第十二話 終わらぬ戦い。王国騎士団エクイテス。
気配に全く気付かなかった……。この二人、何者?
アリアは扉の前に立つ二人をじっと見据えた。一人は腰に長剣をぶら下げた背の高い青年。ツンツンと跳ねたコバルトブルーの髪に、藍色の瞳をしている。
その隣に立つのは、鮮やかなカーマインレッドの髪をくるっと縦に巻いた少女。青年とは対照的で、とても小さい。無表情のまま、綺麗な薔薇色の瞳をこちらを向けている。
「おー、おー。こりゃまた派手に暴れまわったもんだね」
跳ねた髪の青年が、両手を頭の後ろで組みながら言った。そして、ゆっくりとこちらへ向かって歩き始めた。歩くたびに剣を支える金具がガチャガチャと音を立てる。
次いで縦巻き髪の少女が、青年の後に続く。
「リンド、あれ見て。カルマ……凍っちゃってるみたい」
少女はアリアの後ろを指さして口を開いた。
「ありゃま、本当だ。そういや、来る途中の兵士もみんな氷漬けになってたけど、もしかして新聞に載ってたあれか……ほら、なんて言ったっけショコラ」
リンドと呼ばれた青年は胸の前で腕組みをして、隣に立つ少女、ショコラへと声をかけた。
「極東の悪魔」
ショコラは表情を崩さず、抑揚なく端的な返事をする。
「あー、そうそう。それだ、極東の悪魔!」
二人の会話に緊張感はなく、陽気な声が飛び交った。自分たちが相対しているのが極東の悪魔だと知っても、慌てる様子は全くない。異様に落ち着き払ったその姿に、アリアは眉をひそめた。
「誰だ、お前たちは」
アリアは怪訝そうな目を向ける。
その問いに答えるように、リンドが一歩前に出る。そして、左手を腰に当て、右手の親指を自身に向けて叫んだ。
「俺の名はリンド。リンド・リント・バーン・イレヴンスだ!」
無駄に声が大きいこの青年は、少し馬鹿っぽい雰囲気を醸し出していた。
「馬鹿……」
ショコラがリンドの顔を見上げて小さく毒づく。
「イレヴンス……?」
それはどこかで聞いたような響きだった。それだけではない。よく見ると、彼らの服装もどこかで見たことがある気がした。身に纏っている白の生地に所々金色の刺繍が縫いこまれているコート。胸ポケットに付けられた剣と杖の交差したマーク。そして、名前の最後に数字を付ける、独特の呼称。もしかして、この人たち……。
「王国騎士団……エクイテスか」
アリアの言葉に、リンドが笑みを浮かべる。どうやら当たりのようだ。
『エクイテスってなんだ?』
話についていけなくなったセルシウスが、求めるように質問した。
『騎士団の名前だよ。王国を護るために作られた、十二名からなる最強集団。王国内に数多く存在する騎士団の中でも、エクイテスは圧倒的な強さと知名度を誇ってるの。確か学院長先生も現役時代はエクイテスのメンバーだったはず』
アリアは心の中でそう説明をした。
『ふーん。つまりあの二人は、昨日のジジイクラスってことか?』
『かもしれないね』
エクイテスのメンバーは、その与えられた数字が一に近づくほど強いって聞いたことがある。相手は二人。その数字次第では、厳しい戦いになるかもしれない……。
昨晩のプライドとの戦いが脳裏をよぎる。アリアは思わず息をのんだ。
しかし、アリアの心配をよそに、リンドは陽気な声を上げた。
「やべ、ばれちまった。天才かこいつは!」
リンドが大げさに両手を上げて驚く仕草をする。
「大丈夫。リンドも天才」
「なに、本当か!」
同じ体勢のまま、リンドは首だけをショコラの方へと向けた。
「うん。馬鹿の天才」
ショコラは無表情のまま目もあわさずにそう言ってのけた。
「はははっ。ショコラは面白いこと言うな!」
貶されていることに気付かないのか、リンドは大声で笑う。
いや、笑うところではない気がするんだけど……。なんだか調子狂うな。
アリアは拍子抜けして、ガクッと肩を落した。
「まあ、でもよ。皇子の暗殺なんて楽過ぎる任務じゃ全然気乗りしなかったけど、なんだか燃えてきたぜ!」
リンドは嬉しそうに笑みを浮かべてそう答えた。
その言葉に、アリアは思わず目を見開いて顔をあげた。
皇子の……暗殺?
「おい。今、皇子の暗殺と言ったか?」
気付くと、そう口にしていた。
リンドは再び両手を頭の後ろで組み、目を細めてニッと笑った。
「おう、言ったぜ! どうせお前も他の皇子に命令されてカルマを殺したんだろ?」
アリアは雷に打たれたような気分になった。兄弟を殺して王になろうとしているのは、カルマだけではなかったのだ。あまりの衝撃に、体が無意識に後ずさりする。
か、考えが甘かった。まさか、そんなことを考える人が他にもいるなんて……。
「リンド。喋りすぎ」
「あれ、もしかして……俺、言っちゃいけないことまで話した?」
「馬鹿なんだから、もう喋らないで」
ショコラから冷たい台詞を吐かれ、リンドは盛大にしょんぼりとした。大きな背中が小さく見える。
「あれ。なあ、ショコラ。結局どうしたらいいんだ」
はたと思い出したようにリンドが質問をした。ショコラは無表情のまま溜息を吐いた。喋るなと言われた直後なのにそんなことを聞くリンドに対し、ショコラは呆れたような視線を送る。
「どうもこうもない。生きて返すわけには……いかない」
ショコラの足元が盛大に光りだす。魔方陣が発生し、巻き起こった風がショコラのコートを激しく揺らす。
しかし、ショコラの行く手を遮るように、リンドが一歩前へ出る。
「待てよ、ショコラ。俺がやる」
再びショコラは小さくため息を吐いた。魔方陣の光が弱まり、風もおさまっていく。
「また出た。悪い癖」
リンドはにんまりと笑う。
「いいじゃねぇか。様子を見るのは俺の仕事だろ。さぁて、七億キアの首がどんなもんか、見せてもらうぜ!」
そう言って、腰に掛けた長剣に手を添え、重心を低く構えた。先ほどまでの明るい雰囲気から一転、間合いに入ったもの全てを両断する、剣豪のようなオーラを纏っていた。凛と張りつめた空気が空間を支配する。
『おい、アリア。向こうはやる気みたいだぞ。どうする』
『やるよ。彼らには聞かなきゃいけないことができたからね……』
アリアは細い漆黒の腕を二人へと向けた。
「生け捕りにして、知っていることを全て吐かせる」
「はっ、上等っ!」
リンドは勢いよく地面を蹴りだした。蹴られた床は抉れ、砕けた瓦礫が後方に飛び散る。
すぐ後ろにいたショコラは飛んできた瓦礫を首の動きだけでかわした。
一瞬にしてリンドとの距離は縮まり、その姿が眼前に迫る。
「うらぁ!」
居合のごとく高速に、鞘から長剣が抜かれる。アリアの目には、光の線が走ったようにしか見えなかった。しかし、目で追えぬほどの太刀筋もアリアの前では無意味である。振りぬかれた一閃は甲高い金属音を上げ、発生した氷燐の羽衣によって行く手を阻まれた。
「なんだこりゃ!?」
反動でリンドの体が静止する。アリアはその隙を見逃さず、リンドへと右手を伸ばす。
「やばっ!」
「絶対空間凍結」
目の前の空間が、ガンッと鈍い音を立てて瞬間的に凍りつく。しかし、そこにリンドの姿はなかった。
今のを……避けた?
アリアは辺りを見回した。
「あっぶねぇ。なんだよその能力は!」
背後でリンドが文句を叫ぶ。振り返ると、数メートル離れたところにその姿があった。
詠唱する時間はなかったはず。なら、考えられるのは……。
「無詠唱魔法……」
リンドの両足が電気を帯びている。おそらく雷属性の無詠唱付与魔法で高速移動したのだろう。アリアは素直に感心した。無詠唱魔法を使うには、道具に術式を込める必要がある。回数制限があるとはいえ、その用意一つが戦場では生死を分けるのだと実感した。
この人、すごく戦い慣れている。さすが、王国最強を謳うだけのことはあるね。あの軽そうな雰囲気とは違って、本当に強いんだ。
距離を取ったリンドは、困ったように後ろ頭を掻いた。
「普通にいっても駄目か。なら……」
リンドは左手を前にかざし、詠唱を始めた。
「我は魅せる。この身を模るの残像を……」
詠唱とともに発生した魔方陣が煌々と光を放つ。
『何かやる気だぞ』
『うん、わかってる』
心の中でそう返事をし、小さく頷く。
「魔法は使わせない」
アリアは右手をリンドに向けた。しかし、アリアが氷結させる空間をイメージするよりも先に、リンドはその場からジグザグに走りだした。その俊敏な動きは、アリアに容易に的を絞らせない。
「くっ……」
アリアは苦し紛れに魔法を放った。再びリンドの足元に電気が帯び、その姿を消した。誰もいなくなった空間に巨大な氷塊が出現する。室内に鈍い音だけが反響した。
一方、魔法をかわしたリンドは、視界の端で発生した氷塊を確認し、口元を緩めた。一気に加速し、再度アリアの眼前に躍り出る。
「映せしは幻影。偽りの我が身を創りだせ」
完成した詠唱が魔方陣と共鳴して輝きを増す。
「幻像」
リンドが解放キーを口にした瞬間、リンドの姿が光に包まれた。
『な、なんだ!?』
一、二、三……五人!? 幻影魔法っ!?
見ると、リンドが五人に増えていた。
こ、この人、魔法剣士だ。
「「「「「ただの幻影じゃねぇ。気配までプラスさせてあるオリジナル魔法だぜ!」」」」」
五人のリンドは得意げに叫んだ。ただでさえ大きい声が、五重に響いてかなり喧しい。
彼らはアリアを取り囲むようにして回り込み、同時に斬りかかった。
だが、アリアは動じることなく、余裕の笑みを浮かべた。
「さすがエクイテス。でも、その手の魔法は効かない」
アリアの背後で甲高い金属音が響く。氷と剣がぶつかった音だ。リンドの本体の攻撃を、氷燐の羽衣か防ぐ。
氷燐の羽衣に防がれなかった四本の幻影の刀身が、アリアの体に食い込む。しかし、痛みはない。
「幻影の攻撃じゃ、斬れやしないよな」
「なっ!?」
リンドの眼前に手を添えた。
「絶対空間凍結」
アリアが解放キーを唱える。すると、再度、リンドの靴に込められた無詠唱魔法が発動した。リンドは両足に雷を纏い、凍結範囲から瞬く間に離脱する。
「おい、今の絶対見えてなかっただろう!? 絶対強度の自動防御魔法なんて反則だぞ!」
避けながら、リンドは声を荒げた。
アリアはお構いなしに、三度リンドへと手をかざす。
その時、リンドの履いていた無詠唱付与を享けた鉄製の靴にヒビが入った。無詠唱魔法の使用限度が来たようだ。
「げっ、やばい!」
状態を確認したリンドの顔が蒼白になる。跳躍しているため、避けることができないからだ。
「全く……。どいて、リンド」
「おわっ!?」
アリアが解放キーを唱えようとした刹那、リンドの体が空中で真横に方向転換した。ショコラがリンドの襟首を掴んで無造作に投げ飛ばしたのだ。
見ると、ショコラの体は僅かに発光していた。それは、何らかの詠唱を停滞させている証だった。リンドを投げ飛ばしたのと反対の手が、アリアへと向けられる。
「破壊音」
ショコラが指をはじくと同時に、彼女の足元が勢いよく光輝いた。
直後、アリアの視界が唐突に歪んだ。急激に嘔吐感がこみ上げ、咄嗟に口許を押さえる。戻しそうになったときの独特な嫌な臭いがアリアの鼻を衝いた。
「あ……れ?」
それだけではない。瞬く間に平衡感覚がなくなり、立っていられなくなったアリアは膝をついて倒れた。
『おい、どうしたアリア!?』
なに……これ?
「私の称号はセヴンス。ショコラ・フレンチ・クルーラー・セヴンス……」
アリアはこみ上げる嘔吐感を必死でこらえながら、歪む視界でショコラを見上げた。
ショコラは表情一つ変えず、こちらを見下ろしている。
この人……今何を……?
「私はリンドよりも、強いよ」
抑揚のないショコラの声が、室内に冷たく響いた。




