146 提案
■提案■
ユティスと和人は、家が会社の寮ということで、それぞれ違う部屋を持つことにしていた。
「和人さんがわたくしと同じお部屋だと、どうして都合が良くないのですか?」
「あのさぁ、ユティス・・・」
この問答は随分したつもりだったが、和人は建前がどうしても気になってしょうがなかった。
「家が会社の寮ってことは、オレたち一人一人が、それぞれの部屋を持ってないとおかしいんだ」
「なぜですか?」
「寮というのは、独身者が入るところなんだから・・・」
「では、問題ありませんわ。和人さんもわたくしも、正規にはまだ独身者です。連れ合い同士ではありませんわ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうじゃなくて、独身者ってことは、一人部屋に入るってことなんだ」
「どういうことなんでしょうか?」
「2人が一つ部屋で暮らすってことは、独り者じゃないってことじゃないか。ということは独身者じゃないってことで、そうしたら、この寮に住むことはできなくなる。そうなるんじゃないのかい?」
「和人さんは、わたくしと一緒のお部屋だと一緒に住めなくなると、おっしゃりたいのですか?」
「リーエス。だから、部屋は互いに違ってなきゃいけないんだ」
「リーエス。ではお部屋は分けて持つことに同意いたします」
ほっ・・・。
(これで、体裁は保てるかなぁ・・・)
「でも、眠る時は、このお部屋の大きなベッドでご一緒するのはかまわないですよね?」
にこっ。
「へっ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だって、お部屋は別々に持ってれば問題ないのですから・・・」
ユティスは悲しそうな目をした。
「じきにアンニフィルドとクリステアが来られます。そうなると、本当にご一緒できなくなりますわ。ですから、それまでは、和人さんとご一緒していたいのです・・・」
「どうしよう・・・。オレ、正気を保てないよ・・・」
和人はユティスに正直に言った
「ユティス。オレは男で。男というものは生存本能の塊なんだ。だから女の子と一緒にいると、それだけで女の子が欲しくなる。女の子が望んでいなくても、女の子を自分のものにしようと、自分勝手にしちゃうんだ。オレも例外じゃない。オレ自身、それを押さえつけることができなくなると、怖がるきみを無視して、きみを奪っちゃう・・・。そうなるかもしれないんだ。オレはそれがとっても怖い。きみを大切したいって気持ちと裏腹にそうしちゃうかもしれない自分に・・・」
「和人さん・・・」
ユティスはじっと和人を見つめた。
「誤解のないように言っておきたいんだけど・・・。ユティス、オレはきみのことが好きだ。大好きだよ。ぎゅっと抱きしめて、うんとキッスだってしたいさ。一緒の布団で眠って、一緒に温もりを分け合いたいさ。『女神さま宣誓』だってちゃんとしたいさ・・・」
「・・・」
ユティスは黙ってそれを聞いていた。
「でも、それは今じゃない。そんな気がする・・・。あんまり浮かれていると、足元をすくわれる。地球支援反対派の思う壺になっちゃう。きみがそんな烙印を押されるのは望んでいない。エルドだってオレを信用してくれてるから、きみをここに送ってくれたんだ。オレは、エルフィアが地球を信用してくれて、これからも見守ってくれる保証が欲しい・・・」
「・・・」
「どうしたらそうできるのか、オレにはまだわからないけどね・・・。それが得られないうちに、最後までいっちゃう欲望を解き放っっちゃうと、なにもかも失っちゃうような気がする。オレは怖いんだ、とっても・・・。きみを失うってことは絶対に嫌だ。しばらく我慢すれば、ちゃんときみと一緒になれるんなら、そっちの方がいい。きみとちゃんと『女神さま宣誓』をできるんなら、そっちの方がいい・・・」
「・・・」
「きみにはそういうつもりがなくても、オレにはあるんだ。今、この瞬間だって、きみを思いっきり抱きしめて、滅茶苦茶にしたくなる・・・。ユティス・・・。好きだよ・・・。大好きだよ・・・。そんなきみが、オレの目の前にいるんだ。にっこり微笑んで・・・。きみは、まだまだ怖いと言ってたよね・・・?」
にっこり・・・。
ユティスはゆっくりと微笑んだ。
「和人さん・・・」
ぎゅっ。
ユティスは和人にそっと寄り添い抱きしめた。
「和人さんがそこまでお考えだとは、わたくし、知りませんでした。やっぱり、和人さんです・・・。わたくしの『神さま』です。うふふ。やっぱり、和人さんはステキです。大好きです!」
ちゅっ。
ユティスは和人に優しく軽いキッスをした。
「ちょっとぉ、言葉と行動が反対じゃないのかぁ・・・」
「ナナン。わたくしも自分の心を偽ることはできませんわ。和人さんに提案申しあげます・・・」
「なに?どういう提案だい?」
「リーエス。今日は、一緒にお布団で眠って欲しいです。わたくしも和人さんに触れることはしたしません。ダメですか・・・?」
「リーエス。わかったよ。今日はそうしよう」
「リーエス!」
しかし、ユティスは和人を抱きしめたまま、放そうとしなかった。
「お布団に入る前は、提案の範囲外ですわ・・・」
「あのねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
次の日の土曜の朝、和人はユティスと同じベッドで目を覚ました。ユティスは和人の傍らで、幸せそうに眠っていた。
「ふう。ちゃんと約束できたな・・・」
にこっ・・。
「大好きだよ、ユティス・・・」
和人はユティスにキッスしたくてたまらなくなった。
「どうしよう・・・。ダメだ・・・。キッスくらいなら・・・」
そうっと・・・。
和人の顔が、ユティスに息が吹きかかるくらいまで、近くに寄った。
ぱっちり・・・。
どっきん!
「え・・?」
「リーエス。アステラム・ベネル・ロミア・・・。うふふふ」
ユティスは目を覚ましていた。
「ああ、起きてたな、ユティス・・・」
「リーエス。大好きな和人さん・・・」
かぁ・・・。
(キッスしようとしたこと、感づかれちゃったかなぁ・・・)
「朝のご挨拶していただけないんですか?」
にこっ。
(げげ・・・)
「あ・・・、ああ・・・、アステラム・ベネル・ロ・・・」
ちゅっ。
「わたくしも、我慢できませんでした・・・」
「あは・・・」
「うふ・・・」
「よし、起きるぞ!」
さぁーーー。
和人が窓のカーテンを開けると、日差しが注ぎ込んできた。
「まぁ、なんてステキな天気でしょう」
「ホントだ。なんか、これだけで、ウキウキしてくるよね」
「リーエス」
「よぉし、今日は、海にドライブしようか?」
「リーエス」
「そうと決まれば、すぐに支度だ。ぐずぐずしていると、二宮先輩が来て、せっかくの二人だけの週末が、ダメになっちゃうよ」
「うふふ。二宮さんは悪い方ではありませんわ」
「それでも、先輩にはじゃまされたくないよ」
「まぁ!」
和人たちは軽く朝食を取ると、着替えて車に乗り込んだ。
ぶろろろろ・・・。
1時間走っていると、青い空と青い海、緑の陸地に富士山が見えてきた。
「まあ、あの山。なんて美しいんでしょう。円錐型火山ですね。大きくて優雅で・・・」
「当たり。富士山て言うんだ。二つとない山っていう意味なんだよ」
「はぁ・・・」
あまりの美しさに、思わず、ユティスは感嘆の声をあげた。
次に、和人は狭い山道を走っていった。
ぶろろろろ・・・。
「うわぁ・・・!この道は、曲がりくねっていて、面白いです」
「でも、先が見えないんで運転する方は恐いんだよ」
「それは大変ですわ」
(警笛鳴らせ)
「それでね。あそこに変な看板が見えるだろ?」
「リーエス」
ユティスが見ていたのは、タヌキの絵のある『動物注意』だった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「まぁ、可愛い動物」
「それじゃないんだけど」
ぶろろろ。
「行き過ぎちゃった」
「見過ごしてしまいましたか。申し訳ありません」
「そのうち、また出てくるよ。ほら、あれ」
和人は指差した。
「あれですか?」
「リーエス」
(警笛鳴らせ)
ぶ、ぶ、ぶーーー。
「うふふ。なんて音でしょう!」
「気に入った?」
「リーエス」
「クラクションを鳴らして、対向車の注意を喚起させるんだ」
「ふふ。面白い音。もう一度、やっていただけますか?」
「こうかい?」
ぶぶぶーーー。
その時、和人がハンドルを左に切った勢いで、ユティスが和人にもたれかかってきた。
「きゃぁ・・・」
「おっとっと。ごめんよ」
「うふふふふ」
和人たちは、やがて山道を越え、海辺の町にやって来た。
「ここは、なんですか?」
「魚市場だよ。朝、一番活気があるところさ」
「ステキです」
「見て行こうか?」
「リーエス。これも調査ですわ」
「なるほど。デートじゃないわけだ」
「ふふふ。なにかおしゃいました?」
「ナナン。なにも」
海岸沿いの魚市場ではたくさんの海の幸が並び、それを求めて、黒山の人だかりだった。
「はい、獲れたての甘エビだ。刺身で食べたら最高だよ。カゴ一杯で千円。千円でいいよ!」
真っ黒に日焼けした、愛想のいい男が、左手に甘えびの入った箱を高々と上げていた。
「お兄さん。それ、ちょうだい」
「あいよ!」
「ボクにも」
「よし、それ、どうだ!」
「あたしにも、一つちょうだい」
「あいよ。取りたて一丁!」
「ありがとう」
「おっと、奥さんいい笑顔になったね。甘エビ食って、もっといい笑顔だ」
活気あふれる魚市場は、ユティスも興味津々だった。
「なんか、とってもステキですわ」
「リーエス」
「おっと、そこのお嬢さん。もっと別嬪さんになれるよ」
「わ、わたくしですか?」
「そう、あんた。そこのお嬢さん。どうだい、甘エビは?」
「あの、わたくしは・・・」
「ユティス、きみは菜食だったんだよね」
「リーエス」
「そうっか。菜食主義じゃねぇ。隣の兄ちゃんは、彼氏かい?」
「リーエス」
ユティスが即座に答えた。
かぁ・・・。
和人の赤面する様子に、周りは一気に和んだ。
「いいぞ、兄ちゃん!」
「おお、そっか!やったね、兄ちゃん。こんな別嬪捕まえちゃって!」
「あははは。そんなとこかなぁ・・・」
「どうだい、甘エビ?褒めてもらったついでに、彼女にサービス?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「いやぁ。オレもユティスと一緒だから・・・」
「なに、のろけてやがんだい。はっはっは。尻に敷かれるんじゃないぜ!」
「ねぇ、お兄さん。あたしにも一杯おくれよ」
「あいよ。姉さん。あんれ?よく見ると、あんたも大した別嬪じゃないか」
「なに言ってんだよ。あたしは、もう70だよ」
「冗談言っちゃいけねえ。オレには30そこそこにしか見えねよ」
「まぁ、冗談がすぎるよ」
「わははは。オレは生まれてこの方、ウソと貧乏神は、ついたことねぇんだ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「どうりで、景気がいいこったね」
「わはは。甘エビ食ってきゃ、運もつくってもんだ!」
「じゃ、そいつ、おくれ」
「あいよ。おっと、お嬢さん。まぁ、見るだけでもいいから、楽しんでってくれ」
「はい!」
「じゃ、見るだけにしようか、ユティス」
「リーエス」
ユティスは急におとなしくなった。
「どうしたの?」
「みなさん、このお魚や海の生き物を、お食べになるんですよね?」
「うん。でも、牛や豚の肉を食べるより、健康的だしずいぶんとマシだと思うんだけど」
「リーエス。熱量や脂肪分は、和人さんのおっしゃるとおりですわ」
「日本ではね、四足動物の肉は、社会通念上、つい最近までほとんど食べてこなかったんだよ」
「それは、すごいですわ」
「うん」
エルフィアとそっくりの自然の景色だが、地球にはなんと人がたくさんいるのだろう。ふたりは幸せをかみしめていた。
「ユティス。きみは、どうやって、調査結果をエルフィアに報告しているの?」
「わたくしの見聞きしたことや感じたことで、わたくしが送りたいと思っている事項について、アンデフロル・デュメーラを介して、エルドのもとに自動転送されるのです」
「なんでも?」
「リーエス。わたくしが望めばですけれど。内容によっては、ストップをかけることも可能ですわ」
「ふーん。例えば?」
「とてもプライバシーに関わることとか・・・」
ユティスはじっと和人を見つめて、ゆっくりと微笑んだ。
(ユティス・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「ん、ん。でもさ、急に、来てた情報が途切れると、怪しまれない?」
「どういう言う風にですか?」
「あ、なんかいけないことが始まってるんだな、とか・・・」
「いけないこと?」
きょとん。
--- ^_^ わっはっは! ---
「あ、いいよ、それは。とにかく、今までのことは、ほとんどエルドも知ってるんだよね?」
「リーエス。だいたいは把握してるかと。ですから、みんなさん、きっと地球を気に入ると思います。人々もとっても魅力的ですし」
「あは。そ、そりゃよかった。で、地球人の精神状況は?」
「和人さんの会社の方は、生き生きされてますわ。他の方も、お会いした人は、みなさん、危機的状況ではないと思います。でも、まだ、こちらには、来たばっかりですので・・・」
「そうっかぁ。わかったとは言えないってことだね?」
「リーエス」
「じゃあ、うんと紹介するよ、いろんなとこ、いろんな人を」
「リーエス。楽しみです」
「向こうからの指示とか、アドバイスはあるの?」
「リーエス。わたくしがセンシングしたことに対して、アンデフロル・デュメーラのシステムがリアルタイムでフィードバックをかけ、わたくしの頭脳にサポートをしてくれます。それで、未知のこととか、危険とか、それらを回避できますわ」
「あ、そこの道危ない。45センチ先にマンホール!てな感じ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふふ。そう解釈していただいて、けっこうですわ」
「わかったよ」
「和人さん。あの、IT研究会でお会いしたZ国の通商部のリッキー・Jさん・・・」
「うん、いたいた、そういうの」
「あの方に、警告サインを最初に出したのは、このシステムですわ」
「アンデフロル・デュメーラだったの?」
「ナナン。わたくしではありません」
アンデフロル・デュメーラが即座に答えた。
「アンデフロル・デュメーラなの?」
「リーエス、コンタクティー・カズト。その時は、地球周回軌道に就く前でしたのでわたくしではありませんが、同様のシステムです」
「ということですわ」
「ふうん・エルフィアのテクノロジーって本当にすごいんだね」
「和人さんも、訓練さえすれば、彼女との会話以外にも、システムのフィードバックサービスを利用できるようになりますわ」
「本当?」
「リーエス」
にっこり。
ユティスは優しい眼差しで和人を見つめた。
どっきん・・・。
「あー・・・、ううん、なんでもない・・・」
和人は尊敬の眼差しでユティスを見た。
「思い出した。アンニフィルドが、アンデフロル・デュメーラのコンタクト・リストにオレを登録してくれたんだよ。ユティスが、最初にここに来た時に」
「リーエス。それでは、和人さんは既にアンデフロル・デュメーラのサービスを一部ご利用されてるのですわ」
「そうなの?」
また和人の頭の中で声がした。
「お呼びになりましたか、コンタクティー・カズト?」
「アンデフロル・デュメーラ?」
「リーエス。わたくしです。ご用ですか?」
「アンデフロル・デュメーラ、和人さんのセキュリティ・サポートをお願いします」
「リーエス。エージェント・ユティス。仰せのとおりにいたします」
「うふふ。これで、大丈夫ですわ」
「あ、ありがとう」
「パジューレ、和人さん」
二人のドライブは続いた。