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第二話 上陸。アーデルベルク島。

 同日。午後二時。

 アーデルベルク島付近。レオール海域。

 心地よいスピードで進む学院の小型船。

 海風にアリアの髪がなびく。

「わぁ、風が気持ちいいね」

 本当に気持ちよさそうに、アリアは髪をおさえてそう言った。そんなアリアを見ているだけで胸が熱くなった。

「そ、そうだな」

 見とれていたことに気付いて、オルカは慌てて相槌を打った。

 だめだな。今日はうまくアリアと話せない。

 アリアが感じていた通り、今日のオルカは少しおかしくなっていた。その原因は、朝のアリアの発言にあった。

『あ、あのね。今日の放課後、時間……ある?だだだ、大事な話があるんらけろ!』

 当然、問題はアリアが噛んだことではない。問題はその内容である。実は、オルカも同じだった。アリアに大事な話があったのだ。それをどうにか切り出そうと必死にタイミングを計っていた。そうしたら、言おうとしたことを言われてしまって驚いたのだ。

 アリアの綺麗なショートの黒髪も、藍色の吸い込まれそうな瞳も、ふとしたときに見せてくれる笑顔も、耳がくすぐったくなるような可愛らしい声もなにもかも、いつも以上にオルカの胸をときめかせる。

「はぁ……」

 駄目だ。あれから妙に意識しちゃっていつも通り話せないや。なんだかお腹のあたりがくすぐったい。どうしても、もしかしたらという気持ちでそわそわしてしまう。

 しかし、オルカとアリアには決定的な違いがあった。オルカは、その想いを貫くために大きな覚悟をしていた。ずっと秘密にしていたことを打ち明け、そしてそのために必要な行動を起こす覚悟である。

 いずれにしろ、このクエストを終わらせないことにはどうにもならない。採収クエストとはいえ、何が起こるかはわからないし、油断してアリアに怪我をさせるようなまねは絶対にしたくない。浮ついてる場合じゃない、集中しよう。

「あ、オルカ。もう海岸につきそうだよ」

 そんなことを考えていると、船はどうやらアーデルベルク島にたどり着いたようだ。

「そうか。準備はできてるか?」

「ばっちりだよ」

 愛用の救急セットが入ったポーチを得意げに見せてアリアはにっこりと笑った。

「よし、上陸しよう」

 オルカは用意してきた大剣を背中に背負って船から乗り出した。



 アーデルベルク島西側。海岸。

 船を泊め、アリアとオルカは上陸した。目の前には鬱蒼とした大きな森が広がっていた。一本一本の樹が大きく、深い緑の葉っぱは柳のように垂れ下がり、地面はボウボウに伸びた雑草だらけである。お世辞にも森林浴ができるような爽やかな森には見えなかった。

「うー、思ったよりも薄暗いところだね」

 アリアはオルカの後ろに隠れるようにして言った。

「見た目はね。でも魔獣もなにもいないから危険はないと思うけど」

「ほ、本当?」

 飛行魔法で森を抜ければとか思ったりもしたが、オルカを抱えて飛ぶのは時間がかかりすぎるので駄目だった。アリアは恨めしそうな目で森をジトっと睨む。絶対何か出るでしょこの森。アリアがそう思ってしまうほどに、何も生息していない場所には到底見えなかった。

 しかし、マウンテンローズは名前の通り山に生える薔薇。目的の岩山は森の先。この森を抜けないわけにはいかなかった。それに、できる限り早く終わらせて計画に移りたいとも思った。

「そんなに嫌ならもう一回船に乗って迂回しようか?確かこの反対側は森じゃなくて荒野だったと思うし」

「ううん。駄々こねてごめん。行こう、オルカ」

 アリアは時間短縮のために意を決して森を突き進むことにした。この時ちゃっかり迂回した場合の時間を一瞬で計算して比較したのは内緒である。

 薄暗い森の中を、二人は歩いた。気味の悪い森であることに変わりはなかったが、周りの植物にアリアは興味をそそられた。よく見ると魔法薬の材料として有名なマンドレイクやラフレシア、言葉を話すトークンフラワーなど、希少価値の高い植物があちこちにあっておもしろかったのである。

「楽しそうだね、アリア」

 オルカが私の前を歩き、剣で草木を切り裂いて道を作りながらそんなことを言った。

「うん。私、本読むの好きだし。図鑑とかもよく見たりするから、本でしか見たことないものがたくさん見られてなんだか嬉しくなっちゃった」

「そっか」

 その時、ふとアリアは昔読んだ本のことを思い出した。

「ねぇ、オルカ。ガーフィーラの冒険って本知ってる?」

「ガーフィーラ? あぁ、あの有名な探検家の自伝本ね。聞いたことはあるけど、読んだことはないな」

「そうそう。でも、自伝って言っても内容がすごすぎてこの本は空想だ! 幻想ファンタジーだ! なんていう人も多いんだけどね」

 ガーフィーラシリーズはファンの多い反面、その過激な内容からアンチ派も多い。でも、例え空想話だったとしてもアリアはわくわくするのでこのシリーズが大好きだった。

「へぇ。それでその本がどうしたの?」

 興味深そうにオルカが聞き返す。

「昔ね、読んだシリーズの中にこの島が出てきた話があったの。確かタイトルは“ガーフィーラの冒険~伝説の精霊セルシウス~”だったと思う」

 タイトルの部分をイメージのガーフィーラの声マネをしながら読む。

「精霊? そんなものまで出てくるんじゃ幻想ファンタジー呼ばわりされても仕方ないなぁ」

 オルカは笑って答えた。

 精霊は人間でも魔獣でもない。自然界に存在する超魔力生命体……とされている。されているというのは、存在がまだはっきりと確認されていない、まあいわゆる伝説の存在だったからだ。伝説ではその存在は生物界最強。物理的肉体を持たず、それぞれ支配する魔元素があり、無限に近しい魔力を保有しているそうだ。

「ガーフィーラはこの島で氷の精霊セルシウスに出会ったらしいの。でね、契約をしようとしたんだって」

「契約?」

「うん。精霊の力を借りる……契約」

「それで、契約できたの?」

 アリアは首を振った。

「ううん。殺されかけて逃げてきたって」

「なんだそれ。本当に空想本じゃないかって心配になるぞ」

 オルカは肩を竦める。

「そうだね。私もそう思う」

 そんな他愛もない会話で二人は笑った。

 小さい頃に何度も読んだあの本。その中に、読むたびにすごくわくわくした、大好きだった一文があった。何度も何度も読んだせいで、今でも覚えている。

『この世界には、精霊と呼ばれるものが存在する。この世の理を担う力を持つ彼らは、決して人と交わることはなかった……』

 頭の中でページをめくり、何よりも胸が熱くなった一文を思い出す。

『だがもし仮に、人が精霊の力を借りる……すなわち、契約することができたとしたら、恐らく人類を超越する最強の魔法使いとなりえるだろう……』

 人と精霊が契約をする。想像するだけでどきどきした。もしそうなれたら、どんなことでもできるんじゃないかと思った。そんなことを考えて、小さい頃はよく胸を躍らせていた。

 懐かしい。そんなことを考えていた頃もあったな。

 昔の思い出に浸っていると、ふいに目の前が明るくなる。

「アリア、抜けたぞ」

「わぁ」

 目に飛び込んできたのは広い荒野と、その先にあった大きな岩山であった。

「さて。アリア、索敵ディティクティブをお願いしていいか」

「あ、うん」

 魔法使いもいくつかの系統が存在する。

 付与魔法に特化した魔法騎士ナイトウィザード

 殲滅に長けた魔砲撃手カノーナ

 ゲートを自在に扱う召喚術師ゲートキーパー

 魔法物質の生成を得意とする創成術師クリエイター

 支配に秀でた傀儡師ライフメイカー

 検索や調査に優れた魔法学者スカラー

 などである。その系統によって得意な魔法、苦手な魔法が分かれてくる。将来、魔法学者スカラーを目指しているアリアは選択講義などで率先して検索魔法などを勉強していた。オルカが私に頼んだ索敵ディティクティブは、索敵や捜し物の時に使う風属性の検索魔法で、魔法学者スカラーの必須魔法だった。

「ふぅ……」

 大きく深呼吸をし、目を閉じて右手を前に掲げる。

 集中、集中……。

 そして、ゆっくりと詠唱をはじめる。

「我は結ぶ。風の力を大気へと……」

 詠唱をはじめると、アリアの足下に金色に光り輝く魔法陣が現れる。体から溢れる魔力を丁寧に、ゆっくりと広げていく。魔法陣からほのかに風が起こり、アリアのローブを揺らす。

 空気中に存在する風の魔元素を、自分の魔力で広く薄く結合していくイメージ。

「求めしは山薔薇。我の探しものを見つけよ」

 よし、詠唱が完成した。

 アリアは目を開き、右手を上げ、魔法の解放キーを唱える。

索敵ディティクティブ

 解放キーを唱えたと同時に、魔法陣が一層輝きを増し、激しく風が巻き起こった。空間と自分が一つになったような感覚に包まれる。同時に、脳に空間内の情報が直接流れ込んでくる。指先で触れたものが、感触でなにかわかるのと同じ原理だ。今この広い空間自体が感覚だけアリアの体の一部になっている。

 アリアは再び目を閉じ、マウンテンローズの感覚を探す。

「ん……見つけた」

 解放キーを唱えてから一分もしないうちにそれは見つかった。

「岩山を少し登ったところ。ここから、四キロくらい先の大きな岩の陰のとこ……」

 ふぅ、と安堵のため息をこぼす。目をゆっくりと開き、索敵ディティクティブを解除する。次第に風が弱まり、足元から魔法陣も消えた。

 無事見つけられて良かった。もうだいぶ時間経っちゃったし、ここまで来て時間をとられるわけにはいかないからね。

「相変わらずすごい検索能力だね、アリア」

 突然オルカに褒められてアリアの顔が林檎のように真っ赤になった。

「わ、私こんなことくらいしかできないし。魔法学者スカラーを目指してるからこういうのが得意なだけで……す、すごくなんかないにょ」

 噛んだー。

 この舌はなんでいつもまわらないのー。

「ううん。それでも俺はすごいと思うよ」

 はう。そんな風に急に褒められても。

「うー、ありがとう……」

 どうしていいかわからず、とりあえずアリアはお礼を言った。

「うん。さぁ、歩こう。アリア」

 オルカに促されてアリアは再び歩き始めた。

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