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第二十七話 公開処刑。三人。

 五月五日。午後三時。

 首都レイファルス。公開処刑場ダムナシア。

「ただ今より大罪人、極東の悪魔アイスランドの公開処刑を執り行う」

 進行人の低くよく通った声が処刑会場である中央広場に響き渡り、ざわめいていた辺りが静まり返った。

 全身に甲冑を纏った死刑執行人の一人が、アリアの背中を小突く。アリアは促されるまま、鉄でできた階段を一段ずつ登っていった。

 頭から布を被せられているため、足元しか見えない。両手両足に鎖と錠が付けられており、手足を自由に動かすこともできない。よたつき、歩くこともままならないその姿は、全てを失ったアリアの心そのものであった。

 やっとのことで階段を登り切り、アリアは処刑台に立った。次いで、執行人の二人がアリアの両脇に立ち並ぶ。一人は木でできた斬首台を、もう一人は斬首用の大剣を手に持って挟むようにして身構えている。

 各地から広場に集まった七千人を超える見物人の視線が、アリアと執行人に注がれる。

 一方、処刑台の正面数メートル先。式典用の赤絨毯と玉座が置かれ、そこに腰かけた国王グリム・レイ・ファルス十二世が、処刑の様子を窺っていた。

 その周囲を、シャーロッテ・ドンキー・アーク・セカンドを筆頭に、エクイテスの騎士たちが取り囲むようにして王の警護にあたっている。普段は晒一枚さらしいちまいのシャーロッテも、この時ばかりはさすがに騎士団の白コートを羽織り、正装姿をしていた。

「おい、フォース。ファーストはどこにいってんだよ?」

 シャーロッテが隣に立つシドへと言葉を投げた。

「わからん。昨晩から行方を眩ませているらしい。あとトウェルヴスも……」

「あの白兎しろうさぎも……? なんだ、駆け落ちとか言うんじゃねぇだろうな」

「駆け落ちかどうかは知らんが、この大事な任務にいないというのは問題だ。一体何を考えておるのやら」

「はん。あたしには、あの男の考えはわかんねぇよ」

「確かにな。む、はじまるようだぞ」

 シドが顎で処刑台をさした。

「公開処刑か……つまんねぇ死に方しやがって」

「む、何か言ったか?」

「別に」

 シャーロッテは後ろ頭を掻き、渋々体をそちらに向け直した。

罪人つみびとを斬首台へ」

 進行人が声をあげた。一人の執行人は斬首台を置き、アリアの首を掴んでひざまづかせた。アリアは抵抗することなく、されるがままに細い首を斬首台の上へと乗せた。

 様子を見ていた国王がゆっくりと右手を挙げて合図した。

「顔をあげさせろ」

 進行人の言葉に従い、執行人がアリアの顔を覆っていた布を剥ぎ取り捨てた。そしてアリアの前髪を掴み、無理矢理顔をあげさせた。アリアの顔が、広場に来ていた見物人たちの目にさらされる。

 意外な極東の悪魔アイスランドの正体に、広場は騒然となった。次々とアリアを罵る声があがるが、アリアの耳には一切届かなかった。最早、アリアはこの世界に興味などないのだ。オルカに嫌われてしまった、こんな世界などに。

「静粛に! これより尋問を始める」

 ざわめき立つ広場に進行人の声が響き、再び静寂に包まれる。

 国王が恐ろしいほど冷たい視線をアリアに向け、頬杖をつきながら言葉を投げた。

極東の悪魔アイスランド……いや、アリア・イル・フリーデルト。貴様は我が一族に何か恨みでもあったのか?」

「……」

 アリアは答えなかった。

「それとも何かくだらん野望でも抱いていたのか?」

「……」

 質問が変わろうと、答えられるはずもなかった。例えこの国の王の言葉でさえ、アリアには届かない。今のアリアに言葉を届けることができるのは、この世にたった一人しかいないのだから。

「どうやら時間の無駄のようだな……やれ」

 国王は溜息を吐き、興味なく手を払う動作をした。

「それでは斬首刑に移る。執行人は準備を」

 指示が出るなり、執行人の一人が速やかにアリアの鎖で繋がれた両手と後ろ首を力強く押さえつける。それを確認したもう一人の執行人が大剣を両手でしっかりと握り、アリアの首元にそっと添えた。

 広場の人々は、食い入るようにその様子を窺っていた。

「執行!」

 執行人が大剣を天高く振りかざした。

 この時、オルカと出会ってからの日々が、光のようにまたたいて、アリアの脳内を駆け巡った。

 オルカ。一緒に笑って、泣いて、ケンカして……あなたを好きになって、私はとても幸せだったよ。

 どうして、こんなことになってしまったんだろうね……。

 オルカ……私は、あなたを守りたかっただけなんだけどな……。

 もし生まれ変われたら、もう一度あなたを好きになりたい。今度こそ、好きって伝えられたらいいな……。


 さようなら、オルカ――


 アリアは静かに目を閉じた。

 たまった涙が頬を伝って流れ落ちる。

 その瞬間、勢いよく大剣が振り下ろされた。

 鈍い太刀音たちおとが広場に響く。首が跳ね飛び、噴き上がった血で処刑台が真っ赤に染まった。




 ……あれ?


 アリアは不思議なことに気がついた。

 痛みが無いのだ。

 すると、ガンッと何か固いものがぶつかる音が聞こえた。

 アリアはゆっくりと目を開いた。そして、自分の目を疑った。血にまみれたかぶとを被った生首が、アリアの眼前に転がっていたからだ。それは死刑執行人が被っていた冑であった。首の断面から、ドクドクと生々しく血が溢れ出ている。

 更に、いつの間にかアリアを抑えつけていた人物がいなくなっていることに気がついた。自由になったアリアは、現状を確認するべく、顔をあげて振り返った。目に飛び込んできた光景は、あまりに異様だった。

 アリアの首をはねようとした方の執行人は、首から上が無くなっていた。手に処刑用の大剣を握ったまま、フラフラと立っている。

 そして、アリアの首を抑えていた方の執行人は、血塗ちまみれの剣を手に持って、切り上げた構えをとっていた。国王軍の紋章が刻まれたマントが風にはためいている。

 なに……これ?

 その異様な光景に、アリアだけでなく、広場にいた人全てが言葉を失っていた。

 首から上を失った執行人は、バランスを崩して後ろに倒れ、アリアの上ってきた鉄の階段を転げ落ちていった。

 目の前で起きた惨状に、見物人の一人が悲鳴をあげた。

 すると、堰を切ったように、見物していた人々は一瞬でパニックに陥った。広場が悲鳴と混乱に包まれる。

 残った執行人が、小さく剣を一振りして血を払い、背中に背負った鞘へとその剣をおさめた。

 アリアはおもわず両手で顔を覆った。

 その動作に見覚えがあったのだ。

 涙が溢れ出て止めることができなかった。

 嘘……なんで?

 執行人は冑を脱ぎ捨て、頭を振った。銀色の髪がフワッと揺れる。

 そして、翡翠色の瞳をアリアへと向け、優しく微笑んだ。

「ごめんね、アリア。遅くなった」

「オ、オルカぁ」

 アリアはオルカの胸に飛び込んだ。オルカはそれを優しく抱きとめた。

 オルカが甲冑を纏っているにもかかわらず、アリアにはとても暖かく感じた。オルカの温もりをしっかりと感じた。それは間違いなく、とっても優しい、アリアの愛したいつものオルカである。

 オルカ……オルカだ! 夢みたい。オルカが助けに来てくれた!

 嬉しいという感情と共に、ある疑問が浮かんだ。アリアはオルカを見上げ、おずおずと口を開いた。

「でも、どうして? 私は、極東の悪魔アイスランドなのに……」

 オルカは笑みを浮かべ、ぎゅっとアリアの頭を抱きすくめた。

「ごめん。間違っていたのは俺の方だった。アリアは命がけで俺を助けようとしてくれてたんだな。あんなに……あんなにたくさん、辛い思いをしてまでも……」

「オルカ……?」

「だから、今度は俺がアリアを守る番だ。もう君を一人にはしない。ずっと一緒だ、アリア」

 アリアの両目から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。

 痛くてじゃない。悲しくてじゃない。驚いてでもない。嬉しくて流す涙は、こんなにも心を温かくしてくれるんだ。アリアは流れる涙をとても愛おしく思った。そして、それ以上にオルカを愛おしく思った。

 アリアはオルカを強く抱きしめ返した。

「うん。…………うん。ありがとう、オルカ」 

 その時、突如、アリアの背後から声があがった。

「全く、やってくれましたね」

 驚いて振り返ると、白いコートを羽織った、黒髪で長身の男が一人立っていた。

「エクイテス!?」

 アリアは肩を震わせた。力を失った今の状態で襲われたら、ひとたまりもないからだ。

 オルカはそんなアリアの不安を取り除くように、優しく頭を撫でた。

「……オルカ?」

 そして、アリアから手を離し、一歩前に出て、男の前に立ちふさがった。

「こんなことをして、騎士様ナイトさまにでもなったつもりですか?」

「まあ、そんなところだね」

 オルカは不敵に笑い、男を見据える。

 男は顔をしかめて、鼻を鳴らした。

「ふん。処刑を止めたところで、この広場にはエクイテスが私を含め六名もいるんです。逃げ場はありません。たった一人で救出劇が演じられるほど、世の中甘くはないんですよ」

 そう言って、男は右手をオルカへと向けた。

 まずい。魔法を使われたら……!

「逃げて、オルカ! 一人じゃエクイテス相手に勝てっこない!」

 アリアは叫んで、オルカの背中を揺すった。

 だが、オルカに慌てる様子はない。代りに、自信に満ちた表情をアリアへと向けた。

「一人? 君を救いたかったのが、俺だけだと思うのかい?」

「へ……?」

 も、もしかして……!?

「一人なんかじゃない。なぁ、そうだろ!」

 そう言って、オルカはマントをバサッと広げた。

 そこから現れたのは、光り輝く小さなぬいぐるみのような生物だった。

「セルシウスっ!」

 アリアの瞳に涙が溜まる。

 セルシウスはニヤリと笑い、短い腕をアリアへと伸ばした。

「ったく、世話が焼けるぜ。泣くのはあとだ! アリア、手をだせ!」

「うん!」

 アリアは袖で涙を拭い、頷いた。そして、右手をセルシウスへと伸ばした。

「ちっ、例の精霊ですか! そうはさせま――っ!?」

 男の右腕が宙を舞う。オルカが一瞬でふところに飛び込んで、腕を切り上げたのだ。

 男は切られた腕を左手で押さえながら、オルカを睨みつけた。血管を浮かび上がらせ、怒りをあらわにしている。

「こ、この餓鬼ぃ、ぶっ殺すぞ!?」

「邪魔はさせない」

 オルカは切っ先を男へと向けて言い放った。

 ……ありがとう、オルカ。

 ことの様子を見ていたアリアは心の中でお礼を言った。

 セルシウスの指とアリアの指が触れる。

 触れ合った指先からまばゆい光が溢れ、アリアとセルシウスを包んだ。


「「精霊契約コントラ」」


「しまっ――!?」

 光に包まれる二人の姿に、男の注意が一瞬逸れた。その隙を見逃さず、オルカは男の心臓めがけて大剣を根元まで突き刺した。

「がふっ……」

「剣士の間合いで、余所見よそみは禁物だよ。エクイテスの騎士はそんなことも知らないのかい?」

 オルカはそう言って大剣を引き抜き、血を払った。男の体はズルリと崩れ落ちた。そのまま剣を鞘に戻そうとしたとき、オルカは魔獣のようなオーラを感じ取った。

 振り返ると、十数メートル先からこちらに向かって飛び込んでくる女の姿が目に映った。

極東の悪魔アイスランドぉっ!」

 シャーロッテ・ドンキー・アーク・セカンドである。

 その存在に気付いたのはオルカだけではなかった。

『アリア、あの女だ!』

 セルシウスの声がアリアの脳内に響く。

「わかってる!」

 契約を終えたアリアは光の中から飛び出し、オルカとシャーロッテの間に割って入った。

 手足の鎖を引きちぎり、右手をシャーロッテへと向け、オルカを守る盾のイメージを作り上げる。

氷龍の逆鱗ひょうりゅうのげきりん!」

 解放キーと共に、ギザギザした円形の盾が発生した。

 シャーロッテは思いきり拳を振りかぶった。

「あたしに盾は利かないって言ってんだろがぁ!」

 叫び、お構いなしに発生した氷龍の逆鱗を殴りつけた。盾の表面に無数の亀裂が走る。

 アリアは口角をあげた。

「触れたね? 私の勝ちだ、セカンド!」

「あぁ!?」

 氷龍の逆鱗が砕けるよりも前に、氷に触れたシャーロッテの拳が、見る見るうちに凍りついていく。亀裂の入った氷龍の逆鱗とともに、シャーロッテの凍りついた手までもが、甲高い音を立てて砕け散った。

「ぐあああぁ!?」

 シャーロッテ体は速度と勢いを失い、処刑台にたどり着くことなく広場へと落ちていった。

『やるじゃねぇか、アリア。触れたものを凍てつかせる盾かよ』

「昔からよく言うでしょ? 龍の逆鱗に触れてはいけない……って」

 アリアは得意げに笑った。

「喜んでいる暇はない。アリア、走るよ?」

 そう言って、オルカはアリアの手を取った。

「え……え?」

「ここはもうじき戦場になる。おいで! さあ、早く!」

 わけもわからず、アリアは手を引かれるまま駆け出した。

 アリアは笑わずにはいられなかった。

 こんな状況にも関わらず、オルカに手を握られて、ドキドキしてしまっている自分がいたからだ。

「な、なんで笑ってるんだよ?」

 オルカが不思議そうな目をアリアへと向ける。

「へへっ、内緒ー!」

『教えてやろうか、オルカ? 今こいつな――』

「ああ! ダメだよ、セルシウス! 絶対に言っちゃダメ! 言ったら絶交なんだから!」

「ははっ、教えてよセルシウス」

「もう、オルカまで! ダメったらダメなにょ!」

「あ、噛んだ」『あ、噛んだ』


 三人は大声で笑った。笑いながら、処刑広場を駆け抜けていった――

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