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第五話 誕生。極東の悪魔。

「おおおぉぉっ!」

 大きく跳躍したオルカは渾身の力を込めて召喚獣の額目がけて剣を振るう。しかし、頑強な鉱石でできた召喚獣には傷ひとつつきはしなかった。振るった剣はそのまま弾かれ、反動によって空中でオルカの体が静止する。

「はっはぁ! なんだその貧弱な攻撃は。やれ、ギガントメテオール!」

 それを見逃さず、召喚術師ゲートキーパーの指示に合わせて召喚獣の巨大な腕がオルカを襲った。オルカは咄嗟に大剣でそれを受ける。だが当然受けきれるわけもなく、吹き飛ばされたオルカは数メートル先の地面に叩きつけられた。手にしていた大剣の刃がガラスのようにバラバラに散る。

「がっ……」

 朦朧とする意識の中、オルカは冷静に今の状況を確認した。左足と右腕はおかしな方向に曲がっている。口の中はもう血の味すら感じない。二度に渡って召喚獣の攻撃を受けた大剣は粉々に砕け散った。体にはもう一切の力が入らなかった。

「限界……か」

 アリア、ごめんな。生きて帰ろうって言ったのに、守ってあげられなかった……。俺もすぐそこにいくから……。

 オルカの全身から力が抜けていく。瞼がゆっくりと閉じていき、視界は霞がかかったようにぼやけていった。その時、奴らの足下からおびただしいほどの光が溢れた。そして、光の中から何かが浮かび上がってくるのが見えた。

「なん……だ?」

 しかし、その正体を確認することはできなかった。もはや目を開ける力すら残っていなかったオルカは、そのまま意識を失った。



 アーデルベルク島。地下鍾乳洞内。

 契約が完了すると、アリアの体は光に包まれた。さっきまであった体中の痛みが嘘のように消えていき、意識は妙にはっきりとしていた。口いっぱいに広がっていた鉄臭い血の香りも無くなった。まるで、自分が自分で無いような錯覚さえ感じるほどに。

「我は求む。大いなる空へと舞う力を」

 アリアの詠唱に合わせて足元に魔方陣が発生する。

「纏いしは翼。地に住む者へ新たな力を与えよ……飛行フライ

 詠唱を完成させ、解放キーを唱えるとアリアの背中に光の羽が発生した。体が空気のように軽くなる。アリアはその場にしゃがみ込み、思いっきり地面を蹴って勢いよく飛翔した。視界に映る外の光が大きくなっていき、一瞬で自分が落ちてきた穴を通り抜け外に出る。

 穴から出ると、召喚術師ゲートキーパーと召喚獣の姿が見えた。アリアは魔力で光の羽を制御し、地上十メートルの高さで停止した。

「なんだてめぇ。生きてやがったのか」

 召喚術師ゲートキーパーは怪訝そうな目で空飛ぶアリアを睨みつける。

「オルカはどこ?」

「そこに寝転がってるぜ」

 アリアは召喚術師ゲートキーパーが指差す方に目をやった。そこには血まみれで倒れているオルカの姿があった。腕や足がおかしな方向へと曲がっている。見るからに重体だったが、胸を小さく上下させているのに気づきほっと胸を撫でおろす。

 よかった。まだ生きてる。

 視線を戻し、大切な人をあんな姿にしたものを見据える。

「あなたは絶対に許さない……」

 アリアは右手を胸に当て、契約者のみが使える解放キーを口にする。

「 契約執行イグジック 」

 アリアの体が内側から光を放つ。藍色の瞳が緋色へと変化し、ショートの黒髪が真っ白に染まり、足元くらいまで一瞬で伸びた。透き通るような真っ白い肌は、光すら反射しない漆黒のものへと変わった。

 光の羽が消失し、アリアの体がゆっくりと地上に舞い降りる。 

「な、なんだよその力は!?」

 召喚術師ゲートキーパーの瞳には、まるで悪魔のように映っていた。召喚術師ゲートキーパーが思わず後ずさりする。それもそのはず。力の強いものほど、相手の魔力の大きさがわかる。今のアリアが身に纏っている魔力値は、人間のそれをゆうに超えていた。それこそ、全身の毛が逆立つほどに。

『いいか、人間。俺の力は空間内にある氷の魔元素を自在に操ることだ。その力の使い方を教えてやる。言う通りにやってみろ』

 契約して精神体と化したセルシウスの言葉が、アリアの脳に直接響く。

『うん、わかった』

 アリアは心の中で返事をする。

「クソがっ! クソがっ! クソがっ! ぶっ潰せ、ギガントメテオール!」

 命令されたギガントメテオールとアリアの目が合う。生物としての本能で理解できるのか、その巨体を振るわせていた。それはあきらかに恐怖であった。

「死にたくなければどきなさい」

 アリアは慈悲を込めてギガントメテオールに言い放つ。

「ふざけんな! そいつを殺せ!」

「ガアアアアァァッ!」

 恐怖に耐えかねたギガントメテオールは突如雄たけびとともに腕を振り回した。ギガントメテオールの巨大な拳がアリアの目前に迫る。先ほどまでの恐ろしさをアリアは微塵も感じなかった。それはとても不思議な感覚だった。

『そうだ。防御は何も考えなくていい。俺と契約している間、世界がお前を護る』

 繰り出された拳は、アリアの頭上一メートルの位置で止まった。氷の殻が空中でギガントメテオールの一撃を受け止めている。

「ガアアァッ!」

「なにっ!?」

『これが氷燐ひょうりん羽衣はごろも。お前を守る最強の盾だ』

「氷燐の……羽衣」

 氷燐の羽衣は攻撃を受け止めきった後、キラキラと光りながら氷の魔元素へと還っていった。

『次は攻撃だ。空気中の氷の魔元素が、空間の一点めがけて収束するイメージをしろ。それだけで全てが終わる』

『詠唱は?』

『精霊の魔法に詠唱はない。イメージと解放キーだけだ』

『わかった』

 言われるがまま、アリアは召喚獣を見ながら右手をかざした。

 体の内側から魔力が溢れてくる。今なら、なんだってできる気がする。

「魔元素が、一点に収束するイメージ」

 そして、アリアは解放キーを口にした。

絶対空間凍結コングラシア

 低く鈍い音が響いた。

「な、なんなんだよ、おい。こんなの……聞いてねぇぞ!?」

 召喚術師ゲートキーパーは目の前の光景に腰を抜かし、座り込んだ。

「すごい。これが、精霊の力……」

 アリアの放った魔法は一瞬にしてギガントメテオールを巨大な氷の固まりへと変えた。いや、正確には空間そのものを凍結させた。それはとても透明な氷で、不純物が一切混じっていないことを感じさせた。中にいるギガントメテオールが今にも動き出しそうに見えるほどだった。

『終わらせてやれ』

 その言葉に、アリアは小さく頷く。

「さようなら」

 アリアはそう言って、右腕を払った。すると、甲高い音とともに巨大な氷の固まりは一瞬で粉々に砕け散った。

「あぁ……俺様のギガントメテオールが……こんな、こんな餓鬼相手に……」

 砕けた氷を見つめながら、召喚術師ゲートキーパーはうわ言のように口にした。

「次はあなたの番よ」

 アリアは召喚術師ゲートキーパーの前に立ちはだかり、怒りの籠った眼差しと右手を向けた。

「や、やめろっ! なんでもするから……殺さないでくれ!」

 召喚術師ゲートキーパーは情けない声をあげ、後ずさりをした。

『なんだこいつ。さっきまでの威勢の良さはどこにいったんだ』

 セルシウスが呆れたように言う。そのことにはアリアも同感だったか、今はそんなことよりも確かめなければいけないことがあった。

「なら、話しなさい。私たちの命を狙った理由を。嘘を言った瞬間に凍らせるわ」

「わ、わかった。ちゃんと話す」

 その返事を聞いてアリアは右手をおろし、契約執行イグジックを解除した。アリアの姿が、元の普通の女の子へと戻る。

 その様子を見て、安心した召喚術師ゲートキーパーは安堵のため息をついて話し始めた。

「雇われたんだ。この島で、オルカ・イヴ・クストとその仲間を殺すようにって」

 雇われた?

「いったい誰に?」

 アリアの問いに、召喚術師ゲートキーパーは激しく首を横に振った。

「そ、それは言えない。言ったら今度は俺が命を狙われ……」

 言い終えるより前に、アリアは容赦なく召喚術師ゲートキーパーの眼前に右手をかざした。

「言いなさい。今ここで氷漬けにしたって構わないのよ?」

『人間。お前悪魔のようだな』

『うるさい。ちょっと黙ってて』

『……はい』

 アリアの言葉が脅しではないと悟った召喚術師ゲートキーパーは、震える声で答えた。

「……レイファルス王国第五皇子……カルマ・レイ・ファルスだ」

 レイファルス王国……第五皇子?

 突然出てきた予想外の単語に理解が追いつかなかった。とりあえず、あふれる疑問を全てぶつけることにした。

「なんで王家から私たちが狙われるの? 理由は?」

「それは、後継者争いのためだ。国王の死期が近い今、カルマ皇子は後継者を減らそうと俺みたいな刺客を送り込んでいるのさ」

「後継者争い……」

 そこまで聞いても突拍子もなさ過ぎて、アリアには意味が分からなかった。一向に理解できないアリアに向かって怒鳴るように召喚術師ゲートキーパーが叫んだ

「ここまで話したら、わかるだろう。オルカ・イヴ・クストの本当の性はレイ・ファルス。現国王グリムの隠し子……レイファルス王国第六皇子オルカ・レイ・ファルスだ!」

 オルカが……皇子様?

「えー!? オルカって皇子様だったにょ!?」

 アリアは言葉にして初めてことの重大さに気が付いた。そして盛大に噛んだ。

「だから今そうだって言っただろ」

 召喚術師ゲートキーパーが呆れたように答える。

 でも、オルカが皇子様でもおかしくないかも。確かにオルカは品がいいし、頭もいい。よくよく考えれば、髪の色も瞳の色も王様に似ている気がする。まぁ、王様の姿なんて新聞でしか見たことないけど……。うー、私は一体どうしたらいいんだろう。

『あいつが皇子だったらなにか変わるのか?』

 ふいにセルシウスに尋ねられてアリアは驚いた。

 私は……オルカが皇子だとなにか変わるんだろうか?

 そっと目を閉じて、オルカのことを想う。そして、自分の気持ちとまっすぐ向き合ってみた。そこにあった感情はわかりやすいほど単純シンプルだった。

『ううん。何も変わらない。皇子でも皇子じゃなくても、私はただオルカのことが好きなだけ。オルカのためにできることをするだけ』

『そうなのか。人間の考えることはよくわからんな』

『ありがとう、セルシウス』

 さて、理由もわかったし早く学園に帰ろう。オルカの怪我も心配だ。

「そうそう、あなたにも学園まで来てもらうからね」

 そう言ってアリアは振り返った。しかし、先ほどまでそこにいた召喚術師ゲートキーパーの姿は消えていた。

「我は開く。空間を渡る扉を今此処に……」

「えっ?」

「開きしは異空の扉。命に従い我を導け」

『逃げる気だぞ、あいつ』

 声の方に振り向くと、召喚術師ゲートキーパーが詠唱を完成させていた。足元に光り輝く魔方陣が発生している。

「逃がさない!」

 アリアは急いで右手をかざす。

「もう遅い!転移ムーバゲート!」

 解放キーとともに発生した魔方陣が一層輝きをまし、召喚術師ゲートキーパーを包み込んで消えた。

「逃げられ……ちゃった」

 いや、逃げられたなら仕方ない。それよりも、船に帰れば緊急用の医療セットがあったはずだ。早く帰ってオルカを治療しよう。

 アリアは飛行フライを唱え、オルカを抱えてで大急ぎで船まで戻った。

 

 アーデルベルク島付近。レイオール海域。

 オルカとアリアを乗せた船は、どんどんアーデルベルク島から離れていった。オルカは大けがをしていたが、船に備え付けられていた回復薬や、鎮静剤のおかげでなんとか一命を取り留めた。

『そういえば、さっきの魔獣。随分と古い生物だったな。確か千年以上昔の魔獣だぞ』

 アリアが島を見つめていると、セルシウスが思い出したようそんなことを言った。

「時間軸を超えて魔獣を召喚できる血族魔法ブラッドスキル持ちの召喚術師ゲートキーパーだったのかもね。皇子が暗殺に雇うくらいだもん、それぐらいあったておかしくないかも」

 あの召喚獣も本当に強かった。ギガントメテオールって呼んでたっけ。セルシウスの力がなかったら、絶対に倒すことなんてできなかっただろうな。

『おい、人間』

 再びセルシウスが口を開く。

「うー。私にはアリアっていうちゃんとした名前があるんだけど」

『うるせぇなぁ……。じゃあ、アリア』

 ぶつくさ言いながら、セルシウスが私の名前を呼ぶ。

 なんだか変な感じ。あのガーフィーラシリーズで読んだ伝説の精霊が私の名前を呼ぶなんて。

 アリアは心の中でくすりと笑って、

「うん。なぁに」

 と答えた。

『お前はもう人間を超越する力を手に入れている。普通の人間にはできないことも、今のお前にならできる』

「う、うん」

 なんの話だか理解はできなかったがアリアは相槌をうった。

『集中して、あの島の気配を探ってみな』

「……わかった」

 島からはだいぶ離れてしまったが、言われるままにアリアは島の気配を探った。すると、手に取るように島中の気配を感じ取ることができた。それは索敵ディティクティブの感覚ととてもよく似ていた。

『氷の魔元素を支配しているお前には、空気中に存在する魔元素を通して気配を把握することができるのさ』

 なるほど。原理は確かに索敵ディティクティブのそれと一緒だ。似ているわけだ。ただ索敵ディティクティブだとこんな遠く離れた場所からこんなに広い範囲をここまではっきりと感じ取ることは絶対できない。やっぱりこの力は人の作った魔法とは全く別次元のものなんだ。

 そんなことを考えながら気配を探るうちに、セルシウスがなぜそんなことを言い出したのか理由がわかった。

『見つけたか?』

「……うん」

 それは、まだ島の中にいた。アリアを襲った召還師ゲートキーパーだった。どうやら、島の外に逃げたわけではなかったようだ。オルカを痛めつけた張本人。放っておいたら、きっとまたオルカの命を狙いに来る。

 アリアはゆっくりと目を開いた。

『アリア、やれよ』

「え?」

『今のお前には、その力と資格がある』

 そう言われて、アリアは隣で眠るオルカに目をやった。ひどく傷ついた最愛の人がそこにいた。

 私が……私がオルカを守らなきゃ。

 決心したように、アリアは小さく頷いた。

「うん」

 アリアは右手を胸に当て、解放キーを口にする。

契約執行イグジック



 この日、世界中の新聞で同じ内容の記事が一面を飾った。

 レイファルス王国の東、無人島アーデルベルクが島ごと氷づけになるという前代未聞の事件が起こったためだ。後日、世界政府が調査を行ったところ、通常では考えられない規模の魔力反応が検出され、自然現象ではなくなんらかの生命体による故意的なものであると発表された。

 同日、世界政府はこの存在を世界最高クラスの超危険生物であるとし、懸賞金七億キア、危険度SSの賞金首に認定した。その姿、名前は一切不明のため、政府がコードネームをつけた。

 その名を『極東の悪魔アイスランド』。

 世界を震撼させた悪魔の誕生であった。

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