110 諜報
■諜報■
アンニフィルドは、天井などないかのようにして、両手を広げると天を仰いだ。
「アンデフロル・デュメーラ、答えなさい」
「リーエス。SS・アンニフィルド」
直ちに、よく通るアルトが部屋中に響きわたった。
「ここが見える?」
「リーエス。とても鮮明です」
「じゃあ、こことハイパー回線を引いてすべてをモニタして」
「リーエス、SS・アンニフィルド。完了しました」
「それから、なにかあったら、エルドに最優先で連絡を」
「リーエス、SS・アンニフィルド」
「そして、あなたとのコンタクト・メンバーに、ウツノミヤ・カズトを加えなさい」
「リーエス、SS・アンニフィルド。ウツノミヤ・カズトをメンバーに加えます。本人の頭脳波のスキャンを完了。通信モードをオンにしました」
「上できよ。つぎの指示があるまで待機を。パジューレ(お願い)」
「リーエス、SS・アンニフィルド。待機します」
「さてと、これでよしと」
「アンデフロル・デュメーラ?それって、だれ?どこにいるの?」
「エストロ5級の母船よ。地球の赤道上空32000キロあたりの周回軌道に乗せてあるの。いつも日本を向いて、あなたのこと覗いてることになるわね」
「覗き趣味の女の子?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ナナン。緊急出動できるようにウォッチしてるってこと」
「なんだ。それ、静止衛星じゃないか?」
「衛星じゃないわ。母船よ。ステルス待機してるから、地球人には補足できないわね」
「ま、いいけど。彼女はなにをするの?」
「エージェントとコンタクティー、及び、SSの緊急避難、そしてび後方支援よ。今、和人もコンタクトメンバーに登録したから、あなたもアンデフロル・デュメーラとコンタクトできるわ」
「ホント?」
「ええ。アンデフロル・デュメーラを呼べば、あなたの頭の中にイメージを伴って、即答するわよ」
「すごいんだね。で、その母船には、だれかいるの?」
「リーエス。もちろん。アンデフロル・デュメーラがね」
--- ^_^ わっはっは! ---
悪戯っぽくアンニフィルドがウインクをした。
「それじゃ、答になってないじゃないか」
「あーら、これが正解だけど。母船はすべてシステムなの。生身の人間は、だれも搭乗してないわ。いざとなれば、1万人くらいは乗せられるけど今は無人よ」
「1万人?」
「少ない?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「い、いや、とんでもなく大きいんだね・・・・あははは・・・」
「そのうち、案内してあげられると思うわ」
「空飛ぶコンピューターってわけだね?」
「そんなものよ」
アンニフィルドは、天井を透き通すような目で、上に視線を移動した。
「アンデフロル・デュメーラ、和人にご挨拶してね」
「リーエス。コンタクティー・和人。わたしはエストロ5級母船、アンデフロル・デュメーラです。お気に召しませんか?」
突然、和人の頭に女性の声が響いた。
ぽわん・・・。
続いて、黒髪のショートヘアの美しい女性の精神体が、和人の目の前に現れた。
「アンデフロル・デュメーラ?」
「リーエス。コンタクティー・和人、わたしは擬似精神体です。あなたは、わたくしにアクセスする権利を得ました」
「ははは。それはどうも・・・」
「パジューレ(どうも)。お呼びくだされば、いつでもお応えいたします」
「ありがとう・・・」
「では・・・」
「よかったわね。和人」
「リーエス」
「エストロ5級母船ってけっこう人見知りなの。人と知り合いになるには、美人の紹介が要るのよ。わたしのような・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
べ・・・。
アンニフィルドは、舌を出して、ウィンクした。
「そうなんだ。まるで、ソーシャル・メディアみたいだね?」
「なぁに、それ?」
「えーと。そうだな。会員制の仮想社会クラブというべきものかな・・・」
「要は秘密クラブのことね」
--- ^_^ わっはっは! ---
「違うってば。秘密クラブじゃない。どこで、覚えるんだよ。そんなこと」
「あは。どこでもいいじゃない。派遣先の事前研究は必須でしょ?」
「はいはい。わかった。わかった。きみには負けるよ」
「じゃ、わたし、もう、戻るわね。デートに遅れちゃうから」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そういうことなら、またね」
「また会える時を、楽しみにしてるわ」
アンニフィルドの精神体はそう言うと戻っていった。
「はぁ・・・」
こんこん・・・
「失礼・・・」
「リーエス。いいわよ、入ってきて・・・」
「どうも」
くるっ。
セミロングの大変な美女がドアから入った人物見つめた。
「ブレスト、折り入って話って、なに?」
「リュミエラ。きみに取って、決して悪くない話だと思うんだが・・・」
「聞かないうちには、なんともねぇ・・・」
「きっと気に入るさ」
「そう?」
「元気そうだな?」
「ありがとう。暇を持て余しちゃって・・・」
「羨ましいね。人生、休養期間は貴重だぞ」
「他人事だと思って」
「そんなことはないさ。すぐに、忙しくなる」
「なにか飲む?」
リュミエラはルビー色の液体が入ったビンに手をかけた。
「すまないね。でも、お茶で結構。わたしはアルコール類は飲まないんで」
「リーエス。そういえば下戸だったわね。わたしも付き合うわ」
「ナナン。わたしには合わさなくて結構だよ」
「いや、お茶にしとくわ。ブレスト、そっちに座ってていいわよ」
「アルダリーム(ありがとう)。リュミエラ」
ブレストはテーブルについた。
「はい。どうぞ」
リュミエラは二人分のお茶を作るとテーブルに置いた。
「アルダリーム(ありがたい)」
ブレストは、リュミエラの出したお茶を、一口飲んだ。
「けっこうな味だ。上物だな・・・?」
「わたしがお願いしてるのは、お茶じゃなくて、あなたの話」
「リーエス。では、聞いてくれ」
にたり。
ブレストは意味ありげに笑った。
しっ。
Z国の商務部の人間が和人の家の回りに網を張っていた。
「どうした?」
「もう、11時10分ですよ」
「様子は?」
「変化ありません」
「うむ。だれか来たようでもなしか・・・」
「ボス。きっかり11時に、例の女が現れるって本国の情報は、正しいんですか?」
「当たり前だ。わが国の政治家は絶対的に正しい、・・・と思われるのを好む。非常に・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「だが、どうやって、われわれの監視の目を抜けて家の中に入るんで?」
「煙突は見えるか?」
「いいえ。それらしきものは・・・」
「では、トナカイに乗って来るというわけではないな」
--- ^_^ わっはっは! ---
「冗談が過ぎます。来るのは、女ですよ。じいさんじゃありません」
「その辺に、竹箒はあるか?」
「ありません」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そいつは魔女なんですか?」
ぱっ。
その時、二階の窓にシルエットが浮かび上がった。
「人の影だ。ジェイ・ワイ、様子をうかがえ・・・」
ぷしっ。
「了解」
「リッキー、おかしいです」
「なにがだ?」
「既に、人影は2つあります」
「2つだと?」
「間違いないです」
(まさか・・・。もう、現われたというのか?)
「くっそう。いつの間に・・・?」
「男が、両腕に、女を一人抱きかかえているようです」
「う、羨ましい・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
「はいっ?」
「いや、なんでもない。それより、死んでないだろうな?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「いえ。霊柩車は来てません。恐らく、気絶してるか、眠ってるのでしょう」
--- ^_^ わっはっは! ---
(そやつ、いつ、どうやって、現れたんだ?)
「一人は・・・、ええ、確かに、このシルエットは女です」
「バカ者。影の形だけで判断するな。ニューハーフかもしれん」
--- ^_^ わっはっは! ---
「了解」
(またもや、思考ブロックをしているな。やつらの会話がわからない)
「盗聴機で会話を盗聴しろ」
「了解。既に、モニタしています」
「女の会話が聞こえるか?」
「いいえ」
「どういうことだ?女の声はないのか?」
「男の声だけです」
「オレのチャンネルに切り替えろ」
「了解」
「ユティス・・・。アンニフィルド・・・」
(エルフィア人の名前だな。アンニフィルド?初めてきく名だ。新たな人物が、宇都宮和人のところに現れたということだ。情報は完全ではなかったということか)
「女の声は、まったく聞こえません。一応、会話してるようですが、男の声だけです」
「こっちにも聞こえてる」
(ふむ。これをどう解釈する、リッキー・・・)
和人の家の回りは、既に国際諜報活動の最もホットなポイントと、なっていた。合衆国の諜報員たちも、それを見守っていた。
「Z国の野郎ども、これを知ったらひっくり返るぞ」
「いいから、さっさとしないか」
「OK」
和人のうちの周りでは、黒スーツに身を包んだ別の二人が、にやりと笑っていた。
「盗聴器の個数と周波数を掴むなんて、初歩中の初歩」
「ふっふ。こっちで無音の電波を出し続けてたって、まさかと思うだろうよ」
「これで、肝心なところは、すべて聞き逃したはずだ」
「OK。やつらの盗聴器の妨害なんざ、朝飯前だぜ」
「しっ!だれか来る」
ざっ、ざっ・・・。
ぷちっ。
ぽろっ。
「あ、しまった。妨害電波スイッチを切っちまった」
--- ^_^ わっはっは! ---
「なにやってるんだ?」
「だめだ。スイッチを落とした」
こんこん。
黒塗りのキャデロックの窓を、一人の男が叩いた。
「ちょっと、免許証を見せてもらえるかね?」
二人に私服警官が寄って来た。
「な、なんだ、おまえら?」
「おや、外人か。わたしは、こういうもんだ」
私服警官は警察手帳をさらっと見せた。
「アホか、こいつ。オレたちに日本語のIDなんか見せたって、わかんねえじゃないか」
--- ^_^ わっはっは! ---
「つべこべ言わず、IDカードを見せてやれ」
「おまえ、日本語わかるのか?」
「この状況じゃ、だれだってなにを要求されてるかわかるnじゃないのか?」
「IDカードかパスポートかあるのかね?」
「IDカードを見せろよ」
「極秘任務中だぞ?」
「しょうがないだろ。これしか支給されてないんだから」
「オレにまかせろ」
「うまくやれよ」
「あんた、警官か?」
「だったら?」
「なんの権限で、オレたちに構う?」
男はIDカードを警官に見せた。
「英語か。なになに、合衆国、国務省外交保安局、セキュリティ・サービス?」
むっかぁ・・・。
「そんなウソが通じると思うな。なんで、日本にそんなものがいる?」
(くっそう、肝心な時に、日本の警官野郎じゃまをしやがって)
「日本とは、この件、政府間協定を結んでいるんじゃないのか?」
「なんのことだ?」
「だから、二国間協定に基づいて、オレたちはここに赴任した。じゃますると、あんたの首相から責任を追及されるぞ」
「それで?」
警官はまったく動じていなかった。
「どうなってんだ?」
「コードMLGのことは末端のデカまで、協定のことが行き渡ってはいなんだろう」
「だから、嫌だって言ったんだよ。日本じゃ、上から指令が出て実働部隊が動くまで、判子を20個以上押してもらわなきゃならないんだ。最低10日かかっちまう」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ティム。日本の警官が見回っている」
「了解」
「どこぞのアホが職務質問に合ってるようだ」
「至急、戻ってこい」
「了解」
「人事ではないぞ。まずいな」
「一旦、車に戻れ。コンビニの駐車場に停めておく」
「了解」
「MLG」
「なんだ、そりゃ?」
日本の警官はまったく理解していなかった。
「だから、コードMLGに基づいて、オレたちはここにいる」
「こいつ、本当に知らんらしい」
車の中で、二人の男立ちは見合ってうなずいた。
「まずいぞ」
「車から降りるんだ」
「どうする?」
「仕方あるまい。日本のデカに逆らうと後々面倒になる。それより大使館に連絡するよう働きかけてみよう」
「ああ」
ゃ。
二人の長身の男は車を降りた。警官は、自分より頭一つ分大きな男たちを見上げる格好になった。
(う。でかい・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「おまえらは、ここでなにをしてる?」
「仕事さ。そこのVIP2名の警護だ」
スキンヘッドの男はアゴを和人のうちの方に向けた。
「バカにするな。あそこがホワイトハウスだって?」
--- ^_^ わっはっは! ---
エルフィアでは、ライセンス停止中のSSのリュミエラは、無表情にブレストを見つめた。
「確かに、魅力的だわ、その話・・・」
「きみは、エルドがライセンスの仮復活を申請していることを、知ってるんだろう?」
「リーエス。だけど、いつになるかは未定よ」
「そこだよ。委員会は、ただ一つの疑問点でそれを渋っている。わたしに言わせば、実にくだらんね・・・」
「なによ、それ?もったいぶらないで言ったら?」
「まぁ、そう焦らずとも。その茶を、もう一杯いただけるかね?」
「リーエス」
とくとく・・・。
リュミエラはブレストにお茶を注ぎ足した。
「うーーーむ。いい香りだ・・・」
ブレストはそれを一すすりすると話を続けた。
「そこでだ。委員会は、現状、地球支援プロジェクトがあまりに急ぎ過ぎてるとして、プログラムを中止するべく動きはじめた。これが採決されると、当然、仮派遣されているユティスとSSの二人も、エルフィアに戻されることになる。にもかかわらずだ・・・」
「それで?」
「きみも、知ってるんだろう?」
「なにを?」
「ユティスが、現地人と・・・」
「ああ。その話しね。バカバカしい。ユティスが、エージェントの立場を利用して、職務遂行よりも自分の利害を優先させてるって、査問会を開く手前までになった件ね。それに、委員会の決定派遣日を覆して、前倒しでさっさと行っちゃったって。そのこと?」
「まぁな・・・」
「あなた、信じてるの、そん戯言?」
「ま、戯言かどうか、いずれわかるさ。真実はそればかりではない」
「まだ、あるの?」
「アンニフィルドとクリステアのSS二人も、それに同調して地球に行くことになってしまった」
「当然ね。理由はなんであれ、エージェントを守るのはSSの使命よ」
「だからだ。このまま、ミューレスの二の舞になってみろ、委員会の面子は丸つぶれだ」
「そりゃ、そうでしょう」
「だから、トルフォが言った通り・・・」
「なによ?」
「現地派遣スタッフの極秘回収と、コンタクティーの記憶白紙化。そして、その任務の適任スタッフ探し・・・」
「その・・・、根拠は?」
「委員会理事のだれにでも、聞くといい・・・」
ブレストは表情を変えず、リュミエラを真っ直ぐ見た。
「・・・」
なおも、ブレストはリュミエラを見つめた。
(この薄気味の悪い男・・・、なにを思ってるのかしらね・・・)
リュミエラにはブレストの考えは読めなかった。
「時空封鎖は、時間の問題だ。しかし、人手不足でね・・・」
ぴぴっ・・・。
「リュミエラ?」
突然、リュミエラの頭にファナメルの声がした。
「リーエス」
ファナメルはリュミエラと同じSSで、気心知れた中でもあった。
「ファナメル。どうしたの?」
「知ってる?」
「なにを?」
「委員会で、地球支援中止決定案が通りそうよ。わたし、さっき、トルフォから確かめられたわ。ミューレスの教訓が役に立つかもってね」
「本当は、あなたに聞きたかったらしんだけど、今日は非番だからブレストとお茶してるわって言ったら、じゃ、お前でいいから、すぐ会議で証言しろって」
「で、委員会の証言に出たの?」
「リーエス。いけなかった?」
「そういうわけじゃ・・・」
「じゃあ・・・」
「待って、ファナメル。一つ訂正してもらいたいわね」
「なに?」
「ブレストとは、お茶じゃなくて、仕事の打ち合わせ」
--- ^_^ わっはっは! ---
ブレストは、ファナメルと話し終えたリュミエラに、微笑みかけた。
「地球に派遣できるスタッフが、いないんだ・・・」
「ユティスを、戻るように説得できないの?」
「無理だね。SSもみんな出払っている。今動ける超A級SSはエルフィアにはいない」
「フェリシアスがいるでしょ?」
「彼は教官だ。現地に出向くことはない」
「しかし、わたしは、ライセンス停止中の身よ」
「だから、仮復帰申請は、確実に通ると言ったはずだ。既に、理事たちの内諾は得ている。トルフォもサインした」
「わたし一人じゃ無理ね。それに、委員会が勝手に現役SSから選抜したら?」
「残念だが、それはもうやってみたんだが・・・、ミューレスによく似た世界だ」
「だれも、手をあげなかったの?」
こっくり。
「そうなの・・・」
リュミエラは信じられないというような顔をした。
「ミューレスの記憶も新しい中、そんな危険な世界にだれが行きたいと思う?」
「わたしたちが行くところは、大なり小なり、そんなものよ。似通ってるわ」
「だが、予想は予想だ。実際、見てきて、やってきて・・・。わかるはずもないだろうな、どんなに大変か・・・」
「ふん、わかったような口をきくわね」
きっ。
リュミエラの視線に力が入った。
「きみも、経験したんだろ?」
「・・・」
「スタッフの回収が遅すぎると、どうなるかって・・・?」
「・・・」
リュミエラは無表情にじっとブレストを見つめた。
「だれも責任を取りたくないんだよ。だから、成功の暁には・・・」
「・・・」
ブレストも、リュミエラを見つめたまま、睨み合いにも似た沈黙が続いた。
「・・・」
「・・・」