015 恋心
■恋心■
石橋は、和人の車の助手席に座った。
「あの、和人さん、ごめんなさい」
「いや、別に謝ることなんかないですよ」
ぶるるん。
和人は、車のキーを回し、エンジンをかけた。
「後で、石橋さんの車は届けますから」
「はい・・・」
(和人さんと、二人っきりで車に。真紀社長がせっかくここまでしてくれてるというのに、わたしったらなんにもできない・・・)
石橋は、運転席で前を確認している和人の横顔を、愛しそうに見つめた。
「あそこを、左に曲がるんでしたよね?」
赤信号で止まった時に、和人が次の交差点を指さした。
「いえ、それは遠回り・・・」
(いっけない。この前は遠回り教えちゃったんだった)
--- ^_^ わっはっは! ---
「はい!」
石橋は無意識にシフトレバーに手を置いた。
すっ。
信号が青に変わり、和人はシフトレバーをニュートラルポジションからドライブに入れ直そうと、シフトレバーに手を置いた。
すうっ。
ぷにゅ。
そして、石橋の柔らかい手の感触に驚いた。
「うわっ!」
「あ、ごめんなさい・・・」
石橋は、すぐに手を引っ込めた。
(わたし、なにしてるんだろう!)
「い、いえ、オレこそ、見てなくてすみません」
「いえ、見てくれないと嫌です・・・」
石橋は思わず小声で口走っていた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは・・・。はぁ・・?」
和人は、照れ笑いをした。
(いやぁ、まともに触っちゃったよ。石橋さんの手、なんて柔らかいんだろう)
(和人さんの手に触っちゃった・・・。嬉しい・・・)
やがて、二人は石橋のうちの前に着いた。
かちゃ。
和人は運転席から降りて、助手席のドアを開け、石橋が車を降りるのを手伝った。
「どうぞ」
「あ、どうも・・・」
ふんわりっ。
石橋が車から降りる時、スカートがふとももまでめくれ上がった。
「きゃ!」
石橋は小さく叫び、すぐさま、しっかりとスカートを押さえた。
(わーーーっ、石橋さん、なんて色っぽいんだ・・・)
ごっくん・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
和人は車を降りる石橋の女らしい仕草に、思わずつばを飲み込んだ。
ぶ、ぶーーー!
ご、ごーーー!
「危ない!」
ぐいっ。
猛スピードでワゴンが二人の側を通り抜け、和人は思わず石橋を自分の方に引き寄せた。
「きゃあーーー!」
「ふぅ・・・」
ワゴン車が通り過ぎると、石橋は和人の腕の中でゆっくりと和人を見上げていた。
「あ、ありがとうございます・・・」
どっくん、どっくん、・・・。
和人は石橋に腕を回したまま、鼓動の高鳴りを強烈に意識した。
「い、いや・・・。大丈夫ですか?」
「はい・・・」
どきん・・・。
(ありゃりゃ。ちょっと、マズイ雰囲気だぞ・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人さん・・・」
うるるる・・・。
石橋の目は潤んでいた。
そして和人を見上げたまま、それはゆっくりと閉じていった。
「可憐?」
突然、石橋の母親の声がした。
さっ!
すぐさま、石橋は和人から離れた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「お母さん・・・」
「うちの前で大きな悲鳴が聞こえたから、誰かと思ったわ。大丈夫?」
「ちょっと車が脇を飛ばしていったから・・・」
「そう?お仕事はいいの?」
「今日はもう終わりなの・・・」
「あは。送らさせてもらいました」
「宇都宮さんね?その節は本当にありがとうございました」
「いえ、いえ。じゃ、これで・・・」
「急がなくてもよろしいのに。上がってお茶でもいかが?」
(冗談じゃない。上になんか上がっちゃったら、婿養子にされちゃう)
--- ^_^ わっはっは! ---
「いえ、本当にけっこうです。すぐにでも戻らなきゃ。それでは失礼します」
和人は急いで一礼をすると、車に乗りエンジンをかけた。
ぶるるん。
「それでは。石橋さん、また明日」
「はい。和人さん、ありがとうございます」
ぶろろろーーー。
二人は、和人が消えるまで見送った。
「可憐、家に入りましょう」
「うん・・・」
二人は家に入った。
ばたん。
ドアが閉まった。
「可憐?」
「なあに、お母さん・・・」
「2回目ね?」
「なにが?」
「あなたが宇都宮さんに送られて帰るの」
「うん・・・」
「いい人ね、宇都宮さん」
「うん・・・」
にっこり。
「好きなんでしょ?」
「・・・」
「うふふ。わかるわよ。わたしの娘なんだもの」
「うん・・・」
「お父さんがね・・・」
「うん・・・」
「ああいう人があなたの婿なら、心配ないって・・・。わたしも好きよ、和人さん」
「お母さん・・・」
「和人さん・・・。そう、呼んでんでしょ?」
じーーーん。
「うん・・・」
じわーーーっ。
石橋は目を潤ませて母親に抱きついた。
ぎゅうっ。
母親は優しく石橋を抱きしめた。
「この恋・・・、うまくいくといいわね」
「うん・・・」
にこにこ・・・。
満面に笑みをためて、ユティスがエルドに面会に来ていた。
「ふふ。ユティス、嬉しそうね?」
「リーエス(はい)、メローズ。おかげさまで、エージェントに復帰できましたもの。お礼申しあげますわ。アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございますわ)」
「パジューレ(どういたしまして)、ユティス」
「エルドはお部屋にいて?」
「リーエス(はい)、あなたをお待ちされてますよ」
メローズはそう言うと、ユティスを連れて、奥の部屋に進んだ。
すぅ・・・。
白い壁の前に来ると、今まで壁だったところが開き、奥の部屋の入り口になった。
「ユティスですわ」
「パジューレ、通りたまえ」
エルドのしっかりしたよく通る声が二人を歓迎した。
「でゃ、わたしは戻りますから、ごゆっくりと」
「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございますわ)」
メローズはユティスを残して部屋を出ていった。
「エルド。宇都宮和人さんに、コンタクトできましたわ」
「そうか。それはよかった」
にっこり。
エルドは嬉しそうに話すユティスに笑顔で応えた。
「それに、宇都宮和人さんに頭脳活性化アプリを適用していただきました」
「それでは、いつでも彼とコンタクトを取れるということだね?」
「リーエス(はい)」
にこっ。
ユティスはこぼれるような笑みを浮かべた。
「それにしても、ユティス、きみはずいぶんと楽しそうじゃないか?」
「リーエス(はい)。エージェントの復帰もとっても嬉しいのですが、和人さんとはとっても仲良くなれそうな気がしますもの・・・。これからのことを思いますと、自然と心が弾みますわ」
うきうき・・・。
ユティスは嬉しそうに答えた。
「ははは。宇宙で一番最強最良のペアになりそうだね」
「まぁ・・・」
ユティスは遠慮がちに目を伏せた。
「そういえば、メローズから、相性テストの結果は前代未聞の高さだったと聞いたよ。彼女、たいそう驚いてたけれど、その実、いったい、いくらだったんだい?」
「うふふ・・・。いくらだとお思いですか?」
にっこり。
ユティスは悪戯っぽくエルドにきいた。
「90%以上は確実にあったんだろ?」
「リーエス(はい)。99.99%ですって・・・」
「おい、本当かい?」
「リーエス(はい)!だから、とっても嬉しいんです」
ユティスは羽があったらそのままどこまでも昇っていきそうだった。
「たまげたなぁ・・・。システムは100%を保証しないから、それは事実上の満点じゃないか・・・」
エルドは目を細めて末娘を見た。
「完璧ですわ!」
「そりゃ、うまくいかない訳ががないよ」
「リーエス(はい)」
「次はどうするつもりなのかね?」
「和人さんの起きている時間に、和人さんの意識下におじゃまします。そして、調査のための同伴許可をもらいますわ」
「それじゃ、いよいよ、精神体として彼のところに行くということだね?」
「リーエス(はい)。そうすれば、いつも和人さんと一緒にいれますもの」
「いつも一緒ねぇ・・・」
「いけませんか?」
「それは彼が決めることだ」
「まぁ・・・、それもそうですわ」
ぽっ。
ユティスは自分の間違いに赤くなった。
「くれぐれも、彼の意思を尊重してくれたまえ」
「リーエス(はい)」
「きみのエージェント・ライセンスは取り戻せたけども、まだ、精神体でコンタクティーと行動を共にする件、正式に委員会の許可を取っているわけではないからね」
「リーエス(はい)、エルド」
さぁ・・・。
ユティスは幸せそうに一礼すると、エルドの執務室から出て行った。
「メローズ?」
「リーエス(はい)、エルド」
「こっちに来てくれるかね?」
「リーエス(はい)」
しゅうーーーん。
また壁が開き、秘書のメローズが姿を現した。
「ご用ですか、エルド?」
「ふむ・・・」
「ぷふっ・・・」
なんとも困ったような表情のエルドを見て、メローズは思わず吹き出した。
「失礼しました・・・」
「いや、こっちこそ・・・。そんなに変な顔をしてたかね?」
「ナナン(いいえ)。お気持ち、お察し申しあげますわ」
「では、知っているというわけだ」
「リーエス(はい)」
「ふふふ・・・」
エルドも表情を崩した。
「ユティスだけど、自分じゃ、まったく気づいてないらしい・・・」
「リーエス(はい)。あの陽気さはエージェント復帰が承認されたからだけではありません」
「わたしも同意見だ」
にやり・・。
「メローズ、ユティスは・・・、どうやら恋に目覚めたらしい・・・」
「リーエス(はい)。何ヶ月も前から・・・」
「ええ・・・?きみは知ってたのか?」
「リーエス(はい)。女性なら気づかないわけありません」
「そうかぁ・・・」
エルドは感心した。
「しかし、ユティスはその男に会ったことすらないんだぞ?」
「精神体でなら・・・」
「にしても、まともに姿も見えない状態だよ」
「恋に理屈は通用しませんよ、エルド」
にこっ。
メローズは優しい笑みを浮かべた。
「最高理事としてではなく、父親として、どうすればいいかなぁ・・・?」
エルドは腕を組んだ。
「愚問です」
「愚問?」
「リーエス(はい)。トルフォに最後通告を突きつけるだけです。『きみには娘をやるわけにはいかん』・・・」
メローズは事も無げに答えた。
「待ってくれ、メローズ。それは時期尚早というもんだよ」
「どうしてですか?」
「彼にトルフォと対決できるだけのものがあるかどうか見極めていない」
「リーエス(はい)。ごもっともで」
「では、あらためて聞こう。父親として、どうすればいいかね?」
「その日まで、そうやって悩むことをお楽しみになる、というのは?」
「そうかぁ、まいったぞ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---