第六話 計画立案。行動開始。
同日。午後十時。
レイファルス魔法学院。医療塔第三治療室。
「なるほど。あの島でそんなことがあったとはな……すまなかった。しかし、無事とは言い難いが二人とも生きていてくれて何よりじゃった」
老人がベッドに横たわるオルカと傍で椅子に腰かけるアリアに交互に眼をやった。
アリアは首を横に降って答える。
「いえ、そんな。謝らないでください」
アリアへ謝罪したこの老人の名はアイリス・デル・プライド。
「私たちは偶然巻き込まれてしまったんです。学院長先生に責任はありません」
レイファルス魔法学院の学院長である。灰色の瞳に灰色の髪と髭。座っていてもアリアの倍はある細長い背丈。その姿から『灰麟のプライド』の異名を持つSSランクの魔法使いだ。
「悪いのはあの氷の魔法使いと召喚術士です。あいつらの戦いに巻き込まれたせいで、オルカは……」
アリアはそう言って、隣で眠るオルカに視線を落とした。オルカは一命を取り留めたものの、状態は悪く、最低でも一か月は目覚めないと診断されたのだった。
「アリア君……」
その時、部屋にノックの音が響いた。
「誰じゃ?」
プライドが扉越しに問いかける。
「ノエルです。今回の件で早急にお見せしたいものがありまして」
アリアとプライドがそれを聞いて顔を見合わせる。
「ふむ。入りたまえ」
「失礼します」
そう言って部屋に入ってきたのは綺麗な金色の髪をした女の人だった。手に書類のようなものを持っている。
「アリア君。見たことあると思うが一応紹介しよう。秘書のノエルじゃ」
紹介にあわせてノエルが一礼をする。アリアも慌ててお辞儀をした。
「それで、見せたいものと言うのは?」
「これです」
ノエルは手にしていたものをプライドとアリアに手渡した。
「「これは……!」」
それは三種類の新聞だった。そのどれもが今日の日付で、大きく同じ記事を報じている。もちろん、アーデルベルク島のことである。
新聞を握るアリアの手が震える。
わ、私が……懸賞金七億の賞金首に……。
そこには島が凍るという前代未聞な事態が起きたこと。それが自然現象ではなく人為的な仕業であるということ。その犯人に『極東の悪魔』というコードネームが名づけられたこと。そして最高レベルの懸賞金がかけられたなどが大々的に書かれてあった。
「先ほど緊急速報として、三つの組織が発行した新聞がそれらです。今回の件、こちらが思ったよりも外では遥かに大きな事件として取り上げられているようですね」
「うーむ。そのようじゃな」
プライドは記事を一通り読み終えると長い髭を触りながら、ため息をはいた。
「いかがいたしますか?」
ノエルがプライドへと指示を仰ぐ。プライドはもう一度ため息を吐いてアリアの方を向いた。
「アリア君」
「は、はい」
「すまないが、とある事情があってな。今回君たちが巻き込まれたというその争い、公にすることはできないんじゃ」
プライドはゆっくりとした口調でそう言った。
「事情……ですか」
事情とはおそらくオルカの素性のことであると感づいたが、アリアは知らないふりをした。
「うむ。今日あの島に君たちがいたこと自体無かったことにさせてもらう。そして、今回の件は他言無用……黙秘してもらいたい。オルカ君を傷つけた彼らを許せないとは思う。だが、君たちの命を危ぶめないためにもどうしても必要なんじゃ」
アリアは考える素振りをした。そして、少しの間を開けて答えた。
「……わかりました。でも、一つだけ私と約束してくれませんか?」
「なんだね」
「オルカを……オルカを必ず守ってください」
オルカのためにも、この約束を必ず守ってもらう必要があった。
「もしかしたら召喚術師と氷の魔法使い……極東の悪魔が逃げ出した私たちを追って来るかもしれない。それで……それで、オルカが死んでしまったら、私は……」
アリアは目に大粒の涙を浮かべる。
「アリア君……」
プライドはアリアの頭を撫で笑顔で答えた。
「わかった、約束しよう。オルカ君だけじゃない。もちろん、君のことも。生徒を守るのは先生の仕事じゃ」
その言葉に、ほっ胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。それを聞いて安心しました」
ずっと強ばっていたアリアの表情が次第に緩んでいく。
「さて、疲れたじゃろう。今日はもう休むとよい。ノエル、部屋まで彼女を送ってあげなさい」
「はい」
「それから、すぐにこの治療室に護衛の手配を。次に全職員を中央会議室へと招集。緊急会議を執り行うと伝えてくれ」
「わかりました。では、行きましょう」
「あ、はい」
アリアはノエルに促されて席をたった。
「学院長先生、オルカをよろしくお願いします」
プライドは笑顔で頷いた。
ぺこりと頭をさげ、アリアは治療室を後にした。
学生寮。アリアの部屋前。
「ありがとうございました、ノエルさん」
送ってくれたノエルにお礼を言い、アリアは自分の部屋へと戻って扉の鍵を閉めた。
ノエルの気配が遠くなっていき、完全に学生寮から出たのを確認する。
「ふぅ……なんとかうまくいったよ」
アリアは自分のベッドにたおれこみ、盛大なるため息をはいた。
すると、ずっと黙っていたセルシウスが口を開いた。
『全く。たいしたやつだな、お前は。ここまでは全て、帰りの船でお前が話していた計画通りじゃねぇか。時間もぴったり、あれから六時間』
「ははっ。まあ、どうにかね」
アリアは現在、自分でたてたある計画に則って行動していた。アリアがその計画を思い立ったは、召喚術師をアーデルベルク島ごと凍らせた直後だった。
遡ること六時間前。レイファルス本土付近ファルーア海域、船上。
アリアは氷漬けになった島を見て唇を噛んだ。
もう、後戻りはできない。
「オルカを守るなら、少なくても今日中に第一段階まで進めないと……学院に戻る前に情報屋に寄った方がいいかな……でも……」
『なんだ。なにぼやいてんだアリア?』
セルシウスが不思議そうな声で聞く。
「え?ああ、違うの。今計画を立ててたところなの」
話しかけられるまで独り言を言っていたことに気がつかなかったアリアは慌てて答えた。
これは、アリアの癖だった。何か行動を起こすとき、脳内で計画立案をしてしまうのだ。それは、オルカへの告白のために長年脳内シミュレートを繰り返し続けて身につけたアリアの隠れた特技ともいえた。
『ふーん。なんの計画だ? というかそんなの必要なのか?』
精霊であるセルシウスには、人間であるアリアの行動がよほど奇怪に見えるらしく質問を浴びせ続ける。
「もちろん、オルカを守るための計画だよ。なにせ相手は皇子……いや、最悪の場合レイファルス王国そのものを敵に回すんだもん。計画立案はしっかりやらないと!」
『そんなもん、全部凍らせちまえばいいだけじゃねぇか。何をそんなに悩むんだ』
セルシウスはさらっとそう言った。
アリアはなるほどと思った。人間と精霊の考え方の違いを理解した。
「そんな簡単な話じゃないんだよ。これは、戦いが終わった後に元の生活へ戻るのが前提なの。だから当然、私がやったのがばれるわけにもいかない。単にオルカの命を狙う敵を全滅させただけじゃダメってこと」
『はーん。そういうもんなのか。俺にはお前ら人間の感覚はやっぱりよくわからんな』
人間にとっての事情は、やはり説明しても精霊には理解ができないようだった。
『で? 具体的には何をするんだ?』
どうやら理解できなくても知りたいらしい。
「一応今考えついた計画の内容は段階別に分けて二つ。そのなかで、今日やるべき第一段階は、事実の改変、計画実行中のオルカの安全確保、アリバイ工作の三項目かな。これを全て確実にクリアーしないと」
『ほう。一つ一つ説明してくれ。なんだかおもしろそうだ』
精神体になってしまっているためセルシウスの表情は見えなかったが、アリアには興味津々な表情で聞いてる姿が目に浮かぶようだった。伝説の精霊らしからぬ一面についつい笑ってしまう。
『なんで笑うんだ?』
「ごめんごめん。ちゃんと話すから」
コホンと軽く咳払いをしてアリアは話し始めた。
「まず学院に戻ったらオルカを真っ先に治療塔につれていくの。かなりひどい怪我をしているし、事情を聞くために学院長クラスの人が私の所に来ると思う。そこでありのままに真実を話したら、私がセルシウスと契約したことも、アーデルベルク島を凍らせたこともばれてしまう。だから、少し事実を改変して説明するの」
『なんて?』
「氷の魔法使いと召喚術師の戦いに偶然巻き込まれましたって。もっと言えば、私たちは氷の魔法使いの仲間だと勘違いされて召喚術師に襲われた、ね。その際、私は洞窟に落ちて軽症で助かって、応戦していたオルカは大けがを負った。氷の魔法使いが現れ、召喚術師と戦闘。そのどさくさに紛れてなんとか島から脱出……といったところかな」
うーん、と唸り声を上げるセルシウス。
『結局それがなにになるんだ?』
説明の甲斐なく理解できなかったようだ。
「そうやって言えば、アーデルベルク島を凍らせた犯人が他にいることにできるでしょう? それにオルカが目を覚ましてありのままの状況を説明しても、これなら辻褄が合うの。召喚術師は、自分の正体も命を狙う理由もオルカが気を失う時点では話してなかっただろうから」
『なるほど。ようやく理解したぞ。それから?』
すっきりした声でセルシウスが答える。
「よかった。それから、私が学院を留守にしている間、他の誰かにオルカの命を守ってもらう必要があるの。これが、とっても重要。敵を倒したって、その間にオルカが殺されたら意味がないもの」
『でも、島では偶然襲われたことにするんだろう?こっちに帰ってきたら命を狙われる理由がない。どうやって説明するつもりだ?』
セルシウスが珍しくまともな意見を言う。
「そうね。そこがちょっと大変なんだけど……まあ、そこは女の武器を使って乗り切ろうと思う」
『女の武器?』
「ふふっ。見てのお楽しみだよ」
アリアが悪戯に笑って見せる。
『はぁ? よくわからんが……ようは見てればわかるんだな」
「そういうこと。最後のはこの二つがうまくいったら部屋で詳しく話すよ。計画通りなら、たぶん今から六時間後くらいに私は部屋に一人でいるはずだから」
そうして六時間が経った今、アリアはこうして部屋に一人でいるのだった。
振り返ってみても確かに自分でも驚くくらいうまくいってる。けど、本当に大変なのはここからだ……。
『なあ、アリア』
「なに?」
『人間は、泣けば願いが叶うのか?』
そう聞かれて女の武器の話を思い出す。
アリアは笑って、
「そうよ。女の子の特権ね」
と答えた。
『……やはり人間のことは理解できないな』
セルシウスは溜息を吐く。そしてはたと思い出したように言葉を続ける。
『ところで、どうして一人になれるとわかったんだ? あの言い方だと、お前にも警備が付くんじゃないのか?』
よいしょ、と言ってアリアは体を起こしてベッドに座る。
「そうね。でも、それは少なくとも会議が終わってからだよ。うちの学院、緊急会議は職員全員参加なの」
以前にもなにかの騒ぎで緊急会議が行われた時、学院中の職員がいなくなったことがありよく覚えていた。
『なんで緊急会議になると確信できたんだ?』
「確信はなかったけど、努力はしたよ?本土に上陸して最初に顔を隠して情報屋に寄ったでしょう。あそこで複数の組織から早急に新聞を出回らせることを条件に、情報提供しておいたの。ことが大きくなれば、緊急会議になりやすいでしょ」
セルシウスが感嘆の声を漏らす。
『アリア……お前見た目よりも頭いいんだな』
「えっへん! オルカに告白するために伊達に何万回も計画立案してないからね」
アリアは胸を張って答える。ただ正直、自分で立てた計画とはいえ、ノエルさんが新聞持って治療室に入ってきたときにはかなり驚いたけど。それから、驚いたといえばもう一つ。
「でも、政府がたった数時間であんな高額の懸賞金を私に懸けたのはさすがに予想外だったな……」
懸賞金七億キアの少女は遠い目をして言う。億単位の懸賞金というだけでもかなりの化け物扱いだったが、七億と言えば歴代四位の額である。
『極東の悪魔だっけか。まあ、名前に悪魔ってつくぐらいだしな』
「うー。さすがにあれだけのことをやったらかわいい名前はつかないだろうけど」
ふと、アリアの表情に影が落ちる。冷静に自分がやった行動を振り返る。
「でも……間違ってないかもね」
『あ?』
「私……人を殺したんだし……」
部屋に沈黙が流れる。セルシウスにとって人を殺すことには何の抵抗も感慨もなかったが、アリアの表情から心中を察した。アリアと話をするうちに、セルシウスにも人間の感情というものが少しずつ読み取れるようになってきていた。
『後悔してるのか?』
すぐに返事はなかった。だがアリアは気持ちを整理するように、ひとつひとつ選ぶようにして言葉を紡ぐ。
「ううん。してないよ。だって、私はオルカを守るためにこの力を手に入れたんだもん。そしてオルカを守れた。後悔なんてあるはずないよ」
そう言い切ったアリアの表情はとても清々しいものだった。
『良い答えだ。やっぱりおまえはおもしろいぜ、アリア』
アリアはセルシウスの言葉に元気をもらえた気がした。
「ありがとう。セルシウス」
そう言って、アリアはゆっくりと立ち上がった。
「さあ、第一段階の仕上げに入ろう」