第二十二話 精霊の格。白銀の世界。
「まだ生きてやがったか」
シャーロッテは眉間に皺をよせ、極東の悪魔を睨み返した。
極東の悪魔の口元が緩む。手首を曲げ、右手をシャーロッテへと向けた。
「貫け、氷槍」
突如、シャーロッテの眼前に腕程の大きさの氷槍が迫った。
なっ!?
シャーロッテは咄嗟に首を横に逸らした。
尖った氷槍の先が、シャーロッテの頬を割く。赤い線が走り、そこからわずかに血が流れおちた。
近くにおくのは危険だと本能的に察知したシャーロッテは、極東の悪魔を投げ捨てた。
極東の悪魔は空中で器用に体を回転させ、投げ飛ばされた勢いを殺しながら、四つん這いになって犬のように着地した。
なんだ、こいつは。さっきまでと動きや雰囲気が全然違げぇ……。
シャーロッテは極東の悪魔を見据えて構えなおした。どんな行動に対してもすぐに対応できるように、警戒したのである。
しかし、極東の悪魔の行動はシャーロッテの予想を遥かに凌ぐものであった。
極東の悪魔はおもむろに立ち上がり、腕を空に向かってかざした。
「撃ち砕け、隕氷」
極東の悪魔が解放キーを唱えた直後、シャーロッテの耳に風切音が聞こえた。それも、一つ二つではない。音は幾重にも重なって聞こえた。さらにそれは徐々に大きくなり、高速で近づいてきていることを示していた。
全身から嫌な汗が滲み出る。
シャーロッテはゆっくりと頭上を見上げた。
「嘘……だろ!?」
「悪りぃな、人間。こいつを死なせるわけにはいかねぇんだよ」
次の瞬間、空からいくつもの氷塊が、隕石のように降り注いだ。
四月二十五日。
「ぅ…………」
アリアはゆっくりと瞼を開いた。ふかふかの布団から体を起こし、周りを見回す。
静かな場所……。どこだろう……ここ?
そこは、見知らぬ部屋だった。雰囲気的にどこかの宿であることが窺えた。
『ようやく起きたか、アリア』
セルシウスがほっとしたように声を上げた。
「セルシウス……ここは?」
『宿だ。どこの街かは知らねぇがな』
「私、どうやってここまで来たんだっけ? なんだか、よく思い出せないんだけど……」
そもそも、なにをしていたんだっけ? なにか大事なことを忘れているような……。
『俺が連れてきた。お前はあの女に負けたんだよ』
セルシウスの言葉をきっかけに、アリアの脳内に記憶がわっと蘇った。
……そうだ、思い出した。
「私、罠にかかって、誘き出されて、あの女の人と戦って、それで――」
ミシェルを殺したんだ。
『そのあとすぐ、お前はあの女の攻撃を喰らって気を失ったのさ、一週間もな』
「一週間も!? え、それならどうして私は無事なの? っていうか、実体のないセルシウスがどうやって私を運んだの!?」
意識がはっきりしてきたせいで、急激にアリアの中にいくつもの疑問が湧いた。
セルシウスが溜息を吐いた。
『待て、順番に話す。だから、落ち着け。お前の傷はまだ完治してないんだから』
「う、うん……ごめんなさい」
アリアは申し訳なさそうな顔をして答えた。よく見ると、まだ極東の悪魔の姿のままでいた。思い出したようにアリアは自分の腹部を触ってみた。
すごい……治ってる。
吹き飛んだはずの右腹部がちゃんともとの形に戻っていた。
まだ少し痛みがあるが、それでも契約時の回復力の凄さに驚きを隠せない。
『お前が意識を失った直後、なぜか俺の意識がお前の体に移ったんだ。理由はよくわかんねぇが、おそらく俺たちが契約しているからだと思う。契約は魂レベルで繋がるってことだからな』
「私の体をセルシウスが動かしてたってこと? なんだか変な感じ。それで?」
『なんとかあの女を撒いて、この街まで逃げてきたんだ。この貧弱な体だから苦労したぜ』
アリアは目を丸くさせた。
「凄いね、セルシウス。あの人をなんとかしちゃうなんて……さすが伝説の精霊だね」
『うるせぇ、褒めてもなんにもやらねぇぞ!』
「わかってるよ」
照れたように声を上げるセルシウスが可愛らしくて、アリアはクスクスと笑った。
『それで……だな。お前に一つ謝らなきゃいけねぇことがあるんだが……』
ふいに、セルシウスの声のトーンが下がった。何か言いづらそうに、語尾を濁した。
「どうしたの?」
『……窓の外を見ればわかる』
窓の外……?
アリアは首を傾げた。不思議に思いながらも、言われたとおりにすることにした。ベッドから出て、窓辺に向かう。
……え!?
アリアは窓の外の景色を見て、言葉を失った。
なに……これ?
アリアの目に映ったのは、白銀の世界であった。春だというのに何故か雪が降っていて、見渡す限りすべてのものが凍りついていた。建物も、人も、すべて――
『すまない。お前の命を繋ぎ止めるために、手段は選ばなかった。お前の姿で俺は……』
アリアはセルシウスが言わんとすることを一瞬で理解した。
「ううん、いいの。ありがとう、セルシウス。優しいね、君は」
首を横に振り、そして、優しく微笑んだ。
これで、生き残ったのは第一皇子オズとオルカだけ。
オズが王位を継承して、オルカと私は元の生活に戻る。戦いも何もない、普通の生活に。
「やっと、終わったんだね」
『よく頑張ったな、アリア』
ふつふつと、アリアの中に実感が湧いてきた。全て終わったのだと。
次に芽生えた感情は、とめどない愛情であった。
会いたい。オルカに……会いたい。
アリアは満面の笑みを浮かべた。
「帰ろう、学院へ。オルカが待ってる!」




