169 真紀
■真紀■
この強盗傷害事件の取調べがとりあえず終わると、石橋は事務所に戻った。そこには真紀がいた。真紀は石橋をシステム室に呼んだ。石橋は真紀に、一番確かめたいことを質問した。
「真紀さん、ユティスさんは、いったい、どういう人なんですか?」
「外国のVIP・・・」
「・・・」
石橋は上目遣いに真紀をみつめた。
「じゃぁ・・・、納得いかないわよね?」
「わたし見ました・・・」
石橋は下を向いて言った。
「そう。見たのね・・・」
「普通の人なら、決してできないようなことばかり・・・」
「ええ・・・。びっくりした?」
「・・・」
石橋はそれには答えず質問した。
「どうして、和人さんといつも一緒なのですか?そして、みんなが、それを許すのはなぜなんですか?本当のことを教えてください・・・」
石橋は真剣に真紀に訴えた。
「わたし、和人さんへの想いは消せないです・・・」
真紀は石橋の気持ちが痛いほどわかったが、こればかりはどうしようもなかった。
「ちゃんと、すべてを話さなくてはいけない時が来たようね」
「全部ですか・・・?」
石橋はゆっくりと顔を上げた。
「ええ・・・」
真紀は石橋を優しく見つめた。
「石橋、よく聞きなさい。和人の運命、使命、それがユティスなの。和人が石橋のことを嫌いなわけじゃない。いや、一男性としてあなたを好きだと思うわ。とっても可愛らしい女性だとも言ってた。でもね、それは、恋人同士としてのそれじゃないの。大切な仲間ということよ」
「仲間なんですね・・・」
石橋はまたしても目を伏せた。
「とても魅力的だけど・・・、そういうことよ」
「でも、それで使命とか運命とか、それはなんなのですか?わたし、納得がいきません」
うるうる・・・。
石橋は目に涙を湛えながら再び真紀を見つめた。
「和人とユティスは・・・、地球の未来を背負っているの。日本政府も、合衆国政府も、およそ先進国と言われている国々は、あの二人を必要としているわ。もう、個人の感情だけの問題じゃないの。残念だけど、あの二人には、だれも入り込む余地はないわ」
「真紀さん、聞かせてください。なんなんですか、地球の未来って?」
「人類が直面している問題よ」
「男女関係ですか?そうなんですね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええ。確かにそれもあるわね。確かに・・・」
(まいったなぁ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、地球の未来に問題がないと思う?」
「それと、和人さんと、どう関係するんですか?」
石橋は必死で訴えた。
「地域紛争、テロリズム、温暖化現象。債務不履行。各国とも政府は、国債乱発でデフォルト寸前よ。お金もそう。みんな、人間が勝手に引き起こしたもの。大ありでしょ」
「はい。でも、和人さんとユティスさんに、どう関係するんですか?」
石橋は論点を的確に突いていた。
「いいから、ちょっと前置きを聞いてね」
たまらず真紀は一呼吸置いた。
「はい」
「もうね、人間の知恵じゃ、地球は、にっちもさっちもいかない状況なの。制御不能になるまで、秒読み状態って言ったらわかる?なにかの拍子に、人類は滅亡のボタンを押すわ」
「はい。でも、これとユティスさんに、なんの関係が?」
「・・・」
「・・・」
数秒の沈黙の後、真紀は噛み締めるように言葉を続けた。
「ユティスは・・・、そのために来たの・・・」
「そのために・・・、来たって・・・、どこからですか・・・?」
石橋の目は真っ赤だった。
「遠い遠い遥か彼方の銀河から・・・。地球の文明促進支援に・・・」
「え・・・?」
ぷるぷる・・・。
石橋は首を横に振った。
「わからない・・・。わたし、ぜんぜん、理解できません・・・」
「石橋・・・」
「ユティスさん、どこから来たんですか?なんのために?」
「あのね、石橋。はっきり言うけど、ユティスは地球人じゃないの・・・」
真紀が真実を話すと、石橋は大きく目を開き、真紀を見つめた。
「ええ?」
「・・・」
「うそ・・・」
「・・・」
「そんなぁ・・・。信じられない・・・」
「無理ないわ・・・。でも、それが事実。それが、真相よ・・・」
真紀の真剣な眼差しは、石橋にそれが事実だと語っていた。
「ユティスさん、宇宙人なんですか・・・?」
「簡単に言えば、そうよ」
「いったい、どこなんです、それは?」
「彼女はエルフィアという星から来たの」
「エルフィア・・・。まさか、そんな・・・」
「石橋、あなた、ユティスが二宮の傷を治したのを見たわよね?」
「ええ・・・」
「あんなのは、ユティスの力のほんの一部でしかないわ。あれが普通の人間にできることかしら。ユティスが歌っている時は、どうだった?魂が揺さぶられるような気がしなかった?それに、ユティスの体から湧き出てくる虹色の淡い光・・・。わたしだって、天使じゃないかって思ったほどよ」
「・・・」
石橋は黙りこくった。
「ユティスはね、エルフィアという世界の人間よ。地球から5400万光年も彼方にある超高文明世界。人類が、裸で石槍を持って、マンモスを追っかけていた遥か前から、とっくに大宇宙に乗り出していた人たち。彼らの基本は、愛の精神よ。この大宇宙の文明世界の文明促進支援を、無償で行なっているの。大宇宙に、エルフィアのような平和で愛を基本とする高文明世界が、一つでも多く広がることを使命としているのよ」
真紀は一呼吸置いた。
「ふぅ・・・」
「それで、彼らはついに地球をその対象に選ぼうとしているところなの。今の地球の状況を、大変憂っているわ。それで、地球が彼らの支援に値するかどうか、テスト的に調査されることになったってわけ。地球を時空封鎖をして、このまま滅びるに任せるか、それとも救いの手を差し伸べるか。今、まさに、彼らは判断しようと調査しているところなの。和人は、そのために、エルフィアとの情報通信のために、コンタクティーに選ばれ、専任担当エージェントに、ユティスがアサインされたってことよ・・・」
「そんなぁ・・・。とても・・・、信じられません!」
「ええ。あなたの言うとおり。無理ないわね・・・」
真紀は石橋にさらに優しい眼差しになった。
「それでね、もう、ユティスに関しては、和人個人の問題じゃなくなっているの。日本政府は、どんなことをしてもユティスとエルフィアの文明が欲しいのよ。もちろん、平和利用だけど、他国に抜け駆けしてでもね。でも、それは一方では正しいことでもあるわ。Z国のようなところには、ユティスとエルフィアの超高文明を絶対に渡してはならないの。わかるわよね?」
「・・・」
「それに、エルフィアと連絡できる地球人は、和人ただ一人」
「・・・」
「すべては超極秘プロジェクトとして、何ヶ月も前から、首相の直下で承認済みなの・・・。超新星の高エネルギー直撃騒ぎがあったしょ?」
「・・・」
「あれは、和人は必死でユティスに伝えたから、エルフィアが地球を守ることができたの。もし、それがなかったら、今、わたしがこうしてあなたと話していることもなかったかもしれない」
「そんなぁ・・・」
「いい、石橋。これで、あなたも超国家機密に係わることになったわけだから、覚悟を決めてね。絶対に、他言してはダメ・・・。いい?」
「は、はい・・・。でも、なぜ和人さんが?」
「はぁ・・・」
真紀は腕を組んだ。
「やはり、こっちも、ちゃんと言っておかなきゃならないようね」
「なんのことですか?」
「二人の相性よ」
「相性?」
「ええ。コンタクティーとエージェントの選考は、勝手に決められるわけでないわ。コンタクティーもエージェントも性格、思考、感情、その他のパラメータを検証されるの。相性が良くないと、プロジェクトに差し支えるからよ。もし、二人の相性が80%以下なら、エージェントの再度選考が行なわれる。もしくは、コンタクティーの・・・」
「それで、和人さんとユティスさんは、どうなんでしょうか?」
石橋はいまにも泣きそうな顔になった。
「和人とユティスについてだけど、システムがはじき出した二人の相性はね・・・」
「いくら・・・、なんですか?」
「99.99%」
「・・・」
「・・・」
石橋にとってそれは死刑宣言にも似たものだった。
「・・・」
しばらくの沈黙のうち、石橋の嗚咽が始まった。
「う、う・・・」
「石橋・・・」
真紀は石橋に手を添えた。
「それって、100%と同じじゃないですか・・・」
「ええ、そうなるわ。あなたには、ちゃんと本当のことを伝えておいた方がいいと思うの」
「どうしてですか・・・?」
「理由はわかるはよね?日本政府はエルフィアのテクノロジーを必要としているの。のどから手が出るくらいに。和人は日本の期待の星なのよ」
「違います。わたしが知りたいのは、もっと違うところにあるんじゃないですか?」
「ユティスがエルフィア人としてだけなら、政府の理由は納得できる?」
「そ・・・、それは、できます。でも・・・、ユティスさんが・・・、ユティスさん自身として理由なら・・・。ユティスさんは、ステキな女性です・・・」
「それでも、納得しなくていけないかも・・・。石橋、わたしには、あなたが傷つくのがわかるわ。でも、こればかりは、どうしようもないの・・・」
「そんなぁ・・・」
「相性値だけを見ても、システムは100%を保証することは絶対にしないから、これは最高値。事実上100%ね。こんなのは、見たことも聞いたこともないわ」
「そんなの、出鱈目です。信じられません!」
「そう、だから運命なのよ。神さまだか、天使だか。石橋、男を選ぶあなたの目は確かだったけど、和人だけはダメよ。あなたが傷つくだけ。あの二人を裂くことは地球の未来の破滅も意味するわ」
「でも、真紀社長・・・。わたし、できない・・・」
ぎゅぅ。
真紀は石橋を抱きしめた。
「そうよね。泣きたいだけ泣いていいわ」
「うう・・・。あ・・・、ありがとう・・・、ございます・・・」
ぽろり、ぽろり・・・。
石橋はその大きな目から涙をポロポロこぼした。
ぎゅーーうっ。
真紀は、石橋を包み込むようにして、しっかりと抱きしめた。
「ううう・・・」
石橋の嗚咽はしばらく続いた。
「石橋。わたしは、あなたのこと好きよ。ううん、わたしだけじゃなく、みんな、あなたのこと・・・」
ちゅ。
真紀は石橋を抱きしめたまま、石橋の髪にキスをした。
そして、何分たっただろうか、石橋はようやく顔を上げた。
「でも、・・・どうして社長や常務は、それを知っているのですか?」
石橋は嗚咽がおさまると真紀を見上げた。
「決して他言しない?」
「はい・・・」
真紀は真っ直ぐに石橋の目を覗き込んだ。
「わかったわ・・・」
「・・・」
石橋はなおも目で訴えていた。
「わたし自身が、1/4、異星人だからよ・・・」
「え・・・?」
石橋は今度こそ、目を大きく開けて真紀を見上げた。
「い、今・・・。なんて・・・?」
石橋は目を見開き、じっと真紀を見つめた。
「わたしにはね・・・。地球人以外の血が入ってるの。俊介も一緒・・・。エルフィア人の血ではないけれど・・・」
ぷるぷるぷる。
石橋は頭を振った。
「し・・・、信じれません・・・」
「そうよね・・・。ちょっと、おでこ貸してくれる、石橋」
「は・・・、はい」
すぐに真紀は、自分の額を石橋の額にくっつけた。
「あっ・・・!」
石橋は、あっ、というと。声を失った。真紀がイメージを石橋に送ったのだった。石橋はセレアムの衣装を着た真紀のイメージを受け取っていた。真紀は美しかった。
(これが、真紀社長の本当の姿なんだわ・・・。なんてステキな・・・)
「あなただって、捨てたもんじゃないわよ。自分がどれだけ可愛いくて、ステキか自覚してないでしょう?」
「本当なんですか?」
「ええ、そう。これが、真実。わたしからは、以上よ」
「・・・」
しばらく石橋はぼおっとしていた。そして、自分の内部で整理をつけると、まきを真っ直ぐに見た。
「真紀社長・・・。ありがとうございます」
「わかってくれたのね・・・?」
「はい・・・」
「ありがとう、石橋・・・」
ぎゅ・・・。
真紀は再び石橋を抱きしめた。
「重ねて言うけど、これは、絶対に他言無用よ。地球はまだまだ野蛮だから。わたしも俊介も身の安全を確保することが必要なの。もう、しばらくはね。あなたは、地球がエルフィアのテストに受かった方がいい?それとも落っこちた方が・・・」
「もし、落っこちたら?」
「わたしは、そんなことは一切考えないわ。どうしたら受かるのかってことしか考えない。よしんば落っこちても、追試を要求するわ、絶対に・・・」
「うふ・・・。やっぱり・・・、真紀社長です」
石橋に少し笑顔が戻った。
「ああ、よかった。石橋が笑ってくれて」
警察署では、コンビニの防犯用ビデオの検証が行なわれていた。この一件で、コンビニの防犯カメラで撮影していたビデオにとんでもないものが映っていたことが判明した。1台のカメラが、ユティスが、二宮にした一部始終を、斜め上からはっきりと撮っていたのだった。
「そこだ。ストップ。倍率を切り替えろ」
「はい」
ぴっ
「4番カメラのところだ。画面右下を見てみろ」
「あっ・・・」
「警部、モノクロですが、これは明らかに・・・」
「女の子の手が光に包まれている・・・」
「スロー再生」
「了解」
ぴっ。
ぽわーーーん。
「あ・・・」
一同は同時に声を失った。
「・・・」
「・・・」
しゅう・・・。
「傷が・・・、傷が、消えていってる・・・」
「止めろ」
ぴっ。
警官たちは互いに見合った。
「彼女、なにものでしょうか?」
「人間ではないかもしれん・・・」
「超能力者?」
「は・・・、まさか!」
「じゃ、説明してくださいよ」
「それは・・・」
「警部、本部への報告をどうしますか?」
「ありのままを、報告書に書け。事実や証拠を曲げてはならん」
「しかし、警部。こんなこと、誰も信じちゃくれませんよ」
「わたしが、責任を取る」
警部は最終判断を下した。
「了解しました」