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第二十八話 繋がる点と点。運命を操る男。

「ねぇ、そういえばどうしてわかったの? 私がオルカのために戦ってたって」

 郊外へと抜ける路地を走りながら、アリアは前を走るオルカに問いかけた。

「セルシウスがね、俺の所に来てみせてくれたんだよ」

「セルシウスが……!?」

『お、おい! オルカ! それはアリアには話さないって言ったじゃねぇか!?』

 セルシウスが慌てて声をあげた。

「いいじゃないか、別に」

 そんなセルシウスをよそに、オルカはしれっと答えた。

「ねぇ、いったい何をみせてもらったの?」

「記憶だよ。この一か月の……アリアと過ごしてきた、セルシウスの記憶」

「記憶……?」

 よくわからないけど、セルシウスが私のためにオルカに働きかけてくれたってこと……かな?

 アリアは思わず笑みをこぼした。

「ありがとう、セルシウス! 私、見捨てられたかと思ってた」

『ふ、ふん! ただの気まぐれだ。別にお前のためにやったんじゃねぇからな!』

 オルカがにんまりと笑った。

「照れてるだろ、セルシウス」

「ふふっ。相変わらず照れ隠しがへたっぴだね、セルシウスは」

『あー、もう! うるせぇ、うるせぇ!』

 セルシウスが声を荒げた。その様子に、アリアとオルカは可笑しそうに笑い声をあげた。

「ああ、それとね、アリアを助けるのにもう一人手を貸してくれた人がいたんだ。……いや、手を貸してくれたという表現が正しいかわからないんだけど」

 ふと思い出したようにオルカが言った。

 アリアは小首を傾げた。

 ……うん? 手を貸してくれたけど、手を貸してくれたのかどうかわからない?

「えっと……つまり、どういうこと?」

「その人の名前はラプラス・ジル・クロウ。王国騎士団エクイテスの、ファーストだって言ってた」

「ファースト!?」

 以外過ぎるその人物に、思わずアリアは声を裏返した。

「うん。アリアを助けるために、広場の裏路地に隠れていたら、突然そいつが現れたんだ……」




 処刑執行、三十分前。

 ダムナシア広場裏手、路地の一角。

「すごい人だ。これじゃあ、処刑台まで辿り着くことすら難しいかな……」

 広場の様子を伺いながら、オルカはぼそりと呟いた。

 その時、突如背後から聞き覚えのない声があがった。

「助けに行くつもりかい? アリア・イル・フリーデルトを?」

 オルカの肩が小さく跳ねる。オルカは反射的に跳んで距離をとり、背中に背負った剣に手を掛けた。

 見ると、背の高い、金髪の男が立っていた。眼鏡がんきょう越しに覗く金色の瞳がオルカに向けられている。

 なんだこいつは。人の心を見透かしたような、嫌な目をしている……。

「誰だ……お前は!」

 そう言って、オルカは男をキッと睨みつけた。

 男はオルカの様子を見て、肩を竦めた。

「そう構えないでくれよ。別に君と争うためにここまで来たわけじゃないんだ。むしろ、逆。手助けに来たと言ってもいい。このままじゃ、君は犬死するだろうからね」

「なんだって……?」

 オルカは怪訝な顔をした。

「君が考えていることはこうだ。処刑が始まる直前、広場に乱入。処刑を止め、彼女を救出。そして、そのまま二人で逃げだす」

 オルカは目を丸くさせた。考えていた通りのことをピタリと言い当てられたからだ。

「……だったら何だって言うんだ」

 男は呆れたように溜息を吐き、眼鏡を押し上げた。

「はぁ……。どうやら君は自分が王族であることをつい最近まで知らなかったようだが……やはり、血は争えないね。レイファルスの血を引く男は馬鹿ばかりだ」

 オルカは顔をしかめた。

 俺のことも、アリアのことも知っている? 王家の……いや、軍の関係者か?

「断言する。そんな手を打っても、絶対に失敗に終わる。広場にはエクイテスが六人も配置されているんだ。君ごときじゃ、彼ら相手に五秒も持たないよ」

 オルカは奥歯をぎりりと噛んだ。男の言う通りだったのだ。このままではアリアを救えないということも、自分が死ぬであろうことも、わかっていた。

 思わずオルカは叫んだ。

「無理でもなんでも、やるんだよ! 俺がアリアを救うんだ!」

「それじゃあ僕が困るんだよ。君には……いや、君たちにはあの広場で暴れまわって、騒ぎを起こしてもらいたいんだ。それこそ、指揮系統が乱れるほどにね」

 オルカは混乱していた。男の存在も、言っていることも、何一つ理解ができなかった。

「簡単に言おうか。僕が君を、処刑執行人の一人と入れ替えてやる。それなら、上手くいく可能性は飛躍的に上がるだろう?」

「馬鹿な。そんなことできるわけが……」

「できるわけがない、と? いいや、僕にならできるよ。それも、簡単にね」

 男は余裕のある笑みを浮かべた。

「あんた……一体何者なんだ?」

「僕の名はラプラス。ラプラス・ジル・クロウ。それとも、エクイテスの騎士、ファーストと言った方が分りやすいかな?」

「なっ!? エクイテス!?」

「もっと言ってしまえば、この国の皇子たちが殺し合いをするようにそそのかしたのも僕だ。君が命を狙われる直接の原因を作った……ある意味、元凶ともいえるね」

「――ッ!?」

 一瞬にして頭に血が上り、オルカの全身が怒りに震えた。

 こいつが……元凶?

 俺を守るためにアリアが極東の悪魔アイスランドにならなければならなかったのも、アリアがたくさん傷ついたのも、アリアがあんなにいっぱい涙を流したのも、全て……全てこいつがッ――

 オルカは剣をぎゅっと強く握った。歯を食いしばり、さやから剣を振るい上げた。

「お前がぁッ!」

 オルカの叫び声と、甲高い金属音が路地に響く。

「……悪くない太刀筋だ」

 オルカの振り下ろした一撃を、ラプラスはなんなく鞘で受け止めていた。

 激昂するオルカと対照的に、ラプラスは涼しげな表情を浮かべる。

 それが、オルカの怒りを助長する。

「お前がアリアを……アリアをッ!」

「……ふん」

 ラプラスは腕の力だけで、オルカの剣を払い飛ばした。

「くっ!」

 オルカは着地し、素早く構え直した。

 怒りが収まらず、否応いやおうなしに息が荒くなる。

 見かねたようにラプラスは口を開いた。

「少し冷静になったらどうだ。ここで僕に剣を振るったところで、君の大事な人は救えないんだぞ?」

 ラプラスのその言葉で、オルカは我に返った。しかし、頭では理解できるが、心が言うことを聞かない。止まない憎悪にオルカは強く唇を噛んだ。唇から一筋の血が流れ落ちる。

 そうだ。アリアを救うには、こいつの話を聞く他に手がない……。ここは堪えなきゃ。

 オルカは大きく深呼吸をした。

「……わかった。話を聞こう」

「理解してくれたようで助かるよ。君は他の皇子たちより賢いみたいだね」

「無駄口を叩くな。俺は……お前を許したわけではないんだぞ」

「すまない。そうだったね」

 そう言って、ラプラスは手に持った鞘を紐で腰にくくり付けながら、言葉を続けた。

「なに、さっき言った通りさ。君は処刑執行人に成り済まして彼女を救えばいい。ただそれだけだ」

「俺がそうすることで、あんたにもメリットがあるってことだな?」

 ラプラスは頷いた。

「そういうことだ」

 エクイテスのファーストなら、執行人の一人を変更するくらいできるだろう。この男、何か隠し事をしているような気はするが、嘘を言っているようには見えない。

「全てはこの日のため。今まで色々と手を打ってきた。君たちに担ってもらうのは、まあ最後のダメ出しみたいなものさ」

「色々……?」

 そういえば、セルシウスにみせてもらった記憶に、不自然な出来事がいくつかあった。皇子殺しに暗躍あんやくするエクイテス。第三皇子と第四皇子殺害に関する事実隠蔽じじついんぺい。あの場にいるはずのなかった第二皇子が、わざわざアリアの前に現れたこと……。

「もしかして、時々アリアにとって都合のいい出来事が起こっていたのは、あんたの仕業か?」

 プライドは笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。

「その通り。僕の作戦のために極東の悪魔アイスランドのことを利用させてもらった。王国に混乱を生み、戦力を削らせるためにね」

「混乱? 戦力? 一体なんのためにそんなことを……」

 オルカの質問を無視し、ラプラスはおもむろに懐中時計を取り出して、視線を手元へと落とした。

「おっと、どうやらおしゃべりが過ぎたようだね。時間がない。処刑台の裏にあるフランドーラという店に行くといい。僕の部下が執行人と入れ替われるように、準備して待っているよ」

 聞きたいことは山ほどあったが、オルカにとっての第一優先事項はアリアを救うことであった。

 仕方なくオルカは剣を鞘にしまい、頷いた。

「……わかった」

 ラプラスは目を細めた。

「むしろいいのかい? 僕を信用して」

「俺を騙すメリットが、あんたにはないだろう」

「ああ。良い読みだ」

 ラプラスは頬を緩めた。

 それから、思い出したように声をあげた。

「そうだ、それからもうひとつ」

「なんだ?」

 再び懐中時計に視線を落とし、ラプラスは口を開いた。

「もうじき広場は戦場と化す。無事彼女を救出できたら、すぐに離れることをお勧めするよ」

「……礼は言わないぞ」

 オルカはラプラスの隣を走り抜けた。

「構わないよ。お互いに利害が一致しているだけだからね。精々健闘を祈るよ」

 ラプラスは手をひらひらと振って、路地裏の闇へと姿を消した。

 あいつが何を企んでいるのかはわからない。でも、今の俺にはそんなものは関係ない。

 アリアを助けられるなら、なんだってする。それだけだ。

「待っててくれ、アリア。必ず助ける」




 アリアとオルカの逃走直後。

 ダムナシア広場。処刑台下。

「クソがっ! 逃がさねぇぞ、極東の悪魔アイスランドぉっ!」

 シャーロッテの怒号が広場にとどろく。

 極東の悪魔アイスランドを追って走り出そうとしたシャーロッテの前に、一人の兵士が立塞がった。顔面を蒼白にしている。慌ててここまで走ってきたために、全身汗まみれであった。

「お、お待ちください、セカンド様! た、大変なんです!」

「邪魔すんな! あたしはあいつらを追う!」

 構わず行こうとしたその瞬間、兵士は大声を張り上げた。

「敵襲です! 二千は超えると思われる軍勢が、すぐそこまで迫っています!」

 シャーロッテは目を見開いた。

「このタイミングで敵襲だと!? 馬鹿なっ! どこの国だ!?」

「そ、それが、敵軍は我が国の旗印はたじるしを掲げておりまして……」

 兵士は困ったように語尾を濁した。

「レイファルスの旗だ!? クーデターじゃねぇか、それは!? 首謀者は誰だ!?」

「その……に、にわかには信じられないのですが──」

 兵士が言葉を続けるよりも先に、広場に大声が響き渡った。

「聞けっ! 堕廃だはいしたレイファルス王国よ!」

 シャーロッテを含め広場にいた人々が、声の方に振り返った。

 広場の入口に、レイファルス王国軍の旗に火をつけ、掲げた軍団が道を埋め尽くすように立ち並んでいた。

 そして、その先頭に立つ意外過ぎる人物に、人々は言葉を失った。

 王国騎士団エクイテス団長、ラプラス・ジル・クロウ・ファーストである。

「…………ファースト?」

 シャーロッテの口からポツリと言葉がこぼれた。

 反乱軍の先頭に立ったラプラスは、隣に並んだ銀色の髪の少女の肩にそっと手を添えた。

「我々反乱軍は、ここにおられる第七皇女・・・・アリシア・レイ・ファルスを新たな王とするべく、現レイファルス王国に対し、宣戦を布告する!」

 いつもの冷静なものとは違う、覇気の籠ったラプラスの声が、広場に反響する。

「第七……皇女だと!?」

 皇女という言葉に、一気にざわめきが広がる。それもそのはず。この国では、皇女は王になれないのだ。

「皇女に皇位継承権を認めない。そんな無意味な古い考えが生んだのが、今のこの堕廃した王国だ! 無能で愚かな皇子たちが国を継ぎ、代を重ねるごとにその王の……国の資質は堕ちていく。そんなもの、私は耐えられない! 性別など関係ない。より有能な人間が、この国を統べるべきだ!」

 ラプラスは言葉を紡ぎながら、広場の中心にいる国王の元へと一歩一歩近づいていった。

 広場にいた観客が、ラプラスを避け、道ができあがる。そして、群衆の中から国王グリム・レイ・ファルスの姿が現れた。

 相対したグリムは、ラプラスを睨みつけた。

「血迷ったか、ファースト……」

 ラプラスはまるで物でも見るかのような冷たい目をグリムへと向けた。

「あなたの考えは古い。王国諸共もろとも、ここで消えてもらう。我が姫、アリシア様のためにも」

 その時、グリムの前に五人の騎士が立塞がった。エクイテスである。

「王、お下がりください」

「あの愚かな男の好きにはさせません」

 ラプラスは五人に目をやり、鼻で笑った。

「何がおかしい、ファースト?」

 シドが眉間に皺を寄せる。

「いや。そんな男を守っている君たちが滑稽こっけいで仕方なくてね」

「言いたいことはそれだけか?」

 シドは右手をラプラスへと向けた。

 それを遮るように、シャーロッテは一歩前に出た。

「待てよ、フォース。こいつはあたしが相手する」

「セカンド。ぬしは右腕が……」

「はんっ。こんくらいどうってことない。むしろ、いいハンデさ!」

 シャーロッテがそう言うと、ラプラスは高らかに笑い声をあげた。

「クッハッハッハッ!」

「何笑ってやがる」

 シャーロッテはラプラスを睨みつけた。

「馬鹿だね、シャル。だから、君はいつまでたってもセカンドなんだよ」

「あぁ? やんのか、お勉強だけの坊ちゃんが!」

 ラプラスはおもむろに眼鏡を外し、地面に落とした。

「この僕の戦闘能力が、本当に低いとでも思っているのかい?」

 そして、腰から下げた聖剣ベルカロギアを引き抜いた。


「面倒だから全員同時にかかって来い。見せてあげるよ。君らには絶対に越えられない、ファーストと呼ばれる者の本物の力を……!」


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