166 意味
■意味■
『銀河の彼方計画』のメンバーは目の前にいる3人の娘が、地球ではなくエルフィアから来たという事実を受け入れるしかなかった。目の前には、アンデフロル・デュメーラの映し出す空中スクリーンだけで、十分だった。なにもない空間にいきなりハイビジョン級の鮮明な立体画像が現れたのだ。しかも、それは地球人類の住む天の川銀河をエルフィアから見たという姿なのであった。
「みなさん、そういうわけでエルフィアは地球に対して、とても関心を持っています。地球人類が自分たちの惑星を脱出するテクノロジーを持ち、自らの母なる惑星をその目で確かめたのです。これは文明が決定的に次の段階に入ったことを示しています。カテゴリー1からカテゴリー2に進んだのです。その証は、それを直接経験された方がご存知のはずですわ。その方たちは、この数十年で何百人にもなっていると聞いています。その方たちは、どういう感想を、あなた方地球に留まっている方々にお話になりまして?」
ユティスは一同を見回して微笑んだ。
「・・・」
「・・・」
「そうだな、『地球は青かった』・・・」
数秒沈黙の後、一人が口を開くと、みな口々にそれを言った。
「『わたしはカモメ』だわ・・・」
「『生命の不思議に打たれる』・・・」
「『感じ方や考え方がすっかり変った』・・・」
「『嬉しかったことは、宇宙には調和があり、目的があり、想像の力があるということ。悲しかったことは、人間はそれを知っているのに、反する行為をしていること』」
「『人間がいる。命に満ちた天体だと確信した』・・・」
「他にはありませんか?」
ユティスは優しく微笑みながら、さらに聞きたがった。
「『共有と総合依存だ。わたしたちはひとつの世界だ』・・・」
「『地球を愛し、大切せずにはいられない』・・・」
「『文明を持つ人類が、古代からのいろんな圧力から開放される』・・・」
「『宇宙から見た地球は、たとえようもなく美しかった』・・・」
「『国境の傷跡などはどこにも見当たらなかった』・・・」
「『地球も、わたしたち自身もやっぱり宇宙の一部でした』・・・」
「みなさん、これで、終わりですか?」
にこにこ・・・。
ユティスは両手を大きく広げ、さらに出すよう依頼した。
「『5日目にはみんな黙った。そこにはたった一つの地球しかなかった』」
「『月で親指を立てると親指の裏に地球が隠れる。我々はなんと小さい存在だろう。だが、なんと幸せだろう』・・・」
「『わたしたちは、みな地球の子供である』・・・」
メンバーの全員が一通り発言したのを待って、ユティスは先を進めることにした。
「みなさん、ありがとうございます。わたくしがお話ししたいことは、みなさんがおっしゃられた言葉、それこそカテゴリー2の精神であるということです・・・」
しーーーん。
「これらを感じることは、カテゴリー2以上の世界に限られます。カテゴリー1の世界では決してありません。カテゴリー1とカテゴリー2の間には、文字通り、天と地の差があります。そして、今や、地球はカテゴリー2に入ったのです」
どーーーん。
ユティスの言葉は一同に重くのしかかった。
「それでも、文明を誤った方向に導く可能性は排除できません。エルフィアは、幸い寸前のところで回避することができました。みなさんは、どうするおつもりですか?」
そして、ユティスから微笑が消えた。
「正直に申し上げます。エルフィアが文明支援をいくら努力しても、それを受け入れようとはしない人々も存在します。わたくし個人も、それを体験したことがあります。その世界は、文明の扱いを誤り、熱核爆弾により3日とかからずに滅亡しました。人類だけでなく、あまたいる幾多の生命もろともに・・・」
しーーーん。
「わたくしも、かつてのカリンダの方に倣い、申し上げます。わたくしたちは、幸せとなれるはずの世界を、もう一つとして失いたくはありません」
ユティスはゆっくりと静かに締めくくると、和人に微笑みかけた。
「アルダリーム・ジェ・デーリア、和人さん・・・」
「パジューレ、ユティス」
ちゅ・・・。
和人がやさしく微笑むと、ユティスはそっと触れるようにして和人の頬にキッスした。
「ああ・・・」
「おお・・・」
それを目の前で見て、一同は不思議な感動を覚えた。
「和人さんは、わたくし個人にとって、とても大切な方です。その地球をどうすれば放置することができましょうか・・・?」
しーーーん。
「・・・」
ユティスはしばらく微笑むだけで、一言も発しなかった。
「・・・」
「・・・」
「あのぉ・・・」
ややあって、大田原が口を開いた。
「ユティスさん。本番はこれからです。文明支援の予備調査について、一言続けていただけますかな?」
「はい。わかりました」
ユティスは微笑むと話を再会した。
「エルフィアの文明支援は、必ず成功するという保証はありません。支援先の世界の精神に依存します。支援はあくまで支援です。自らの内に動力源のない任せっぱなしの精神では、決して自律的な文明世界にはなれません。わたくしたちは、過去に幾度となく失敗もしました。そこで悟ったのはこういうことです。答えを要求するばかりの世界では、文明を推進することは大変困難を伴うばかりか、逆に衰退させてしまう、ということです」
「そういう世界は、どんなに手を尽くしても仇になるばかりです。これを文明レベルでいうと、カテゴリー1、つまり『自ら、母なる惑星を外からみたことがない』という世界になります。ここでは、空論や理想論が現実と激しくぶつかり合い、わたくしたちが立ち寄ることもできないような状況になります。何人もの同胞が命を落としました。もちろん、それ以上の人々がその世界で亡くなりました」
「それでも、あなた方は支援を止めなかったんですか?」
一人が質問をした。
「はい。カテゴリー2の世界についてはそういうことです。しかし、カテゴリー1の世界については、あまりに悲惨な結果になり、文明支援は時期尚早として、以後は行われていません」
「ということは、カテゴリー1と判断された世界はほったらかしということですか?」
「いいえ。まったく監視もなにもしないということではありません。エルフィアが知った文明世界は常にそれを見守るようにしています。それはカテゴリーのレベルには関係ありません。ただ、カテゴリー1の世界はエージェントが常駐することはないのです。惑星軌道上に監視衛星を置き、様子をモニターし報告を受けます。そしてカテゴリー2に移る寸前を逃さないようにします」
「なるほど。では、なぜカテゴリー2がそんなに支援対象となるんでしょうか?」
「はい。とてもいい質問ですわ。カテゴリー1は極めて闘争的で危険な世界ですが、その影響は惑星内部に限られます。しかし、カテゴリー2になるとそれは惑星外にも及びます。破壊の規模も桁違いになります。カテゴリー1ではエネルギーは化学反応だけですので、時空への影響はとても小さく無視できるほどです。しかし、カテゴリー2は原子核エネルギー、量子エネルギー、時空エネルギーに手を出していますので、大変大きな影響を惑星外にも与えます。もちろん、そういったエネルギーを最大開放してしまったら、惑星を破壊しつくし、文明は跡形もなく消え去ります。わたくしたちがカテゴリー2に焦点を当てているのはそのためです」
「では、地球は危険極まりないと、おっしゃるんで?」
「今のままでは、大変由々しき状況になるということは確実です」
ユティスは断言した。
「では、エルフィアの支援を地球が受けることで、必ず安泰になるんでしょうか?」
「わかりません。『必ず』というのは、ご自身の努力を諦めず継続されるということがあってはじめて言えることです。もし、ご自身の努力の前に、わたくしたちにそれを『保証せよ』とおっしゃるなら、それは『カテゴリー1的精神です』とお答えするしかありません」
「ご都合主義ですな」
「おわかりいただけると幸いなのですが、相手に保証、確証、答え等を要求するということは、既に、自身の責任をすべて放棄しているばかりか、相手に依存し、全責任を転嫁し、なおかつ、相手から『搾取』するということです。そのようなカテゴリー1的な奪い合う精神では、自律とはほど遠いとは思われませんか?」
「なんと・・・」
そう言った本人は、ユティスからぴしゃりと手厳しく指摘され、表情を強張らせた。
「エルフィアが文明支援が成功したと確信できるのは、支援先の世界が自律的に文明を推進し続けているのを確認できた時です。残念ながら、わたくしたちの力が及ばないことも少なくありません。何千年以上にもわたり継続的に進化できた世界は、半分くらいでしょうか。そして、不幸にも衰退への道を逆戻りする世界では、もう二度とエルフィアを受け入れてはいただけませんでした。その世界はやがてカテゴリー1へ戻っていきました。そしてまた何千年もそこに留まるのです」
「そうさせないための文明支援でしょう?」
「はい。もちろん。ご自身の決意をお聞かせください」
「そんなことおっしゃられても・・・。突然やってきて、あまりに一方的ではありませんか?」
「それは、一理ございますわ。もし、お気に触られましたのなら、謝罪申し上げます」
ぺこ・・・。
ユティスは彼に向かってゆっくりと頭を下げた。
「頭など下げないで!」
「そうだ。教授、きみこそ大変失礼なことを!」
「な、なにも、そういうことじゃ・・・」
慌てて彼はそれを否定しようとしたが、彼に賛同する人間は皆無だった。
「他に、ご質問はございますか?」
にっこり。
ユティスは大して気にもせず、再び微笑んだ。
「わたくしたちが地球を知りえたのは、ここにいらっしゃる宇都宮和人さんがいらしたからです。和人さん、つまり地球とは、わたくしが最初にコンタクトをいたしました。以降、何ヶ月にもわたり地球の様子お話をおうかがいしました。精神体で地球を訪れ、それを確認したりもしました。それで、委員会が、地球はカテゴリー2に入っていると最終判断を下したのはとても嬉しかったです。でなければ、わたくしは和人さんと交信はできす、こうしてこの場にいることもなかったでしょうから・・・」
その時、一同は、宇都宮和人という一青年のどこにそのようなものがあるのか、といぶかった。
「これから、大切なことを申しあげます」
しーーーん。
ユエィスの言葉に、場はまた緊張した。
「地球がカテゴリー2にあるとは言え、カテゴリー1的な精神や価値観は随所に残っています。一歩間違えれば、惑星的な破滅をもたらしかねません。わたくしたちが地球を観察した結果です。委員会のある人たちは、わたくしもそちら側ですが、このまま地球を放置すると、一つの幸せになれるはずの世界が失われると判断しています。支援の時期は一刻の猶予もない。そう思っています。ところが、もう一方の人たちはそうではないのです。カテゴリー2とはいえ、カテゴリー1的な精神が幅を利かせ、既に横道に逸れてしまっていると。もう、残された道は、惑星外への影響を封じる時空閉鎖しかないと、主張しているのです」
「時空封鎖ですか?」
「はい。惑星の人々が、そこから出ることも、そこから出るような影響のあるエネルギーも封じるという最終事態です。これはカテゴリー2としての科学力を誤って使用しているという、大宇宙のすべての文明圏への警告でもあります。もし、そうなれば、他の世界からの来訪者は皆無になるどころか、禁止されます。地球の方々は何百年、あるいは何千年、独りで望遠鏡を覗くだけの外界を知らない世界になります。最新の超時空宇宙機をもってしても太陽風の及ぶ先にはまったく行けなくなるでしょうし、どのような超兵器の影響もそこから先には及ばなくなります」
「そんな、まさか・・・」
「自宅軟禁ではないか・・・」
「そういうご認識は間違いではありません。他の平和的な文明世界への大きな脅威となるからです。あなた方も、そういう人を一定の場所に監禁するのではないですか?」
「う・・・」
「ご心配なのはよくわかります。エルフィアはお待ちしています。大切なのはその方向性です。時間的早さではありません。何十年、何百年でも、お待ちしています。ゆっくりでも、まったく問題ありません。もし、地球の方が、他の平和的世界とともにありたいと願うなら、そして、その方向に歩み始めるなら、エルフィアは決して地球を見放したりはしません」
「本当ですか?」
「はい。ただし、今はそうではありません」
「ええ・・・?」
「どういうことだ・・・?」
「今はそうじゃないって・・・」
「見捨てるのか?」
みなは一斉に不安の表情になった。
「地球がどいう方向に進むのか、それはあなた方地球のみなさん、ご自身で決められることです。その方向性をエルフィアとしてある程度判断するために、わたくしがここにいるのです。わたくしは、地球の方がカテゴリー1的な精神を克服しようとする意思がおありなのか、そうではないのか、その方向性を確認するため、2年間の猶予を持って予備調査にまいりました。別に政府関係者や最先端科学者のみなさんとだけ、格好の良いお話をうかがうわけではありません。文明はあまねく人々に提供されてはじめて文明です。調査とはいえ、特別なことをするわけではありませんわ。普通の人々との普通な生活を共にさせていただきます。その中で、地球のみなさんにその意思ありと判断されて、はじめて、文明促進支援のプログラムが適用されます」
にっこり。
そして、ユティスは優しく微笑んだ。
「ご心配なのはわかりますわ。でも、大切なのはあくまで方向性です。現時点の文明レベルでも、その進化速度でもありません。わたくしの心は決まっています。
「大変だ・・・」
「これは、われわれ自身へのテストだ・・・」
「時間的猶予は2年・・・」
「そんなの、ないに等しいではないか・・・」
「これは、われわれも大変重要なお役目だぞ・・・」
一同は、ユティスの地球派遣の本当の意味を知った。