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第十一話 戦慄の謁見室。カルマの最期。

 王宮内。謁見室。

 カルマは部屋の奥に設置された玉座に足を放り出すようにして腰かけていた。寝間着ではなく、ちゃんと皇族の正装に身を包んでいた。

 謁見室の入口から玉座まで十数メートルに亘って赤絨毯が敷かれている。絨毯の上に投げ出された足には、庶民が一年以上働いても買えない程高価な靴を、かかとを潰しながら履かれていた。右手で頬杖をつき、左手を丸々と太った腹の上に置き、指先でリズムよく叩いている。

極東の悪魔アイスランドの首はまだなのか。待ち遠しくて眠れやしないよ」

 文句を口にするも、その声は弾んでいた。

 カルマがわざわざ寝室からこの部屋まで移動してきたのには理由があった。欲求である。楽しみなことがあるとき、カルマはいつもこの体勢で玉座に座って待つようにしていた。自分が欲したモノを他者に命令し、それを玉座で待つ。王位への絶対的憧れを持つカルマにとって、この場、この状況は彼の欲求を多分に満たしてくれるのだ。

「皇子! そんなことよりも早く逃げましょう! 敵が本当にあ、あの極東の悪魔アイスランドなら、ここにいるのはあまりにも危険です」

 隣にいた秘書官のクワットロが、上機嫌なカルマに対して悲痛な叫びを上げた。見ると、クワットロは額に尋常じゃないほどの汗を浮かべていた。落ち着きなく左手の爪を噛んでいる。

 情けないやつ。普段はあんなに偉そうに僕に説教垂れる癖に……。カルマは心の中で毒づき、クワットロに向かって嘲笑した。

「ビビんなよ、クワットロ。全ての兵士どもにキラーを武装させてあるんだ。どんな化け物が相手だろうが木端微塵さ。それが懸賞金七億の賞金首でもな!」

 カルマが声高らかに笑い声をあげる。反対に、クワットロの表情は更に暗くなる。

「キラー……ですか。私は、それが心配なのです」

 クワットロの含みのある言葉に、カルマは思わず眉をひそめた。

「なに? どういうことだ」

 キラーがあって心配なわけがねぇだろうが。

 カルマは訝しそうな目を向けた。

 クワットロは視線を逸らし、ハンカチで額の汗をぬぐう。

「キラーは対大型魔獣用の火薬中でございます。その対象故、弾丸には多量の火薬が仕込まれています。そうなれば当然、爆破音も相当なものであるはずでしょう。ですが……」

 語尾を濁し、クワットロはカルマの顔色を窺うようにして見た。

「なんだよ、早く言え!」

 勿体つけるような言い方に苛立ちを覚え、カルマは怒鳴り声を上げた。

 クワットロは肩をビクつかせながら、恐る恐る口を開く。

「そ、その……静かすぎませんか」

 カルマは目を見開いた。クワットロが言わんとしていることを理解したからだ。しかし、その考えを全力で否定するようにカルマは首を横に振って叫んだ。

「そ、そんなはずはない! きっと……そうだ! 奴は逃げ出したんだ! 僕の兵に恐れをなしてな! だからこんなに静かなんだ!」

 カルマが叫んだ直後、突如立て続けに爆発音が轟き、謁見室が縦に揺れた。天井にヒビが入り、欠けた小石がパラパラと室内に振り落ちる。

「なっ!」

「ひいいいいっ!」

 突然の事態に、クワットロが悲鳴を上げる。カルマは座ったまま、咄嗟に椅子にしがみついた。そして瞬時に、冷静に状況を察した。

「これはキラーだ」

 今の音、かなり近くから聞こえた。くそっ、極東の悪魔アイスランドのやつ……もうすぐそこまで来ているのか。

 しばらくして、音も揺れも収まり、室内は静寂に包まれた。

「音が止んだ。戦闘が終わったのか」

「そ、そのようですね。嗚呼、どうか……どうか、今ので極東の悪魔アイスランドが死んでいますように」

 クワットロは跪いたまま、こうべを垂れ、祈るように両手を組んで掲げた。そんなクワットロの必死の願いをあざ笑うかのように、謁見室に絶叫が響く。

「うあああああっ!」

「に、逃げろ! 殺されるっ!」

 クワットロは短い悲鳴を上げ、その身を竦ませた。

 再び室内が静まり返る。鳴り響いた絶叫が、静寂をより不気味なものへとしていた。

「今の声は……まさか……」

 カルマは思わず立ち上がっていた。生唾を飲み、声が聞こえた先……部屋の入口へと目を向けた。大型魔獣トロールですらすんなり通れる程、大きな鉄製の両開き戸の扉がある。見慣れたはずの扉が、カルマには魔物を呼び出すゲートのように見えた。

 くそっ。僕までビビっているのか……。

 すると、重厚な鉄の扉が、ゆっくりと動き出した。錆びた蝶番ちょうつがいがまるで魔獣のように悲鳴を上げる。

 カルマの心臓の音が大きな音を立てた。奥歯がカタカタと震える。開かれた扉の隙間から、赤く光るなにかがこちらを覗いていたからだ。扉は更に開き、その姿が露わになった。

 光を反射しない漆黒の肌。さらさらと揺れる不気味なほど真っ白な髪。前髪の間から覗く緋色の瞳。どうみても人ではない。

「ば、ば、化け物ぉ!」

 クワットロが目に涙を浮かべ、泣き叫ぶ。 

「こいつが……極東の悪魔アイスランド……!」

 背中が嫌な汗を掻く。そこにいるだけで気が触れそうなほど、それは異常だった。

 極東の悪魔アイスランドはカルマとクワットロに交互に目をやると、口角を上げた。口から漏れた息が白く濁る。まるで、やつの周辺だけ気温が低いかのようだ。

「見つけたぞ……カルマ・レイ・ファルス」

 極東の悪魔アイスランドの低く冷たい声が、謁見室に響いた。


『アリア、いたぞ。この二人が最後の生き残りだ』

 セルシウスの声が脳に直接届く。最後の生き残りという表現は、この短時間に自分がどれだけ多くの人を殺めたのかを実感させた。だが、アリアに後悔はなかった。もう決めたのだ。オルカを守るためなら手段は択ばないと。邪魔をする者は容赦なく殺すと。

 アリアは部屋の奥に立つ小太りの男を見つけて頬を緩めた。銀色の髪。翡翠の瞳。体系も顔も全然違うが、どことなくオルカに雰囲気が似ていた。

 間違いない、こいつだ。

「見つけたぞ……カルマ・レイ・ファルス」

 アリアはゆっくりとカルマの元へと歩いていく。

『めんどくせえな。ここから凍らしちまえよ』

 じれったそうにセルシウスが声を上げる。アリアは首を小さく横に振った。

『だめだよ。ただ殺すのが目的じゃない。聞きたいことがあるの』

 殺すだけなら、カルマが宮殿にいるとわかった時点で建物ごと凍らせれば済む話だった。それをしなかったのは、カルマに質問があったからだ。

「ひいい! 誰か、誰か助けてくれえええぇ!」

 カルマの隣にいた男が情けない声を出す。赤い絨毯をくしゃくしゃにしながら床を這って逃げようとしていた。

「無駄だ。生き残っているのはお前たち二人だけだ」

 アリアはそう言って、男に手をかざした。直後、鈍器で殴ったような音が室内に響く。

「……は?」

 カルマの頬に冷気が触れる。その方向に恐る恐る視線を向けた。そこには、今にも叫びだしそうなほど大きく口を開けたまま、氷の塊となった男がいた。

 アリアが腕を払うと、氷塊と化した男は音を立てて砕け散った。

 カルマの全身に体験したことがないほどの戦慄が走る。立っていることすらできなくなり、腰を抜かしてそのまま地面に倒れ込んだ。

「これで、あとはお前一人だ。カルマ・レイ・ファルス」

 広い空間に、アリアの言葉と足音が冷たく反響する。

「な、なんなんだよ……てめぇは! 僕は皇子だぞ!」

 恐怖に耐えかねたカルマは開き直ったように怒鳴り散らす。

「お前の身分なんか関係ない。二つ、質問に答えろ」

 アリアは動じることなく淡々と言葉を返した。

「し、質問だ?」

「オルカの命を狙っていたのはお前だな。理由はなんだ」

 オルカの名前出した途端、カルマは表情を曇らせた。

「なん……だと? てめぇ、オルカの差し金か!」

「お前に質問する権限などない。答えろ」

 アリアはどこまでも冷たい目を向けてそう言い放つ。押し付けるようなその言葉に、カルマは額に血管を浮かべて激昂した。

「僕に命令するな! オルカ……平民との庶子の分際で、生意気にも王位継承権なんて持ってるのが悪いのさ。命くらい狙われて当然なんだよ、あんなやつ!」

 カルマは不機嫌そうに怒鳴った。

 なるほど、オルカのことが気に食わなかったってことね。

「庶子ということは、オルカ本人は自分が皇族だと知っているのか?」

「そんなこと僕が知るかよ! 皇位継承権の所有者について部下に調べさせてたら、たまたまオルカのことを見つけただけだ。つい最近までオルカのことなんか知りもしなかったさ」

「皇位継承権があるからオルカの命を狙ったのか」

「オルカだけじゃない。僕は他の兄弟をみんな殺して王になるんだ! 国王になって、一番偉くなって、僕は思うが儘に生きるんだ! 誰にも邪魔はさせない!」

 カルマの叫びが謁見室に響きわたる。アリアは目の前の青年を不憫に思った。

 一国の皇子という身分でありながら、家族を殺して得る幸せしか持ち合わせていないなんて……。

 オルカの命を狙ったこと自体は許せはしなかったが、なんとも言えない気持ちにで一杯になる。

「……わかった。もう、しゃべらなくていい」

 アリアは右手をカルマへと向けた。カルマがひっ、と短い悲鳴を上げる。

「くそ……くそっ! 誰か! 誰かこいつを殺せ! 僕を助けろ!」

 カルマの叫び声だけが空しく室内に反響する。誰にもカルマの声は届かない。それでも、カルマは狂ったように叫び続けた。

「や、やめろ! 僕は王になるんだ! こんなところで死ねるか!」

「……さようなら」

「嫌だぁ! 死にたくない! 死にたく──」

 低く、鈍い音が室内に轟く。その音にかき消されるように、カルマの声はピタリと止んだ。逃げようと這いつくばった格好のまま、二度と動けぬ氷の塊となっていた。

「終わったよ、オルカ……」

 アリアは動かないカルマを見つめながら安堵の声を漏らした。アリアは長い息を吐いた。次第に肩から力が抜けていく。

 これで、もうオルカが命を狙われることはない。元通りの生活に戻れるんだ。そんなことを考えていると、脳内にセルシウスの声が響いた。

『おい、アリア! 後ろを見ろ!』

「え……?」

 勢いよく振り返る。見ると、アリアが入ってきた扉の前に、白いコートを羽織った二人組が立っていた。

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