第7話
目の前の扉が開かれ、私は纏う空気を変えた。
開かれた扉の先では、音楽が鳴り響き、眩しいくらいの明かりでホールが照らされていた。
そんな中、私はまっすぐと前を向き、足を一歩前に出した。
コツコツとなるヒールの音に皆の視線が自分に集まるのを感じる。
「ノーリッシュ王国第1王女リリア様」
名を呼ばれ、天井を高く上げたホールに響きわたる。
2階部分に入口のあった螺旋階段を目の前に私はそれをゆっくりと歩き下りて行く。
音楽に合わせ、私の足は軽やかに、それでいて優雅に見えるよう下りると、下りた先にはまた3・4段上がる段があり、上がったそこには、既に父と母、つまり王と王妃が座っていた。
私は、父の傍に来ると、少しだけ膝を折り頭を下げる。
「お父様、今宵は私の為にこの様な素晴らしい催しを開いて下さり、ありがとうございます」
父は、一つ頷いた。
それを見届け私はくるりと向きを変えると、ホール全体を見渡した。
「皆様、今宵の料理はすべて我がノーリッシュ王国の国民が心を込め作ってくれた作物を、素晴らしい腕をもつ料理人達により更に美味しく仕上げ、皆様に満足していただけるようご用意させて頂きました。今宵皆様にとって素晴らしい日になる事を願っております。どうぞ、存分に楽しんでくださいませ」
私の言葉に、通例どおり拍手が送られるとにっこりと笑顔を見せ、私は母の隣りに用意されていた椅子に座った。
「リリナ、今宵は貴女の気に入る男性が現れる事を願っていますよ」
私にしか聞こえない声で母がそういうのを思わず苦笑して答えてしまう。
「お母様、それは神のみぞ知る・・・ですわ」
そう返せば、母も困ったように笑う。しかし、その続きは父や母の所に挨拶にくるもの達に遮られ私はほっと胸をなでおろした。
(そもそも、こんなところに来る男性にこの国を一緒に支えてもいい様な男性がいるわけないわ)
にこにこと笑顔を張り付けながらホールを見渡せば、こちらをみてひそひそと話す男性の姿が目に入る。
その事に心の中で深いため息をつく。
(あーいやだ。半分はこの前絵姿でも見た顔じゃない。まだ見ていないけど、残りの半分もきっとあの山の中にあるのでしょうね)
見渡す限り、男性ばかりではないが、圧倒的に男性の数が多い。
まぁ、今夜の目的は私の結婚相手を探す為なのだから、当然と言えば当然だが。
なんて、そんな事を考えていると、目の前ににやにやとした男が近づいて来ていた。
ふっと、息を吐くと背筋を伸ばしにっこりと笑顔を作った。
「リリア様。ご無沙汰いたしております」
そう声をかけてきた男を見て思わず眉間に皺を作りそうになった。
「えぇ、お元気でしたか?ブランドン様。今宵は楽しめていますか?」
マクレラン公爵の息子であることを鼻にかけ、何かと次期公爵と吹聴しているただのバカだ。
「はい、今宵この様に素晴らしいパーティーを開いて頂き感謝致します。ですが、私は少し残念に思っているのです」
「まぁ、何かありましたか?」
「はい・・・・。この様にお美しいリリナ様を他の男の目に見せるなど、私は嫉妬で狂ってしまいそうです」
胸に手をやり頭を振るこの男の言葉に、つばを吐きたくなっても仕方がないはずだ。
「まぁ・・・・」
頬を染め口元に添える手は決して、胃からこみ上げるものがあるからではない。
「お美しいリリナ様。どうか、私の手を取ってご一緒にダンスを踊って頂けませんか?」
そういうと、ブランドンは無理やり私の手を取った。
私は慌てて、その引き寄せる力にストップをかける。
「申し訳ありません。ブランドン様・・・・。私、まだこちらに来たばかりですから少しここから皆様のご様子を見て見たいのです。それに、ほら、貴女様を待っている蝶があちらにいらっしゃいますわ。貴女の様に素敵な殿方を私が独り占めするのは、申し訳ありませんから」
そっと、目を伏せると、ブランドンは大きく首を振った。
「何をおっしゃいます!!あのような者達が蝶であれば貴女は妖精だ!ですが、妖精は気まぐれなものです。私には、その気まぐれさも許せる大きな心があります。今宵は妖精を自由にさせる方がよさそうですね」
そういうと、掴まれていた手にそっとその唇を乗せた。
「まぁ、あまり大きな網で妖精や蝶を捕まえていては、そのうち蝶も妖精もいなくなってしまいますわよ」
にこりと笑って、手を引き戻せば、ブランドンはにっこりと笑って言った。
「大事な物は檻の中に入れておきますから」
そういうと、踵を返しホールへと戻っていった。
「悪趣味ね」
その後ろ姿に思わずつぶやいたのは仕方ない。
そっと取られていた手に、ハンカチを滑らせ口づけを落とされた所を拭う。
部屋に戻ったら、消毒をしておかなくては。