154 市場
■市場■
和人とユティスは草浅寺を出ると大通りにやってきた。
「さぁ、そこのカップルさん、人力タクシーで草浅界隈の名勝地巡りはいかがっすかぁ?」
「これは、なんですか?」
ユティスは人力車と引き子に眼を奪われた。
「なんて大きなきな車輪でしょう・・・」
ユティスは人力車の車輪をしげしげと眺め、それに触れようとした。
「これは、ボクが引き易くするためですよ。こうすると、発進時により小さな力で引けるんです。それの付随効果で、乗ってるお客様も目の位置が高くなるんで視界が開けるんですよ」
すぐに引き子が答えた。
「なるほど、テコの原理ですね?」
和人は納得した。
「それに、とっても美しいです・・・」
ユティスは黒地に赤で装飾した車体や座席、幌等の色使いを、夢見るように見入った。
「無公害タクシーですよ、お客様、初めてでしょう、人力車に乗るのは?」
「ええ・・・。初めてです。地球にはステキな乗り物があるんですね?」
「あははは。お客様の星にはないんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
引き子は、ユティスが冗談を言ったと思い、話を合わせた。
「リーエス。ございません。とても、びっくりしていますわ・・・」
ユティスは目を大きく開けて、両手で口を押さえた。
「いくらなの?」
和人はユティスに経験させてあげようと思い、引き子に値段をきいた。
「30分3000円です」
「じゃ、お願い」
和人は即決すると、財布から3000円を取り出し、引き子に渡した。
「毎度ぉ!領収書は?」
「ください」
(接待費。接待費。後で常務にハンコもうらおうっと!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「さぁ、ユティス、乗ってみようよ」
「まぁ!わたくしも乗っていいんですか?」
「もちろんですよ」
にこにこ・・・。
引き子は愛想良く答えた。
「よいしょ」
「うふふふ」
二人が人力車に納まると、引き子は人力車を引き始めた。
「行きますよぉ!すいやぁ!」
引き子が掛け声を掛けて、人力車が動き始めた。
ぐるん。
がたごと・・・。
「まぁ!」
ユティスは、人力車の高い座席に乗ることで周りの景色が一変し、すっかりとりこになってはしゃいだ。
「動いてますわ。人の力で動いてます」
「はい、動いてますよ。どうです。地上にいるときと違って司会が広がるでしょう?」
にこっ。
引き子はユティスを振り返って笑った。
「ここは、日本の江戸時代の風情を残している数少ないところなんですよ」
「建物が随分と変わっていますわ。とてもステキです」
「この辺は、お客様が行かれた草浅寺を中心として栄えたんです」
「うふふ。もう廃墟になったようなお話振りですね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ははは。そんなことはありません。今だって、すごい人ごみだったんじゃないんですか?」
「はい。とってもたくさんの人がいらしてましたわ」
「おっと、マンホール。ちょっときますよ」
がったん!
ぴょい。
人力車がマンホールの蓋に乗り上げ、その振動で、ユティスたちはだしぬけに上方向に少々飛び跳ねた。
「きゃあ!」
「ユティス、大丈夫?」
がしっ。
思わず和人はユティスを抱きとめた。
「リ、リーエス。うふふふ」
ユティスは人力車の座席でご機嫌だった。
がたごと・・・。
「お土産屋がホントにいっぱいだね・・・」
和人がそう言うと、ユティスは通りに面した両側いっぱいに並んだ色鮮やかな店に目を見張った。
「すばらしいですわ・・・」
「この後、またそういったお店を覗かれるといいすよ」
「どんなものを売っているのですか?」
「草浅寺に因んだ飾り物とかアクセサリーとかが多いですね。後は食事したり休憩したりする茶小屋などのお店です。レストランやいっぱい引っ掛けるところもありますよ」
「まぁ、このお昼からお酒をいただくんですか?」
「それじゃ、二宮先輩だよぉ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「毎日来られるわけじゃないですから。たまには、人が働いてる時間に悠々とビールをあおるってのはいかもしれません。ボクも休みの日にそうしますよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ここのお抹茶は美味しくて有名なんですが、もうお試しになられましたか?」
「はい。お寺でいただきましたわ」
「それはラッキーですよ。相当なご利益があるに違いありません」
「もうあったよ、オレは」
和人がにこにこしながら引き子に言った。
「そうですか。よろしかったら、お聞かせください」
「うん。こうしてユティスと一緒にあなたの引いてる人力車で、草浅界隈を見物できてる」
「あはは。お客さんうまいこと言って、ちゃっかりのろけてますね?」
ぱちっ。
和人はユティスを見つめてウィンクした。
「あら、そういうことでしたの、和人さん?」
「あはは・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あの、空高くそびえ立っている建物はなんでしょうか?」
ユティスは前方に見える600メートル以上聳える巨大な塔に目を見張った。
「あれですね。あれは、何年か前にできたテレビ放送や電話通信用の多目的電波塔で、約3000万人が利用してるんですよ」
「まぁ、3000万人もですか・・・」
ユティスは頭を上げてその一番上を見上げた。
「ええ」
「名前はあるのですか?」
「スカイタワーです」
「ステキなお名前ですわね」
ゆらぁーり、ゆらぁーり。
ゆらゆらぁ・・・。
ユティスが頭を動かすたび、頭の後ろで束ねたダークブロンドのスーパーロングヘアがゆらゆら揺れ、白いうなじが見え隠れした。
ちらちら・・・。
(ひゃあ・・・。ユティス、今日は妙に色っぽいぞ・・・)
ふらぁ・・・。
和人は思わずユティスの頭に触りたくなって、手を伸ばした。
「和人さん?」
くるり。
ささっ!
急にユティスが和人を振り向いて、和人は慌てて手を引っ込めた。
「え、なに?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あははは、いい天気だね?」
「リーエス。どうかしましたか?」
「どうもしないよ、ユティス」
「リーエス。いい天気ですね」
にっこり。
和人たちは30分人力車のツアーを楽しんだ後、昔ながらの市の雰囲気を残すカメ横丁に足を伸ばすことにした。
「せっかくここまで来たんだから、カメ横に行かなきゃね?」
「そこはどういう場所ですか?」
「昔ながらのお店が並んだ活気のいい界隈だよ」
「どんなものを売ってるのでしょうか?」
「魚介類に乾物、フルーツにチョコレートやお菓子。靴やドレスにTシャツに革製品。化粧品に宝石、アクセサリーに雑貨。それにどこにでもある飲み屋やレストラン」
「なんでも揃っているんですね?」
「リーエス。スリやひったくりもね」
にたり。
--- ^_^ わっはっは! ---
「それは食べ物ですか?」
ユティスは真面目にきいてきた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「食べ物じゃないけど、カテゴリー1名物だよ」
「そんなに名物なんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス」
「見かけたら、是非、ご紹介していただけますか?」
「紹介・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「やっぱり、遠慮しとくよ」
「そんなぁ。わたくしに、ご遠慮は要りませんわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
ユティスがどこまでも、無邪気にきいてきそうなので、和人はこの辺で折り合いをつけることにした。
「それなんだけどさぁ・・・。手短かに言うと、泥棒さんのことだよ」
「まぁ・・・!和人さんったら・・・。うふふふ」
ユティスは半ば呆れた表情になった後、すぐに笑った。
「あははは。オレたちも気をつけなきゃ」
「なにも盗られないようにしませんといけませんわね?」
「ほーーーんと、気づかないうち、うっかり自分ごとすられちゃったりしてね」
「和人さん、ひどいです・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふふふ」
「あははは」
ということで、ユティスはすっかりその気になっていた。
「とても面白そうです。まいりましょう、和人さん」
「リーエス」
ぶわんっ。
アンニフィルドとクリステアは、和人の家の中にいきなり現れた。
ぴっ。
エルフィアの転送室の担当者から、ハイパー通信ですぐに確認コンタクトがきた。
「お二人とも大丈夫ですか?」
「アンニフィルド、リーエス」
「クリステア、リーエス」
二人は部屋を見回した。
「いつものことながら、あっけないわね、クリステア」
「リーエス」
--- ^_^ わっはっは! ---
クリステアが辺りを確認しながら答えた。
「5400万光年の彼方って気が、全然しないわよぉ」
--- ^_^ わっはっは! ---
アンニフィルドも相槌を打った。
「で、ユティスと和人は?」
きょろきょろ。
「いないようよ」
「到着時間は言ってあるんでしょ?」
「ええ」
「本当にいないわ・・・」
アンニフィルドはあたりを見回して両手を広げた。
「地球人って、忘れっぽいのね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「お出かけみたい」
「わたしたちを差し置いて、二人っきりでデートにしゃれ込むだなんて、やるじゃない、和人」
クリステアも同意した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「冗談言ってる場合じゃないわ。ハイパー通信で呼んでみなきゃ」
「そうね」
「ユティス、聞こえる。ユティス・・・?」
クリステアがユティスを呼びかけたが、反応はなかった。
しーーーん・・・。
「おかしいわね・・・。ぜんぜん応答しない・・・」
「わたしがやってみる」
アンニフィルドが代わって試みた。
「ユティス・・・?返事してよ、ユティス?」
しーーーん・・・。
「もう一度やるわ・・・。ユティス・・・?どこにいるの、ユティス?」
クリステアが再度挑戦したが、ユティスは応答しなかった。
「変ねぇ・・・。どういうことかしら?」
クリステアはただ事ではないような予感がした。
「アンニフィルド、和人は?」
「やってみるわ」
アンニフィルドはハイパー通信で和人を呼んだ。
「和人!こら、出なさいよ、オタンコナス!」
--- ^_^ わっはっは! ---
しーーーん。
「だめ。こっちも通じない・・・」
SSの二人は互いに見合うと、一気に不安になった。
「エージェント・ユティスは、和人とお出かけです」
突然、エストロ5級宇宙船のアンデフロル・デュメーラが割り込んできた。
「アンデフロル・デュメーラ?」
「リーエス、SS・クリステア」
「ユティスも和人もいないのよ。どこにいるかわかる?」
「大変にぎやかな現地の繁華街です。カメ横丁と呼ばれているようです」
アンデフロル・デュメーラは即答した。
「やっぱりデートかしら・・・」
「だと、いいんだけど・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「カメ横丁ね?おかしな名前だわ。早速、現地調査ってことかしら・・・」
「リーエス。ここから10キロ以上離れております。SS・アンニフィルド」
「連絡ありがとう。アンデフロル・デュメーラ」
「パジューレ、SS・アンニフィルド」
「わたしたちの到着時間を伝えてあるはずなのに・・・」
ぶちぶちぶち・・・。
アンニフィルドは文句を言った。
「お二人とも到着時間はご存知です。ただ・・・」
「ただ、なによ?」
「優先度の問題だと思います」
「優先度?わたしたちの到着より、大切なことがあるっていうの?」
「ミッションです。地球の調査を、お二人だけで・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、そう・・・」
「本人に、ご確認されますか?」
「ん、もう、いい。それより、その草浅寺界隈のカメ横とやらに行くわ」
「リーエス」
和人とユティスは、徒歩でカメ横丁にやってきた。
「アンニフィルドやクリステアのSSたちみたく、一気にびゅーーーんなんてのもいいけど、こういうところは歩いてみたくならないかい?」
「リーエス。和人さんと腕を組んで歩くのは最高です!」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぴとぉ。
ユティスはしっかり右腕を和人の左腕に絡ませていた。
わいわい。
がやがや。
「まぁ、なんて賑やかなんでしょう」
ぞろぞろ。
「すごい人だね」
ざわざわ。
「とっても楽しいですわ」
「あは、それは良かった」
「リーエス」
アンニフィルドとクリステアもカメ横丁に来ていた。
「なぁに、この人だかり・・・」
アンニフィルドは仰天していた。
「うぁあ、すっげー美人・・・」
そこにいた男たちも、アンニフィルドとクリステアに仰天した。
「え、わたしのこと?」
「に、日本語しゃべった・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ぱちっ。
「どうも、アルダリーム・ジェ・デーリア」
アンニフィルドは彼らに向かってウィンクした。
「アンニフィルド・・・」
「なによ?」
「真剣に探してくれない?」
「真剣よ。わたしはいつだって!」
「男を見つめる時にはでしょ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「な、なによ?」
「ファムファタール・・・」
「人を変な風に言わないでくれる」
「はいはい・・・」
ぞろぞろぞろ・・・。
SSの二人は人波にもまれた。
どん。
「あ、痛い!」
ぞろぞろ。
「ちょっとぉ、あなた気をつけなさいよ!」
ぷい。
すたすた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ、なんて男!自分からぶつかっといて一言も謝りもしないで、行っちゃったわ。カラック(ボケ)!オンダリエッ(バカヤロー)!」
「アンニフィルド、すっごく汚いエルフィア語になってるわよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、そっか・・・。とにかく、べーーーだ」
「そっちは、幼稚っぽいわ」
「うるさいわね、もう、いちいち!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はいはい。それより、ユティスたちを探してよ」
「わかったわよ」
ぞろぞろ。
すたすた。
和人たちはカメ横の市場に来た。
「今日は、特別価格、最後だよ。時間特売、1時間だけだよぉ!」
「それにしても・・・」
「さぁ、持ってってくれ。千円。千円だよ!」
「あ、あのお方・・・」
「お魚屋さんかい?」
「リーエス。とても気前がよさそうな方です」
「ホント?」
「ちょっと、お話してみます」
すっすっ・・・。
「アステラム。ベネル・ロミア」
「おお、これは可愛らしい異国のお嬢さん!どうだい、千円!」
「どうも、ありがとうございます」
「なんだ、日本語ぺらぺらじゃないか。びっくりして、心の臓が口から飛び出るところだったぜ」
「その時は拾ってさしあげますわ」
「ええ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あっはっは。まいった。まいった!」
「あのぉ、本当に、いただけるんですか、千円?」
「ええ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あっはっは!こりゃ本当にまいったねぇーーー」
ぽかーーーん。
ユティスは男を珍しそうに見つめた。
「ユティス、あれは千円に値引きするって意味だよ」
和人がユティスに教えた。
「でも、こ方は、持っていって欲しいと言ってらしたわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わははは。わかった。わかった。オレも男だ。もってけ泥棒!」
魚屋は大きな刺身用のマグロを2つ掴むと、紙袋に入れてユティスに手渡した。
「はいよ。一つは特別セール。もう一つは、あんたのユーモアに対する謝礼。大トロのスペッシャルサービスだぜ、お嬢さん」
「ありがとうございます」
にっこり。
「でも、わたくし、泥棒ではありませんわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わーった。わーった。お嬢さんにゃ負けるぜ」
ユティスは千円を男に取らせそれを快く受け取った。
「あいよ。まいどぉ!さぁ、さぁ、他のみんなも、千円だぜ。千円!」
カメ横は売り子と買い物客の声やらで、大賑わいだった。
「あれ?」
「和人さん?」
「ユティス?」
和人が一瞬目を離した途端、和人とユティスはお互いを見失ってしまった。
「あれ?ユティス?」
「へい、らっしゃい。どうだい、お兄さん。全部で千円。全部で千円だよ」
「いや、オレ、見てるだけだから・・・」
「まだ、ご不満かい。しょうがねぇな。じゃ、これ!こいつもオマケで千円でどうだ!」
「和人さん・・・?」
「ユティス・・・」
(大変だ・・・)
周りは人でごった返していて、売り子の声が大きく、ユティスの声すらわからなかった。
「ユティス!ユティス!」
和人は真っ青になった。
「ユティス、どこ?ユティス!」
懸命にユティスの名前を呼ぶが、ユティスの応えがなかった。
「大変だ。ユティスがいない。見失っちゃった!」
あちこちを探し回るが、あまりの人ごみで、ユティスはまったく見あたらなかった。
「ユティス!ユティス!」
今や、和人はパニックだった。
(恥ずかしがらずに、ちゃんと手を握っておくべきだった!)
和人は、不安で胸がつぶれそうになった。