016 追求
■追求■
俊介は自分のデスクで首をひねっていた。
「うーーーん。今一つ、腑に落ちん」
「なにがよ?」
「和人はつぶやきサイトで、ユティスと打ち込んで、それがよしんばそこでアルファベットに自動変換されていたとして・・・。どうやって、エルフィアに飛んでったんだ?」
「ハイパートランスポンダーまでの物理的な繋がりが不明ね・・・」
「そうなんだ、姉貴。和人をはじめ、オレたちも含めて、社員はうちのゲートウェイを介してインターネット上に出ている」
「セキュリティ上そうなってるわ」
「ハイパートランスポンダーはどう繋がっているの?」
「他のサーバーとか?」
「ええ、そうよ。そしてゲートウェイと・・・」
「直接的にはじいさんのとだ。一旦、インターネットから中継するサーバーを介してな」
「それじゃない?」
「なんで?あれは他から切り離してあるんだぞ」
「だからよ。ゲートウェイからそのサーバーに特定キーワードがくると、ハイパートランスポンダーが拾っちゃうんだわ」
「ハイパートランスポンダーはそのワードだけ受け付ける・・・」
はっ・・・。
二人は顔を見合わせた。
「そのキーワードが、ユティスだ・・・」
「間違いないわ。後はスペルの確認だけ・・・」
「そのサーバーのログを見てみよう」
「岡本に聞いて来る」
「ああ・・・」
「岡本?」
「ああ、真紀」
「サーバーのことだけど・・・」
「さっき、俊介が聞いてきたことと関係あるのね?」
「ええ。これなんだけど、和人からのアクセス中にユティスって読めそうなのある?」
「ちょっと待って、すぐにわかるから」
かたかたかたかた・・・。
岡本は、なにやらログを調べ始めた。
「うーーーん。これかなぁ・・・」
「どれ?」
「JUTITH・・・」
「これユティスって読めるの?」
「普通なら、ジュティスでしょうけど、オランダやドイツ辺りでは、Jをヤ行で発音するから、ユティスって読めなくはないわね」
「で、どのくらい出てくるの?」
「頻繁に出てくるわ。ほぼ毎日、時には、1日に数回も・・・」
「決まりね・・・」
「お役にたった?」
「ええ。ありがとう」
「どういたしまして」
その日、午後になって、和人は事務所でPCを操作していた。
「あー、やっぱりダメかぁ・・・」
「和人さん、なにやってるの?」
石橋が、何度も首をかしげながらPCと格闘している和人に、話しかけてきた。
「あ、いや、大したことないんだけど・・・」
「ふうん。わたしには、なんにも話してくれないんですね」
石橋は、勇気を出して言った。
「な、なんのことかなぁ・・・」
和人がおとぼけで通そうとしたところへ、二宮が助け舟を出した。
「おんや、なんだ、まだユティスにアクセスできてないのか?」
「先輩!」
和人はあわてた。
「アクセス?ユティス?それ、なんなんですか?」
石橋はすかさずきいてきた。
「いえ、その・・・」
「ITマーケ担当者向けのSNSだな」
二宮はニタニタしながら和人を見た。
「そ、そうなんです。ウェブ・マーケティングに参考になるヤツがあって・・・」
和人は苦し紛れに言った。
「和人がな、仮PWをもらったんだけど、どうやら忘れたみたいなんだ」
二宮が助け舟を出した。
「それで、アクセスができないとか、言っていたんですね」
石橋は少し安心した。
「そうそう」
かたかた・・・。
和人は適当にごまかしながら、いい加減なキー操作をしていた。
「大文字と小文字を間違えてるんじゃないんですか?」
「そ、そうかも・・・」
そこに、さらに真紀が割り込んできた。
「ちょっと、和人」
「はい。真紀社長」
「ユティスというワードだけど、アルファベットでJUTITH、という風に変換されていたわ。次に、システムにアクセスする時に、どう入れたらいいか迷ったら、これを使いなさい」
ぱさっ。
「はぁ。でも、システムと言われても・・・」
「あなたがアクセスしたはずでしょ?ログに残ってるわよ」
「しかし、なんのシステムだか・・・」
「いいえ。わかってるはずよ。次に聞かれた時には、JUTITHよ。いい?」
「はい・・・」
「真紀社長?」
「なに、石橋?」
「システムって、今和人さんのアクセスしようとしてるWEB担当者の専門SNSのことじゃないですか?」
「これです」
二宮が画面を指差した。
「どれ、見せて?」
「あ、はい・・・」
「あはは!なぁに、この『気づいてください』ての?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ははは・・・。そうなんですよ・・・」
「変なアイコンよね?」
「ええ?」
ところが画面の左下には、和人がうっかりクリックした、あのアイコンがまた表示されていた。
(ま、まさか・・・!)
さっと、和人の表情が変わり、石橋は何か重要なことになりそうな予感がした。
「どうしたんだ?」
二宮は頓着せずに言った。
「あのアイコンが・・・」
「アイコンですか?」
石橋が覗き込んできた。
「どれ、かしてみな」
「うわっ、ちょっと、先輩、なにをするんですか!」
かちかち。
ぴっ。
二宮は和人のマウスを奪うと、そのアイコンをダブルクリックした。
「なんでしょうか?」
石橋は真紀と顔を見合わせた。
「さぁ、なんなんでしょうねぇ、和人くん?」
真紀はそう言うと、アプリが立ち上がるのを待った。
「動くぞ・・・」
「先輩!」
アプリはすぐに起動し、すぐにエルフィア文明促進支援システムのログオン画面が表示された。
「なんだ、そりゃ?」
「うぁっと!」
和人は、思わず叫んだ。
「どうしたんですか、和人さん?」
「先輩、これ、これ、これですよ・・・」
「これかぁ・・・」
「ふぅん・・・」
真紀はなにか納得したように頷いた。
(エルフィア文明促進支援システム・・・。やっぱり、そういうことね・・・)
「和人、なんなの、それ?」
真紀が確かめるように尋ねた。
「真紀さん、ちょっと見ててください」
二宮がそれに答えた。
「どれ、やってみてよ」
ぴっか、ぴっか・・・。
文字がブリンクしていた。
「システムのレジューム機能が働いてるようですね?」
石橋がPCを覗きこんできた。
「ちょっと、みなさん、待ってくださいよ」
IDには和人のフルネームがアルファベットで表示されていて、カーソルがPWボックスで点滅していた。
「和人、もう一辺アクセスしてみろ。IDはボックスに入ってるようだな。PWを入れてみろよ」
二宮は和人に催促した。
「は、はい・・・」
「JUTITHよ。いい、和人?」
真紀は、和人に確認させた。
「はい」
和人がそこに『jutith』と入れると、アスタリスクが6つ表示された。
かたっ。
最後に和人はエンターキーを押した。
「6文字ですねぇ?」
石橋の言葉に和人ははっとなった。
「6文字だって?」
「おお。たしかに6文字だったぞ」
二宮も相槌を打った。
「アルファベットだったんだ・・・」
和人は一人で合点していた。
アクセス者、コンタクティー、番号4398055067302230。
ぴぴぴっ。
正常認証。
ぴぴぴ。
そして、文字が点滅した。
警告。
アクセス許容回数1回をオーバー。
アクセス有効期限の3日間を経過済み。
ぴぴ。
セキュリティ発動。
システムへのアクセスを拒否。
ぱしゅっ。
画面は、ボックスに戻った。
「ははは・・・。先輩、アクセス拒否に合いました・・・」
和人は力なく笑うと、二宮を見た。
「そういうことか・・・」
「なんのことです?」
石橋はまったくわからなかった。
「要は、現時点で和人にはアクセス権限がないってことよ」
真紀が説明した。
「というより、本当にSNSなんでしょうか?エルフィア文明促進支援って、なんかとっても大事なプロジェクト名のような気がします」
石橋は和人を見ながら胸騒ぎを覚えた。
「あー、そうだね。それはだね・・・」
和人は石橋の質問にうろたえた。
「和人、なんなのこれ?」
真紀もただならぬように言った。
「まさか、国家機密に関するものとかじゃないんですか?」
石橋は心配そうに言った。
「あはは、まさか。それは、そのぉ・・・」
「んんっ・・・!」
二宮はわざと小さく咳払いした。
「石橋、きみの指摘のとおりだよ。これは最重要国家機密事項だ。とうとう、きみはそれを知ってしまったね。他言するようなことは慎むこと。さもなくば・・・」
じーーー。
二宮はまばたき一つせずに石橋を見つめた。
「さもなくば・・・」
石橋は一瞬小さく身震いした。
「ど、どういうことです・・・?二宮さん、恐い・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「さもなくば・・・」
じーーー。
二宮はそれを無視してなおも石橋を見つめた。
「・・・」
かちん。
こちん。
石橋は完全に固まっていた。
「止めなさい、二宮」
真紀が二宮を制した。
「うっす。まぁ、そのぉ。結局、エイプリールフールだったってことさ!」
二宮は一気に明るい調子に戻って、石橋に笑って言った。
「わっはっは!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「な、和人。期限付きだったんだよ。4月1日過ぎたらこれだ。だから言っただろ?おまえはSNSの連中に担がれたんだって」
「お、脅かさないでください!」
石橋は二宮を不安そうに見つめて言った。
「なにが、文明促進支援だよ?」
「はい・・・。かつがれちゃったみたいです。あはは・・・」
和人は作り笑いした。
(作り話なんかじゃない・・・。エルフィア文明促進支援システム・・・)
はぁっ。
真紀は記憶をたどって、今、自分が目にしたものを確かめようとした。
「和人、それ・・・」
「悪ぃ、石橋。そういうわけだ」
しかし、二宮の圧倒的に大きい声で真紀の言葉は和人に届かなかった。
「そう、そう、SNS仲間の悪いジョークだったみたいです・・・」
和人も胸をなで降ろした。
「ん、もう、二人して、わたしをからかったりして。知りません!」
石橋はまたまた赤くなったが、今度は恥じらいからではなかった。
ぷいっ。
すたすた・・・。
石橋はふくれっ面になると、自分の席に戻っていった。
(大変。今、みんなが真実を知ってしまったら・・・)
「ちょっと、石橋、待ちなさい」
真紀は石橋の後を追った。
「やっかいばらいのお礼は?」
二宮は真紀と石橋が離れていくのを確認しながら、まじめな顔に戻ると、和人に手のひらを見せて言った。
「やっかいばらいだなんて。なに言ってんですか?」
ぱちんっ。
和人は二宮の手のひらを叩いた。
「じゃ、あのまま、真紀さんと石橋の突っ込みを受けても、おまえ一人で乗り切れたというんだな?」
「それは、先輩が『ユティス』なんて言ったからでしょう」
「とにかく、あそこを切り抜けたのはだれのおかげだ?」
「そりゃあ・・・」
「当然、金座のロイ・ルデレールはチャラだな」
「ええ、そんなぁ!」
「じゃ、いいんだぁ・・・。夢の中で、どっかの異世界の女の子とデートしてるって真紀さんと石橋に言っちまって。完全に変人扱いされるよなぁ、それ。石橋以外の女たちにも・・・」
「止めてくださいよ」
「きゃー、和人さんたら、変態!」
二宮はおどけて、裏声で小さく叫んだ。
「和人の変態!ど変態」
「先輩!」
「チャラな」
「半分。1本だけです。石橋さんの分は関係ないでしょう」
「なるほど。よし、オレも男だ。言ったことは守ろう。OK、それで手を打とう」
「石橋・・・」
「真紀さん・・・」
「怒ってる?」
「はい。少しだけ・・・」
「ごめんなさい」
「え?なぜ、真紀さんが謝るんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ・・・。え、二人の監督不届きかな・・・」
「・・・」
石橋は真紀を見つめた。
「あれについて、知ってるんですね?」
「なにを?」
「とぼけてもダメです。わかります、そのくらい・・・」
「あのアイコンのことなら、知らないわよ」
「違います。システムです。『エロフィア』文明促進システムとかいう・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「『エロフィア』じゃないわ。『エルフィア』・・・」
「ほら、やっぱり知ってる」
「あ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「エルフィアなんですね?」
「わたしをひっかけたのね、石橋」
「わたしを騙そうとするからです」
「騙そうとした訳じゃないわ」
「じゃ、真実を言ってください。わたしだけ知らないなんて嫌です」
「ええ。話すと長くなるから手短にいうわ」
「お願いします」
「うちで政府機関からあるマシンを預かってるの」
「サーバーですか?」
「そんなところね。それで、その稼動記録を取るようになってるんだけど、ある言葉にだけ反応してるのよ」
「ある特定の言葉にですか・・・?」
「そう。その調査をしている最中って訳よ」
「じゃ、エルフィア文明促進支援ってなんですか?」
「だから、それを調査中なの。わたしたちも、やっとそれを突き止めたというばかり、というところよ」
「まだ、わかってないということですか?」
「ええ。その通り」
「どうして、和人さんが、それに?」
「わからないわ」
「わたしが聞いてみてもいいですか?」
「いや、ダメよ。国家機密に触れてるわ。あなたも他言しないで。もう、十分リスクを背負い込んじゃったから」
「国家機密って本当だったんですね?」
「本当よ」
「わかりました・・・」
「和人への確認は、わたしがする」
「はい・・・」
「姉貴、ウチのシステム室にあるハイパートランスポンダーが、今また作動している」
国分寺俊介はログ画面でそれを確認していた。
「作動中ですってっ?」
俊介の双子の姉は言った。
「どういうこと?和人は、エルフィア文明促進支援システムに、アクセス拒否されているはずよ」
「いや。ログを見る限り、やはり、和人のPCに同調している」
「それで?」
「間違いなく、和人は今まさにエルフィ人とコンタクトしている」
「本当?文明促進システムに拒否されたのはウソってことかしら?」
「どうかな・・・。一つ確かめてみようぜ」
「ええ・・・」
「姉貴。ヤツは今事務所か?」
「ええ、そうよ」
「よし。このまま、しばらくウォッチしよう。姉貴はデスクに戻ってくれ」
「そうね。和人の側に行って確認してみるわ」
「頼む」
「それで、エルフィアってどのくらいの文明レベルかしら?」
「カテゴリー4かもしれん。あれに反応するくらいだから、相当な高文明のはずだ。セレアムはカテゴリー3だ。その同等か、それ以上。とにかく、じいさんにはすぐに報告しておこう」
「そうね」
「二宮さん?」
「お、なんだ石橋?」
石橋は思い切ってユティスのことを聞こうと、二宮に話しかけた。
「和人さんのSNSってのはウソですよね?」
「へ?なんのことだい?」
「やっぱり・・・」
そう言うと、石橋は二宮を真っ直ぐに見つめた。
「やっぱりって、ちょっと待てよ」
「二宮さんご存知なんでしょ?エルフィア文明促進推進委員会ってなんですか?SNSなんかじゃないのはわかってます」
とっさのことに二宮も口ごもった。
「あ、そ、それね。い、いや、別に大したことじゃなくて・・・」
「大したことじゃないなら、おっしゃれるんですよね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
(まいったなぁ・・・。オレだって知らねぇよ)
「二宮さん。本当のことを教えてください」
石橋は追求した。
「だから、オレだって詳しいことは知らないんだよ。和人がどっかのシステムに強制的にアクセスされちまってさ、それで、そんな名前のシステムに入っちまったんだ」
「それで、エルフィアってなんですか?」
「知らないってば。和人のヤツ、4月1日にアクセスした後はごらんの通りだよ。ネット仲間にかつがれたんだよ。エイプリルフールってことさ」
「では、ユティスってだれですか?」
「そ、それは・・・」
「女の人なんですね?」
「わかんないってば、オレ見たことも、話したこともないんだから」
「ほら、やっぱり。女の人だ・・・」
「石橋。いいかげんにしろよ。とにかくエイプリルフールなんだ。納得したか?」
「ぜんぜん、わかりません」
「勘弁してくれってば。オレ、知らないんだから。知りたいなら、和人に直接聞けよ」
「え、和人さんに直接・・・ですか?」
どきんっ・・・。
かぁ・・・っ。
形勢は一気に逆転した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうさ、本人に聞くのが一番いい」
「そ、それは・・・」
かぁーーー。
石橋はたちまちうろたえた。
「じゃ、オレ、客先に行くからな」
二宮はそう言うとカバンを提げて事務所を出て行った。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
いつもの通り、事務所中が二宮を送った。
「いってらっしゃい、二宮さん・・・」
意気揚々と事務所を出る二宮の後姿を追いながら、石橋はやりきれない気持ちで自分の席に戻った。