012 前夜
■前夜■
居酒屋では、和人も酒が入ってようやく口が滑らかになっていた。はじめは仕事の話からはじまった。
「二宮先輩は、ここで自分のビジネスにどう役立てているんですか?」
「そりゃ、もう営業力に決まってるじゃないか。ビジネスは営業できなきゃ死んでしまう」
「なるほど、それで、いつも営業に」
「ああ。うちは社員とはいえ、雇用契約じゃなく個人事業主としての業務委託契約だろ?」
「そうですね。でも、一応会社の名刺もあるし、毎月給料のようにお金が振り込まれるし、サラリーマンとなんら変わんないじゃないですか?」
「なんと、もったいないことを言うんだ。おまえ、毎月の振込み明細見てるか?」
「いいえ。振り込み額のチェックしか・・・」
「おまえなあ、自分でビジネス始めるなら、そういうことはきちんとしないと絶対にムリだぜ。サラリーマンとは違って、オレたちは経費を計上できるんだからな」
「経費ですか?」
「和人、おまえ、ひょっとして・・・。いや、まさか・・・、ぜんぜん経費使ってないとかないだろうな・・・?」
「そんなことないですよ」
「そっか。で、去年の確定申告で経費いくら上げたんだ?」
「20万くらいですかねぇ・・・」
「20万?。たった20万?確定申告前に、真紀社長が言ってただろう。相談に乗るから、書類とレシートや領収書を全部見せろって」
「真紀社長がですか?」
「アホ。真紀社長はな、CPAの資格を持ってんだぜ。合衆国の公認会計士資格だ。経費とか税金のスペッシャリスト。どう軽くみたって、おまえは200万円くらい余計に税金の対象所得を増やしてしまったってことだ。仮に、所得の30%が所得税としたら・・・」
「まさか・・・、60万円余計に税金を払ったってことですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ご名答」
「えー、そんなぁ!」
和人は、突然理解した。
「知らないヤツが悪い。聞かないヤツが悪い。払いすぎたヤツが悪い」
「返してくれー!」
「ムリだな」
二宮は、酒が入って、いつもに増して、雄弁になっていた。
「だが、多く税金を納めるってのにも、経営者として、一つだけいいことがある」
「なんでしょうか?」
「おまえは黒字経営者だってこと。税務署にとっては優良事業主様ってとこかな。税務署は赤字経営者が大嫌いだからな」
「先輩は?」
「オレだって黒字経営してるさ。だが、所得はおまえより、相当低いかもな。因みに今日の飲みだって、おまえにビジネスの教育提供をしてるんだ。だから会社は教育費もしくは会議費で計上する」
「経費にできるんですか?」
「ああ。脱税はダメだけど、節税はいいんだ」
「そうなんだ・・・」
「たまにはなぁ。社長と常務と一緒に飲みに行けよ。先輩ビジネスオーナーのアドバイスは貴重だぞぉ」
「はあ・・・」
和人は、60万円損したのかもしれないショックで一気に落ち込んだ。
「落ち込むなってば。その分政府が潤ったんだ。みんなのために使ってくれるさ。ビジネスオーナーになるなら、気前のよさも大切だぞ。おまえは、いいことをしたんだ」
「先輩、前向きですね・・・」
「武道家に後ろは必要ない」
--- ^_^ わっはっは! --
和人はまたまたしぼんでしまった。
「しょげるなよ。実は、初年度オレも失敗したのさ」
「先輩もですか?」
「ああ。こういうのは聞いただけ習っただけじゃ、わかったつもりでいるだけなんだ。わかるってのはな、痛いのを一度経験して心底感じることだ。そうすりゃ二度と忘れない。一種の感情なんだ。断じて頭でこねくり回す理屈や理性なんかじゃない」
「ありがとうございます、二宮先輩。遅すぎるアドバイス・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わかりゃ、いいんだよ。わかりゃ」
二宮は和人の皮肉を聞き流した。
「先輩、今年は真紀社長のところに必ず相談に行きます」
「それがいい」
「はい」
「あ、それから、コンサル料はちゃんと取られるからな」
「真紀社長、金、取るんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「当たりまえだ。それが、真紀さんのビジネスだからな。それに、ロハで教えてもらえる情報なんて、ほとんど役には立たんね」
「そういうもんですか?」
「そういうもんだ」
「・・・」
「それから、そのアドバイス料は、ちゃんと経費に計上しろよ。コンサル費用だからな」
「はい。・・・なるほど」
エルフィアのエルドの執務室では、エルドと秘書のメローズが話していた。
「エルド。本当にユティスを地球の調査担当にするおつもりなのですか?」
「本人次第だな」
「あの、申しあげてよいのか、どうか、迷うんですが・・・」
「なんだね、メローズ?」
「文明促進支援の候補世界は、今でも、たくさんあるんですよ。もっと、精神的に負担にならないところもあります。なにも、地球にユティスを当てなくても・・・。前回のこともありますし、直接コンタクトできたとはいえ、昨日のことです。地球はあまりに未知数ではありませんか?」
「ご忠告ありがとう、メローズ。だが、ユティスがコンタクトできたということは、一応文明もカテゴリー2にあるとみてよいだろう。この世界は多かれ少なかれ危険な要素を排除できない。過去、どんなことがあったにせよ、一応ユティスも超A級のエージェントだ。ライセンスも再交付されている」
「そうはいっても。エルド・・・。ユティスは、あなたの末娘なんですよ・・・」
「リーエス(そうだ)。しかし、彼女はもう子供じゃないんだ。自らそれを望んでいる。それに、わたしとしても私情を挟む訳にはな・・・。彼女だけを特別扱いするわけにはいかないんだ」
「エルド、そうは言っても、セキュリティを一手に担うあのSSたちだって、再着任を未だに許可されてないんですよ・・・」
「ご忠告ありがとう、メローズ」
「だったら・・・」
「しかし、ウツノミヤ・カズトとのコンタクトに関して言えば、昨日ということではない」
「コンタクトが初めてではないと、おっしゃるんで・・・?」
メローズは、意外だという表情になった。
「リーエス(そうだ)。テキストベースなら、もう、かれこれ半年以上にはなる」
「6ケ月以上も前から文通してるんですか?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「わっはっは。文通とは昔の言葉を知っているんだね?」
「冗談ではないです。いったい、どういうことでしょう?」
エルドはにっこり微笑むと、メローズにゆっくりと話した。
「どういう偶然かはわからんが、ユティスにテキストのメッセージが届くのだよ」
「その、ウツノミヤ・カズトからですか?」
「リーエス(うむ)。ほぼ毎日な」
「毎日。まさかストーカーじゃ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ナナン。ウツノミヤ・カズトは違う。これがなかなかユーモアがあって、それでいて、感謝の気持ちを常に忘れることがない。わたしも何度か聞かされたが、彼の人柄が十分にうかがえる。ほのぼのと、癒されるような感じだよ。カテゴリー2の世界にしては、よくできた人間かもしれん」
「そうですか・・・」
「それで、ユティスは、そのウツノミヤ・カズトに興味を持ってね・・・」
「ユティスの感をお試しになったのですね?」
「試すというのではないが、まぁ、好きにしてみたらどうかと、言ったわけだ。彼女も前の担当ミッションが、引継ぎとはいえ、ああいうことになり、ずいぶん落ち込んでいたところだったしな。わたしとしては、この件で遊び心でもいいから、ユティスが前向きになってくれたのは、嬉しい限りだよ」
「それはそれは、喜ばしいことで」
メローズは、微笑んだ。
「とにかく、そういうことだから、わたしも、ウツノミヤ・カズトがどういう人物なのか大変興味がある。それに・・・」
「なんでしょうか?」
「妙な感じがするのだよ。彼に会ったことも、話したこともないのに・・・。カズト・・・、名前を聞いただけで、親近感とでも言おうか。うまく表現できないが、なんとなく彼を他人と思えないような・・・」
「エルド。あなたがそのようなことをおっしゃるのは、聞いたことがありません」
「わたしも、言った覚えがない」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふふふふ・・・」
「わははは」
飲み屋では、二宮が前置きはこのくらいと考え、やっと今日の本題に入った。
「話は変わるが、今日のおまえ、なんか心ここにあらずって感じだったな。相当疲れてるんじゃないのか?それとも心配事でもあるのか?A社の案件もあるし、常務がえらく心配していたぞ」
二宮はついに本題を切り出した。
酒が入って緊張の解けた和人も、それにのってきた。
「確かにA社の件は神経使ってますが。それじゃないんです」
「じゃ、なんだよ?言ってみろよ」
「はい。実は、オレのPCなんですが・・・」
「おまえのPC・・・?それが・・・?」
「絶対、だれにも黙っててくださいよ、二宮さん」
「おう」
「妙な極秘アプリかなんかに強制的にアクセスさせられちゃって・・・」
「なんだって?」
「し、声が高いですよ、先輩」
「お、おう・・・」
「ある重要計画に、首を突っ込むはめになっちゃったみたいなんです。それで、不安なんです」
「ま、まじか・・・?」
二宮は口を静かに閉じ、腕を組んだ。
「ええ。もし、あれが冗談じゃないとしら・・・」
「おまえこそ、声がでかいぞ。障子に目あり、壁に耳ありだ。声を落とせよ」
「はい・・・。へっくしょい!」
和人のくしゃみに飲み屋の客が一斉に注目した。
--- ^_^ わっはっは! ---
「アホ!」
「すいません・・・」
「で、国防相や自衛隊の国防システムとかじゃないだろうな。だったら、真剣にやばいぞ・・・」
「それ以上かもしれません・・・」
「な、なんだって!」
二宮はびっくりして声を張り上げた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「しーーーっ。声がでかいですよ、先輩」
「わ、わかった」
その時、二宮の目に、壁のカレンダーが目に入った。
「ん?待てよ、今日は何日だ?」
「4月2日です」
「てっことは、昨日は4月1日、エイプリルフールか・・・」
二宮は、急に得心がいった。
「ふむ・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ははは。やっぱ、おまえ、かつがれちまったのさ!」
二宮は笑い出した。
「先輩、声高いです」
「悪い、悪い。大丈夫だった。安心しな、和人。おまえは担がれただけだ」
ぶすっ。
「オレは、違うと思いますが・・・」
和人は、少しむくれた。
「わーーーはっは。一瞬とはいえ、真剣に心配して損したぜ」
「先輩・・・」
「なんだ?」
「オレには、どうも本当のことのように・・・」
和人があたりを気にして、声を落としたので、二宮は和人に近づいた。
「じゃ、話してみろよ、その大ボラ話とやら」
「ほら話だと決めつけないでください」
「わーった。わーった」
ぽんぽん。
二宮は、和人の肩を叩いた。
「実は・・・」
和人はこの不思議な体験を先輩の二宮に話した。
「カフェでPCの電源を入れようとして、・・・というわけです」
二宮は話のあまりの突拍子のなさに、ほとんど本気にしなかった。
「なるほどな・・・」
が、和人の様子は心配していたので、二宮は聞き手に回っていた。
「じゃ、なにか。ユティスというエルフィア人。そいつが、大宇宙のどっかにある別世界から、おまえに名指しでコンタクトしてきたってのか?」
「と思うんですが・・・」
「なるほど、陳腐なマンガには、いかにもありそうな話だぜ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「先輩、頭っから信用してないでしょ?」
「いや。普通の人間なら信じないな」
「でも、先輩は普通じゃないでしょ?」
「なんだとぉ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「先輩は武道家ですから!」
「お、おう。そうだったな・・・」
二宮はすぐに元に戻った。
「和人、このことをだれかに言ったのか?」
「とんでもない。先輩にだけです」
「それが賢明だ。間違いなく変人扱いされるぞ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「科学がこんなに発達したというのに、火星にバクテリアがいるかどうかもわかんないんだ。それで大騒ぎしてるんだぜ。それなのに人間とそっくり同じ宇宙人がいる。おまけに、超高文明。もし、それが本当なら、日本どころか世界中がひっくり返るぞ。だれかにからかわれてんじゃないのか?」
それでも、二宮は疑った。
「かもしれません。でも、24時間後にははっきりするんです」
「おまえにユティス本人から直接コンタクトがあるか・・・」
「ええ、第1回目のが。もし、それがあったなら・・・」
「もし、あったなら・・・?」
「彼女は、実在するということです」
二宮は呆れ顔になった。
「それを、信じろってか?あーあ。4月バカ。飲まなきゃ、聞いてられないぜ」
そして、二宮はにやりとした。
にたっ・・・。
「出てきた彼女、可愛いかったかぁ?」
(それですか・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「たぶん。ぼやけてて、イメージがあまりはっきりしてなかったんで」
「ま、ありえんが、もし本当なら・・・」
「本当なら?」
「うまいことしやがって、コイツ!」
「夢の中なんですよ」
「ん?手も握れんてことか・・・。そいつは残念だな、和人」
--- ^_^ わっはっは! ---
セレアムの事務所では、国分寺師弟が夜になっても話しこんでいた。
「俊介、和人と二宮、大丈夫かなぁ?」
「たぶんな。本当はオレが行きたかったんだがな」
「いいんじゃない、二宮で。あなたとじゃ、和人、リラックスしないでしょう?」
「かもな・・・」
「和人、心ここにあらずって理由、あのキーワードに関係するってわけね?」
「恐らくな。そのせいで、ハイパートランスポンダーは作動し、どっか遠い別世界との交信を実現した。恐らくエルフィアとかいう・・・」
「二宮に、事情話したの?」
「いいや。ほんの触りだけだ。だが、やつはアプローチ方法がオレとは異なる。なにかヒントを得るかもしれん」
「わかったわ。明日の報告を、楽しみにしているわ」
「さ、もう事務所を締める時間だ。姉貴は、手洗いとか見てくれ」
「了解」
二宮はふと思いついて、和人を見た。
「そうだ。ちょっと、おまえのPC見せろ」
「ここでですか?」
「いいだろ?そのアイコンまだデスクトップにあるんじゃないのか?確かめてみようぜ」
「ええ・・・」
和人はPCをバッグから取り出し、立ち上げた。
ぴっ。
PCのレジューム機能により、例のアイコンらしきものは、まだ残っていた。
「気づいてください?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なんだこりゃ?」
二宮はアイコンの添えられた文字を見つけた。
「あはは・・・。だれでも気づきますよね、普通」
「おう。これだな?」
「ええ」
「ほら、このアイコン。クリックしてみろ」
「はい」
かち、かちっ。
和人がクリックした。PCはすぐにアプリの再開を始めた。
ぱっ。
画面は、突然真っ暗になり、中央になんの変哲もないボックスが2つ出た。
「IDとPWの入力画面だぞ・・・」
「そうですが、どっちもわからない・・・」
「アクセスしたんだろ?」
「はい。でも、この画面じゃないんです」
「いいから、もう一度やってもみろ」
和人は全角カタカナでユティスと打ったが画面は変わらなかった。
「ログインできません」
和人はいろいろ試すがすべてだめだった。
「1日待つしかないですね」
和人は二宮を見た。
「やってらんねえ。やっぱ、だれかのいたずらだよ」
「そうですか・・・?」
「ああ。本件、和人、おまえにあずける。後で報告のこと」
「はい」
「じゃ、PC片付けろよ。飲み直しだ。焼酎いくぞ」
「はい」
「こっち、黒糖焼酎、ロックで」
二宮は、店員を呼んで、オーダーした。
「へーい、喜んで!」
(はぁ、二宮先輩に根掘り葉掘り聞かれちゃったな。確かに、エイプリルフールだったら、とんだお笑いもんだ・・・)
焼酎を何杯かやって、二宮は満足そうに言った。
「さてと、今日は終わりにするか?」
「はい」
「おあいそ!」
「へい。きっちり5000円です」
「さてと、駅まで行くか」
「はい」
二人は駅までの道々話していた。
「和人、さっきのシステムのログイン画面で、ユティスって入れようとしただろ?」
「はい。それがなにか?」
「全角カタカナってのは、おかしくないか?」
「そういえば、そうですね・・・」
「だろ?あん時、おまえ、英数字、例えばアルファベットで入れたんじゃないか?」
「ユティスのアルファベットですか?」
「ああ・・・。YUTISUとか・・・」
「いいえ。オレは、カタカナでしか、書いてませんけど・・・」
「うーーーん。どうも、腑に落ちん・・・」
普段は能天気な二宮の考え込んでいる姿は、和人にはこっけいに見えた。
「先輩が真剣に考えてる姿なんて、似合いませんよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なにが、似合わんのだ?」
「だから先輩がそんな風に深刻そうに考えてる姿です」
「失礼なヤツだな。オレだって、真剣に考えることくらいあるよ」
和人と二宮はやがて駅に着いた。
「じゃ、オレは、こっちだから」
反対方向の電車に、二宮は飛び乗った。
「失礼します」
「うーーーす。じゃあな」
「おやすみなさい」
ぷわーーーん。
和人は自分のアパートに着いた。
とんとんとん・・・。
和人はアパートの二階に上がり、自分の部屋のドアを開けた。
かちゃ。
たむ。
かちっ。
和人はさっさとシャワーを浴びてパジャマに着替えた。
「そういやぁ、ユティス・・・、かもしれないユティス・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「今日中に、夢に現れるって言ってたよなぁ。本当かなぁ?いるんっだったら、会ってみたいなぁ・・・」
ぱちっ。
和人は電気を消した。
「今日は楽しかったよ。ありがとう、ユティス。おやすみ」