010 察知
■察知■
カフェ・スターベックスでは、ボーッとしている和人を店員がチラチラ見ていた。
(やだぁ。目を閉じて、薄笑い浮かべちゃってさ・・・)
にたにた・・・。
--- ^_^ わっはっは! ---
さっきからPCをいじってたかと思うと、目をつむってなにやらニタニタしている和人は、確かに変に映っていた。
「アイツ、さっきから、なにをニヤついてんのかしら?」
つんつん。
カフェの女子店員が男子店員を小突いた。
「だれだよ?」
「あそこよ。奥のオタク専用席」
にたぁ・・・。
「あれかぁ。サイトでチャットでもしてるんじゃないのか?」
「出会い系・・・?うわ、キモ・・・。早く出てってくれないかな・・・」
「オレ、片付けるふりして見てきてやるよ」
男子店員は布巾を持つと於くの席の方を覗いた
。
「うん。気をつけてね」
「スパイのミッションかよ・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
すたすた・・・。
男性店員が和人のPCをちらりと見ると、わけのわからない文字列がずらりと並んでること以外は、ありきたりのホームページのようだった。
(エロサイトじゃないな・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
ぴか、ぴか・・・。
真ん中の一際大きな文字列が点滅している。
(ん?何語なんだろう?見たことないぞ。宇宙語だったりして・・・)
--- ^_^ わっはっは! ---
「どう?」
女性店員は眉をひそめた。
「別におかしなこと書いてなかったと思うぜ。画面は変な外国語だらけだったけど」
「それじゃ、なに書いてあったのか、あなたにわかるわけないじゃない」
--- ^_^ わっはっは! ---
「そうかな?」
「そうよ」
「とりあえず、写真、イラストの類はなかったぜ」
「でも、内容がそっち系だったらイヤだよぉ」
「ああ・・・」
「カフェ・ラテ入ります」
「かしこまりました」
二人の店員は新たな客のオーダーに取り掛かった。
るるるーーー。
はっ!
和人は、しばらくボーッとしていたが、スマホが鳴りわれに返った。
(あれぇ?ずっとユティスと話していたのに、たった10分しか経ってなかったんだ)
和人は時計を何度も確認した。
るるるーーー。
「あ、はい。宇都宮です」
「今、どこにいるんだ、和人?」
二宮だった。
「あ、二宮先輩、すいません。ちょっと、次の訪問先のシナリオを考えていたんで・・・」
「ふーん。カフェで睡眠を取っていたってわけだな?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「先輩!」
「あははは。図星だろ?まぁ、いい。さっさと、事務所に戻ってこいよ。朝、真紀さんが言ってただろ?」
「真紀社長の話?」
「あーーーあ、やっぱり、ぜんぜん聞いてなかったな?」
「すいません・・・」
「あのな、和人。とにかく、ミーティングには遅れんなよ」
「はい。了解です」
ぷっ。
電話はかかった時と同じように、突然切れた。
「はぁ。戻るか・・・」
どさっ。
和人は、会社に帰り自分の席に戻ると、へたり込んだ。
「かったるぅ・・・。なんのミーティングか知らないけど。ぜんぜん気乗りしないや」
和人は自分の椅子に座るとため息をついた。
「でも、ユティス。本当にいたんだ・・・。ユティス・・・。信じられない」
当然、和人はその日はまったく仕事にならず、ユティスのことが頭から離れなかった。
まず、石橋がそれに気づいた。
「大丈夫ですか、和人さん・・・?」
「ああ・・・、はい・・・」
「打ち合わせ、始まりますけど・・・」
「はい・・・」
石橋は不安げに和人に問いかけるが、和人は『はい』としか言わず、石橋もそれ以上追いかけるのをためらった。
(もう、ハイキングから1年が過ぎちゃったのに、わたしと和人さんの関係ぜんぜん進展してない。そのままだわ・・・)
石橋はなんとなくこれ以上和人に近づけないような気がしていた。
(このまま、終っちゃうのかなぁ・・・)
和人は石橋を無視しているのではなかった。ただ、仕事仲間という以外のプライベートな関係に発展させようとは、感じていなかったのであった。
「お手伝いできることがあったら、言ってくださいね」
「はい」
「石橋さん、優しいんですね・・・」
「そんなぁ・・・」
ぽっ。
和人は、石橋の好意をなんとなくは感じていたが、石橋が基本的にだれにでも優しいと思っていて、それが自分に対する恋心によるものとは、夢にも思ってもいなかった。
(バカね、和人ったら・・・。石橋がそんなに優しくなるのは、あなたにだけなのに・・・)
「ニブチンのバカ和人・・・」
真紀は石橋をちらりと見て、大きく息をついた。
ぴ、ぴ、ぴ、ぽーーーん。
「ラジオ・ラズベリー、9時のニュースです」
FMラジオが9時を告げた。
「9時だぞぉーーー!」
真紀は立ち上がって、事務所中に響く声を出した。
「ほらほら、みんな集まって。時間。時間。朝、話したとおりミーティングするわよ。会議室に集まりなさい」
真紀が、みんなを会議室に招集した。
がたっ。
どか。
「うーす」
「はい」
「今、行きまーーーす」
「・・・というわけよ。わかったぁ、みんな?」
真紀は一連の説明を終え、みんなを見回した。
「和人。あなたの学校IT専門科があったわよね?」
(はぁ、リクルートたって、どうするってんだろ・・・)
「和人?」
つんつん。
和人の脇腹を二宮が突っついた。
「おい、和人。真紀さんが、呼んでるぞ」
「はぁ・・・」
「和人?」
ぼう・・・。
「和人、あなた、少しは聞いているの?」
「あ、はい。真紀社長」
「もう、しっかりしなさいよ。恋煩いでもあるまいし・・・」
「あ・・・!」
--- ^_^ わっはっは! ---
和人はドキッとした。
(きゃ!)
そして、石橋も。
--- ^_^ わっはっは! ---
(うぉ・・・っ)
そして、二宮も。
(いかん、いかん!)
--- ^_^ わっはっは! ---
「社長はこれからの会社に必要なスタッフの増強を提案してるんだ」
二宮が仕方なく和人に耳打ちした。
「チームよ、チーム!」
「・・・」
「あなたたち、わかってるの?チームがしっかりしてなければ、その先はないわ」
真紀は、熱弁をふるっていた。
「なんのチームだろ?」
二宮がぼやいた。
「チアのチームじゃないことは確かです」
和人はそれに答えた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「チア?」
そこに、真紀が和人に振った。
「それで、和人。あなた、ソーシャルメディアを専攻したんでしょ?」
「あ・・・?はい・・・」
「ん、もう!だから、あなたの出身校に知り合いの先生はいないの?」
「はぁ・・・」
和人は頭が回転しなかった。
「あのね、わたしは、あなたの学校の新卒に目ぼしい人材がいないか、確かめたいの。和人、わたしは、あなたを買ってるから言うのよ。だから、あなたの学校の進路担当の先生に挨拶したいの。さっさと、紹介しなさい!」
きんきーーーん。
真紀は切れる寸前だった。
「あ、そういうことですか・・・。わかりました」
和人は、急に落ち着いて言った。
「大丈夫なのか、おまえ?」
二宮が心配した。
「いいですよ、真紀社長」
「ホントなの?」
「はい。イザベルさんをご存知ですか?」
「イザベル?」
どたっ。
二宮はひっくり返りそうになった。
--- ^_^ わっはっは! ---
「ええ。二宮の・・・、おっと、これは内緒よね」
「くっくく・・・」
茂木や岡本がすぐにくすみ笑いしはじめた。
「和人!」
二宮は真っ赤になって爆発寸前だった。
「説明しろ、コイツぅ・・・」
「イザベルさん、オレの学校の後輩なんですが、学年の違いで一緒にいたわけじゃないんですってば」
「イザベルちゃんと呼んでいいのは、オレだけだ!」
そこに真紀の雷が落ちた。
「うるさいわね、二宮!和人、すぐに進路指導の先生を、わたしに紹介しなさい」
「リーエス」
和人はユティスのことを考えていた後だったので、思わずエルフィア語で答えていた。
「リーエス?」
真紀は、理解できずに、聞き返した。
「リーエ・・・、いいえ、了解です」
「了解なのね?わかったわ。あなたの学校の進路担当主任へのアポ入れ、大至急、お願いするわ、和人」
「リーエ・・・、じゃない、はい!」
「これにて解散」
がたっ。
ごとっ。
「うーす」
「はぁーい」
ぞろぞろ・・・。
「和人。あなたは、ちょっと残っていて」
(真紀さん、話しってなんだろう・・・?)
こんこん・・・。
「入るぞ」
俊介が会議室に入って来た。
「どうぞ」
ぱたん・・・。
会議室には、国分寺姉弟と、和人だけになった。
「リクルートの件は、ぜひとも、お願いだけど、ぜんぜん別の用事があるのよねぇ・・・」
真紀が真剣な表情で、和人を見つめた。
ごっくん・・・。
「な、なんでしょうか?」
和人はツバを飲み込んだ。
「正直に言え。今日の午後、おまえPCを使ってたか?」
俊介が鷹のような眼差しを和人に注いだ。
「ええ。ちょこっと・・・」
「カフェで?」
「え、まあ、そうですが・・・」
「図星ね・・・」
「あ・・・」
「安心しろ。別に、おまえがカフェにいたことを責めたりはせん。まぁ、聞け」
俊介は、和人の緊張を解くように、声を和らげた。
「はぁ・・・」
「あのね、和人。あなた、つぶやきサイトを登録してるでしょ?」
真紀が和人にきいた。
「会社のセキュリティ・ゲートを利用してるヤツだ」
俊介が補足した。
「ええ・・・。それが、なにか・・・?」
「あなたのアクセス中に、いつも、なにか特定のキーワードがあるサーバーに反応してるの様子なの。あなたが来る前はぜんぜん反応しなかったマシンよ」
「そう言われても・・・」
和人は心外そうに言った。
「実はな、和人。そのマシンはあるところから与っていて、動作テスト中なんだ。それで、マシンが反応したら、クライアントに報告する義務があるんだが・・・」
「はい・・・」
「動作ログは、おまえからのアクセスを示している。これだ」
ぱさっ。
俊介は、そのログを和人に広げて見せた。
「これが・・・、オレのアクセスですか?」
「ああ」
「確かに、オレのアクセス時間と合ってるように思います」
「よかろう」
「それ、そんなに大切なんですか?」
「そうだ。命とか身の安全に係わる秘密というわけではないがな」
「誤解しないで。わたしたち、別に犯罪に加担してるわけじゃないから」
真紀は、和人の不安を感じ取って、すぐに答えた。
「そ、そうですか・・・」
「わたしたちのビジネスに間接的に係わることなの。もし、よければ、教えて欲しいんだけど、そのヒントとなるワードを・・・」
真紀が懇願するように言った。
「一応、会社のセキュリティ・ゲートを利用している限りは、知らせてもらわんとな」
理由を俊介が語った。
「あ、はい・・・」
「毎回、記述する特定のワード、例えば、自分のハンドルネームとか、なにかのキーワード?」
「毎回、記述するんですか・・・?」
「ログイン後だ。ウチはパスワードのレジューム機能は使用停止がある」
「ええ?」
面食らった。
「うーーーん。オレ、ですかねぇ・・・?」
「オレじゃ2文字じゃないか。違うな。もっと、文字数が多い。6文字以上だ」
「6文字以上・・・」
(まさかとは思うけど・・・)
「心当たりあるの?」
真紀が期待するように、身を乗り出した。
(ユティスかなぁ・・・。これは、5文字だし・・・)
「うーーーん。5文字なら、そうかと思ったけど、6文字以上となると、心当たりがないんですが・・・」
そして、溜息をついた。
ふぅ・・・。
「・・・」
国分寺姉弟は2分ほど待ったが、和人が思い出しそうにないので、ヒアリングを打ち切ることにした。
「わかったわ。今でなくていいから、思いついたら言って」
「はい」
「悪かったな。忙しいところを呼び止めて」
「じゃ、行っていいわ」
「はい」
きーーーぃ。
和人は、会議室を後にした。
「どう思う、姉貴?」
俊介は真紀を見た。
「一応、マシンを動かしたのは和人だと確認はできたわね」
「そうだな」
「どうして、もっと突っ込まなかったの?」
「いきなり超銀河と言ってみろ、和人のヤツ、パニックになるぞ」
「そうね。意外に優しいのね」
「仏の俊介で通ってるからな」
真紀はそれを無視した。
「次は、どことコンタクトしてるか、聞き出すのね?」
「ああ。その前に、本当に異世界とコンタクトしているのかどうか、二宮を探ってみよう。和人のヤツ、二宮になにか話しているかもしれん」
俊介は結論を出した。
「もし、それがわかったら?」
「じいさん、故郷に帰れるかもな」
「そうなるといいんだけど・・・」
真紀は優しい目になった。
「わたしも行ってみたい。おじいさまの星へ・・・」
「セレアムか・・・。行けるさ。そっから来たんだから・・・」
ぎゅ・・・。
俊介は優しく姉を抱きしめた。