表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

第十三話 重唱魔法『不狂乱和音』。侵食魔法『絶対永久凍土』。

「おい、ショコラ!それは聞き捨てならねぇぞ」

 投げ飛ばされたリンドは体を起こし、ブンブンと腕を振って抗議した。

「リンド、五月蝿い」

 アリアには二人の会話がうまく聞き取れなかった。

 止まない耳鳴り。嘔吐おうと症状。平衡感覚の喪失……考えられるのは耳の異常。だとすると……。

「これは……音の魔法?」

「正解」

 ショコラが右手をアリアへと向ける。魔方陣が展開し、彼女の体を煌々と照らした。

破壊音トーンブレイク

 ショコラが指を弾く動作をした直後、先ほどの症状が再びアリアを襲った。

 アリアの口から吐瀉としゃ物が漏れる。膝立ちすらできなくなり、床に片腕をついて四つん這いになる。舌が吐瀉物に混じった胃液で刺すように痛む。その臭いはアリアの嘔吐感に拍車をかけた。

 耐えきれなくなったアリアは、口にたまったそれらを吐き出した。

「ぐっ……あ……ぁ……」

『アリア!』

 セルシウスの声が脳内に響く。

 あれ、セルシウスの声が聞こえる……そうか、精神に直接話しかけられてるから耳がどうなろうと関係ないんだ。

『セルシウス……』

 アリアは朦朧もうろうとする意識の中、セルシウスへと話しかけた。

『おお。無事か!』

 セルシウスが安堵の声を漏らす。

『うん、なんとか。それよりも、彼女はさっきなんて言ったの?』

『あ、ああ。確か自分はセヴンスだから、そこの男より強いって言ってやがったぞ』

 セヴンス……リンドとか言う男の方は、確かイレヴンスだって言ってた。なるほど、序列が上がると比例して強くなるっていうのは本当みたいだね。

『そう。他には?』

『ああ。音の魔法で正解だっつって、さっきと同じ魔法をぶっ放してきたんだ』

 状況を説明され、ようやく事態を把握する。

『そっか、ありがとう』

 アリアの脳内に、最悪のシナリオが浮かぶ。

 どうしよう。だとすれば間違いない。氷燐の羽衣は……。

『セルシウス。氷燐の羽衣じゃ、音は防げないの?』

 セルシウスはうっ、と言いよどんだ。そして、渋々口を開いた。

『氷燐の羽衣は、もともとは俺が作り出した、俺を護るための魔法だ。氷燐の羽衣の発動基準はあくまで精霊なんだ。俺たち精霊は、音で身体がどうこうなることはない。だから、音に対しては発動しない。音なんかがダメージになるなんて考えたこともなかったからな』

 どことなく申し訳なさそうな声でセルシウスが言った。 

『そんな……』

 アリアの表情に絶望の色が浮かぶ。

『だが、妙だな。契約執行しているお前は、普通の人間よりも遥かに頑丈なんだ。音なんかでそんな状態になっちまうのは考えにくいんだがな……』

 セルシウスが納得いかないというようにぼやいた。

 アリアはふらつく頭を抑えながら、口を拭った。

 だんだんと、めまいも治まってきた。視界の歪みが無くなる。

『たぶん、あの女の子の方は、砲撃主カノーナだと思う』

砲撃主カノーナ?』

『うん、魔法使いの系統だよ。高火力魔法を得意とするタイプの魔法使いってこと』

 補助と近接戦闘を得意とする魔法剣士ナイトウィザードと、火力重視の砲撃主カノーナか。しかも、二人ともかなりの手練れみたいだし、この状況はちょっと厳しいな。

『何よりの問題は、現状、あの魔法を防ぐ手段がないことだね。なんとか手を打たないと、このままじゃ畳み込まれる』

 セルシウスがそうだな、と相槌を打った。

 その時、アリアの様子を見ていたリンドがふん、と鼻を鳴らした。

「どうやらその自動防御魔法オートガードスキルは、音には対応できねぇみたいだな!」

 リンドは立ち上がって長剣を鞘へと納め、得意げに声を上げる。そのまま、ショコラの隣に並んだ。

 リンドのその表情から、声が聞こえなくとも何を言っているのかアリアには予想がついた。額から流れた汗が頬を伝って床に落ちる。

 まあ、さすがに二回も食らっちゃ、相手も気づくよね……。

「なんでリンドが得意気なの」

「いいじゃねぇか。細かいこと気にすんなよ!」

 リンドはショコラの方を向いて笑った。

「次の一撃でこいつを倒せるんだからな」

 そして、自信に満ちた表情でそう言い放った。

『おい、なんか勝利予告してきたぞ』

「え? 勝利予きょく?」

『噛んでる場合か! あいつら、何か仕掛けてくるぞ』

 セルシウスに怒られながら、アリアは二人へと視線を向けた。

「しくじったら怒るよ、リンド」

 ショコラがじと目を向けて言った。

 リンドはにやりと笑った。

 その足元に、光り輝く魔法陣が発生する。

「我は魅せる。この身をかたどるの残像を。映せしは幻影。偽りの我が身を創りだせ」

 一気に詠唱を完成させ、リンドは解放キーを口にした。

幻像ファントラ

 リンドとショコラの姿が光に包まれる。その光は一瞬にして謁見室全体に広がった。

 アリアは咄嗟に腕で光を遮り、目を瞑った。

 だんだんと光が治まっていく。アリアはゆっくりと閉じた瞼を上げた。

「え……!?」 

 視界に広がった光景に、アリアは目を疑った。

 視界のいたるところにリンドとショコラの姿があったのだ。慌てて周囲を見回すも、三百六十度同じ光景である。

『なんだこりゃ!? こんなにいたんじゃ、どれが本物かわかりゃしねぇ!』

 やられた。姿を隠して何かする気だ。 


「「我らは謡う。神が創りし破滅の旋律を……」」


 リンドとショコラの声が幾重いくえにも重なって、室内に反響する。異様な威圧感がアリアを襲った。

 聴覚に異常がでていたため、正確に聞き取ることはできなかったが、まるで本物の歌のようだと思った。もちろん良い意味ではない。

 死者に捧げる曲、鎮魂歌レクイエムのようだと──。

 室内中に魔方陣が無数に発生し、それらがおびただしい量の光を放つ。

 アリアの視界に光が充満した。

「この詠唱は、まさか……重唱魔法デュアルスぺル!?」

『なんだそれ?』

『二人で詠唱する合成魔法のことだよ。ただでさえあの威力なのに、補助系統の魔法使いと重唱ごうせいなんかされたら……』

 勝利予告までしてきたんだ。絶対に無事じゃ済まない。下手したら……。

 さきほどの攻撃がフラッシュバックする。背中が嫌な汗を掻いた。 

『ねぇ、セルシウス?』

『なんだ』

『私って、都合よく不死身だったりしないよね?』

 思わず、淡い期待を口にする。

 だが、セルシウスは間髪入れずに否定した。

『しねぇな。頑丈なだけで、普通に死ぬ』

『ですよね……』

 アリアは、ははっ、と力無く笑って肩を落とした。

 こうなると、生け捕るのは難しいな。思いっきり戦って、生きていてくれることに賭けるしかないか……。

 アリアは決心して、正面を見据えた。

「これだけ幻影が多いんじゃ、本物を見つけて詠唱を止められる確率は低い。だから……」

『どうするつもりだ?』

 大きく深呼吸をして、深くゆっくりと息を吐く。吐いた息が真っ白に染まった。アリアの周囲の気温が見る見るうちに下がっていく。

 足元に氷の膜が張り、それがまるで生き物のように、ゆっくりと渦を巻きながら広がっていく。

「喰らうの覚悟で、迎え撃つ!」

『はっ、いいぜアリア。好きだぜそういうの!』

 セルシウスが興奮したように叫ぶ。

 的が絞れないなら、絶対空間凍結コングラシアじゃだめだ。逃げられないように、一撃で全てを飲み込む新しい魔法を……。

 アリアはありったけの魔力を掻き集め、足元の氷の渦へと練り込み続けた。


「「奏でしは終焉しゅうえん二重唱デュオ。神に逆らいし愚者ぐしゃに、混沌と眠りを届けん」」


 その時、リンドとショコラの詠唱が完成した。大気が震えだす。目を開けていられない程、室内が白い光に包まれた。

 速い。もう詠唱が完成した。氷燐の羽衣が機能しない以上、直撃は免れない。

 この一撃は、耐えるしかない……。

『来るぞ!』


「「不狂乱和音ハウリング・ハンマー」」

 

 解放キーが唱えらた。

 その刹那、アリアの体が縦に激しく揺れた。爆発のような衝撃音が上がり、足元の地面がめり込んだ。床が、まるで見えない巨大な球状のハンマーでも叩きつけられたかのようにえぐれ、その周囲が勢いよくめくれ上がった。

 しかし、アリアに物理的ダメージはなかった。咄嗟に頭上に目をやると、アリアを守るように氷の殻が発生していたのが見えた。予想外の光景に、アリアは目をパチクリとさせた。

 氷燐の羽衣!? どうして……?

 その事態に驚いたのは、アリアだけではなかった。

「なに!?」「防御……された?」

 リンドとショコラも驚愕の表情を浮かべた。

『この魔法はさっきのと違って強すぎたみたいだな。衝撃波が発生しちまってる時点で、氷燐の羽衣が防御対象と認識したわけだ』

 唯一状況を理解したセルシウスが、見解を口にした。

 アリアが安堵の息を吐く。

「まだ、喜ぶのは早い」

 ショコラはそう言って右手をアリアへと向けた。

ぜろ」

 乾いた炸裂音が響く。その音にアリアの脳は激しく揺さぶられた。

 視界がぐるぐると回り、再び激しい嘔吐感がこみ上げる。

 ワンテンポ遅れて耳から血が吹き出し、目からは血涙が流れ出した。アリアの血に触れた白い髪が真っ赤に染まる。

 そのあまりの衝撃の強さに、意識を持っていかれそうになる。

「ぐあっ……う……うぅ……」

 膝が笑って言うことを聞かない。次の瞬間、糸が切れた人形のように、アリアの体は膝から崩れ落ちた。

 だめ! 倒れるわけには……いかない!


「まだだっ!」


 アリアは大声を上げて、崩れることなく踏みとどまった。

「「なっ!?」」

 リンドとショコラが驚嘆きょうたんの声を上げる。

 アリアは地面に向けて右手を伸ばした。

『よく耐えた、アリア。お前の勝ちだ!』

 ……いけ。


絶対永久凍土グラキレム・テラム


 アリアが解放キーを口にする。すると、足元で渦巻いていた氷が、キンッ、と甲高い音を立てて弾けた。

 解き放たれた氷の渦はまるで侵食するかのように、円を描きながら空間内の氷の魔元素を取り込み続け、爆発的スピードでネズミ算式にその面積と体積を広げていった。

「なんだ、この魔法は……!?」

「うっ……!?」


 アリアの放った魔法は、一瞬にして謁見室にいたものを全て飲み込んだ。

 侵食が止み、それはやがて動かない巨大な氷塊となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ