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第二十三話 ファースト。初代ファースト。

 四月二十六日。午後十一時。

 首都レイファルス。王国騎士団エクイテス本部、会議室。

「ラプラス様ぁ、脳筋一号はどこにいってるですか?」

 ロップがつまらなそうな声で言った。足の届かない高い椅子に座り、宙ぶらりになった足をバタバタとさせている。

 ラプラスは読んでいた本を閉じて、口を開いた。

「シャルなら本部の地下病棟で鎖に繋がれているよ」

「鎖に……ですか?」

 ロップは不思議そうに首を傾げた。

「ああ。魔法で強化した特殊な鎖でね。そうでもしてないと、極東の悪魔アイスランドの所に向かおうとしてしまうからね。まったく。まだ怪我が完治していないのに、困ったものだよ」

 ラプラスは呆れたような顔をして、小さく溜息をついた。

「容易に想像がつくですね。まあ、あの脳筋が一対一タイマンで相手を倒せなかったことなんて今までなかったですからね。きっと相当プライドが傷ついてるです。いい気味です!」

 ロップはそう言って悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「僕も驚いたよ。極東の悪魔アイスランド龍装状態りゅうそうじょうたいのシャルと互角に戦えるとは、正直思っていなかったからね」

 ロップは腕組みをし、むぅっと唸りながら小さな眉間に皺を寄せた。

「だいたい、あの龍装とかいうへんてこな力は何なんですか? あれだけのエネルギー量で魔法じゃないとか、わけわかんないです。無茶苦茶です」

 あまりの言われように、ラプラスは思わず笑みをこぼした。

「クックッ、無茶苦茶か……まあ、確かにそうだね。あれは、なんて説明したらいいのかな。この星の力を利用した、シャルにしか使えない反則技みたいなもんだよ。一応原理は説明できるけど……聞くかい?」

 ラプラスがそう言うと、ロップは顔をしかめた。そして、両手で耳を塞いで首を振った。

「うー。ロップ、ラプラス様は大好きですけど、お勉強は大嫌いですー!」

 そう言って、ロップはトテトテと部屋の外へと向かって走り出した。

 ロップが部屋から出ようと扉に手を伸ばしたその時、ひとりでに扉が開いた。ゴチンと痛そうな音が室内に響く。扉におでこを強打したロップは、そのまましりもちをついた。

「い、痛いですぅ……」

 目に涙を浮かべながら、両手でおでこを押さえている。

「おお、すまぬ。気づかなかった」

 扉を開いて現れたのはシドであった。しりもちをつくロップに対し、まったく悪いと思っていないような声でシドは謝った。

 来たか、シド……。

 ラプラスがシドへと声をかけようとした刹那、ロップが可愛らしい声を張り上げた。

「き、気をつけろです! この木偶の坊でくのぼう! 脳筋二号! ……あぅ」

 叫んだら痛みが増したらしく、ロップは言うだけ言って、再びおでこを押さえてうずくまった。

「それは悪いことをした」

 シドはどことなく嬉しそうに言った。

 ラプラスはそんな二人の様子を見てクスクスと笑った。

 シドのやつ、わざとやって楽しんでるな。まあ、普段から散々喧嘩しているから仕方ないか……。

「わーん! ラプラス様ぁ」

 ロップが泣きながらラプラスの胸へと飛び込む。ラプラスはそれを抱き留め、あやすようにロップの頭を撫でた。

「そんなことより、シド。頼んだことはわかったのかい?」

「ああ、そうだったな。お前の言った通り、いくつかの街が氷漬けになっているのが見つかったぞ。場所は、リップロック村、流通都市ガナレ、モスキートタウンだそうだ」

 シドは思い出したようにメモ用紙を取り出して読み上げた。

極東の悪魔アイスランド本人は?」

 ラプラスの問いに、シドが首を横に振る。

「いや。残念だがもぬけの殻だったようだ」

「そうか。なら、今ある情報からヒントを探すしかないね」

「うむ。だが、氷らされた街の位置だけではどうしようもないぞ」

 街の位置……? もしかして――

 ラプラスは立ち上がり、筒状に丸めて壁に立てかけてあった王国の地図を机の上に広げた。

「どうしたですか、ラプラス様?」 

「シド、街が氷らせられた順番はわかるか?」

「ぬ?」

「順番だ。そこに載っていないか? 調査団からの報告書なら、被害にあった日付が割り出されているだろう」

 シドは慌ててメモ用紙に視線を落とした。

「……おお、本当だ。書いてあるぞ。モスキートタウン、リップロック村、流通都市ガナレの順だ」

 ラプラスは、視線を地図上へと戻した。先週極東の悪魔アイスランドと戦ったブランクフランキーに指を添える。そしてそこから、言われた順番通りに指を這わせていく。

 モスキート、リップロック、ガナレ、この道筋の先にあるものは……。

 地図をなぞる指がピタリと止まる。指を止めた場所。そこは――

「レイファルス……魔法学院」

 ラプラスは、はっと思い出したように振り返った。

 調査データなどを保管してある棚に手を伸ばし、一冊のファイルを掴んだ。それをバラバラとめくっていく。

「お、おい。どうした、ラプラス?」

「ふぇ? 学校?」

 この学院は、二十日前に極東の悪魔アイスランドから襲撃を受けている。その時、一人の生徒が行方不明になっていたはずだ。

 ラプラスの手が止まる。探していたページを見つけたのだ。

 それは、行方不明になった生徒のプロフィールである。内容を読み終えたラプラスは、わずかに口角を上げた。

 やはりな、間違いない。第六皇子オルカ・レイ・ファルスと関わりを持つ、魔法学院の関係者。更に極東の悪魔アイスランドの登場とともに行方をくらませた人物……。

 ラプラスはファイリングされた写真と名前をじっと見つめた。

 アリア……アリア・イル・フリーデルト……か。まさか、こんな少女があの極東の悪魔アイスランドとはね。

「どうした、ラプラス」

 ラプラスはファイルをパタリと閉じて、棚へと戻した。

極東の悪魔アイスランドの正体と居場所がわかったよ」

 シドとロップが驚きの表情を浮かべた。

「なに、本当か!?」

「すごい! さすがラプラス様ぁ!」

 ラプラスはゆっくりと頷いた。

「ならば、すぐに向かうぞ! 次は我が極東の悪魔アイスランドを討伐してくれる!」

 勇むシドとは対極的に、ラプラスは冷静に答えた。

「いや、必要ない。ここでのんびりと待つとしよう」

 そう言って、ラプラスは椅子に腰かけ、机の上にあった読みかけの本を手に取って開いた。

「ふざけている場合か! 奴は放置するには危険すぎる存在だぞ!」

 シドが真剣な表情をして声を荒げた。

 しかし、ラプラスは動揺する様子もなく淡々と答えた。 

「別にふざけてなんかいないさ。ただ、僕の読み通りなら、あの男がここに極東の悪魔アイスランドを連れてくるはずさ」

「あの男?」

「誰ですか?」

 ロップとシドが首を傾げる。

「誰もが知っている人物さ」

 含みのある言い方をして、ラプラスは再び読書を始めた。

 レイファルス王国、初代エクイテス団長。伝説の最強騎士、アイリス・デル・プライド・ファースト・・・・・。あなたは特別優れた人だ。優れた人だからこそ、僕の思った通りに行動してくれるはず。期待していますよ、先生?

 ラプラスは頬が緩むのを抑えられなかった。それを隠すように、開いた本で口元を隠した。

「どうやらもうすぐ約束を叶えられそうです。姫様……」

 

 ラプラスが小さく放ったその言葉には、優しさと狂気が満ちていた。




 同日、同時刻。

 レイファルス魔法学院。学院長室。

 部屋の中には二人分の人影があった。

 窓から差し込む月明かりが、窓辺に立った背の高い老人と、正面に立つ女性を照らす。

「そうか、第二皇子も死んだか……」

 長い灰色の髭を撫でながら、プライドは残念そうな声でそう言った。

「はい。先ほど、王国中に情報公開されたようです。生き残った皇子は、第一皇子オズ・レイ・ファルスのみだと」

 秘書のノエルは手に書類を抱えたまま、淡々と報告をした。

「ノエル君、彼の容体は?」

「二時間ほど前に目を覚ましました。彼女のことは、まだ……」

「そうか、ならば彼をここに呼んできてくれ。それと、例の準備を頼む……」

「わかりました」

 ノエルはぺこりと頭を下げて、部屋から出て行った。

 プライドは窓越しに空を見上げた。まんまるの月が、煌々と光り輝いている。

 とうとうこの時が来てしまったようじゃな……。

 ふぅ、とプライドは小さな溜息をこぼした。

「やはり、わしがやらねばならんか……」

 その時、扉をノックする音がした。

「入りたまえ」

「失礼します」

 扉を開け、一人の少年が部屋の中へと入ってきた。月明かりに照らされて、翡翠色の瞳がきらりと輝く。

「お呼びですか、学院長」

「おお。待っておったよ、オルカ君・・・・。君に話があってな……」

 オルカは一歩前に出て、プライドをじっと見据えた。

「話というのは……アリアのことでしょうか?」

 プライドがにんまりと笑った。


「ほっほっ、勘が鋭いのぉ。悪いが……君にはここで死んでもらう」

 

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