106 判明
■判明■
エルフィアでは、アルファ星のエネルギー波が屈折点で予定通り銀河面の45度に逸れていくかチェック中だった。
「地球の様子はどうかな?」
エルドは大して心配してないような口調だった。
「指導者たちが、メディアで真実を伝えたようですがパニックは起きていません」
「それが本当なら、いいのだが・・・」
「同感です」
「そろそろだ」
「リーエス。時空屈折点をスクリーンに投影します」
ぽわっ。
空中スクリーンに太陽系外縁部が映し出された。
「よし。到達までのカウントダウンを」
「リーエス」
「時間」
「100秒前。99。98。97・・・、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、到達・・・」
ぴかっ。
音もなく強烈な光が時空屈折点に到達し、一瞬炸裂したかと思うと45度上方にたちまち屈折していった。
「エネルギー波の99.999%が時空に沿って逸れています」
「やったわ!」
クリステアが、大きくうなずいた。
「成功ですね!」
ユティスも嬉しそうに言った。
「予想通りだわ!」
アンニフィルドも言った。
「直ちに地球に確認報告を」
「リーエス」
ユティスは直ちに和人を呼びかけた。
ぽわんっ。
ユティスの精神体が再び和人の目の前に現れた。
「和人さん!」
「あ、ユティス!」
「嬉しいご報告ですわ!」
「というと?」
「リーエス。アルファ星のエネルギー波は予定通り逸れました。太陽系は無事ですわ!」
「やったぁ!」
「リーエス!」
「アルダリーム(ありがとう)、ユティス!アルダリーム、エルド!アルダリーム、エルフィアのみなさん!」
和人は喜んだ。
「屈折点はカイパーベルトの先にありますから、実際に地球への到達予定時刻はもう少し後になります。そちらでも、じきに結果を確認できますわ」
「リーエス、アルダリーム(ありがとう)」
和人は安堵した。
「ユティス・・・」
「リーエス?」
「会いたいよ、きみに・・・」
「リーエス。和人さん・・・」
じわぁ・・・。
たちまち、ユティスは声に詰まった。
「ユティス・・・」
「さぁ、早く、大田原さんにご報告してくださいな」
ユティスはそれを振り切るように言った。
「リーエス」
「うふ。待っててくださいね」
「リーエス」
「和人さんのところでいう、本日の夜11時ですわ」
「ユティス、とても待てないよ・・・」
「まぁ!今までお待ちできたじゃないですか。もう、ほんの少しですわ」
「そうだね」
にこっ。
「うふふ。歓迎してくださいね」
「もちろんだよ!」
「それでは、和人さん、エルフィア式のご挨拶です。ちゅっ」
ユティスは和人の頬にキッスして声に出した。
「あ・・・!」
「それでは、また後に」
そう言うと、ユティスは和人の前からすぅっと消えた。
トルフォの自宅には、地球支援反対派のブレインのブレストがいた。
「残念でしたね、トルフォ・・・」
「ちっ。わかっている、そんなこと・・・」
トルフォは、委員会でスーパーノバの地球直撃が回避された報告に、舌打ちした。
「ブレスト。地球はスーパーノバのエネルギー本流の直撃を免れたぞ」
「そのようですね・・・」
「バカもの、そんな悠長な気分でどうする?」
「仕方ないではありませんか。星はコントロールできません。次の手を考えるべきです」
ブレストは落ち着いてトルフォを見た。
「なに?次の手が、あるのか?」
「ナナン。これから一緒に考えましょう」
--- ^_^ わっはっは! ---
「ブレスト、貴様、策を出し惜しみしているな」
「なにも・・・。わたしは、ただ事実を申し上げているだけでして・・・」
「だったら、さっさと、次なる手を打つんだ」
「リーエス」
そう言うと、ブレストはトルフォを見つめ直した。
「ふふ・・・」
「なんだ?」
「いえ。そう言えば、ユティスがコンタクトしている地球の一地域は、日本とか言っておられましたね?」
「リーエス。それが、どうした?」
「その日本を、無償でいくらでも情報が取れる間抜けな国と見なしている地域もあるとか、ないとか・・・?」
「あるに決まっとる。確か、Z国とか言っていたぞ・・・」
「Z国ですか・・・?」
「なにか、思いついたか?」
「ナナン。しかし、そこを使うのも良いかもと・・・」
「Z国をか?」
「リーエス。日本とは歩みを異にする勢力だけに、エルフィアのテクノロジーは咽から手が出るくらい欲しいと・・・。そう、思いませんか?」
「ふふふ。ブレスト。貴様の考え、読めてきたぞ。われわれがエルドとは別個に、こちらこそエルフィア正当支援団だとZ国に接触し、ヤツらを利用するんだな・・・?」
「リーエス。Z国にアプローチできる人物にアクセスを先取りします。だれか、それに相応しい人物がZ国にいればいいんですが・・・」
「リーエス。わかった。そういうことなら、早速調べよう。ユティスの報告を、もう一度洗い浚いチェックさせる」
「お願いします」
「ふっふっふ・・・。今に見ておれ、ウツノミア・カズトめ・・・」
トルフォは、楽しくてしょうがないといった笑いを浮かべた。
和人は、国分寺姉弟の車で大田原のところに向かっていた。
「やったな、和人」
「いえ、オレは、ユティスに現状を伝えただけですから・・・」
「あなたしかできなかったんだから、地球の命の恩人には違いないわ」
真紀がにっこり笑った。
「大袈裟ですよ」
「まぁ、いい。じいさんがおまえに会いたがっているぞ」
「そうよ」
「ちゃんと報告をしろよ」
「はぁ・・・」
やがて車は大田原邸に着いた。
「エルフィアが、本流を逸らせてくれました・・・」
「そうか。ありがとう、和人」
大田原は和人の報告を聞いてほっと胸をなでおろした。
「和人、本当によくやってくれた!」
大田原は心から礼を言った。
「セレアムに連絡が取れない以上、頼れるのはエルフィアだけ。そして、和人。きみしかなかったんだ」
「そんなことを言われちゃうと・・・」
「総理も、きみに直に礼をしたいそうだ」
「そ、そんな、本当にけっこうです。オレ、なんにもしてませんから。お礼なら、ユティスたちエルフィア人にお願いします」
「そうだな。でも、それを取りなしすることができたのは、和人、きみしかいなかったのだぞ。それは事実ではないかね?」
「まぁ・・・。それより、本当にエネルギー波は太陽系から逸れたのでしょうか?」
「いかにも。予想通り銀河面の45度上方へな」
「強度はどうでしたか?」
「予想の90%だった。アルファ星と地球の間の暗黒物質等があったためかとかいう結果論だが、もし、あれが直撃していたなら、地磁気とオゾン層は相当なダメージを受けたかもしれんな・・・」
「そうですか・・・」
「とにかく、ありがとう。きみたちには、お礼の言葉もない・・・」
「大田原さん・・・」
るるるーーー。
「お、噂をすれば影・・・、総理から電話だ。少し待ってくれ」
「はい」
「藤岡首相?」
「大田原さん。なんと礼を言っていいやら・・・」
「それは、エルフィアと宇都宮和人に言ってください。わたしがなにかしたわけじゃない」
藤岡はそれには答えず、すぐに渋い声になった。
「どうかされましたか?」
「それが・・・。問題が、新たに発生した・・・」
「新たな問題ですと?」
「うむ。合衆国だ。大統領だよ。大統領!」
藤岡は困りきった声を出した。
「はぁ・・・。どうしたもんか・・・」
「つまり、アルファ星の放射がなぜ地球に届いてないのか。その理由を知りたいと?」
「図星・・・」
「米国より先に、日本側から勝手に安全宣言を出した理由ですな?」
「そうです。アルファ星がスーパーノバ化したのは確かなのに、そのほとんどの放射が来ていない。まるで地球、いや太陽系の手前でいきなり、逸れているようだと・・・」
藤岡の声は苦りきっていた。
「真実です」
「だから、なぜそうなのか・・・。いち早く安全宣言した日本がとてつもない秘密を握っていて、それを隠していると言ってきてるのだよ、大田原さん・・・」
「当然でしょうな。エータ星では、合衆国主導とはいえと同時に共同発表したわけだし、今回の情報提供の遅れには、あちらは大いに不満を持っているはず」
大田原は冷静に言った。
「まったく、そのとおりで・・・」
「大統領に、今回の情報提供したのはいつですかな?」
「4時間30分前です」
「まさかとは思いますが、ご連絡をお忘れになっていたとか?」
「判断ミスです・・・」
「うーーーむ。やっつけという感じはぬぐえせんな。それで同時発表はできなかったということで・・・」
大田原は藤岡の苦悩もよく理解できた。
「文科省と環境省の失態だ」
「藤岡さん。この期に及んで、つまらん犯人探しなんぞはなさらんように。時間と労力の無駄です」
大田原は先に結論を言った。
「どうしろと?」
「いずれ、エルフィアのことは嫌でも話さざるをえんでしょう」
「それは、日本の外交上の切り札だ。やすやすと、他国に見せびらかすことはしたくない!」
藤岡はエゴ丸出しで言った。
「地球の将来がかかった大事件です。日本だけで抜け駆けできるようなことではありません。わたしは、今だからこそ大統領とお話すべきと思いますが・・・」
「大田原さん。しかし、わたしは、エルフィアを、そのぉ・・・」
「合衆国に横取りされたくないと・・・」
「有り体に言えば、そういうことになる・・・、と思う」
--- ^_^ わっはっは! ---
「藤岡さん。仮にもカテゴリー4のエルフィア人たちが、いくら合衆国大統領とはいえ、カテゴリー2になったばかりの、地球人の自由になるはずがありません。心配は無用です」
大田原は自身ありげだった。
「しかし・・・」
「今ならまだ、日本が有利にことを運ぶことができます。まぁ、ここは、わたしに任せてもらえませんかな?」
「大田原さん、本当に大丈夫なんで・・・?」
「ええ。切り札はこっちにありますから」
「切り札・・・?というと、エルフィア人ですか?」
「まぁ、それもありますが。彼らはまだ地球にいるわけではないことを、お忘れなく・・・」
「それなのに、ジョーカーを、既にわれわれが手にしていると・・・?わからん・・・」
「左様・・・」
「よろしいでしょう。大田原さん、あなたを信じましょう」
「ありがとうございます。では、明日」
「それでは」
「おじいさま、藤岡さんとは終わったの?」
真紀は大田原に言った。
「ああ。まったく首相らしいな」
「どうかしたんですか?」
和人が大田原に心配そうにたずねた。
「はっはっは。和人、きみへの礼もそこそ、首相はもう新たな問題を抱え込んで、頭がいっぱいになっている」
「愛人問題か、じいさん?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「あっはっは。俊介、おまえも気をつけるんだな」
「バカいえ・・・」
「今回の件、合衆国の大統領に、早速、説明を求められたらしい」
大田原はすぐに真面目な顔に戻った。
「どういうことですか?」
「なぜ、合衆国を差し置いて、日本だけがアルファ星のエネルギー波が逸れると、事前にわかっていたのか、とな。かまをかけられている」
大田原は愉快そうだった。
「情報の共有化をないがしろにした、アンフェアな行為だと?」
「よくわかってるじゃないか。アンフェアは、合衆国がなににも増して、すべてを他国より優先的に行なおうとしている時の、お決まりの口実だ。今回は、さしずめ、エルフィアの恩恵を独占するため。その布石だよ・・・」
「当然だろうな」
「エルフィアのことを話すんですか?」
「誤魔化そうったって、情報は筒抜けだよ」
「でも、これは、第一級の超極秘情報なのではないんですか?」
「それは、こっちの話。大統領にとっては朝のニュース程度さ。いつだって、どこだって、情報は入るし精度も高い。それが合衆国の諜報網だよ」
大田原はにこやかに話した。
「どうするんですか?」
「本当のことを話せばいいのだよ」
「本当のことって、洗い浚いすべて言うの?」
「さて、それは、藤岡さんにまかせるとして・・・」
大田原は和人に言った。
「和人。ユティスが現れる時刻を教えてくれるかね?」
「はい。今晩、11時。わたしの家に・・・」
「わかった。うちの外の警備を他人に気づかれないように強化しよう」
そう言うと、大田原は電話をかけた。
「わたしだ。11時、宇都宮和人邸。周辺への配慮を怠らんようにな。家に近づきすぎても、目立つようなことも、一切してはならん。Z国のエージェントがうろついているかもしれん。その場合は直ちに職務質問を行い、周囲から退去させるように」
「了解しました」
かちゃ。
「そういう訳で、既に、何人もの私服警官が、特殊任務についている。和人、きみは安心してユティスを迎えたまえ」
「はぁ・・・」
「心配はいらんよ。彼らが、だれを守っているのかは知らされてはいない。それに、きみたちのプライバシーにまで干渉するつもりもない」
「はい。ありがとうございます」
「さてと、時間までには、まだそうとうあるな・・・」
俊介が時計を確認した。
「和人をうちまで送っていきましょ?」
「そうだな」
「女の子が来てもいいように、家のお掃除をしなくちゃね?」
--- ^_^ わっはっは! ---
「二宮のDVDや教本もさっさと片付けろよぉ」
--- ^_^ わっはっは! ---
にたっ。
真紀と俊介は、いたずらっぽく笑った。
「真紀さん、常務!」
「きゃぁ!はい、はい」
どたばた・・・。
真紀は逃げるような格好で、大田原の陰に隠れた。
T大では、エルフィアから届いたデータの解析を進めていた。
「高根沢博士。エルフィア銀河は、これです」
助手の矢板恵美が示したのは、大きなS字型の棒渦状銀河だった。
「NGC4535だったのか・・・」
「はい。これがエルフィア銀河です」
二人はそこにエルフィアが存在することを思いながら、NGC4535を見つめた。
「誰が名付けたか知らんが、その名も『ロスト・ギャラクシー』、『失われし銀河』・・・」
「意味深ですね・・・」
「ああ。ある種のロマンを感じるわい・・・」
「ええ」
「博士、これで、ほぼ、エルフィアの位置を確認できましたね」
「そうだな。しかし、5400万光年先だぞ。あきれるくらい遠方だわい。地球人の人知を遥かに超えている。確認したところで行けるところではないかろう・・・」
「確かに。それで、エルフィアの正確な位置はこの銀河のどこなんです?」
「この銀河のこのあたりとまでは予測できるが、地球の望遠鏡じゃ、それ以上の特定は到底無理だな・・・」
高根沢は首を振った。
「ふむ。こんなとこからどうやって来るというんだろう?」
「わたしには想像できません。博士・・・」
矢板も首を横に振った。
「UFOですかねぇ・・・?」
「いや、直接、地球にエージェントを、送り込むのだそうだ・・・」
「直接・・・?」
「うむ。なにか見えるのかね?」
「いいえ。すべてが、想像を絶していて頭がどうかなりそうです」
「地球人類にとって、エルフィアはとんでもない遠くにあるんだ。5400万光年の彼方か・・・」
「大田原さんが言ったように、確かに、乙女座銀河団にあったのですね?」
「そういうことだな・・・」
「NGC4535、直径約10万光年は、天の川銀河とほとんど同じですね」
「うむ」
首相官邸では、高根沢博士のエルフィアからのデータとメッセージの解読報告が行われていた。
「みなさん、ここです。エルフィアは、乙女座銀河団に属す棒渦状銀河、NGC4535の大きな1本の腕の1つのややはずれ、バルジの中心から約2万3千光年離れたところにあります」
「ふぅ・・・」
あまりの大きなスケールに一同は言葉を失った。
「月並みだが、信じられんの一言だな」
「わたしでさえ、大田原さんから話を初めて聞いた時には、本気だとは思わなかったよ。せいぜい、天の川銀河のどこかくらいにしか考えていなかった」
高根沢博士は苦笑いした。
「しかし、よく探し当てましたなぁ・・・」
「本当に、よく・・・」
『銀河の彼方計画』のメンバー全員が感心した。
「天の川銀河は典型的な棒渦状銀河で、宇宙のどこにでもあるような銀河です」
和人は頭が真っ白になり思考停止状態だった。
「光の速さでもってしても、5400万年かかるほどの距離でしょ?」
「そうだ。しかし、宇宙にしたらほんの2軒先ぐらいの距離にすぎん」
「エルフィアから来た光は、恐竜が絶滅した直後頃の5400万年前のものなのですね?」
「左様」
「そのような、とてつもなく遠方には、地球の科学程度では、訪れることはおろか通信することさえ全く絶望的です。どうっやって、コンタクトをつけてるんですか?」
「そうだ」
「そうですよ」
「5400万光年。いったいこの距離を、しかも、どうやって一瞬で移動してくるというのだ?」
一同は頭がおかしくなりそうだった。
「それが可能というならば、エルフィアというのは、とてつもなく神の領域にある超高文明の世界に違いないですな」
「理解を遥かに超えている・・・」
「あのぉ?」
「なんですかな?」
「さっき、確か、大田原さんからの話って、おしゃいませんでしか、博士?」
「ええ。それが・・・?」
「それなんですけどね。なんで、大田原さんは、それを知っていたんでしょうか?」
「なにをです?」
「だから、エルフィアという超高文明の存在をですよ。高根沢博士まで、信じる気になれなかったという、エルフィアをです。それも詳しく・・・」
「ん・・・?」
一同は目を見合わせた。
「・・・」
「・・・」
「なぜでしょうか?」
質問者はもう一度言った。
ここに、内閣特別顧問の大田原太郎という人物が、確かにあるカギを握っているという認識を、メンバー全員が共通に持ったのであった。