119 生善
■生善■
和人とユティスはソファに並んで座って、お茶を飲んでいた。
「スーパーの話しの続きだったね?」
「リーエス。今晩は、地球のお金についておうかがいしたいですわ」
「いいよ。始めて」
「リーエス」
ユティスはにっこりと微笑んだ。
「お金は、価値の交換行為を成立させる、象徴物とか価値の単位ですね?」
「そ、その通り。なんか、いきなり、ものすごく難しく始まったね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ごめんなさい、和人さん・・・。それは配給制なのですか?」
ユティスは、和人が財布から取り出した、万札を見つめ優しく言った。
「とんでもない。皆、必死に働いて、労働の対価として手に入れるものさ」
「では、働いている時間が多ければ、お金はたくさん入るのですね?」
「ナナン。1日の時間は限られているし、ある一定以上のお金は、絶対に手に入れられない。人によって、同じ時間働いても、多くもらえる人と少なくしかもらえない人もいる」
「どうしてですか?」
「お金をくれる人が、持っているいる以上のお金を出すことはできないし、責任の大きさも違うからね」
「そうですか。では、どうやってお金をくれる人間は、お金を出してくれるのでしょうか?出してばかりでは、お金はすぐに底をついてしまうのではないですか?」
「それは、その人が、その人のために、お金をどんどん稼いでくれる会社とか、資産とかがるからで・・・。うーん、そういうお金を生んでくれる仕組みを持っているからさ」
「お金を生んでくれる仕組みですか?」
「そうだよ。その人たちにとっては、働こうが働かなかろうが、その仕組みがあると、お金は自動的に入ってくるのさ」
「魔法みたいですね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あは、魔法だって?ぴったしだよ」
「うふ。その魔法使いさんたちは、なんて呼ばれているのですか、地球では?」
「投資家とか資本家って呼ぶんだ。たまに、詐欺師・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「和人さんは、その魔法を使えるんですか?」
「残念ながら、まだまだ修行中というとこかな。大して稼げてないよ」
「そうですか」
「エルフィアは、どうなの?」
「リーエス。わたくしたちは、日常ではお金に相当するものはありません。もう、何万年も前に廃止されました」
「じゃ、すべてが配給なの?」
「ナナン。食事、住居、衣服、その他生活用品、医療、教育、スポーツ、芸術や技術の習得、娯楽、そのようなものは、望めば、その人の望んだ形で、ほとんどすべて、入手できます。皆が、それぞれ違ったものを望んだとしても」
「それじゃ、どんなに高い望みもかなうの。それって限界はないの?」
「限界はあります。しかし、今までに常識を遥かに超えるようなことを望んだ方はいませんわ」
「常識を遥かに超えるって?」
「自分だけが、世の中のすべてを所有するとか、一つの世界を支配したいだとか、世界の破滅を望んだりとか・・・。そして、人の心、愛情、友情なんかも・・・」
「なるほど。心は、その人の信用だからね。ま、常識の範囲なら大丈夫ってことか・・・」
「リーエス。毎日楽しく暮らすには、ある程度物質的なものが充足されたら、後は、家族、友人、恋人、そういう人たちと楽しく心を通わせてお付き合いする。そんな精神的なもの、時間的な充実の方が、遥かに大切ですわ。そして、それはお金では買えません」
「なるほど、きみに同意するよ。確かに、お金に換算することなんてできないもんね」
「うふ。おわかりですね」
「でもさぁ。何か欲しいものを手に入れたいって、そういう自由を束縛されることはないのかい?人間の普通の望みだと思うんだけど」
「それは、文明レベル、カテゴリー1的な価値観ですわ」
「カテゴリー1か。地球もやっぱり1なんじゃぁ・・・」
「それで、なにかを手に入れるためには、必ずなにかをしなければならないのですよね?」
「そうだよ。働かざるもの、食うべからず。息するべからず、女房持つべからずってね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「それは大変・・・。そうすると、お金は物質的な欠乏を満たすために必要なのですね・・・?」
ユティスは少し悲しげに言った。
「もし、手に入れたいものがあれば、そのなにかを持っている人の条件をクリアするほどのものを、その方に差し上げる」
「そう。等価交換のルールさ。もっとも、もらう方は、必ず利益が出て、損はしないように、何割か高めに要求するけどね」
「それって、愛する人に対しても、そうするわけですか?」
「ええ?」
「あのぉ、怒らないでくださいますか?」
「もちろんだよ」
「アルダリーム・ジェ・デーリア(ありがとうございます)。差し支えなければとても重要なことなので、それについて、もう少しお話したいのです」
「うん。続けてよ」
ユティスは和人に確認するように見つめた。
「地球では、愛する人に対してもなにかを必ず期待して、なにかをしてさしあげるのですか?愛を伝えられた方は損をしないように、何割増しかして、条件を要求するとか。例えば、より大きな愛情を得るためには、より高価なプレゼントをもらうことが必要とかです。愛情の大きさをお金に換算するとか。地球ではそれが普通なのですか?」
和人は答えに窮した。
「そ、それは、ちょっと違うかな。そう考える人間もいないわけじゃないけど」
「もっと、表現を変えるなら、こうなりますわ。等価交換が成立しないなら、どのようなこともなされない。愛もそうして得るもの。和人さんもそう思っているですか?」
ユティスの悲しげな眼差しに和人は心臓が止まりそうになった。
「ナナン!違うよ!本当に好きな人に、そんなこと要求するなんて人間は、いやしないよ」
「では、特別に好きでもない方にも、要求されないのですか?」
「わからない・・・。そもそも、好きの量なんて量れないよ・・・」
「エルフィアでは、みんなが愛し合っています。もちろん、恋人や連れ合いとなると、もっともっと愛し合っていますけど・・・」
「与えるだけってことかい?」
「リーエス。少なくとも、エルフィア人は愛する人たちが喜んでいるのを見るのが楽しいと思っています。そのためには自ら進んでなにかをしたいと思っています。しかし、それをしなくてはならないという義務とは考えていません。それに、だれもそれを要求したり強制なんかしたりしませんわ。みんな喜んでそうしたいと思うのです。それを受けた人は、心から喜び、みなさんに感謝します。そして、今度は、自分のできることをしてさしあげるのです。どなただろうが関係なく・・・」
「でも、よけいなお世話とか、有難迷惑なんてことにはならないの?」
「ふふふ。そうなる前にどなたもちゃんと気づきますわ」
「男女の関係でも?」
「リーエス。ただし、とってもソフトにお伝えしますけど」
「大きなお世話!でございますわよ。おほほほ。て感じ?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あらあら・・・。うふふふ」
「それで、本人たちは納得するのかい?」
「リーエス。少なくとも犯罪的な事態にはなりません」
「どうして?例えば、嫉妬なんか殺人にまでなったりするんだよ、地球では・・・」
「そうして、自分の愛する人を傷つけ悲しませるのが愛ですか?」
「あ、うん、と・・・」
和人は言葉に詰まった。
「もし、そういうことになれば、それは、もう愛ではありません。愛は、人を幸せにするもの、不幸にするものではありません。愛と呼ばれ、見返りを期待し、相手を意のままにしようとするものはカテゴリー1的な所有欲です。エルフィアでは、愛することを、両親や家族から始め、だれもがそれを克服できるよう、それぞれの人に合わせゆっくりと時間を掛けて教育されています」
「理性かい?」
「ナナン。理性で人は納得できません。感情です」
「感情を教育するの?」
「ナナン。感情はそうそう教育できるものではありません。一人一人が、愛に包まれて育ち、その体験を通じて知っていくのです。わたくしたちは、寂しい時や悲しい時もあります。そんな時には、自分の存在を感謝し、みんなから愛されていることを思い出します。そうすることで、家族や友人の溢れるような愛を再び感じ直すのです」
「それで、みんな満足できてるの?」
「リーエス。そのための時間はかかりますわ。すぐというわけにはいきません」
「なんだ。それじゃあ、地球人と変らないんじゃないか・・・」
「リーエス。同じ人間ですもの・・・」
「ふうん・・・」
「愛する人を精神的にも肉体的にも傷つけるという行為は、だれも望みません」
「そこは、決定的に違うな・・・。どうして、そうできるんだい?」
「それは、わたくしたちみんなが生まれながらに善であり、愛に包まれていることを信じて疑わないからです。人間の基本精神は、大宇宙のすべてを愛でる善なるものから与えられた、大いなる愛です」
「とっても、難しそうだね・・・」
「ナナン。わたくしたちは、それを時間を掛けて自然に身に着けます。深い愛情に包まれて育つからですわ。ただし、甘やかす、というわけではありませんよ」
「リーエス。でも、みんながみんな、そんな風じゃないんじゃないの?」
「その通りです。残念ながら、深い愛情に恵まれず育つ人もいます。そういう人には、それを信じてもらえるにはずいぶんと時間が必要になります」
「地球は、まさにそういうところだよ。そういう人間がゴマンといる・・・」
和人の心配にユティスは優しく答えた。
「ご心配はいりません。どんな人であろうが、少しでも、そうありたいという気持ちさえあれば、絶望さえしなければ、必ず克服できます。本来、人は人を愛するようにできていますもの」
「人を愛することが、人の精神の根本的なものってこと?」
「リーエス。どなたかを嫌いになるより、好きになる方がずっと簡単なんですよ」
「本当?」
「リーエス。お試しになりますか?」
「試すって・・・?」
「んふ・・・」
にっこり・・・。
ユティスは和人への思いをありったけ込めて微笑んだ。
「あ・・・」
かぁ・・・。
どっきん!
「ユティス・・・」
ユティスはそれに答えず、人差し指を和人の唇の前に立てた。
ちゅ。
そして、ゆっくりと目を閉じ、和人の唇に自分の唇を触れさせた。
「好きになることはとっても簡単です。特に和人さんでしたら・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ユティス・・・。リーエス・・・」
「うふふ」
にこにこ・・・。
二人はしばらく微笑み合った。
「もし、嫌いな人ばかりなら、そこら中で大変な争いが起こってますわ」
「本当だね。でも、現実にはそうなってないような気がするけど・・・」
「争いたくない。それより、仲良くしていたい、ということですか?」
「それより、係わりたくないってことじゃないかな?」
「でも、その方には、好きになれる方がだれもいない、好きになれるものはなにもない、ってことはないですわ」
「どういうこと?」
「本当に愛情と係わりたくないとおっしゃるなら、ペットも必要ないし、ぬいぐるみも、本も、なにも必要ありません。お独りで、荒野の一軒屋に、手ぶらでお住みになるんじゃないかしら」
「ああ、そうかもしれないね・・・」
「だれもが、心の奥底では愛する人を求めてるんです。それを素直に認め、求める勇気があるか・・・」
「そんなこと簡単にできるの?」
「ふふふ。訓練が必要かもしれませんわ。まずは、ご自分を愛することです。少なくとも、コンプレックスの奴隷にならないこと。人は本当に些細なことに劣等感を持って悩みます。でも、気にしているのはご自分自身しかいないことも、多々あります。他人はなんとも思ってもみないことなのに・・・」
「そっかぁ・・・」
「ご自身を愛するというのは、大宇宙にただ一人の自分をとても大切な存在として感じられるということです。そして、それを深く感謝することです。ここが、すべてのスタート地点ですわ」
「ふうーん・・・」
和人は感心した。
「言葉で言うのは簡単です。でも、実行するには、自分の感情が納得できていなければ一歩も進みません。エルフィアでは、それを長い時間をかけて教育します。ですから、みんながわかっているんです」
「そういうことだね・・・」
和人は、ユティスの言うことを一言も聞き逃すまいとしていた。
「先程の経済のお話に戻りますと、エルフィアにはお金はありません。物質的なものなら自動生産システムにより、すべて充足されています。そういう財を持ち、だれか特定の人の時も、そうでない時も、自分のしたことに対しての見返りを要求するなんて、考えたこともありません」
「みんながそうなのかい?」
「リーエス。本当の愛に満ちた善なる世界では、みんながそう思っています。ですから、行為や物への等価交換とか、財を象徴するお金という概念も、エルフィアにはありませんし、働かないと生きていけない、という切迫した義務もないのです」
「働かないと暮らせないという義務がないなら、だれも働かなくなるんじゃないの?」
「ナナン。愛と善の精神のもと、楽しみと喜びのために働くのです」
「楽しみと喜びのため?」
「リーエス」
「それって、遊んで暮らすのかい?」
「ナナン。働くことも楽しみの一つですわ」
「どういうこと?」
「愛する人に、積極的になにかして差しあげる。この気持ちさえあれば、それほど難しくはありません。多くの人は、1日に3時間程度そういう時間に当てています。わたくしについて言えば、家族みんながそうしているように、他の世界の人々もエルフィアのような文明を享受できるよう、文明促進支援をお手伝いしています」
「それを、みんなが、一生涯、ずっとするっていうの・・・?」
「リーエス」
和人はショックだった。
(オレは、ビジネスを立ち上げ、自分だけ儲けることを考えていたけど・・・)
「和人さん?」
ユティスはにっこりと微笑んだ。
「この地球の現状では、当面、仕方ありませんわ。あせって、あれこれなさることは必要ありません。ゆっくり進む方が良いのです。それに、そろそろ、気づく方も出てこられたんじゃないでしょうか?」
「なににだい?」
「今のまま、性悪説に立つ限り、カテゴリー3へは進めません。また、幸せも望めません」
「性悪説か・・・」
「リーエス。無限の欠乏感から開放されるためには、生存への恐怖を克服しなければなりません」
「オレには、できそうにないよ・・・」
「和人さん、ご自分を責めてはいけませんわ。現状を無視して、一足飛びに、カテゴリー2から3に移れるものではありませんもの。和人さんが、エルフィアの精神を少しでもご理解いただいたこと、それだけでも、地球にとっては大いなる進歩です」
「あはは。ありがとう、ユティス。でも、それは、いくらなんでも大袈裟だよ」
「ナナン。それがエージェントの役目ですから。一人一人、そういう人を増やしていくこと。その可能性や進捗状況を調査すること。どうすれば、そうできるか、コンタクティーを通じて、一緒になって考えること。まだまだありますわ」
にっこり。
さぁーーー。
ユティスは微笑みながら両手を広げた。
「わたくしも、やっとエージェントらしいことができましたわ。うふふ」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あはは。冗談きついよ、ユティスは・・・」
「んふ?」
「どうして、それを堂々とテレビに出たり、国連とかでプレゼンしたり、しないの?」
ユティスは少し真顔になった。
「既得権を持った方々は・・・、早々には、エルフィアの精神を受け入れてはくれないからですわ」
「どういうこと?」
「自分たちよりも遥かに文明が進んだ世界があるということ。この大宇宙には、そういう世界がたくさんあること。そこから、派遣された人間が、実際に地球にいるということ。そういう事実を、みなさんがお知りになったら、地球の政治や経済をはじめとする、世界観や価値観はたちまち根底から崩れます。もちろん、その方たちの地位も、財産も、考えも、秩序も、すべてが意味を失います」
「確かに、そうかもしれないね・・・」
「そいうことを、その方たちが進んで望むと、和人さんはお思いですか?」
ぷるぷるっ。
「ナナン。絶対にそうは思わない」
「リーエス。性悪説は、仮想の敵を作り、財という概念を正当化します。まず、その方たちが最初にすることは、それを自分だけで独占しようとすることです。それで、もし、そうできないならば、ご自分たちの地位を危うくする原因と、その張本人を探すことを始めます。そして、その人を見つけ出すと、秘密裏にあるいは公に亡きものにしようとします。自分たちの都合に合った、財を保証するシステムを維持するために・・・」
「大変だ・・・」
和人は、アンニフィルドから聞いた、ユティスの前のミッションを思い出した。
「ですから、その世界の指導的な立場の方が心から望むでもない限り、わたくしたちは表立った行為を控えざるを得ません。そうしないと、エージェントはおろか、コンタクティーとその家族、親戚、友人にも、命の危険が迫ります。最後には、全球的な争いごととなり、その世界は滅亡へと歩み始めます。エルフィアは、もう、幾度となく、そういう失敗を経験していますわ」
「ユティス。きみはそういう危険を承知の上で、地球に来たというの・・・?」
和人は心配と尊敬の眼差しでユティスを見つめた。
「うふふ。そうとも言えませんわ。わたくしも、自分への見返りを期待しているかもしれませんもの」
「見返り?」
にっこり。
ユティスは、それには答えず、潤んだ瞳で微笑むと、和人の手を取った。
きゅ。
「わたくしには、もう、十分すぎる理由があります・・・」