171 キス
■キス■
アンニフィルドとクリステアが、国分寺姉弟と出て行ったので、和人とユティスは久しぶりに二人きりになっていた。
「あ・・・」
「うふ・・・。二人っきりですね?」
「う、うん。でも・・・、そ、そのぉ・・・」
「はい・・・」
「アンデフロル・デュメーラが・・・」
「まぁ。そんなことですか?彼女は、わたくしたちを邪魔したりはいたしませんわ」
「そ、そうでした・・・」
(せっかく、SSたちの計らいで二人っきりになったのに・・・。ぶちぶち・・・)
--- ^_^ わっはっは !---
「あの、和人さん・・・」
「あ、ユティス・・・」
SSたちがいれば、平気で冗談も飛ばせていたのに、今は、二人とも意識しすぎて、どちらからも話し出すきっかけが掴めなかった。
(ちぇ。何度もキッスした仲なのに、あれ以来、ぜんぜん、ユティスとキッスも抱擁もしてないよぉ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
(SSの二人と一緒に暮らすか・・・。こんなんじゃ、もう、ユティスと二人っきりになれる機会なんて来ないかもしれない・・・)
「あの、ユティス・・・」
「はい」
ユティスがふと横に目をやると、和人のギターが飛び込んできた。
「あ、和人さん・・・、その楽器・・・」
ユティスはギターのネックの上方に描かれた天使のマークに気づいた。
「天使ですか?ステキな絵ですわ。それに七色に輝いてとてもキレイです」
「あ、それ・・・?」
「リーエス?」
「それ、貝殻で作られてるんだよ。それで、絵柄は天使さ」
「天使ですか?」
「リーエス」
「うふ。とってもステキ・・・」
「買うのに、ちょっと勇気がいったけどね」
「どうしてですか?」
「だって、なんか少女趣味って言われそうで・・・」
「そんなことは、ありませんわ」
「そっかなぁ・・・。えへへへ・・・」
「なにか曲を弾いていただけますか?」
ユティスは和人の曲が200曲以上あると聞いていたので、一番和人の気にいってる曲を歌って欲しいと依頼した。
「そうだね・・・」
和人はギターを手にした。
「ステキな楽器です」
「そうか、ユティスはギターを知らないんだよね」
「ナナン。よく知りません」
「これは、日本製のKヤエスのエンジェルってモデルなんだ。音が澄んでて、残響音がすごく響くんだよ。世界的ミュージシャンにも評判高くてさ、オレ、高校時代からずっと欲しかったんだ。働くようになって自分への最初のご褒美で買ったんだ。もっとも、ネットで中古で買ったんだけどね。前のオーナーさんがとっても大事に扱ってたんで、状態は新品同様だったよ」
きー、きー、きーーー。
ぴーん。
ぽーん。
きー。
ぴーん。
和人は少しチューニングをすると、ギターを奏で始めた。
ぼろーーーん。
「とても深みのある柔らかな音色・・・」
ユティスはうっとりした目をして、和人を見つめた。
「なにか、弾いてくださいますか?」
「う、うん。なににしようかな・・・」
「恋の歌は、いかがですか?」
「恋の歌?」
「はい。和人さんは、恋をしたことないのですか?」
「そ、そんなことないよ。人並みにはね・・・。前にも言ったけど・・・」
ぽっ。
和人は赤くなった。
「どうしました?」
「恥ずかしい話、オレ、女の子とうまくいったことなかったんだ。きみが最初・・・」
「まぁ・・・。でも、ちっとも恥ずかしくなんかありませんわ。人を好きになることの、どこがいけないことなんでしょうか。素晴らしいことですわ」
「そ、そっかぁ・・・。でもね・・・」
「ナナン。和人さんは、人を愛する能力があるってことです。うまくいくか、いかないかは、その次です」
「あは。慰めてくれてありがとう。もう、過去のことだしね」
「リーエス・・・」
ユティスは、今では恋がどういうものか十分にわかっていた。石橋のことも頭に浮かんできた。もし、恋がうまくいかなかったとしたら、そう簡単には忘れられそうにないことも・・・。
(わたくし、和人さんとどうお付き合いすればいいのか・・・)
和人はギターのチューニングを終えて、ユティスを見つめた。
「じゃ、これ、いってみるかな。毎日の通学電車の中でしか出会わない、二人の恋の物語」
「まぁ、ロマンチックですこと」
「だね。でもさ、結局、それ以上にはならないんだ。二人は、話もできてなくて、ただ見つめ合って、はにかみ合って、そして時間切れ・・・。学校を卒業して、離れ離れになるのさ。お互い名前すら知らなくてね・・・」
「・・・」
「バッカみたいだろ・・・?」
ユティスはじっと和人を見つめながら、静かに首を振った。
「ナナン・・・。本当に好きになった相手を目の前にしたら、素直にその気持ちを・・・、そうそう、口にはできませんわ・・・」
ユティスは一段と赤くなった。
「きみは・・・、本当に優しいんだね。ユティス・・・」
「ありがとうございます・・・。じゃ、お願いしますわ」
「うん」
ぽろん。
「名前さえ知らないのに、見つめ合うふたり・・・」
和人は歌った。ユティスはこの曲を大そう気に入った。
「わたくしにも、教えてくださいな」
「きみが歌うの?」
「変ですか?」
「あ、わかったよ」
和人はユティスと一緒に曲を歌った。
じゃん、じゃーん。
「ただ、見つめ合うだーけーーー。ただ、触れ合うだーけーーー」
ぼろーーーん。
二人はロマンチックな雰囲気になり、やがて、ユティスは自分の気持ちを和人に語り始めた。
「和人さんのこの歌、ご体験が基になってますのね。ステキです・・・」
「そっかなぁ?オレさぁ、その娘に、まともな言葉一つかけることすら、できなかったんだ。1年以上もだよ・・・」
「たぶん、その女性もそう感じてらした。そう、ですわね?」
「恐らくね。時々さ、オレを見つめて微笑んでくれてた・・・」
にっこり。
ユティスは微笑んだ。
「んふ。その方、和人さんのこと、きっと、お好きだったと思いますわ・・・」
「そっかなぁ・・・?」
「リーエス」
「うん。もう1年以上も前さ。結局、言い出せなかったんだ。勇気がなくてね・・・」
「とても、切ないですわね・・・」
「リーエス。久々に思い出しちゃった・・・」
「とってもお好きだったんですね、その彼女・・・?」
「うん。でも、失恋しちゃった」
「ナナン。そんなことないですわ。お気持ち、お伝えされなかったのでしょう?」
「リーエス・・・」
「だったら、それは失恋とは言わないのではないですか?」
「あは。その通りだね。でも、もう、なんともないよ」
じぃ・・・。
和人はユティスを見つめた。
「時が、解決したのですか・・・?」
「そうだね・・・。今は、彼女の代わりなんかじゃなくて、本物のユティスがいる。目の前に・・・」
ごっくん。
和人はあわてて、唾液と一緒に言葉を飲み込んだ。
「わたくしが?」
和人は心臓の鼓動が激しくなり、顔が火照ってきた。
「今は、こう思うんだ。なにかをしようと強く感じた時にはね、恐れてなにもしないで後で後悔するより、どういう結末になろうが、感じたまま行動した方がましってこと」
「わかりますわ。あの時、ちゃんと、一言かけておけば、よかったと・・・」
「そうだね。学校を卒業することは決まってたんだし、告白して振られっちゃても、どのみち会えなくなるなんて、わかってたはずなんだ・・・。けど・・・、言わなかった」
「もし、告白なさってれば・・・」
「うまくいったかもしれない・・・」
「きっと、そうですわ」
「でも、そうはしなかった・・・。今は、そうしなかったことを、感謝しているよ・・・」
「あら、それはどうしてですか?」
ユティスの目が和人の目に固定した。
どっくん、どっくん・・・。
「それは・・・」
和人の心臓は今にも爆発寸前だった。
かぁーーー。
和人の顔は火照てりで、真っ赤になっていた。
「そりゃあ・・・」
にっこり。
ユティスは、優しさにあふれた眼差しで和人を包み込んだ。
「あっ・・・」
さっ。
ユティスは両手で和人の手を取った。
「わたくしもそう思いますわ。この歌は、自分の気持ちに、正直に気づく大切さと、それに従う勇気を持つことを教えてくれます・・・」
「それは・・・、褒めすぎかな・・・」
「ナナン。だから、この歌はステキなんです。わたくし、とても気に入りました」
ユティスは和人の手を握っていた自分の手をそっと離し、背中にまわして、和人を優しく抱きしめた。
ぎゅぅっ。
「和人さん。わたくし、また和人さんの心に触れました・・・」
「ユティス・・・」
「わたくしも、その教訓に、倣おうと思います」
「ええっ?」
「後悔する前に、したいことを、しようと思います・・・」
かくっ。
ユティスは頭を和人の肩に完全にあずけた。
ぽわーん・・・。
ほんのりと芳しい香りが、和人の鼻腔をくすぐった。
「ユティス・・・」
和人はわかっていた。
すー、すー・・・。
和人は、ユティスの髪を優しく撫でた。
「和人さん、わたくし、和人さんのことが大好きです。他になんと言っていいのか、わかりません・・・。エージェントとコンタクティーとしてではなく、一人の女性として、和人さんが好き。大好き・・・」
「ユティス。オレもきみのことが大好きだ。いつも、いつも、きみのことばかり考えている・・・。ホントだよ・・・」
「嬉しい・・・」
ぎゅうっ。
ユティスは腕に力を込めた。
ぽた・・・。
ぽた・・・。
ユティスの目から涙が零れ落ちた。和人も感極まった。もはや、エルフィアも地球も、和人の最優先事項ではなかった。
「ユティスの涙・・・」
ちゅうっ。
和人はユティスの涙を自分の唇で吸い取った。
「ああ・・・っ」
ぎゅ、ぎゅうーーーっ。
ユティスは、小さく叫んだ。和人の背中に回した腕に、ユティスはさらに力を込めた。より一層ユティスの体が押しつけられてくる。和人もユティスを抱きしめ腕に力を込めた。
「ああ・・・」
「きみが好きだ、ユティス・・・」
「はあーっ・・・」
ユティスは大きく息をもらした。
ちゅ。
ユティスは自分の唇をそっと和人の唇に重ねた。二人の胸は早鐘のように打ち続けた。久しぶりのユティスの唇は柔らかく暖かく甘かった。和人は、頭の中でユティスに叫んだ。
「ユティス、大好きだよ!」
間髪いれずユティスの声が爆発した。
「和人さん、好き、好き、好き、好き。大好き!」
和人とユティスの心が融けあった。やっと二人がお互いを開放し合った時、二人は今度は満面に笑みを広げた。
「和人さん・・・」
「ユティス・・・」
ユティスは和人の肩に頭を乗せたまま言った。
「わたくしたち、恋人同士。そうですよね?」
「リーエス」
和人は今度こそ確信できた。
「和人さん、わたくし、幸せです」
ユティスの甘い、いい香りが和人の鼻腔をくすぐった。
「オーレリ・デュール・ディユ・アルトゥーユ」
ユティスは和人の耳元で囁いた
びしんっ!
和人は電撃に打たれたようにはっとした。
「ユティス、きみのその言葉・・・」
にっこり・・・。
「3度目のルール違反ですわ」
ユティスは、満面に微笑みをたたえた。
「で、でも・・・」
「和人さん、お返しされなくてもいいんです。わたくしがステップのルールを破ってしまってるのですから、和人さんには、お返しようがありませんわ」
「そ、そうだね・・・。あの時は、逆にオレが・・・」
「はい。わたくしには宣誓への言葉を返したくても、返せなかったのです」
「ごめん。ずいぶんと悩ませちゃったね?」
「ナナン。誤らなくてもいいんです。あの時、和人さんは、宣誓の意味をご存知なかったのですし、こうして、和人さんとわたくしの気持ちが伝わりました。もう、いいんです。こんなに幸せな気分は、味わったことがありません・・・」
「オレもだよ・・・」
二人は優しく見つめ合った。
「地球では、妻は夫に特別な呼びかけをするそうですね?」
「つ、妻だってぇ?」
和人の声が裏返った。
「それに、特別な呼びかけって?」
「あ・・・な・・・た」
ちゅ・・・。
ユティスは両腕を和人の首に巻くと、もう一度和人にゆっくりと甘いキスをした。
ぴんぽーん。
ぴんぽーん。
突然、アンニフィルドとクリステアたちが戻ってきた。
「あれ、ドアが開いてるわ」
かちゃ。
「ユティス、和人、戻ったわよ。いないの?」
すたすた。
「ああ・・・」
ばたん・・・。
アンニフィルドは、中に入るやいなや、いきなりドアを閉めて、玄関から上に上がろうとしていた、クリステアと国分寺姉弟のところに戻った。
「どうしたの、アンニフィルド?」
「・・・」
真紀が怪訝な顔になった。
「あーーー、そのぉ・・・。見ちゃった・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なに・・・を?」
「ああっ・・・!」
続いたクリステアも、声を失っていた。
「なに?」
「なにをって・・・」
アンニフィルドとクリステアはお互いを見合った。
「ねぇ・・・?」
「ねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティスと和人が、よろしくやってたとか?」
ぴんぽーん。
国分寺が正解を出した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そ、その。いい雰囲気だったわ・・・」
クリステアが先に立ち直り、にっこり微笑んでみせた。
「なーるほど。正解だったか・・・」
俊介は悪戯っぽく微笑んだ。
クリステアの閉めたドアの音で、和人は閉じていた目を開けた。
(げーっ、ドア閉め忘れていたぁ・・・!)
--- ^_^ わっはっは! ---
アンニフィルドの声を聞いた時には、時すでに遅しだった。ユティスは、まだ目を閉じて夢見心地のままで、和人の腕の中にいた。
「んんっ!」
ドアの外から咳払いが聞こえてきた。
「アンニフィルド・・・?」
ようやく、ユティスが気づいて和人から腕をはずした。
とんとん。
「もしもしぃ?」
アンニフィルドはドアをノックした。
「ん、ん!」
「リーエス。パジューレ」
ユティスが真っ赤になって答えた。
そうっとドアを開けて、アンニフィルドが、リビングに入ってきた。後から、クリステアと国分寺姉弟が続いた。
「無用心ね、鍵もかけないで・・・」
クリステアが悪戯っぽく言った。
「あー、それにしても、ここ暑い、暑い、ホント、暑いわぁ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
アンニフィルドはユティスにウィンクした。
「まあ、アンニフィルドったら・・・」
ぽっ。
ユティスも、アンニフィルドたちが二人のキッスを目撃したことがわかって、頬を染めた。
「暑いわねぇ。あー、暑い、暑い。アイス・オーレでも出しなさいよ、和人!」
アンニフィルドが和人にウィンクした。
「なんで?」
--- ^_^ わっはっは! ---
アンニフィルドは目を閉じて唇を細めた。
「アイスコーヒーでも、ちゅうちゅうしたいわ」
「げっ、完璧に見られちゃった・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティス、よかったわね」
アンニフィルドがユティスにそっと言った。
「リーエス、アンニフィルド」
ユティスは頬を染めたまま小声で答えた。
「せっかく、二人っきりにしてあげたんだから、そんくらいしなきゃ、男じゃないわよね、和人?」
クリステアも、くすくす笑いながら、和人に言った。
「あ、まぁ・・・」
「そういうことだったか」
「期待を裏切らないわねぇ」
後ろでは、国分寺姉弟が、にやにや笑っていた。
「さすがはエルフィアのシステム。相性99.99%。ついに予言的中か」
「あらあら。二人とも照れちゃって、可愛いわね。隠すことでもないでしょ。遅かれ早かれ、いずれこうなることはわかってるんですもの」
真紀が楽しそうに言った。
「それじゃ、和人、戸締りをよろしくね」
「はい。わかりました」
「いい子にしてるよう、わたしたちが見張ってます」
アンニフィルドが笑った。
「じゃあね」
俊介と真紀は車に乗り込んだ。