124 内閣
■内閣■
国分寺たちが、ユティスが地球に現れたことを大田原に伝えたので、大田原は『銀河の彼方計画』を進めることにした。
「で、大田原さん、そのユティスは、既に日本に来ていると言われるのかね?」
「左様。宇都宮和人のところにいます」
藤岡は口を大きく開けた。
「エルフィア人が、本当にこの日本に・・・」
「そうです」
「しかし、いったいどうやって・・・。そのぉ。目撃情報は聞いておらんぞ。テレビでもやっとらんし・・・、わたしの孫娘も知らん・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ふふふ。首相、ユティスはUFOに乗ってきたわけじゃないんです」
大田原は藤岡に微笑みかけた。
「じゃ、なんでやって来たんだ・・・?」
「超時空転送システムです
」
「なんなんだ、それは?」
「先日も申し上げましたが、5400万光年を一気に飛び越えて転送、つまりテレポートしてきたというわけです」
「そんなばかなぁ・・・」
藤岡はそのまま暫くショック状態だった。
「・・・」
「・・・」
やっあって、大田原が口を開いた。
「藤岡さん、というわけで、まずはエルフィア人のエージェント、ユティスを、わが国がどう保護するか、それが最大の問題です」
「わかっておる・・・」
藤岡はまだショック状態から抜け出ていなかった。
「今のままでは、いずれZ国らが拉致を実行するでしょう。そうなったら、わが国は彼女をもう二度と取り返すことはできませんぞ」
「しかし、同盟国がいるではないか」
「無理強いをすれば、第三次大戦を勃発させかねません」
「しかしだ。あなたは言ってではないか。警備は厳重にしていると。違うのですかな、大田原さん?」
「もちろん。しかし、首相、いつまでもわが国だけで秘密を守り通せるもんではありませんよ」
大田原はここで逆のことを話し始めた。
「だから、どうしろと言うんですか?」
藤岡は苛立っていた。
「ユティスの身柄をわが国が安全に確保し、それを世界に知らしめるのが一番でしょうな。しかも、だれも手出しができないくらい知らしめることが必要です」
大田原は首相に一歩詰め寄った。
「これは驚いた。極秘扱いというのに、世界に知らしめるとは、矛盾ではありませんかな?」
「今現在は極秘が必要です。わたしが言っているのは次なる段階のことです。世界中の人々に知らしめることが必要ですが、まずは日本の国民に知らしめねばならないでしょうな」
「なんと・・・。どうすると言うんだね?」
藤岡はさっぱり理解できなかった。
「みながユティスを知っている。そういう状況を作り出します。老若男女、みながユティスを知っている。そうなれば、いかにZ国でも、簡単にはアプローチできんでしょう。ユティスがエルフィア人である事実を伏せたまま、世の中がそれを肯定している」
「そんなことが可能なんですか?」
「ええ。わが国、日本だからこそ、それが可能なんですよ、首相」
大田原は自身ありげだった。
「いったいどうすると・・・?」
「わたしの孫たちをそれに一枚かまさせます。任せてもらえますかな?」
「任すも任さないもない。わたしは大田原さんに頼むしかありませんからな」
「けっこう。では、『銀河の彼方計画』の推進メンバーの招集をかけます。本日の9時より官邸で」
「うむ・・・」
藤岡はそれを了承した。
具合がいいことにエルフィア人は地球人と姿かたちはまったく同じだった。ただ、ユティスはどう見ても日本人的風貌ではなかった。目立ち過ぎる。だが、いつまでも和人の寮に引っ込んでいるわけにはいかない。ユティスは地球と地球人を実際に見て確かめ、エルフィアの支援に値するということをエルドに報告しなければならないのだ。
「あのね、ユティス」
「はい。和人さん」
「社長と常務のおじいさんの大田原さんが・・・」
「その方は、セレアム人でしたわね?」
「リーエス。それで、急なんだけど」
「わたくしにお会いしたいってことでしょうか?」
「そ、そう。まさになんだ」
「では、参りましょう。アンデフロル・デュメーラをお呼びしますか?」
「い、いや。大田原さんのところに、白中堂々と転送するのはまずいんじゃないかな」
「官邸ですか?」
「ナナン。いきなり首相の前なんて、首相がひっくり返って、大騒ぎになっちゃうよ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうね、ユティス。今日はおじいさまの自宅よ」
真紀が答えた。
「それに、今日は車。常務が運転するんだ」
「うふふ。それもいいですね。地球の車は、適度に加速感があって、とっても面白いです」
「車酔いはしないの?」
ぴとっ。
ユティスは和人に少しだけ寄りかかって微笑んだ。
「その時は、和人さんに介抱していただきます」
--- ^_^ わっはっは! ---
「うふふふ」
「ユ、ユティス・・・」
和人は大いに慌てた。
「さ、行くよ」
「リーエス」
国分寺姉弟はユティスと和人の二人を大田原に引き合わせた。
「はじめまして、ユティスさん。わたしが大田原です」
大田原はがらにもなく少し緊張していた。
「はじめまして、トアロさん。わたくしが、ユティスです」
ユティスは優しく微笑むと、ゆっくりと一礼した。
「それは、わたしの・・・」
「うふ。本当のお名前ですわね?」
「ええ。国分寺たちから?」
「リーエス」
ユティスが大田原に近づき、二人は抱擁し合った。
「あなたが、伝説の世界、エルフィアの・・・」
大田原は、初めて見るエルフィア人に、そしてユティスの美しさと心に感動した。
「まぁ!エルフィアは、伝説なんですの?」
「ええ。少なくともセレアムでは1万年以上前の話ですから。わたしの星、セレアムは、エルフィアの文明促進支援を受けたのです」
「まぁ、そうでしたか!」
ユティスはにっこりと微笑むと大田原に祈りを捧げた。
「すべてを愛でる善なるものより、トアロ・オータワラー、汝に永遠の幸があらんことを。フェルミエーザ・エルフィエーザ、ユティス・アマリア・エルド・アンティリア・ベネルディン」
はっ。
トアロはユティスに魅入った。
「ユティスさん、今、あなたは、なんと・・・?」
「トアロさん、あなたが幸福に過ごせるように祈りをお捧げしました」
大田原は急に目頭が熱くなり思わず天を仰いだ。
「これは、古代セレアム語・・・。いや、違う。今、わかりました。これは、エルフィア語なんですな・・・」
「リーエス」
「ユティスさん。わたしは、わたしは、なんとお礼を申しあげれば・・・」
ぎゅぅ。
ユティスは再度大田原を抱きしめた。
ぽわぁーーーん・・・。
ユティスと大田原は、淡い虹色の光に包まれた。
「パジューレ。お礼なら、和人さんにおっしゃってください。エルフィアに最初にコンタクトをお取りになった方ですから」
「そうですな。和人、きみには心から感謝している」
大田原は和人に深く頭を下げた。
「よしてくださいよ。大田原さん、今さら。それに、和人でいいですよ。あなたにそんな風に言われると恥ずかしいです。偶然が呼んだ偶然。本当のところは、自分はなにもできない、ただの青二才なんだから。体中がむず痒くなってしまいます」
「そうだよ。じいさん、ちとばかし固苦しいぞ」
ぽんっ。
俊介が大田原の肩を叩いた。
「うふふふ。だ、そうですよ。トアロさん」
ユティスはにっこり微笑んだ。
「は、はい。了解しました」
「セレアムと、ご連絡はつきましたか?」
「いえ。せっかくのご好意なんですが、もうしばらく落ち着いてからにしようと思います。今は、地球人の政治家として暮らしていますから。その日常的に問題を解決せねばならないのです・・・」
「そうですか。大変重要なお立場、お察しいたします。トアロさんのお気持ち、よくわかりますわ」
「あ、はい・・・」
「愛してらっしゃいますのね、地球を・・・」
にっこり。
ユティスは優しく微笑んだ。
「ええ。放ってはおけません。このままでは、近い将来地球の経済は破滅してしまいます。そうなれば、力の論理がすべてを支配してしまいます。カテゴリー1に逆戻りですな。どうすれば、それを避けられるのか・・・。わたしは、地球人の精神が健全に戻り、大宇宙のコミュニティに参加できることを祈っております。不可能ではないんですよ。それを、みんなに伝えたいんです。だが、わたしの予想に反して状況はどんどん複雑になり、悪くなっていっています」
「それで地球にいらしてるのですね?」
「いかにも。しかし・・・」
「お聞きしました。クルーのご友人の皆様は大変残念でしたわ。心よりお悔やみ申しあげます。トアロさんだけでもご無事だったのが、なによりですわ・・・」
ユティスは大田原を気遣った。
「ありがとうございます。ユティスさん・・・」
「ユティスでけっこうですわ、トアロさん」
「どうも。そういう訳で、セレアムへの連絡は、もうしばらくお預けしたく・・・」
「リーエス。いつでも、おっしゃってくださいね。エルフィアにはセレアムの座標データが保管されています。最高理事エルドのより、再度、セレアムへの連絡をつけるよう、わたくしから依頼いたしますわ。セレアムのどなたに連絡を入れたらよいのか、ご指示いただけますか?」
「指示だなんて、とんでもない。こちらこそ、無理なお願いをするのですから・・・」
「いいえ。お友達のお頼みですもの」
「友達、友人・・・?」
「はい」
「ところで、あなたはここにはお一人で?」
「はい。加えて、支援システムとして、地球32000キロ上空に、エストロ5級母船が、常時ステルス待機しています」
「エストロ5級母船。それは、なんでしょうか?」
「エルフィアとは、超時空を通して通信できますが、やはり、近場に支援システムがあると、とても便利ではありませんこと?」
「それは、そうです。賢明な処置だと思います」
「それって、UFOのことかい?」
「UFO?」
「空飛ぶ円盤のことさ」
「うふふふ。そういえば、似てるかもしれません。でも、直径2000mもありますのよ」
「2000m!」
「じゃ、いったい何人の乗組員がいるの?」
「だれもいませんわ。母船自体、完全なシステムです」
「あ・・・」
「もうしばらくしますと、わたくしの支援に最低2人のセキュリティ・サポートが参ります。そのお二人と3人で、地球の現状を確認いたします」
「たったの3人ですか?」
「はい。問題が起きれば増員されますけど、多すぎて目立つのは好ましくありません。セキュリティ上の不安が深まるだけです」
「それで、あなたは、どのくらいここに滞在されるのですか?」
「通常、予備調査は2年間です」
「その後は?」
「現状に応じて、文明促進支援プログラムが適用されます」
「うまくいって欲しいですな。本当にそう願っています」
「はい。うふ」
ユティスはにっこりと笑った。
「予備調査の後は、エルフィアに戻られるのですか?」
ユティスは心なしか少し哀しい表情になった。
「可能性はあります。すべては委員会で決定されます」
(ユティス。やはり任務なのか。終わると、帰っちゃうんだ・・・)
和人は急に胸が締め付けられるような不安感に襲われた。
「でも、まだ到着したばかりですのよ。そんなお話は止めにしませんこと」
「そ、そうだよ」
和人もすぐに答えた。
それから、大田原とユティスの会見は続いた。
「ユティスさん。今日は、本当にありがとうございました」
大田原は、ユティスに頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ、とても有意義なお話ができまして、感謝申しあげます」
「近いうち、またお会いしたいですな」
「リーエス。もちろん」
ユティスは大田原と再会を約束した。
「大変、光栄です。ユティスさん、あなたは、われわれにとって極めて大切かつ重要な方です。この地球は、日本においてさえ、なお、危険を完全には排除できずにおります。つきましては、あなたをお守りするのは当然のことと思っています」
大田原は全力でユティスと和人を守ることを約束した。
「ありがとうございます」
「しかし、政府がユティスを大っぴらに警護するのは、かえって怪しまれないか?」
俊介は、一瞬渋い顔になった。
「その通りだ。俊介。政府がこれ見よがしにユティスを警備するのは、かえって各国の注目を浴びることになり、ユティスの存在を嗅ぎつかれる。そして、スパイの暗躍やユティス誘拐などの薮蛇を突くことになる」
「そうだよな」
「既に、Z国は相当な情報を掴んでいる。ユティスを力ずくで奪おうとするに違いない」
「やはり、オレたちの出番か?」
「うむ。ここは、政府の秘密機関に準備ができるまで、しばらく、おまえたちでユティスをかくまってくれないか。護衛は常時つけておく」
「そうくると思った」
「ユティスが予想より早く現れたからな・・・」
「というより、政府の対応が遅すぎるんだよ」
「面目ない・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
ユティスはエルドに大田原のこと伝えた。
「エルド。そういうわけで、地球には既に他の世界の人たちがいます。トアロ・オータワラーさんは、その一人にすぎないかもしれません」
「うむ。驚いたよ。彼が、セレアム人だとは・・・」
エルドは頷いた。
「セレアムは、エルフィアが1万年以上も前に支援した、素晴らしい世界だ」
「ご存知なんですね?」。
「ああ。セレアム・・・、まだ健在だったか・・・」
「あの、エルド・・・」
「なんだい?」
ユティスは、ミッションを終えてエルフィアに戻ることを考えると、とても不安だった。
「エルド。わたくしを、このまま地球にいさせていただくことは、可能なのですか?」
「不可能ではないよ。そもそも、予備調査と本格支援プログラムでは、スタッフの数がぜんぜん違う。きみがそのまま、本格支援プログラムのメンバーとして残りたいというのなら、それもよかろう。だが、予備調査の結果、地球は支援プログラムを受ける段階にはない、時期尚早と判断されれば、最悪、地球は時空封鎖、委員会の無期監視体制下に置かれる。そうなれば、きみもエルフィアに戻ることになる」
「どうしても、そうなんですの?」
「ユティス・・・」
エルドは優しく微笑んだ。
「しょうがないな、きみも・・・」
ユティスの不安そうな表情に、エルドはすべてを読み取っていた。
「本人が希望するなら、それはそれで仕方あるまい。地球に残るのもよし、2人してエルフィアに戻るのもよし。きみは、もう立派な大人なんだから。わたしがどう望もうと、自分の意思を変えるつもりはないんだろう?」
「リーエス・・・」
「ユティス。わたしとて一緒だよ。ただし、和人がどうするつもりかは、尊重しないとね」
「リーエス」
「わたしは、和人を家族だと思っているんだ」
「エルド。ありがとうございます」
「しかしなぁ・・・」
「エルド、どうかしましたか?」
「ああ。1万年前の支援世界、セレアムが健在だったんだ。今や、カテゴリー4のすぐ手前まで進化している・・・」
「まぁ。それは、すてきなお知らせですこと」
「なによりだ」
「リーエス。エルフィアが文明促進支援をしたところで、それを発展させるのは各々の世界です。残念ながら、数世代経つだけで、文明が衰退に向かう世界も少なくありません。セレアムがそうでなかったことに、セレアムの人々に感謝しますわ」
「ユティス、きみの言うとおりだ。だいたいにおいて、衰退を始める世界は、それをエルフィアの責任に帰して、その記憶にある限り、二度とエルフィアの支援を受け入れない。悲しむべきことだ」
「文明の衰退は、愛の精神の衰退ですわ。宇宙の自然なる世界との調和を無視した、一部の特権階級のデカダンスから、文明は衰退し始めるのです」
「その兆候は、目に見えない。気づいた時には、引き戻すのが困難なくらい進行している」
「セレアム人は、本当に素晴らしいに違いない・・・」
「リーエス」
エルフィアは支援した世界を定期的にチェックをしていたが、セレアムのデータは、古いためかそっくり抜け落ちていた。エルドはセレアム人を直接見たことはなかったのだ。