101 異星
■異星■
首相官邸での極秘会議は続いた。
「お集まりのみなさんにしていただきたいことは、エルフィアと友好関係を築くためにはぜひとも必要な次なる作業です。エルフィア人の生物学的なアプローチ、文化科学的なアプローチ、政治的なアプローチ、経済的なアプローチ、技術的なアプローチ、そして、なによりも早急な課題は、それを自国だけのものにしようとする、他国からの干渉に対する安全保障的アプローチです」
大田原は続けた。
「お手元に資料をお配りします。まずはご覧ください」
メンバーに10ページほどの資料が配布された。
「それぞれの役割か・・・」
「なるほど・・・」
「課題は、山積みです。中でも問題なのは、エルフィアに関する情報が、ある特定個人からでしか入手できないこと。しかも、その情報が極端に少ないことです。因みに、エルフィアがこの大宇宙のどこにあるのかの、まったく皆目検討もつきません。それはエルフィアとて同じ状況です。エルフィアも同様に、地球がこの大宇宙のどこにあるのか把握できてないのです」
「わはははは。それは大いなる矛盾ではないですか。どこのだれだかわからない人間が、どこのだれだかわからない人間のところにひょっこり現れるなんて、ありえませんな」
--- ^_^ わっはっは! ---
「確かに」
「だいたい、どうして、そのような話が一日本人青年のもとに舞い込んできたんですか?」
「よろしい。お話しましょう。実は、それこそ天文学的な確率でもって、時空状態が偶然に今だけエルフィアと地球を結び付けました。それこそがことの始まりなのです。青年のPCとエルフィアが結ばれ、しかも、お互いの通信が確立したのです」
「いったい、どうやって通信が成立したんですか?」
「そうだ。それこそ知りたいことだ」
「それを説明することは、それだけでとても長くなるでしょう。それは、この会の主旨ではありません」
「けっこう。続けてください、大田原さん」
「そのような地球にとって幸運な状態が、すでに何ヶ月か続いています。が、こう言っている間にもその状態は崩れ、二度とエルフィアとコンタクトがつかなくなるかもしれません・・・」
大田原は偶然の幸運を強調した。
「それは、大変だ・・・」
「われわれの文明のスッテップアップに、チャンスの芽がつまれてしまう」
「だから、そんなことが、ありうるんですか?」
「くどいですな、あなたも。いい加減事実を受け入れたらどうです?」
「わたしにとって、事実はこの眼で確かめることだ!」
「いやぁ、実に模範的な科学的な態度で。デカルトは、自分の感覚もあやふやだとしてそれをしりぞけましたよ」
「きみぃ!」
--- ^_^ わっはっは! ---
「また、脱線していますぞ」
「で、そういうことなんですね?」
「その通りです」
大田原は一同を見回した。
「みなさんのご認識で間違いありません」
「で、われわれは、どうすればいいんで?」
「一にも二にも、エルフィアに地球の座標を早く知らせること。その情報をそのコンタクティー、宇都宮和人に託することです。スーパーノバのエネルギー放射が届くまでのことを考えると、あまり時間はないかもしれません」
「高根沢博士。地球座標に関する件について、天文チーフとして就いてもらえますかな?」
大田原は高根沢を真っ直ぐ見つめた。
「無論です。誠に光栄なことで。やらせてもらいましょう」
「それで、一人しかいないというコンタクティーは、いったい、どこのだれなんです?」
「本人紹介を、資料の最終ページに載せています」
大田原は資料を手にとって、掲載ページを示した。
「ここです。おわかりですかな?」
ぱらぱら・・・。
一同は早速配布資料のページをめくった。
「えー、なお、本会終了後、この資料はすべて回収し、粉砕破棄いたします。超機密事項ということで、必要情報はどうかこの場でご記憶をお願いいたします。みなさんの、ご理解を・・・」
大田原は続けて注意事項を確認させた。
「コンタクティーは・・・、宇都宮和人。大山市在住。株式会社セレアム勤務。IT産業。ソーシャルメディア&Webマーケター。最終学歴、大山電子専門学校、Web情報科卒。年齢23歳。身長174センチ、体重68キロ。趣味、音楽。賞罰なし。ライセンス、自動車普通1種免許。エルフィア文明促進推進委員会コンタクティー。言語、標準日本語、ときどき北関東弁・・・」
--- ^_^ わっはっは! ---
大田原は資料を読み上げた。
一同は和人の顔写真を見て、それぞれ勝手にコメントし始めた。
「ほーーーう。これは感じのよさそうな青年だなぁ」
「好青年という印象だが、取りだてて特別ななにかがあるようには思えないが」
「なんだか、どこにでもいるような若者じゃないか・・・」
「いかにも」
「なぜ、このような男が?」
「普通であることにこそ、意味があるのではないですかな?」
高根沢が言った。
「一理ありますね・・・」
「確かに」
「自称天才を気取った無作法な変人を、地球人代表に誤解されては、困りもんですからな」
--- ^_^ わっはっは! ---
K大の教授は、にやりと笑うと、さっき大田原に噛み付いたW大の教授に一瞥をくれた。
「なにを言われるか!まったく、あなたこそ、まったく失礼なお人だ!」
「まぁ、まぁ、お二人とも」
首相が中に入りまた諍いは中断した。
ぺらぺら・・・。
「肝心なエルフィア人の情報はないのですか?」
「いや、その下でしょう」
「ええ?」
「これだけ・・・ですか?」
和人の情報の下に数行それらしきものが記入されていた。
「エルフィア人エージェント名、ユティス。性別、女。年齢、地球人換算で20代前半。髪、ロングのダークブロンドを後ろで束ねた髪型・・・。いわゆるポニーテールでしょうなぁ。目の色、アメジスト。背丈、推測値170センチ前後。資格、超A級サイコセラピスト、並びに、超A級ヒーラー、その他、不明・・・」
写真は青空をバックに、二重撮りしたように、ぼやぁっと透けて見える上半身のものだった。
「なんかバックの空が身体を通して透けて見えるんですが、わたしの気のせいでしょうか?」
一人が言った。
「いえ、おっしゃるとうりです。これはユティスを撮りえた唯一の写真です。彼女の精神体を、奇跡的に宇都宮和人がマイフォンで撮影したものです。実体ではないので、後ろが透けて見えるのはいたし方ないと、お諦めください。これでも彼女の顔や髪型、服装等、それなりに多くを語っています」
大田原の説明に納得できないものもいた。
「精神体とは、いったいどんなものなんですか?」
「それは、自分の意識を超時空通信で、特定の場所に送り込むことです。そのためには送り込む受け手のサポートが必要となります。この場合、それが宇都宮和人なのです。精神体について、これ以上の説明は別途設けることにして、ユティスをよく頭に刻んでおいてください。極めて重要なVIPです。既に内閣にて、日本の国籍付与を決定しております」
大田原は多くを語らないようにした。でないと彼はそれにいつまでもこだわって、会議は紛糾しかねなかった。
「国籍付与ですか?」
「そうです。彼女のような重要人物の他国の横取りをさせないためです」
「なるほど」
「しかし、髪の色といい、日本人とは随分違いますねぇ・・・」
「それに、女の子にしてはけっこう大きいですな・・・」
そこにある情報だけで、何人かはユティスのイメージを掴もうとした。
「これは、大変美しい娘さんのように感じますが、どうなんでしょうか?」
「お感じのとうりでしょう」
「それで、宇都宮和人からの情報はたったこれだけなのですか?」
「今現在はそういうことです」
「ん・・・?ちょっと待ってください。この株式会社セレアムって、ひょっとして・・・」
「お気づきになれましたか?」
大田原は微笑んだ。
「いかにも。わたしの孫たち、国分寺真紀と俊介の会社です」
「やっぱり・・・」
「よく、ご存知で」
「ええ。たまたま、新聞記事を読んでて、大田原さんの言葉に出ていた記憶があったもので・・・」
「ははは。そんなことがあったのですか」
「ということは・・・」
「あなたは、宇都宮和人に直接からんでいるのは間違いないと、お認めで?」
「ゼロとは言えないかもしれませんな。しかし、わたしがそうした訳ではありません。エルフィアが、宇都宮和人をコンタクティーに指定したのは、あくまで彼らの自由意志です」
「偶然にしてはできすぎてませんか?」
「事実は小説より奇なり、と申しますからな。世の中は、まま、そうしたことがあるもんです」
太田原は、高根沢博士とハワイのマウナケア山頂に作られた8メートル反射望遠鏡、すばる望遠鏡がある天文台にいた。望遠鏡はまさにエルフィアを特定すべく大空に向けられようとしていた。
「大田原さん、いったいこの途方もない銀河の地図で、どうやってエルフィアの位置を分析すると言うんですか?」
「高根沢博士。あなたにはすべてを打ち明けねばなりませんな」
大田原はエルフィアと和人のいきさつを説明した。そして、自分が地球人などではなく、遥か何千万光年先のセレアムから来たと告げた。高根沢博士は、一見別に驚くわけでもなく、静かに言った。
「はぁ、あなたが・・・。そうでしたか。得心がいきました。来るべき時が来たわけです。そうですな?」
「驚かれないのですかな?」
「そりゃ、驚いておりますよ。自分では今にも倒れそうなくらいにね」
「そんな風にはとても見えませんが?」
「見てくれが、そういう感じだからでしょう。ただ、われわれ天文学者の間では、今まで歴史上地球と異星人とのコンタクトが一度もなかったという可能性の方が低いことは、周知の事実でして・・・。わたしの師である、今は亡きカール・レーガン博士もその一人でした。大学で、彼の影響を大いに受けたんですよ」
「そうでしたか・・・」
「ところが驚いたことに、博士は以前は熱心なUFO否定派で、しかもその急先鋒だったんです。ところが調査を進めていくうち、どうしても、どうやっても説明できない事象に次々に出くわし、ついには地球にしか生物がいないという方が不自然だと思うようになったんですな。地球という世界は、この大宇宙にありふれた環境ですし、人類はそこで生まれたわけですから・・・」
「極めて論理的な答えですな・・・」
「しかし、一つ不思議なことが・・・」
「なんですかな、博士?」
「どうして、人類は、エルフィア人とも、あなたのセレアム人とも、姿かたちや、DNAまでもが皆同じなんでしょうか・・・?」
「もっともなご質問です」
「何千万光年も離れていながら、遺伝子やDNA情報もまったく同じというわけは?」
大田原はゆっくり噛み締めるように言った。
「一つは、宇宙のどこでも、炭素系生命体は素材も環境も一緒だということです。基本的な素粒子は普遍です。主星が第3世代以降であれば、重元素もできあがっているし、1Gの珪酸鉱物の惑星が、中心星から適度に離れたハビタルゾーン(居住可能宇宙域)に位置していれば、もう生命体が発生する条件は整ってしまいます。惑星の自転軸を安定させる衛星があれば、長期にわたり、惑星は生命体が存在できる環境になります。一旦、生命が発生したなら、突然変異が起きたとしても、基本的に環境に適応し、生残れる種は、地球と同じようになるでしょう。最終的には人間に似たような生命体にまで、進化することになるわけです。言わば、必然説ですな」
「なるほど・・・」
「生命体には、基本的なプログラムは二つしかありません。自分を複製すること。それを妨げるものから身を守ること。これが、すべての進化をもたらせるんです」
「ふーーーむ」
「で、まだありますか?」
「二つめは重要です。進化の方向と速度をなにものかにより制御促進され、意図的に人類は、この宇宙のいたるところに創りあげられた・・・。こちらは創造説といえますな」
「これは、これは!人類は、まるで神に創造されたとでも・・・!」
「ええ。ある星に超高文明になった人類が、やがて人間になるべく進化の過程の途中にある生命体に出会ったとしましょう。ところが、そこでは、人類のご先祖さまは、とても弱い存在で、例えば恐竜のようなプレデターに常に捕食され、絶滅寸前にあるとしたら?」
「ふむ・・・」
「あなたならどうしますかな、博士?」
「他世界への積極的干渉は自然に逆らうことになりかねませんな」
「科学者の理性的な立場としては、そうでしょう・・・」
「それ以外にあるとでも?」
「もう一つの立場ではどうですかな?」
「人間としての感情的な立場ですか?」
「いかにも。愛情、哀れみ、期待、その他、もろもろ。無視はできんでしょう?」
「同意します」
「それで、ご先祖さまを、自然の淘汰にまかせるか。それとも助けて、いずれ人類として進化するその生命体を見守るか。それとも、その生命体の進化速度をあげて再会を楽しみにするか。高根沢博士、もし、あなたがその立場ならどうしますか?」
「ん・・・」
大田原はそういうと高根沢博士の答えを静かに待った。
「難しい問題です・・・」
ようやく高根沢博士は口を開いた。
「本当でしょうか?そういう可能性は・・・」
「どうでしょう・・・」
「もし、そういうことなら、超高文明人は、大変な慈しみをもって人類創造をしたのだといえませんか?しかも、宇宙のいたるところで、自分と同じ遺伝子を持つ生命体を・・・」
「まったく別の生命体とは到底思えないでしょうな」
「そんな超高文明の人類が存在しているのでしょうか?」
「わたしには、わかりません。でも、あるいは、そういうことかもしれません。事実は、何千万光年も離れていながら、こうしてわたしも、あなたも、そして、いずれ会うことになるエルフィア人も、基本はみんな同じ、ということです」
「信じられません。それに、あなたが異星人だとも・・・!」
「国分寺は、わたしと地球の女性との間に生まれたわたしの娘の息子です。真紀とは二卵性双生児でして・・・」
「なんですと・・・」
「子孫を残すことにもなんら問題ありません」
「なるほど。お孫さんは、スターチャイルド。クォーターですか・・・」
「ええ・・・。では、われわれの関心の的であるエルフィアについて、続けましょう」
「それで、エルフィア人は、無償で地球の文明促進支援をするというのは、事実ですか?」
「そうです。高根沢博士、エルフィアに最初にコンタクトしたのが、我らが宇都宮和人で幸いでした。もし、軍拡路線を一直線の帝国主義的国家の人間であったなら、もし、その国の洗脳された人間だったならと思うと、心底身震いします」
大田原は静かに言った。
「まったく同感です」
「もっとも、もしそうなったとしら、予備調査で落とされてしまうかもしれませんが・・・」
「予備調査?」
「はい、エルフィアにコンタクトをとってきた世界のすべてが、支援を受けられるわけではないのです」
「なるほど。もっともな話です」
「ですから、最初にコンタクトをした人間は極めて責任重大となります」
「ということは・・・、宇都宮和人・・・」
「そうです。宇都宮和人はその審査にパスしたということになりますな」
大田原はそこを強調した。
「では、宇都宮和人も超VIPというわけですか?」
「いかにも。エルフィアにしてみれば、まぎれもなく地球人代表。国賓に値します」
「なんと・・・」
「となると、エルフィアは宇都宮和人の身の安全を確保したがるでしょうな・・・」
「左様」
「しかし、どうやって?」
「いくらでも方法あるんじゃないですかな。ユティスが一人でミッションに就くとは到底思えません。必ず、サポート要員が伴います」
「セキュリティ担当ですな?」
「左様」
大田原の説明に一同は納得した。
「それに、エルフィアの文明促進支援を受けられるということになれば、日本はとんでもない長足の進歩を遂げるでしょう。違いますか?」
「いかにも」
「だとしたら、世界の他の国々が、日本の抜け駆けを黙って指をくわえて見ているとはとても思えません・・・」
「まったくその通りです。既に裏交渉は始まっています」
「なんですと!」
「これは極秘も極秘。わが国、始まって以来の超国家機密事項ではないのですか?」
「わっはっはっは!」
大田原は愉快そうに笑った。
「この国の極秘情報とはそんなもんです。首相が事実を知った頃には、合衆国の大統領は、前の晩には閣僚を集めて、交渉オプションの5つやそこらを指示しています」
「あきれましたな・・・!」
「そうなることは想定済みです」
「どこかこの情報を掴んでいるのですか?」
「合衆国と友好国、それにX国、Y国、Z国。中でも最も警戒なければならないのは、Z国でしょう。既に、宇都宮和人には、Z国のエージェント一人が接触しています」
「なんですって・・・?」
「エルフィア人が現れたら、拉致してでも必ず奪いに来ます。いや、既に、そのための人員は、日本に入国を済ませている、と見た方が現実的でしょうな」
「そ、そんなにも・・・。それでは、世界中と言っていいではないですか?」
「首脳レベルではありますが、ブレーキング・ニュースですから」
「信じられません・・・」
「入国審査をチェックしてみてください。もし、この1週間以内に、大使館員が増強されたならば、それは、エルフィア人情報を確実に集め、あわよくばその恩恵に真っ先に与ろうとしている兆候です」
「しかし、どうしろと?」
「日本の単独行動は現実的ではありません。エルフィアも地球の各国の足並みがそろっていないことを知っているはずです。どこか一国だけが、エルフィアとの交渉するという抜け駆けを・・・、エルフィアは恐らく認めないでしょう」
「日本も例外ではないと?」
「ええ、もちろん。わたしはそう思っていますよ」
「では、どこと組もうというのです?」
「それは、藤岡さんの仕事です」
「いかにも・・・。正論ですが・・・」
「わたしごときの出る幕ではないです」
会議は続いた。