139 講習
■講習■
石橋は和人への想いは強かったが、ユティスと直接会ってからというもの、その美貌、人柄、それでいて、運命めいたもの、それらが渾然となって半ば諦めにも似た感情を作り出し、それに押し潰されていた。
「ユティスさん、本当にステキですね?」
「ええ、そうね。で、和人のことではどう思うの?」
真紀がきいた。
「正直、とても、わたしなんかでは敵いません」
「それはね、あなたの想いのこと?」
「えっ?」
真紀の意外な言葉に、石橋ははっとなった。
「最終的にはその人への想いよ。どれだけ想い、どれだけそう行動できるか、どれだけそれを喜びとできるか。まずは想いの強さよ。それこそが大事なの。あなたはどうかしら、石橋?」
「・・・」
真紀は優しく言ったが、石橋は黙り込んだ。
「少なくとも、ユティスさんの和人さんへの想いはただ強いだけじゃないような気がします。すべてを捧げているといったらいいか・・・。どんなことがあっても、和人さんだけは絶対に守る、というような優しさと強さも合わさっています・・・。ユティスさん、愛してるんです、和人さんを・・・」
「そうよねぇ・・・」
真紀は石橋の口からその言葉が出てくるとは思わなかった。
「はい。ユティスさんに比べたら、わたしなんか自分勝手に和人さんの優しさを欲しがっているだけ・・・。愛してるだなんて、とっても・・・」
石橋は目を伏せた。
「そう卑下する必要はないわ。だれだってそう。最初の一歩は、いつも気になること。次に好きだと気づくこと。それから、一緒にいたいと思うこと。そしたら、そう行動に働きかけること」
「はい、真紀さん・・・」
「石橋・・・。あなただって、ステップ通りに進んでるだけのことよ。だれにも寄りかからないで、和人をひたすら想っているんじゃないの?十分やってるじゃない」
「そうでしょうか?」
「もちろんよ」
「ただ・・・」
「ただ?」
「やっぱり寂しいです・・・」
「そうよね・・・」
「真紀社長は、わたしとユティスさんのどっちなんですか?」
「和人に関して?」
「はい・・・」
「あなたのことを思えばあなた。ユティスのことを思えばユティス。和人のことを思えば・・・」
「ダメ!その先は、言わないでください・・・。はぁ・・・」
ぽん。
真紀はため息をつく石橋の肩にそっと手を置いた。
「石橋。やっぱり、気持ちは言葉で伝えなきゃ・・・。『はじめに言葉在りき』、『言葉は力なり』。そう言うでしょ?」
ぽろっ。
「真紀社長。ううう・・・」
石橋は、真紀に振り向きざま、肩を震わせて嗚咽した。
ぎゅう・・・。
真紀は石橋をそっと抱きしめた。
エルフィアでは、アンニフィルドとクリステアの地球派遣前の情報共有講習が行われていた。実際に地球赴任後、必ず係わるようになる人物の情報と、人間関係、人的ネットワークの情報だった。
「人間関係については、株式会社セレアム内がほとんどです。社長の国分寺真紀、常務の国分寺俊介、マーケター部門先輩の二宮祐樹、開発部はマネージャーの岡本瑞希、石橋可憐、経理部門、マネージャー茂木七穂が主たる人物です。それに、来年度の新人候補として、喜連川イザベルが上がっています。現在、彼女は大山電子専門学校のWebシステム科で勉強していて、将来を任せる会社としてセレアムのことをより詳しく知ろうとしています。それで、ユティスに相談したことがあります。カラテという伝統武道の達人です。会社の二宮祐樹とは同じカラテ道場に通っています」
「わかった。二宮がノックアウト喰らったっていうイザベルちゃんて、この女性ね?」
「ノックアウト?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「昇段審査会の組み手で、イザベルにまともに上段蹴りをもらったらしいのです」
「そういうことなのね・・・」
「それで、意識もハートもぶっ飛んだってことぉ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わははは。さぞ強烈なノックアウトだったんだろうなぁ」
エルドが笑いながら言った。
「リーエス。事実、二宮祐樹はこの喜連川イザベルに一方的な恋をしていて、会社以外にも広くその事実を知られています」
「広くねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティスとの感情的な関係で、特筆事項として石橋可憐のことがあります。石橋可憐はウツノミア・カズトに対し異性として強い好感を抱いています。これについては、特に触れておく必要がありそうです」
「和人に恋してるってことね・・・」
クリステアは冷静に言った。
「ユティスといわゆる三角関係ってことかしら?」
「リーエス、アンニフィルド。単刀直入に言うと、そういうことになります」
「なにか、嫌な予感がするな・・・」
脇からエルドが口を挟んだ。
「そう?わたしは、なにか起こりそうで、わくわくなんだけど・・・。あは」
アンニフィルドは興味津々になった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「真剣さが足りんぞ、アンニフィルド」
「なによ、フェリシアス。後から来ておきながら・・・」
ぱちっ。
アンニフィルドは、いつの間にか部屋に入っていたフェリシアスを見て色っぽくウィンクした。
「う、うん・・・」
フェリシアスはたちまちうろたえた。
「アンニフィルド、だれにウィンクなんかしてるのよ?」
不満げにクリステアが言った。
「あかんベーの方がよかったぁ?」
「もう!集中しなさいよぉ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス」
ディリフィスは二人が落ち着いたので、人間関係情報の説明を再開した。
「とは言え、石橋可憐はその名のとおり、優しく温厚な性格をしています。そういうわけで、彼女は、ウツノミア・カズトとユティスの気持ちに気づいた時、自分のそういう複雑な気持ちに戸惑いを感じ、ずっと大きな葛藤と不安を抱いているのです」
「なるほど・・・。和人は石橋可憐の気持ちも知ってるんでしょ?」
「リーエス。ウツノミア・カズトは、石橋可憐が自分に恋愛感情を持っていることを自覚しています。その上で、彼女の女性としての魅力を認めてもいます。彼女にかなり好感をもっていることも事実です。ただし、それは恋人関係を望むものではなく、ぴったり気の合う仕事仲間、チームの一員としてのものです。彼の恋愛感情は、ユティスに対してのみです。ユティスの精神体と接触して以来、これは一貫して変わっていません。益々強まっています」
「複雑な事情ねぇ・・・」
「因みに、彼のファーストキッスは石橋可憐に奪われています」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わぉ、ユティス、負けちゃってるじゃない」
「その分、最近は意識して取り返そうとしているようです」
「取り返す?」
「あははは」
「ぷふっ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティスは和人のファーストキッスを知ってるの?」
クリステアは表情を変えないで、先を確認させた。
「リーエス。でも、石橋可憐に嫉妬しているわけでもないようです。自分がそれを知っているとは、和人には話していません。二人に余計な心配をかけたくないと思ってるんでしょう」
「仕事上の関係もあるけど、石橋可憐は根がいい娘なだけに、和人もじゃけんにはできないのね・・・?」
「リーエス。ユティスについてもそれは言えます。『女神さま宣誓』を曲がりなりにも行なった二人ですが、今一歩踏み込んでいけないのは、それが要因の一つです。ユティスは石橋可憐のウツノミア・カズトへの想いを痛いほど感じているだけに、彼女の前で彼にそういう素振りを勤めて控えています」
「理由はそれだけ?」
クリステアが確認した。
「ナナン。ウツノミア・カズトは、ユティスをエルフィア全権大使として、認識しています。もちろん、周りがそう指示していることも大きいのですが、ユティスに自分がなにかそそうをしてしまったら、エルフィアの地球人全体評価に直結するのではないかと、極度に恐れているんです」
「肝、小さぁ・・・。ユティスや委員会がそんなことするわけないじゃない」
--- ^_^ わっはっは! ---
「リーエス、アンニフィルド」
「この三角関係のことは、やはりセレアムの中では周知の事実なのです。二人の上司であり雇い主、正確には発注者ですが、この国分寺真紀は、石橋可憐を後押ししていました。が、ユティスの登場で微妙な立場になりました」
「というと?」
「国分寺真紀と双子の俊介は、セレアム人の祖父、大田原太郎、本来の名はトアロ・オータワラーですが、彼の孫です。二人は、祖父が地球に来る時に見失った自星の宇宙座標を、エルフィアの力で見つけ出し、彼が生まれ故郷に帰れるように望んでいます。もちろん、それとは別に、地球の文明促進支援を強く望んでいます。こちらの方が本来的な望みですが、これは二人の祖父、トアロが地球にやって来た最大の理由でもあります。それで、ユティスのコンタクティーであるウツノミア・カズトがユティスとうまく人間関係を作り上げてもらいたいという欲求も、また、とても強いのです」
「ふぅーん。国分寺真紀、彼女も葛藤の真っ只中なのね・・・」
クリステアは一つ一つを頭に叩き込むように頷いた。
「そういうことです。すべては、真ん中にウツノミア・カズトが位置して回っていることになります」
「そのトアロ・オータワラーについてわかってることは?プロフィールをもう一回見せて」
クリステアがプロフィールを戻すよう要求した。
「リーエス」
ぴっ。
ディリフィスはトアロの情報を映し出した。
「出身は日本となっていますが、これは表の情報です。真実は、セレアム銀河のセレアム星。地球から約5600万光年離れたところです。天の川銀河探査中に、偶然地球の付近を通りかかり、地球を発見。そこにカテゴリー1を抜けたばかりのカテゴリー2文明を持った地球人を知るに至り、調査をしようとしました。ところが、地球付近で不慮の事故に合い宇宙機は大破。乗組員もトアロただ一人が助かりましたが、地球を抜け出すことも、超時空通信も不可能となり、地球に残るしかなくなりました」
「なんともはや・・・」
エルドは目を閉じた。
「重傷の彼を救ったのが地球人女性です。二人は連れ合いになり一人の娘を授かりました。この女性が国分寺姉弟の母親です。彼女は父の意思を受け継ぎセレアムを探すべく天文学者になりました。同じく天文学者の国分寺という男性と連れ合いとなり、授かった子供が真紀と俊介の二卵性双生児です」
「彼らの両親はそういうことで天文学者であり、いつもハワイの4000メートル級の活動を終えた火山の山頂にある天文台で暮らしています。真紀と俊介は、そういう道には進まず、今は両親と別れて住んでいます」
「それでは、トアロの娘夫婦はハワイにいるんですね?」
クリステアはそっちも気になった。
「リーエス」
「彼女もスターチャイルドなら、その身柄も危険にさらされるとは思いませんか?」
クリステアは指摘をした。
「おっしゃるとおりです。ところがどういうわけが、合衆国の諜報網からこの事実がもれていたのか、現在に至るまでなにもありません」
ディリフィスは両手を広げた。
「ところで、ディリフィス。あなた、どうやってこんなこと調べられたの?」
「ユティスとウツノミア・カズトの了解のもと、アンデフロル・デュメーラの収集データ、及び二人よりのヒアリング情報提供によります。二人別々でヒアリングしていますので、この情報はそれらを統合したものになります」
「了解だわ」
「しかし、よく二人とも情報提供してくれたな」
「リーエス。かなりのプライベートな情報が入っています。取り扱いは細心の注意をもって行なってください」
「リーエス。わかったわ」
「後、知っておきたいことがあるだけど?」
アンニフィルドがディリフィスに注文した。
「リーエス?」
にこ。
ディリフィスは微笑んだ。
「守るべき対象は、大よそわかったわ。それで、だれから二人を守ればいいの?特によく出てくるZ国とか言うところ」
「リーエス。それについては、正直。われわれよりも地球人の方が遥かに多くを把握しているでしょう。そうそうに、トアロと連絡し合う必要があります。ここでは、その中心的人物、ウツノミア・カズトと接触したことがあるリッキー・Jを確認します」
「リーエス。やって」
クリステアがアンニフィルドに目配せして、先を急がせた。
「リッキー・J。これは、本名ではありません。Z国の高校、大学とも首席卒業後、諜報機関たる商務省に入り、体外諜報活動経験を積んでいます。去年の途中より日本大使館に赴任し、通商部に所属しています」
ぴっ。
リッキー・Jの立体写真がスクリーンに映し出された。
「ウツノミア・カズトとは、とあるIT研究会で同席した折、名刺交換したのが最初です。その時、それで終わらなかったのは、ユティスの精神体もそこに同席していたからです」
「ユティスもいたんだ・・・」
アンニフィルドはリッキーの顔や体系その他特徴を頭に入れた。
「まず、リッキーが、ウツノミア・カズトとユティスの会話に気づき、そのテレパスがウツノミア・カズトであると確信しました。そして彼の頭脳をスキャンしたのですが、ユティスがすぐに気づき、それをブロックしたのです」
「ほう・・・。そういうことか・・・」
エルドが頷いた。
「いきなりスキャンを察知され、しかも自分より遥かに強力な力で、思考波を完全にブロックされたリッキーは大そう驚きました。しかし、これで終わりませんでした。ウツノミア・カズトは、ユティスの会話を探り始めたリッキーの注意を完全に逸らすために、ユティスのアドバイスに従い、飲み物を落とし、彼の衣服をすっかり汚してしまったのです。リッキーはそれを自分のテレパスへの挑戦と受け取りました。そういうことで、彼はウツノミア・カズトを完全にマークしたのです」
「うーーーむ」
「それで?」
「ウツノミア・カズトと会話していた女性が、その会場に見当たらないことに気づき、それを確信したリッキーは、その声の主がだれで、どこにいるのか考えたのです。状況からして、かなりの遠隔通信が行われたと結論付けました。そして、思考波を遮断される前に聞き取った言葉を手掛かりに、Z国総力を挙げて調査に乗り出したのです」
「その言葉とは?」
「『リーエス』、『アステラム・ベネル・ナディア』等、挨拶言葉。そして『エルフィア』、『ユティス』、われわれの星系名とエージェント名です」
「たったそれだけで、なにがわかったというの?」
アンニフィルドは首を傾げた。
「自分たちの地球にはない、『正体不明の未知の言語』というのが、彼らの結論でした」
「なるほど。消去法ね・・・」
アンニフィルドは頷いた。
「彼らは、それを異世界の人間、つまりエルフィア人が、日本に接触している証拠だと確信しました。それで、より詳しく情報を取るため、ウツノミア・カズトを徹底マークすることにしたのです。その先端にいるのが。リッキー・Jなのです」
「未知の世界『エルフィア』の『ユティス』という女性が、『テレパシー』を用いる『超高度文明』の下、『日本』と『コンタクト』し続けている・・・。ということを知ったわけだね?」
「リーエス。あなたのお考えどおりです。エルド」
ディリフィスは頷いた。
「うーーーむ。かなり手強いかもしれんぞ・・・」
フェリシアスはSSたちを見た。
「気を引き締めてかかってくれたまえ」
エルドは3人のSSたちに言った。
「リーエス」
「リーエス」
「リーエス」
ディリフィスのSSたちへの情報説明講習はまだ続いていた。