109 過去
■過去■
和人は眠っている美しいユティスの穏やかな表情を見つめて、ぽつりと言った。
「オレ、やっぱり信じられないや・・・。ユティスがどうして・・・」
「どうして、ユティスがあなたの日記に興味を持ったかだけど・・・」
アンニフィルドは和人の目を覗き込んだ。
「約束できる?」
「リーエス」
「どぉれ、ホントかなぁ・・・?」
アンニフィルドは和人をじっと見つめた。
「なんだよ・・・?」
「ウソじゃないようね。じゃあ、話すわ」
「うん」
「滅亡したのよ。ユティスが担当していた支援予定の世界が・・・」
「滅亡・・・?どういうこと・・・?」
和人はそれが意味するどんな状況も想像できなかった。
「滅亡。もちろん、ユティスのせいなんかじゃない。第一、元々はユティスの担当ですらなかったんだから・・・」
「どういうことなんだよ?」
「とあるカテゴリー2の世界をエルフィアが文明促進支援をしていたの。だけど、最初のエージェントが任務を遂行できなくなったのよ」
「どうして?」
「消されたの。その世界の反対派の抵抗に合って・・・」
「なんということ・・・」
「コンタクティーはエルフィアと自世界との板ばさみになり、孤立しそうだったの」
「滅茶苦茶、危険じゃないか」
「リーエス。だから、すぐにでも、コンタクティーを救う必要があったわ」
「それで、ユティスが引き継いだんだね?」
「リーエス。エルドたちの現地スタッフの強制収容決議を待たずに、反対を押し切ってね。でも、その世界が破壊の末に滅亡すると、あの娘は滅亡の責任を感じて心を閉じてしまった」
「なんで?」
「カテゴリー2に成り立ての世界は飽くなき欲望が推進力となって、科学力を飛躍的に伸ばすわ。だけど、それをコントロールするだけの精神的成長は、ほとんどできていないの」
「それで、どうなったの、その世界?」
「エルフィアのテクノロジーの所有権を巡って、覇権を争う者たちによる熱核爆弾の応酬がはじまったわ」
「熱核爆弾?」
「リーエス。あなたも知ってるでしょ?3重水素、トリチウムを核融合させて、ヘリウムを生成するのよ。恒星が輝くのと同じ原理の爆弾ね」
「それを惑星内で爆発させたのか?」
「リーエス。何十個となく・・・」
「なんと愚かな・・・」
ぶるぶる・・・。
和人はやるせない気持ちで体が震えてきた。
「わたしたちも、上空に待機していた母船のモニターを通して、エルフィアにいながらにして、その星の滅亡の一部始終を見ることになったの。その日、エルフィア中が悲しみに包まれたわ・・・」
「なんて恐ろしい・・・」
和人はいつか見た広島の原爆資料館の絵を思い出し、身震いした。
(広島の悲劇が、惑星全体で起きたんだ・・・)
そんな和人の思考は即座にアンニフィルドに伝わった。
「その広島ってのが、核エネルギー利用の地球における最初の犠牲者らいしけど、それを軽く言うつもりはないわ。それもものすごいことだったと思う。けどね、あの悲劇に比べれば、比較にならないわ・・・」
アンニフィルドは和人の考えを感じてコメントを添えた。
「その世界には、どれくらいの人がくらしていたんだい?」
「さぁ。少なくとも、40億人は、いたんじゃない」
「全滅なの?」
「わからない。地下深くに隠れたにせよ、いつまで持ったか・・・。惑星の表面は放射能汚染で生きてはいけなくなってたから・・・」
「でも、エルフィアの科学なら、核爆発の制御なんて簡単にできたんじゃないの?」
「リーエス。事前にそれがわかっていればね。でも、制御装置を作動する前に、核融合の連鎖反応が起きてしまったら、止める時間などないわ」
「間に合わなかったんだね・・・?」
「リーエス。まさか、彼らがあんなに早く本気で核のスイッチを押すとは思わなかったのよ。まるで、ビデオゲームみたいに始まったわ。でも、彼らは、自分たちの頭上で核融合反応が起きた途端、それがビデオゲームなんかじゃないってことがわかったの。互いに応酬し合って、もうどうにもならないくらいに惑星中に広がっていった。わたしたちも気づくのがあまりにも遅すぎたわ。委員会の読みが甘かったのね。その世界の住人たちに対する考え自体が。この時ばかりは優しさが仇になったってわけ」
「ユティスの責任なの?」
「ナナン。まさか。それどころか、あの娘はよくやったわ。だけど、あの立場であれば、だれがなったって結果は同じだったでしょうね」
「それで、最終的にどうなったの?」
「もっと知りたい?」
「ナナン。そんなに機密事項なら・・・」
「もう、遅いわ。和人は、知ってしまったから」
「アンニフィルド・・・。きみも、そこに一緒にいたの?」
「ナナン。わたしは担当してなかった。クリステアもフェリシアスも・・・」
「そうか・・・」
「でも、超A級を含め、最高理事直下を含め何人かのSSが、ユティスたちの安全確保で現地に緊急派遣されていたわ」
「だれだったの?」
「それはね。ごめんなさい。ちょっと・・・」
「ごめん。悪かった。事情はわかってるよ」
「誤らなくていいわ。単に早すぎたのよ。エルフィアの支援が。今にして思えば、文明促進支援を受けるだけの十分な精神の準備もできていない世界だったのよ」
「今の地球と変わらない?」
「リーエス。文明について言えば、カテゴリー1をようやく出たばかりの世界。最初のエージェントが急ぎすぎたのね。100年、200百年かけてすることを、コンタクティーが、期待に夢を膨らませ過ぎて、ことを性急に進めようとしたの。権力者たちはそれを自分たちへの脅しと受け取ったわ」
「精神的な準備が、不十分だったんだね?」
「リーエス。コンタクティー自身もね」
「どうして、そんな間違いが起こったの?」
「いろいろ誤解があったんだわ。コンタクティーに会う条件が揃ってなかったにも係わらず、委員会がエージェントを派遣してしまったのが一番大きな間違いかもしれない」
「じゃあ、エージェントは、コンタクティーに会わないこともあるの?」
「リーエス。コンタクティーとエージェントの相性の問題もあるけど、コンタクティー自身が、あまりにも夢見るような性格だとだめね。なにも信じようとしない人間も問題だけど、これは一番避けなければならないことよ。夢は夢。それを実現するための現実的な手段を考えることができる人間じゃないと、遠からず大きな問題を起こすわ。もちろん、そのために、エージェントがサポートするんだけど。性急にことを進めると、決していい結果にはならないの」
「わかった。オレも気をつけるよ」
「あは。ありがとう。それに、最終責任は委員会の最高理事たるエルドよ。その時、エルドは、その責任を取って一度は、委員会の最高理事の辞任を表明したの。けど、満場一致で否決された」
「そうなんだ・・・」
「だれも、あのような苦しい決断を迫られる立場に耐えられそうにないから」
「みんな、それを避けたんだね?」
「リーエス」
「それを放り投げなかったエルドは、素晴らしい人物なんだね」
「リーエス」
アンニフィルドは、和人に話を続けた。
「結局、その世界の権力者たちは、権力構造と経済システムの維持、それに、エルフィアの技術支援を我先に独占しようと、互いに争って、ついに熱核爆弾による応酬を始めたってわけよ。そんなこと、なんにも知らない市民も多かったわ」
「なんて惨いんだ。それに、なんと愚かな・・・」
「リーエス。その世界が破滅するのに3日もかからなかった。権力抗争にはなにも関係のない人たち、女性や子供たち、そして、あまたの名もない生き物たち。みんな、一瞬で、核の炎の中に消し飛んだわ。エルドは、最初の核ミサイルの発射を確認するやいなや、有無を言わさず、即座に、ユティスとSSたちを強制的に引き上げ、そこを時空封鎖したの」
「時空封鎖に強制帰還か・・・」
「リーエス」
「コンタクティーは?」
「その日のうちに暗殺されたわ。彼の家族、友人。だれ一人・・・」
「救えなかったんだ・・・」
「ハイパー通信で助けを呼んでた。軍隊がみんなを一斉射撃したわ。一瞬だったの。母船もエージェントとSSたちを回収するのが精一杯だった。もし、エルドの指示がほんの一秒でも遅れてたら、あなたがこうしてユティスと会えてる機会は訪れなかったと思うわ・・・」
いつしか、アンニフィルドの声が震えていた。
「なんという・・・」
「惑星の静止周回軌道上に待機していたエストロ5級の宇宙機が、すべてを送ってきたの。惑星のいたるところで核爆発の閃光が生まれ、あっというまに惑星中が真っ赤に染まっていった。あんな恐ろしい光景は二度と見たくないわ。ユティスもSSたちもひどい精神的ショックを受けて、それから立ち直るためには大変だったの・・・」
「わかるよ・・・」
「エルフィアに戻って、エージェントもSSも十分に精神が回復するための時間を与えられた・・・」
「うん・・・」
「エージェントとSSは、一旦職務を解かれて、精神的なリハビリを受けることになったのよ。何年も続いたわ」
「ええ、そんなに・・・?」
「そうして、トラウマから立ち直るべく随分と時がたったわ。ようやく、ユティスも、以前のように普通に会話できるようになったんだけど、どんなに文明が進んだところで、結局、立ち直るにはそれ相応の時間が必要なのよね。頭でそうだとわかってても、簡単にできるもんじゃないわ。それに、深い愛情と信頼が必要よ」
「時間、愛情と信頼?」
「リーエス。そんな時に、あなたのメッセージがユティスに届くようになったの」
「ひょっとして、オレのいいことだけ日記のこと?」
「リーエス。ユティス、あなたに話さなかった?」
「ナナン。日記の内容について以外はね」
「最初は、ユティスも、自分への呼びかけで始まり自分への感謝で終る奇妙なメッセージに、なんだろうというくらいの興味しか示さなかったけど、いつからかしらねぇ・・・。笑い声が聞こえるようになったの、ユティスから・・・」
「笑い声?そんなに面白いことなんか、書いてないんだけどなぁ・・・」
「面白いというより、ほっとしたんじゃない?」
「ふうん。あれがねぇ・・・」
「それで、ある日、ユティスはもう一度エージェントに復帰したいと、エルドに申し出たの」
「エルドはそれを許可したんだね?」
「リーエス。最終的には条件付でね。問題もあったわ・・・」
「問題?」
「SSたちが、ユティスがエージェントに戻ることを知って、自分たちも職務に戻して欲しいと委員会に陳情したの。だけど、委員会はエージェントとコンタクティーを守りきれなかった原因の究明が終わってないとして、それを許さなかった」
「どうして?」
「SSたちの精神のケアが完全になるまで、激務から遠避けようと配慮したのね。SSたちのことを考えてのことだったわ。だけど、SSたちにはそれが理解できなかった。あまりに職務に忠実すぎたのよ。今にして思えば、わたしもSSだからその気持ちわからないではないわ。なんとか、自分たちの名誉を回復しようとしたの。大切なのはSSたちの心の健康回復であって、名誉なんて委員会にとってはどうでもいいことだったんだけど」
「本当に、SSたちのことを考えてのことだったんだね」
「リーエス。それに、カテゴリー2への現地任務に就けるのは、A級以上の資格が必要なの。それ自体ものすごいことなんだけど。委員会の配慮を理解しないで、あまりに強引に復帰を主張したSSたちは、理事たちの逆鱗に触れて最終的に資格を剥奪されたわ」
「じゃ、エルフィアにずっと待機生活をしてたんだね?」
「リーエス。SSは、エルフィアの派遣チームにとって、最後の砦なのよ。だから、精神的に不完全なままでの復帰は、さらなる悲劇を生むことになる。それが委員会の裁定だった・・・」
「厳しいんだね・・・」
「リーエス。でも、それが正しいのよ。なにしろ、SSは、エージェント、コンタクティーをどんな状況でも、守り抜く覚悟と精神力、判断力、それに、行動力が必要だもの。並の神経じゃ、務まらないわ・・・」
「きみもSSだろ?もし、その時に、それがきみだったら?」
「従うわね。そこまで根性ないもの」
「ウソつけ。きみは自分で超A級SSだって言ったじゃないか」
「あはは。ありがとう、和人・・・」
「その後、ユティスはどうなったの?」
「リーエス。そんな中、わたし、見たのよね。ある日、ユティスがあなたの日記を見ながら、ポロポロ、涙を流しているの」
「ユティスが泣いていたの?」
「リーエス。そして、その後、それこそ天使のようににっこりと微笑んで・・・」
「どうしたの?」
「わたしに言ったのよ。『わたくし、やっとわかりました』って」
「なにが、わかったっていうの?」
「さぁ。それは、あなたの方が、よく知ってるんじゃない?」
「うーーーん。オレには、心当たりぜんぜんない。わかんないよ・・・」
「『だから、地球という世界に行ってみたいと思います』って」
「きみに、言ったのかい?」
「リーエス。もちろん、エルドにも、委員会にもね」
「そういうことか・・・」
「どうして、ユティスがあなたとコンタクトをしたがってたか、得心がいった?」
「リーエス。おかげで、少し気分が落ち着いたよ。ありがとう、アンニフィルド」
「どういたしまして。本人には、絶対に内緒よ。特に、あの悲劇のことは」
「リーエス。わかってる。聞かなかったことにするよ」
「うん。そういうところよ」
にこっ。
「なにがだい?」
「あなたの優しさよ。それが、ユティスの心の奥底まで届いたのね」
アンニフィルドはにっこり笑った。
「そんないいもんじゃないって・・・」
「素直に受け止めなさいよ」
「きみたちこそ、天使みたいだ。エージェントもSSも・・・」
「天使?」
「リーエス。本当の愛がなければ、とても、そんな職務をまっとうできないよ・・・」
「あは。和人・・・」
「もし、オレがエージェントの立場だったら、そんな状況じゃ、正気を保てないね。一目散に現場を放棄して、逃げたと思うよ」
「気にすることないわ。それが普通よ」
「しがない地球人を気遣ってくれて、ありがとう。アンニフィルド・・・」
「なに言ってんのよ。それに知ってる?」
「なにを?」
「ユティスって名前は、愛されしものって意味だってこと」
「うん。なんとなくね」
「あは。大切なのは、だれに愛されしものかってことよね?」
ぱちっ。
アンニフィルドは茶目っ気たっぷりで和人にウィンクした。
「ユティシールってのは、すべてを愛でるって意味だから、神さまとか天使とかだろ?」
にこっ。
「はずれ・・・。和人よ」
--- ^_^ わっはっは ---
「なに、言ってるんだよぉ、アンニフィルド」
「わかってるくせに」
「こら。冗談キツイぞ」
「あーら、あら。真っ赤になっちゃって、可愛いわよ、和人」
「アンニフィルド!」
「んーーーんっ」
その時、かすかにユティスが声を出した。
「あっ、ユティス」
「大丈夫かしら?苦しいのかなぁ・・・」
「そうだ。ユティスの服なんだけど、このままじゃ、苦しくならないかい?眠ってるうちに・・・」
「そうね、少し胸の辺りを緩めてあげた方が、楽になっていいかもね」
「でも、どこにもボタンとかジッパーの類がないんだけど」
「は、はーーーん。和人、あなた、それにことかいて、ユティスをひん剥いちゃうつもりなんでしょ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ば、ばかな!」
「今したら、強制わいせつ罪だからね!ユティスの意識がある時、合意の下にしなさいよ」
「合意だってぇ・・・?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ちょっと、なに言ってんだよぉ!」
「あははは。冗談よ。いいわ、わたしが少し緩めてあげる。あなたじゃ、この服の構造わかんないでしょう」
「うん」
ぽわっ。
アンニフィルドはユティスに手をかざした。
「はい、できたわ」
「なるほど、少し緩んでる」
「さてと、ユティスが眠ってんじゃ、これ以上あなたと話しても意味ないし、無事が確認できたから戻るわね。じゃあね、和人。ユティスが気づいたら、連絡するように伝えて。お願いするわ」
「もう、帰っちゃうの?」
「リーエス。用は終わったもの」
「・・・」
「んん?それとも、なにか期待することでもあるの、わたしに?」
アンニフィルドは、いたずらっぽく和人に微笑みかけた。
--- ^_^ わっはっは! ---
「そ、そんなんこと。あるわけないよ」
「あーら、残念。他ならぬ和人だもの、ユティスの代わりに、わたしがスペッシャル・サービスしてあげようかなって、思ってたのに」
「なんだよ、それ?」
アンニフィルドは、半ば目を閉じて、和人のそば5センチまで近づいた。
「ふぅ・・・」
アンニフィルドがため息をついた。
どきっ!
--- ^_^ わっはっは! ---
アンニフィルドは精神体ではあったが、和人は、その息を頬で感じたような気がした。
「あー、精神体だってこと忘れてた・・・」
「だーぁ!オレは、アンニフィルドのおもちゃかよぉ・・・」
「あはははは、わかったぁ?和人、反応が可愛いんだもの」
「だーーーっ」
「ん。ちょっと待って。まだ、一つやることが残ってたわ」
「ん?」
「あなたに、アンデフロル・デュメーラを紹介しておくわ」
「アンデフロル・デュメーラ・・・?」
「さっき、あなたとわたしの会話に割り込んできた美女がいるでしょ?」
「ああ。鋼鉄製の美女とかいってた、あれ?」
--- ^_^ わっはっは! ---