第十四話 戦場の爪痕。動き出す世界。
四月六日。午前十一時。
ミッドラッド王宮前広場。
広場は見渡す限り、軍関係者と野次馬でごった返していた。王宮前にはいくつもの仮設テントが立ち並び、それを囲うようにして立ち入り禁止と表記されたバリケードが設置されている。
あー、うざってぇな。
邪魔くさい野次馬の群れを掻き分け、バリケードを越える。やっとの思いで見知った顔を見つけ、表情を緩めた。
「遅れてすまんな」
王国魔法調査団の団長、オラクルは若い調査兵に声をかけた。
「だ、団長! どうしてここに!? アーデルベルク島で調査中のはずでは?」
調査兵は目を丸くして、声を上げた。
驚くのも無理もはなかった。オラクルは夜通しでアーデルベルク島の調査を行った後、真っ直ぐここに向かわされていたのだ。調査兵たちは団長不在のまま、ここミッドラッドの調査を行っていたのである。
「皇子が殺されてんだ。来ない訳にはいかないだろう」
オラクルは緊張感のなさそうな声で答えた。言っている内容と話し方が一致していない。
後ろ頭を掻き、盛大にあくびをした。頭から出たフケが、ハラハラと空気中を舞う。
伸びきった黒髪はボサボサでベタベタ、仕事着である自慢の白衣はヨレヨレのクシャクシャである。不揃いな無精髭と、目の下の濃いクマが不衛生な印象をより強めていた。一目に彼が変わり者だとわかる。
オラクルは胸ポケットから煙草を取り出して口にくわえた。
「それで、被害状況は?」
そう言って、くわえた煙草に魔力を込めた。タバコの先がほんのりと赤く染まり、たちまち小さく煙が上がる。
オラクルは肺一杯に大きく息を吸い、煙とともにため息を吐いた。
「これが死亡者及び行方不明者のリストです」
「行方不明?」
「行方不明と言いますか、死体が誰のものか判別できないんです。王宮で雇われていた兵士が全滅しているのは間違いないようですが……」
言うなり、兵士は出来上がったばかりのリストを手渡した。
オラクルは顔をしかめながら、それを受け取った。上から下までざっと目を通す。
「……これは酷いな。王宮は壊滅。兵士は皆殺し。極めつけは皇族殺害……か。正気の沙汰じゃねぇな」
「それから、こちらが現場に残された魔法痕に、解析をかけて調査した結果です」
調査兵が別の用紙を取り出して言った。
しかし、オラクルは視線も向けず、手をひらひらと振った。
「見なくてもわかる。アーデルベルク島での、極東の悪魔のものと一致したんだろ」
「は、はい」
オラクルは再びため息を吐いた。
「島を凍らせたと思いきや、次の日にはコレか……イカれてるぜ」
そう言って、おもむろに手に持ったリストをめくった。
すると、そこに見覚えのある名前が記されていた。
「ん? 記載ミスか、これは……?」
「どれですか?」
調査兵がオラクルの隣に並び、リストを覗く。
指差された名前を確認して、彼は首を横に振った。
「いえ、間違いではありません。エクイテスの騎士、リンド・リント・バーン・イレヴンス。及びショコラ・フレンチ・クルーラー・セヴンスの両名も、謁見室にて氷塊となって発見されました」
「なに……?」
オラクルは思わず顔を上げた。
なぜこんなところにエクイテスが? 二人組で動いていたということは何等かの任務中だった可能性が高いな。偶然居合わせたとは考えにくい。
「団長?」
調査兵が不思議そうに視線を向ける。
オラクルは煙草の灰を地面に落とし、左手で無精髭を撫でた。考えるときの彼の癖である。
エクイテスに護衛を依頼していたか? いや、その線も微妙だな。カルマは騎士団嫌いで有名だったからな。
「エクイテスはこの件についてなんて言ってんだ?」
答えを求めるように、オラクルは調査兵へと問いただした。
「そ、それが……任務に関することは調査団にも言えないの一点張りでして……」
調査兵は困ったような顔をして言った。
「なんだって?」
オラクルは眉をひそめた。
「一応、そのことについても先ほど王国へ報告したのですが……」
調査兵は語尾を濁した。
「なんて返事が返ってきたんだ?」
「その……騎士団の件についてはそれ以上探るなと……」
「はぁ?」
なんだそれは……。
そんなのがまかり通るってっことは、王国の上層部が圧力をかけているってことじゃねぇか!?
「おいおい、どうなってんだこいつは……」
そもそも、政府が極東の悪魔に対して提示した懸賞。初回七億という額といい、発効までのスピードといい、前代未聞だ。
そうなると、最悪、世界政府が絡んでいる可能性まである。
くそっ。騎士団も、王国も、政府も……どうにもきな臭いな。
そして、その中心人物、極東の悪魔……。こいつは一体何者なんだ……。
「見えない何かが蠢いている気がしてならねぇ。嫌な予感がするぜ……」
オラクルは短くなったタバコを地面へ投げ捨て、憎たらしそうに踏み潰した。




