですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
るるるーーー。
「はい、こちらJAFFUです。今どこですか」
「ええ、空港道で空港手前10キロ付近です」
「了解しました。10分程度で着きます」
ドライバーはすぐにJAFFUを呼んだが、到着までに10分かかるらしかった。
「遅い!」
瀬令奈は運転手を睨みつけた。
「そうは言っても、まだ30秒しか経ってませんが・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふん!だったら、縁石に乗り上げたのはあなたのせいでしょ!」
(そこに縁石があったからじゃないかぁ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
ぶっぶーーー。
クラクションとともにJAAFUのサービスエンジニアが到着した。
「お待たせしましたぁ!」
きっ!
「ええ。待ちましたとも。遅いわねぇ!」
瀬令奈の剣幕に、JAFFUの二人は肩をすくめた。
「こちらが代車です」
「ええっ?メルセベスじゃないじゃないのぉ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「申し訳ございません。ボールス・ボイスしかなかたもので・・・」
「あっそう。ならいいわ。でも、少し小さ目ねぇ・・・」
「申し訳ございません。あいにく日本製のモデル・335スペッシャルしかありませんで・・・」
「いいわよ、日本製だろうが、なんだろうが、ボールス・ロイスなら」
--- ^_^ わっはっは! ---
JAAFFUの作業員はタイヤを交換した。
「これで、終わり?」
「後は、エンジン・オイル、ウィンドウォッシャー液、フォグランプ、室内灯、テールランプ、ミッションオシルくらいですね?」
「そっちも早くなさい!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わかってますったら。エンジンブレーキも付け足しときましたからぁ」
「あ、そう。どうもありがとう」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぶっぶーーー。
やっと代車が来て、それに乗って2人は空港に急いだ。
「今、空港のオパールのカウンターに連絡を入れますから」
「さっさとしなさい!乗り損なったら、あなた首よ!」
「・・・」
台車で空港に向かう途中、マネージャーは空港のオパール航空に電話を入れた。
るるるーっ。
「はい、オパール航空です」
「次の東京行き105便のファーストクラスに乗る予定のもので、道路事情で、搭乗が少し遅れそうなんですが」
「ああ、小川瀬令奈さん、ほか1名様ですね?」
「そ、そうです」
「後5分で、受付を終了しますが・・・?」
「そ、そんなぁ!」
「わかりました。最大15分お待ちするよう、機長に申し入れします。が、それ以上はご容赦ください。次の便が、2時間後にあります。変更いたしますか?」
「それじゃ、間に合わないわ!どうにかしなさいよ!」
きいきい!
瀬令奈が金切り声を上げた。
ばうばう!
--- ^_^ わっはっは! ---
「次のシャトル便ならお取りできますけど?」
「はぁ・・・。だめなんです。その便じゃなきゃ、仕事に穴が開いてしまう」
マネージャーは溜息交じりに言った。
「わかりました。機長と交渉してみますので、少々、お待ちください」
「は、はい。よろしくお願いします」
ぶろろろろーーーっ。
「急いで!」
「でも、速度制限が・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「法廷速度を守って首になるか、ちょっと目をつむって明日を迎えられるか、どっちがいいっていうの?」
「そんなこと言ったって、ここは、名だたるネズミ捕り銀座ですよ。キツネだって知ってますよぉ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「最速運転なさい!」
瀬令奈はマネージャーに噛みついた。
「すいません。お願いしますよ」
マネージャーは、まだ空港のグランドと掛け合っていた。
「あの、20分、20分待ってください」
「わかりました」
「どうしても、この便でないと・・・」
「20分が、お待ちできる限界です。お急ぎください」
「はい・・・」
ぷっ。
「20分しか待てないそうです」
「さっさと、行ってよ。役立たず!」
(そんな歳じゃないやい。黙ってりゃ、いい気になって。ぶっ殺すぞ、ホンマ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「あれに乗らなきゃ、今日の仕事に穴を明けてしまうじゃないの!」
(わがまま女め。ミサイルでも乗せてもらって、Z国にでも行っちまえよ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ。はい」
マネージャーは瀬令奈にどなられ小さくなった。
「わたしは、いつだって遅刻したことなんですからねぇ。わたしの顔に泥をぬらないで頂戴」
(ちぇ、いつも、リハに2時間遅刻するじゃないか・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
空港では、オパール105便がとっくに離陸準備を終えていたが、瀬令奈たち2人が現れないので、機長は出発しようかどうかの最終判断を迫られていた。
「じかんなのに、動く気配がないわねぇ・・・」
さっきから、オパール105便のノーズギアにトーイングバーが取り付けられ、あとはスポットを出るばかりであったが、そこで作業はストップしていた。
「どうしたんだろう?」
窓から外を観察して、乗客たちが、落ち着きを失くしはじめた。
「遅いですね」
「うむ・・・」
「ちなみに、そのファーストクラスの有名人乗客ってのは、だれだい?」
機長は、チーフパーサーに搭乗名簿を確認させた。
「えーと、これこれ。歌手の小川瀬令奈さんです」
副操縦士は目を疑った。
「小川瀬令奈だって?となると、もう1名は、マネージャーか。やばいですよ、機長」
「はぁ。よりによって、うちのCMソングを歌ってるセレブか。待つしかないな・・・」
何しろファーストクラス2名、しかも会社のCMガールだから、規則どおりの単純判断はできない。
「きみ、乗客への機内アナウンスを頼むよ」
機長はチーフパーサーに指示を出した。
「了解しました」
ぷっ。
「皆様、大変長らくお待たせしておりますが、本機は、残り2名のお客様のご搭乗をお待ちしております。ご着席のまま、今しばらく、お待ちくださいませ」
ぷっ。
「最大待って20分だな」
「エンジンは?」
「その時になったらでいい。余分な燃料を使うわけにはいかん」
コクピットでは、機長がディスパッチャーとやり取りをしていた。
「2名未搭乗なんで、出発時刻をずらしたい」
「なんですって?」
「だから、ファーストクラスの2名の搭乗が遅れている」
「待つんですか?」
「最大20分だ。グランドから、なにか言ってきてるか?」
「いいえ。なにも」
そこへ、グランドスタッフから、瀬令奈たちがやっと搭乗手続きをしているところだと連絡が入った。
「あ、今、搭乗手続きが終ったようです」
「ふう・・・」
「やれやれ。有名人は、いつもこれだよ」
瀬令奈たちがファーストクラスに落ち着いたのは、出発時刻をきっかり15分オーバーしたところだった。
「こちら、チーフパーサーの宮本です。遅れていたファーストクラスのお客様2名のご搭乗が完了しましたので、離陸許可がおり次第、出発いたします。皆様、そのまま、シートベルトのご確認をお願い申しあげます」
「ちぇ、乗り遅れたのはファーストクラスの客だってさ」
「いい加減にしてくれよな」
乗客はそろそろ我慢の限界にくる寸前だった。
どさっ。
「コーヒー、早くしてよ」
瀬令奈は、シートに納まると、すぐに、アテンダントにコーヒーを要求した。
「お客様、申し訳ございません。シートベルトをお締めください。当機はすぐに離陸いたしますので、ドリンク・サービスは、その後になります」
「あ、そう。サービス悪いわね」
(悪いのは、お客様の態度でございます・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「申し訳ございません、お客様。水平飛行に移り次第、お持ちいたします」
「ブラックよ。ブラック。わかってる?」
「はい。かしこまりました」
「それに、わたしは瀬令奈よ。小川瀬令奈。お客様、お客様って、バカの一つ覚えじゃあるまいし、乗客名簿で確かめてるんでしょ?名前で呼んで」
「は、はい。かしこまりました、お客様・・・の小川様」
--- ^_^ わっはっは! ---
滑走路の端で、瀬令奈たちを乗せたオパール航空機は、管制の離陸許可を待っていた。
「オパール105、リクエスト、ローリング・テイクオフ(オパール航空105便、ローリングで離陸したし)」
「ラジャー(了解)。オパール105、クリア・ローリング・テイク・オフ(オパール航空105便、ローリングで離陸を許可する)」
「ラジャー。オパール105(オパール航空105便、了解)」
「よし。離陸許可が下りました」
「ラジャー(了解)」
しゅわん、しゅわん・・・。
飛行機は滑走路の端を回ると、そのまま滑走路を真っ直ぐに進んだ。
しゅわーーーん。
「ローリング・テイクオフ(ローリンゲで離陸)」
「ラジャー(了解)。ローリング・テイクオフ(ローリングで離陸)」
ごぉーーーっ。
「マックス・パワー(エンジン出力最大へ)」
「ラジャー・マックスパワー(了解、エンジン出力最大)」
副操縦士は、そのままエンジンのレバーを最大まで押し進めた。
ぐぉーーーっ。
たちまち、2発のエンジンは大きく唸りを上げ、機はみるみるうちに加速していった。
ぐぉーーーっ。
「ブイ・ワン(規定速度1に達しました)」
ぐぉーーーっ。
「ローテーション(機首を引き起こせ)」
「ローテーション(機首引き起こし開始)」
機長が操縦桿を引くと、機首がゆっくりと上を向いた。
ぐぉーーーっ。
ふわり。
飛行機が滑走路を離れていった。
「リフト・オフ(離陸)」
ぐぉーーーっ。
オパール105便は、なおも上昇し加速していった。
「ブイ・ツー(規定速度2に達しました)」
ぐぉーーーっ。
「ギア・アップ(ギア:車輪を収納せよ)」
「ギア・アップ(ギア:車輪を収納)」
ちっ。
ぐぉーーーっ。
がたごと、ごとん。
「ギア収納」
「ギア収納」
「ポジテム・クライム(安定上昇中)」
やがて、飛行機は水平飛行に移った。
ぽーん。
「皆様、安全ベルトのサインが消えましたが、ご着席のお客様は、引き続き、ベルトのご着用をお願い申しあげます」
ファーストクラスでは、瀬令奈が相変わらず毒づいていた。
(なんてついてないんだろう。あのいまいましいユティスとやらが現れてから、ロクなことが起きない。なにが天使なもんか。悪魔よ、悪魔!)
早くも、キャビンアテンダントの間では、瀬令奈のことで、チーフパーサー以下緊張を強いられていた。
「ファーストクラスの遅れて来た2人だけど・・・」
「小川瀬令奈さん?」
「ええ。うちのCMシンガーよ。すぐにコーヒーを、お出しして」
「わかりました」
キャビンクルーの1人が瀬令奈の前に来た。
「コーヒーに、砂糖をお入れしますか?」
ぴっきーーーん!
「なに聞いてんのよぉ!わたしがブラックが好きってことくらい教わってないの?」
「申し訳ございません・・・」
ぺこり。
迂闊にきいてしまったアテンダントは、思わず頭を下げた。
「ふん!」
(いやあ、いつになく、いらだってるな瀬令奈は)
「はぁ・・・」
マネージャーはため息をついた。