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第一話 平和な日常。アリアの計画。

 初等部三年生の春。名門レイファルス魔法学院に魔法が使えない男の子が転校してきた。

 黒板の前に立つ転校生の姿に、生徒たちの視線が集中する。

「はじめまして。オルカ・イヴ・クストです。僕は魔法が使えませんが、わけあって今日からこの学院でお世話になることになりました。よろしくお願いします」

 オルカと名乗った男の子は言い終えるなり、ぺこりとお辞儀をした。突如現れたわけあり転校生に戸惑っているのか、拍手喝采……とはいかず、ぱちぱちとまばらな拍手が起こった。

「席は……そうね。アリアの隣が空いていましたね。アリア! アリア・イル・フリーデルト!」

 担任のカーチェル先生は教室を見回した後、アリアの名前を大声で呼んだ。それまで半開きだったアリアの目が、大きく見開かれる。

「は、はい!」

 アリアもつられるように、大きな声で慌てて返事をした。

「オルカ。今返事をした子の隣に座りなさい。そこがあなたの席です」

 カーチェル先生がポンとオルカの背中を叩いて促した。

「はい、わかりました」

 オルカは返事をすると、真っ直ぐアリアの方へと近づいた。アリアの前でピタリと歩を止めると、

「君がアリア?」

 と小首を傾げて言った。その声はとても落ち着いていて、他の同級生よりも大人びて見えた。綺麗な翡翠色ひすいいろの瞳に吸い込まれそうになる。

「あ、うん」

 アリアがそう答えると、オルカは満面の笑みを浮かべた。

「今日から隣だね。よろしく」

 教室の窓から春風が吹きこむ。オルカの銀色の髪がふわっと風になびいた。その瞬間、時が止まったような錯覚を覚えた。心臓がきゅうっと締め付けられるように痛む。鼓動は、気付けば速くて大きいものになっていた。

 なんだろう、この気持ち。胸が……苦しい。どうしよう。と、とりあえず返事をしないと。

「よ、よろひく」

 噛んだー。恥ずかしい、死にたい。

 落ち着いた様子のオルカとは反対に、極度の緊張からアリアは幼さ全開の噛み噛みな返事をした。これが二人の最初の出会い。そして、アリアがオルカに一目惚れした瞬間だった。



 それから、四年後──

 真暦しんれき三十二年。四月五日。

 レイファルス魔法学院中等部校舎へと続く、長い並木道。サクラと呼ばれる遠い異国の木が何十本も植えられたその道は、この季節になると綺麗なピンク色の花びらを降らせる。

「わあ……綺麗」

 無数のサクラの花が舞い落ちるその光景に、アリアは感嘆の声を漏らした。この学園に通い始めてから毎年見ているが、鮮やかなこの光景を見る度に感動してしまう。 

 サクラに見とれていると、アリアの背後から声が上がった。

「おはよう、アリア」

 聞きなれたその声に、アリアの心臓が高鳴る。振り返ると、オルカがそこにいた。

「おはよう、オルカ」

 アリアは優しい表情を浮かべて、挨拶を返した。足を止めて、オルカが追いつくのを待つ。何秒も経たないうちに、アリアの隣にオルカが並んだ。

 頭一つ分高い位置にあるオルカの顔を見上げて、

「いきましょ」

 とアリアは促した。

 オルカと出会ってから四年の月日が経ち、アリアたちはレイファルス魔法学院の中等部にあがっていた。

 二人は真っ黒のローブに身を包み、襟元えりもとには白いスカーフを巻いていた。スカーフには校章であるグリフォンのブローチが輝いている。これが学院指定のファッションだった。一般的に言うところの制服である。この学院に通う生徒はみんな一様に同じ格好をしている。ローブは春用なので通気性がいい。そのため意外と着心地は良かった。ちなみに、ローブの中には基本的に何を着ても良いことになっている。

「アリア、魔法力学まほうりきがくの宿題やった?俺、少し自信なくてさ」

「もちろん。じゃあ、教室に行ったら答え合わせしましょ」

 アリアたちは中等部でも同じクラスであった。というか、偶然にも出会ってからずっと同じクラスなのである。

「そうだね。ありがとう」

「うん」

 二人は毎日一緒に登校していた。と言っても約束などはしていなかった。ただ、寮を出る時間が同じなため、この並木道でほぼ必ず遭遇するのだ。この小さな習慣がアリアにとっては幸せな時間だった。

 傍から見たら私たちは恋人同士に見えたりするのかな。

 アリアは、オルカと誰よりも仲が良いことが密かに自慢だった。しかし、友達以上恋人未満である。

 この先を何度も夢見てきた。もしだめだった時に、今のこの関係ですらいられなくなるかと思うと怖くて何もできなかった。

 アリアはある決意をしていた。それは出会って丁度四年目である今日、募りに募ったこの想いを伝えるというものだった。おそらく、いや間違いなくアリアの人生最大の山場である。

 アリアがそっと隣を歩くオルカに目をやる。気づいたオルカは笑顔を返してくれた。頬が熱くなる。アリアはこの笑顔が特に大好きだった。アリアにとって、良くも悪くもオルカの存在が全てだった。

 私は、オルカとずっと一緒にいたい。

 アリアは覚悟をして足を止めた。

「ねぇ、オルカ」

「なんだい?」

 オルカも足を止めて小首を傾げる。

「うっ……」

「ん?」

 いきなり言葉に詰まった。

 大丈夫。今日のために年単位で計画プランを立ててきたんじゃない。台詞も何万回と練習してきた。あらゆるパターンの障害にも対策を練った。今必要なのは小さな勇気。がんばれ、私。

「あ、あのね。今日の放課後、時間……ある?だだだ、大事な話があるんらけろ!」

 噛んだー。またしても大事なところで噛んだー。

 でも言えた。噛んだけど、ちゃんと言った。

 アリアは恥ずかしさと返事を聞くことの不安でぎゅっと目を閉じて待った。しかし、すぐに答えが返ってくるかと思いきや、待てども待てどもオルカの返事は返ってこなかった。

 あれ? 私ちゃんと言えたよね?

 もしかして噛んで言えてなかった?

 不安になりながらも恐る恐るゆっくりと目を開く。

「……っ!?」

 すると意外な光景がそこにあった。顔を真っ赤に染めたオルカが目を見開いたまま固まっていたのだ。

「う……うん。大丈夫だよ」

 絞り出すように返事をするオルカ。

 驚いた。オルカのあんな顔初めて見た。

「どうかしたの?」

「い、いや。なんでもないよ。早く教室に行こう。答え合わせしないと」

 珍しく慌てている。なんだろう。うーん、気になる。

 腑に落ちない感じはしたが、作戦的には上手くいったのでアリアは教室へと向かうことにした。


 中等部教室塔二階。スピカクラス。

 教室に着くなり、アリアたちは宿題の答え合わせを始めた。中学にあがった今でも席が隣同士なのはこういう時ありがたい。二人の登校時間はいつも余裕があり、担任の先生が来るまでまだいくらかの時間があるのだった。

「オルカ、ここ。問三の答え違うと思うよ。たぶん雷の魔元素じゃなくて風の魔元素が正解だと思う」

「なるほど、そうか」

 オルカは先ほどよりは落ち着いていた。四年の月日の中で、あそこまで動揺したオルカをアリアは見たことがなかった。あとで聞いたら理由を教えてくれるだろうか。

「よし、こんなものかな」

「そうだね。あ、丁度先生来たよ」

 扉が開き、タイミングよく担任の先生が入ってきた。

「おはようございます。カトレア先生」

 生徒たちが一斉に元気良く挨拶をする。

「おはようございます。皆さん」

 次いで、カトレア先生が挨拶を返す。

「今日は一限目に魔法力学。二限目に魔法社会学。三限目に飛行魔法応用。午後はペアでクエストに行ってもらいます。クエストの場所に関しては、別紙でプリントを用意しますので各自クエスト支援課に行って確認をしておいてください。お昼休みに準備を整えておくのですよ」

 カトレア先生が手元の資料を見ながら長々と今日の予定を読み上げる。これが朝のホームルームの日課であった。担任の先生は朝と帰りのホームルームでしか関わらず、講義は各分野の先生に教わっている。初等部の時は全ての講義を担任の先生から受けていた私たちにとって、中等部でのこの新しい生活はまだ割と不慣れで忙しい。この朝のホームルームでしっかりとチェックをしておかないと大変なのだ。

「そうか、今日は飛行魔法の日かぁ」

 小さい声でオルカがぼやいた。

 実はオルカはまだ魔法が使えない。魔法力学や魔法社会学みたいな座学なら問題はないけれど、飛行魔法応用のように魔法を使う実習形式のものはオルカは参加できないのだ。

 出会って四年も経つが、魔法が使えない理由をアリアもよく知らなかった。前に聞いたときは体質だって言ってたけど、調べればオルカの体からも魔力反応がしっかりと出る。魔力があるのに使えない体質って何だろう?

 しかし、魔法が使えなくてもオルカはしっかりと魔法学院の生徒として今までやってこれていた。実習形式の講義は特例でレポートを出すことで単位認定されてきたし、座学はむしろ人よりも優れていた。実戦の多いクエストも、得意の剣術で華麗にクリアしてきた。

 なにも問題ないとは思うけど、本人いわく思うところがあるようだ。

「大丈夫よ。見学している間、宿題でもこっそりやっていれば有意義に過ごせるから」

 オルカに元気になってもらいたくて、アリアは笑ってそう言った。

「ははっ、それもそうだね」

「こら、そこ! 無駄なおしゃべりは慎みなさい!」

 話し声を聞かれたのか、カトレア先生に叱咤された。

「「す、すみません」」

 二人は声をそろえて謝った後、顔を見合わせて小さく笑った。


 昼休み。

 学院内第三食堂パニール。

「オルカ、こっちこっち!」

 アリアは大きく手を振ってオルカの名前を呼んだ。

「ごめん、お待たせ」

 そう言ってオルカはアリアとテーブルを挟むようにして座った。

 アリアの鼻先に香ばしいパンの香りが漂う。見るとトレーには焼きたてと思われるパンとサラダ。それから一枚の折りたたんだ紙がのせてあった。

「なぁにそれ?」

 アリアがティーカップを片手にその紙を指さすと、オルカはそれを広げて渡した。

「朝カトレア先生が言ってただろ。午後のクエストの場所と内容だよ。三限が終わってから、クエスト管理課のボックスまで取りに行ってたんだ」

 クエストは学校から指定されたミッションをこなしていく実践型トレーニングだ。クエストの内容によってSSからFまで難易度別のランクがあり、そのランクがそのまま魔法使いとしてのランクの目安として使われることが多い。つまりCランククエストが常にクリアできる生徒はCランク魔法使いということだ。

 内容は採収や魔獣の討伐がメインで、わからないことは全部学院のクエスト管理課で調べれば大概のことは教えてもらえる。

 ちなみにクエストはソロ・ペア・パーティーの三タイプあって、基本的にはペアが多い。今回もペアだ。ちなみに私のパートナーはもちろんオルカ。昔から一緒にいたこともあり、自然とパートナーにお互いのことを選んでいた。

 アリアは手を伸ばして紙を受け取る。

「あぁ、そういえば各自確認してくださいって言ってたっけ」

 そんなことはとうに頭から吹き飛んでいた。放課後が近づくにつれて、オルカに想いを伝える計画プランのことで頭が一杯になっていたのだ。

「私たちのクエストは……」

「植物採収クエストだよ。ターゲットはマウンテンローズ一輪。ランクはE。場所は無人島アーデルベルク」

 アリアがプリントに目を通すよりも早くオルカが簡潔に答えた。

「アーデルベルクかぁ。小型船をチャーターしないとだね」

 正直内容は大したことなかったが、アーデルベルク島は文字通り島。歩いてはいけない場所だった。船のチャーターは地味に面倒くさかったりもする。

「もう手続してきたよ。クエスト管理課寄ったついでにね」

「ありがとう。さすが、オルカ」

 アリアは感嘆の声を上げた。

 オルカは普段からしっかりしているが、こういう所も几帳面だった。

 お礼を言うと、オルカはにっこりと笑って昼食を口に運んだ。

 さて、クエストにかかる時間とアーデルベルクへの往復時間。それから、マウンテンローズをクエスト管理課に提出する手続きのことを考慮して、計画プランの第二段階に入るのは……六時くらいかしらね。

 着々と算段を脳内で立てながら、アリアはカップの中身を飲み干した。

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