第十九話 固まる決意。現れた騎士。
「はぁ……はぁ……」
息苦しさを覚え、アリアは膝に手をついた。目を瞑り、ゆっくりと呼吸を整えていく。
そして、周辺の気配を隈なく探った。
感知できる範囲内に、生命の気配は一つもなかった。
これを喜ぶべきか否か、アリアは困惑していた。
『ふぅ。どうやら間に合ったみたいだな』
「でも、関係ない人までこんなに……」
殺した。殺してしまった。
邪魔する者や軍関係の人間は数えきれないほど殺してきた。だが、無関係の人間を巻き込んだのは初めてだった。
『甘えんな。何をしてでもオルカを守るって言ったじゃねぇか』
「確かにそうだけど……。でも、だからといって――」
『割り切れ。お前はその道を自分で選んだんだろ』
セルシウスの言葉は、アリアの胸に深く突き刺さった。
アリアは下唇を噛んだ。
言い返す言葉がない。セルシウスの言葉は悲しいくらい正論だった。
そうだ。これは私が選んだ道だ。今更引き返すことはできない。
関係ある人とか、ない人とか、そんなのは私の偽善……自己満足だ。もう何も気にしない。
「ごめん、私が間違ってた。オルカを守れるなら、誰であろうと……殺す」
『そうだ、それでいい』
セルシウスは笑いながらそう言った。
アリアは振り返った。失った片腕の断面をおさえながら、奥歯をガタガタと震わせる男がいた。
この男だけは、情報を聞き出すために生かしておいたのだった。
「言え。第二皇子ミシェルは今どこにいる」
「し、し、知らねぇ! 何も知らねぇよ!」
男は必死に首を横に振り、絞り出すように声を上げた。
しらを切るようなその言葉に、アリアは苛立ちを覚えた。
「護衛隊長のお前が知らないわけがないだろう。話さなければ、今すぐ殺すぞ」
アリアが右手をかざすと、男はひっ、と短い悲鳴を上げた。
「本当だ! 本当なんだ! 俺は何も知らない……護衛隊長だなんて、真っ赤な嘘なんだ!」
「何……?」
アリアは眉をひそめた。
「頼まれたんだ! 金をやるから、あの店で隊長の名を語って暴れろって――」
男の声はそこで途絶えた。アリアが絶対空間凍結を放ったからだ。
「やられたっ!」
アリアは腕を振り上げ、男を閉じ込めた氷塊に拳を叩きつけた。甲高い音を立て、男もろとも氷が細かく砕け散る。
馬鹿だ、私は。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだ!
『なんだ、アリア。どういうことか説明してくれ』
「敵を釣ったつもりが、釣られたのは私たちの方だったってこと」
『罠ってことかよ!?』
アリアはゆっくりと頷き、奥歯をぎりりと噛んだ。
突如、轟音が上がった。視線の先にあった、氷塊と化した家が木端微塵に吹き飛ぶ。舞い上がった氷片が砕け散って、キラキラと舞い落ちた。
『な、なんだ!?』
舞い落ちる氷片の中から、一人の女が姿を現した。
白いダボダボのズボンを履き、袖の部分を結び、上着を腰に巻いていた。男のような恰好をしているが、嫌でも目に付くほど大きな胸が、女であることを主張していた。
女がゆっくりと、歩いてこちらに近づいてくる。後ろで束ねた長い黒髪と、胸部と両腕に巻かれた晒が風になびいている。
「……やはり、来たか」
アリアはじっと女を見据えた。
このタイミングで現れたということは、間違いない。
「エクイテスだな?」
女は足を止め、にんまりと笑った。
「はん。正解だよ、極東の悪魔」
「してやられたよ。お前の策か、これは?」
「違ぇよ。てめぇをおびき出したのは、あたしの仲間さ」
やっぱり、エクイテスの中に頭の切れる人がいるみたいだね。こっちの考えを見抜かれてる……。今後邪魔になりそうだ。早めに消しておかないと。
「そいつは来ていないのか? エクイテスは任務の際、ペアで行動するのだろう?」
「あいつは来ねぇさ」
「何?」
アリアは顔をしかめた。
女が面倒臭そうに後ろ頭を掻く。
「頭使って計画立てるのがあいつの仕事。体使って相手を潰すのがあたしの仕事だ!」
そう言って、女は体の重心を低く落とし、右手の拳をアリアへと向けた。
「あんまりあっさり死ぬなよ? 少しは粘ってもらわないと、つまんねぇからな!」
その表情は自信に満ち溢れていた。戦闘本能を剥き出しにした、魔獣のようなオーラを放っている。
この人……たぶん、メチャクチャ強い。それでも、やるしかない。
「御託はいい。来い!」




