138 帰社
■帰社■
次の朝、和人とユティスは何食わぬ顔で事務所に出勤した。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます」
事務所ではみんなが朝の挨拶を交わしていた。
「おはよう、ユティス」
「戻りました」
にこ。
ユティスは微笑んだ。
「お帰りなさい、二人とも」
「はい。真紀社長さん」
「おはようございます」
ユティスと和人は真紀に挨拶した。
「おう、帰ってきたか?」
「ああ、常務おはようございます」
「常務さん、おはようございます」
「おはよう。どうだった?」
「おかげさまで、とてもいろんなところを見てこれましたわ」
ユティスは俊介に笑顔で答えた。
「そりゃ、良かったなぁ。出張は大正解だったわけだ」
「はい。うふふふ」
「和人は・・・?」
にやっ。
「オ、オレはすっごく勉強になりました」
「勉強?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ああ・・・。そうだったな。勉強、勉強・・・」
にたにた・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
「な、なんにもないですからね。変に誤解を生むような反応は慎んでください」
かぁ・・・。
と言いつつ、和人の顔は赤みが差していた。
「ふふ。楽しめた?」
にっこり。
真紀は、ユティスに向くと、出張について尋ねた。
「はい。おかげさまで、とっても。それに地球文明の実際の様子が、とてもよくわかりましたわ。わたくし、ここが好きです」
にこにこ・・・。
「それは、よかった」
「ユティス、地球、地球って言っちゃだめじゃないか・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
和人ははらはらしながら、ユティスの言葉を聞いていた。
「あら、ごめんなさい」
「そうね。まだもう少しの間、大っぴらにはできないわね」
真紀も声を落として、ユティスに囁いた。
「それで、これお土産です」
さっ。
ユティスは温泉饅頭を真紀に差し出した。
「あら、気を遣わせちゃったわね?」
「ナナン、どうかお気になさらないでください。和人さんが、政府持ちの会社の費用だから、気にしなくていいって、おっしゃってました」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。随分とややこしい言い方するのね・・・」
「みなさんに、お配りください」
和人がフォローした。
「ありがとう、二人とも。会社のみんなを気遣ってくれて、ホントに嬉しいわ。費用の出所抜きにして」
にこっ。
--- ^_^ わっはっは! ---
二人の真紀たちへの挨拶している間にも、セレアムの社員たちの突っ込み合いが始まった。
「地球文明の実際の様子だって?」
「ユティスったら、いったいなんのこと言ってるの?」
「さぁ・・・」
「それに、真紀社長・・・。大っぴらにできないって・・・」
「あっはっは。ユティスって、ひょっとしたら宇宙人だったりしてね!」
「うっそう!」
「だって、ユティスが、極めて正常で、言ってることは冗談でもなんでもない、本当にことだとしたら・・・?」
「どうなるの?」
「ぜんぶ本当のことよね?」
「まっさかぁ・・・」
「じゃ、彼女は異常なの?」
「絶対に、そうは、見えないわ。ちょっと変ってるけど・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なんか、訳ありなのよ。そのうち、真紀の説明があると思うわ」
「それまで、わたしたちには内緒ってこと?」
「たぶん・・・」
「つまんないわぁ・・・」
「さ、仕事、仕事」
「ユティス、やばいよ。みんなに聞こえちゃってるったら・・・」
和人が二人をちらちら見つめている社員たちを気にした。
「いいのよ。聞こえちゃったなら、仕方ないわ。変に弁解しない方がいいと思う。若い2人が2泊3日、出張旅行だもの。それでなくても、みんな知りたいことがわんさかあるんじゃない?」
真紀が、何食わぬ顔で言った。
「いけなかったのでしょうか・・・?」
ユティスは微笑を引っ込めた。
「気にしないで、ユティス。あなたは、ちっとも悪くはないんだから」
「はい・・・」
「それに、和人、横目で岡本たちをチラチラ見ないで」
「真紀社長・・・」
「時が来れば、みんなに説明するわ」
にっこり。
真紀は二人を見て微笑んだ。
「それは、いつのことですか?」
「ユティスの身元の保証を、政府がちゃんとしてくれてからよ」
「それじゃ、当分先じゃないんですか?」
和人が真紀にきいた。
「そうでもないわ。なにしろ、ユティスは国賓だもの・・・。ねっ」
「はい。和人さんも、エルフィアの国賓ですわ」
にこっ。
にこにこ。
真紀とユティスはお互い見つめて微笑み合った。
すたすた・・。
そこで、経理の茂木が岡本との会話を止めて、3人の方に寄ってきた。
「和人さぁ、出張費用の精算してあげるから、領収書とかレシートを出してくれない?」
「はい。茂木さん」
がさごそ・・・。
和人はカバンからいろんなレシートや領収書を貼り付けた精算用紙を取り出した。
「あら、ちゃんと俊介の言いつけとおりに、もらってきてるのね?」
「はい。でないと、精算していただけませんから・・・」
「えらい。えらい。二宮と大違いだわ・・・」
「先輩がどうかしたんですか?」
「月の締め日になっても、こっちから催促しなきゃ、絶対に出さないのよ。ホント、神経使うわ。銀行へのデータ送信ができなる直前までやってるんだから・・・」
「それは、大変ですねぇ・・・」
「でしょ。だから、あなたみたくキチンとやってくれる人は有難いのよぉ」
「どうも・・・」
「いい子、いい子」
なでなで・・・。
茂木は和人の頭を撫でた。
「えーと、これと、これと・・・。はい。これです」
和人の精算書は3ページ分あった。
「了解。ふぅーーーん」
にや・・・。
茂木は領収書の数枚を見てにやりと笑った。
「うふふ・・・。いっぱい調査してきたわねぇ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「すいません。大分使っちゃいましたか?」
「そうね。2泊3日にしては、ずいぶんと派手にやったかも・・・」
にたにた・・・。
「よろしくお願いします」
ぺこり。
和人は茂木に頭を下げた。
「いいわ。月末に口座に振り込めるようにするから、心配しないで」
「ありがとうございます」
「了解」
岡本は和人から必要書類を受け取ると、自分の席に戻っていった。
多量の領収書とレシートの金額を一目見て、ユティスはあっと言う間に暗算した。
かちかち・・。
ぴーーーん!
「まぁ、24万円以上ですわ・・・!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「大丈夫だよ。宿代とか大きなものは、全部クレジットカードで支払いしたから」
にっこり。
和人はユティスに微笑んだ。
「ごめんなさい、和人さん。たくさんお金を使わせてしまいましたわ」
「いいんだよ。どうせ、会社が負担してくれるんだし、会社だって、政府に請求するんだから・・・」
「ふうーーーん。そうですか。けれど、政府も、国民のみなさんに請求するんじゃないんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「税金かぁ。なるほど。この経費は1億2千万人に分配されて、結局請求が国民に来るんだ」
「では、一人当たりの最終的負担は、0.03銭ってことですね」
「あははは。さすが、ユティスだ。計算は速いや」
「うふふふ。わたくしたちも席に戻りましょう」
「リーエス」
茂木が和人の精算書を調べ、問題ないことを確認してから、決裁者の俊介に持っていった。俊介は常務でマーケティング部門の長であり、営業経費の決裁者であった。
「決済よろしくね、俊介」
「おう・・・」
茂木は俊介とは同じ大学で同期で、しかもアメフト部とチア部の関係だった。そういうわけで、茂木は経理マネージャーではあったが、常務の俊介に遠慮するようなことはなかった。
「茂木、なんだこれ?」
茂木が渡した精算書類をチェックしようとして、俊介はその金額に仰天した。
「あ、それ、今回の和人の経費だよ」
茂木は平気な顔で答えた。
「24万だとぉ・・・?2泊3日の出張でかぁ・・・?」
「あら、どっかの議員さんたちに比べれば、随分質素だと思いますけど」
--- ^_^ わっはっは! ---
茂木は、暗に大田原太郎たち政府の高官のことを、ほのめかした。。
「和人ぉ!」
「はい、常務・・・」
(来た。来た。来たぞぉ・・・)
たったった・・・。
和人は急いで俊介の前に来た。
「おまえ、なんなんだ、ベネチアン・ベルメール、ロイヤルスイートルーム、1泊17万円ってのは?」
--- ^_^ わっはっは! ---
がたっ。
がたっ。
「ええ?」
金額を聞いて、事務所中の女の子たちが一斉に和人と俊介に目をやった。
「ロイヤルスイートぉ?」
「一泊17万円ですって!」
「ビジネスホテルじゃなかったの?」
「和人、なに考えてんのよぉ?」
「ユティスと一緒でしょ・・・」
「当然!」
「え?」
石橋も俊介の言葉にはっとなった。
「あっ、い、し、ば、し・・・」
ばんっ。
「こらっ、和人。聞いてないぞ、こんなの!」
俊介は机を叩いて、声を荒げた。
(やっばーーーっ)
「だって、部屋がなかったんです。ちゃんと電話で常務に確認しましたよ。高いって。常務は、わかった、よろしくやれよって、言われたじゃないですか?」
「ウソつけぇ?」
「ホントです。正確には、ホテルに入った後でしたけど・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「おまえ、やっぱり先に泊まること決めてたんじゃないか」
「部屋が埋っちゃうと、そこも取れなくなりますから・・・」
そうは、言ってもだぞ・・・」
「あ、それ、わたし聞いてたわよ。エルフィア大使に相応しいもてなしをって・・・」
くるり。
「姉貴ぃ!」
「他にもいっぱいあっただろ、ホテルくらい。こんなの理由が通らん。いくら、じいさんが、いいって言ったってこんなの請求できるかよぉ・・・」
「往生際が悪いわねぇ。約束したんでしょ、俊介?やんなさいよ。社長命令。逆らう気?」
「だー!税金の無駄遣いだぁ!」
「エルフィアと交流できるのよ。あなたこそ、なんてケチくさいの?」
「わかった。わかった。わかったよぉ!判子押せばいいんだろ!」
「いいから、さっさと、決裁しなさい」
ぱーーーーんっ。
さっ。
「ほれ、処理しろ」
俊介は岡本にそれを返した。
「どうも、常務」
「どういうことかしら?」
「さぁ・・・。ユティスって、どっかの国の外交官かもしれないってことね・・・」
「外交官?」
「わたしの聞き間違えじゃなきゃね」
「ええ。大使だって言ってたもの」
「どこの国って言ってたっけ?」
「そう・・・。なんかセクシーな名前だったような・・・」
「セクシー?」
「あ、そうそう。エロフィアとか言ってなかった?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「違うわ。エルフィアよ」
「うん。うん。思い出した。エルフィアよ」
「なるほど、開放的な国なのね・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「で、エルフィアって国、どこにあるの?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「さぁ・・・?」
「ヨーロッパじゃない?」
「うん。知ってる。知ってる。イタリアの中にある町みたいな小国でしょ?」
「それは違うったら」
「知ってる。知ってる。それ、バカチン」
「バチカンでしょうが、茂木。えげつないわねぇ・・・。バチ当たるよぉ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、エルフィアはイタリアの中の小国とかそんなんじゃないわ」
「エルフィアねぇ・・・」
「聞いたことないわよ、そんな国・・・」
「じゃ、どこよ?」
「南米?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「まさか・・・」
「アフリカ?」
「もっと、ありえない」
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮が和人の側に来た。
「二宮さん?」
「やぁ、おかえり。元気そうで安心したよ、ユティス」
二宮はユティスに答えた。
「あ、先輩」
和人が二宮に話しかけると二宮は小声になった。
「和人、出張中、ユティスとは、本当になんにもなかったのか?」
「あるわけなじゃないですか。なんにも、ありません。潔白です」
「威張るな、アホ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「本当です」
「信じられん・・・」
二宮は頭を振った。
「あの可愛い娘ちゃんのユティスと2泊3日だぞぉ・・・?」
「真紀社長の一言が・・・」
「なんだ、そりゃ?」
「だから、ユティスはエルフィア全権大使で、オレは地球人代表だから、その辺の事故など起こさないようにって。さもないと、エルフィアは地球人を危険と見なし、文明促進は即刻中止の憂き目に会うって・・・」
「バッカか、おまえ。真紀さんのせいじゃなくて、おまえのせいだろ。一人前の男とあろうものが、惚れてる可愛い娘ちゃんとお泊り旅行してきて、なにもないって。小学生じゃあるまいし・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「とにかく、
「あきれてものが言えんよ。ユティスだって、まんざらじゃなかったんじゃないか?」
「そうかとは思いますが・・・」
「おまえら、恋人同士だろ?キッスくらいしたんだろ?」
「ま、そのくらいは・・・」
「やることは、やってんじゃないか」
--- ^_^ わっはっは! ---
「で、オレとしては、そう思いたいんですが、地球代表の責任てもんが・・・」
「バーカ、地球代表以前に、おまえ個人だろうが・・・。もたもたしてると、いくらユティスといえども、愛想つかれて、どっかのジゴロに取られまうぞ」
「そ、そんなぁ?」
「オレに、どうしろってんだよ?」
「どうしろって言われても・・・」
むかっ。
「豆腐の角に頭ぶつけて死ねよ、タコ野郎!」
(くっそ、腹が立つ。オレは、イザベルちゃんとまったく進展なしだというのに・・・。会社公認のお泊り旅行で、ベネチアン・ベルメールのロイヤルスイートだとぉ!和人の野郎、マジ、ぶっ殺してやる!)
--- ^_^ わっはっは! ---
二宮は、和人のお人よしに、いい加減頭に来ていた。
(和人さん。ユティスさん。わたし、どうしたらいいの・・・?)
石橋はユティスに嫉妬できたらと思った。まだ、紹介されて1週間も経っていないというのに、不思議な感覚だった。石橋は、実際のユティスは外見的なものだけでなく、内面的にも素晴らしい女性だとわかっていた。石橋は、ユティスの微笑みに、一度ならず、何度か妙に心が落ち着くのを感じた。
(わたし、とても敵わない・・・。けど、あなたを憎むなんて、そんなことできない・・・。だって、わたし、ユティスさんのそういうところがわかるもの。そういうところが好きだもの・・・。憎むなんてできないじゃない・・・)
そんな和人と隣の席のユティスを眺めて、石橋は一人満たされぬ気持ちに涙していた。ユティスは、昨夜、和人に言ったとおり、真紀が心配するような浮かれた行動は一切取らなかった。
「石橋?」
開発部マネージャーの岡本が、ぼうっとしている石橋に話しかけた。
「石橋?」
岡本は2度目は少し大きく言った。
「あ、岡本さん・・・」
「辛いの・・・?」
「はい・・・。ユティスさんが羨ましいです・・・。和人さんと出張旅行できて、席もすぐ隣・・・。わたし・・・」
「あのね、石橋。わたしもそんなに知ってるわけじゃないんだけど、和人はともかく、ユティスは相当前から和人を知ってたみたいよ」
「ユティスさんがですか?」
「ええ。ハイキング事件まではいかないけど。ここに来るずうっと前にね」
「そうなんですか・・・」