第八話 血族魔法。アリアの決意。
魔法学院から遥か西。
ウェッジウッド密林地帯。上空。
『さっきのは見事な演技だったな。しゃべり方といい身のこなし方といい完璧だったぜ。あれだけキャラを作れば、極東の悪魔がアリアだと気づく奴はそうはいないだろ』
飛行で森林地帯の上空を移動するアリアにセルシウスが話しかける。
「ありがとう。セルシウス」
アリアは照れたように後ろ髪を掻いた。
『それにうまく騙せたもんだ。そんな布キレを詰めた人形なんかで』
そう言われて、アリアは手元に目をやった。丸めた布の体にコートとフードをかぶせただけの粗雑な人形の首が、風になびいて上下左右に激しく揺れている。
それを見て、アリアは苦笑いを浮かべた。
「遠目からだし、夜は月明かり以外ないからね。それに、冷静でない状態でなら私か人形かパッと見でわからないだろうから。まあ、なんとかいけるかなって……よいしょっ」
アリアは腕に抱えていた自身の身代わり人形を凍らせて、森に投げ捨てた。
「よし。証拠隠滅完了!」
これで私はさらわれた被害者になった。これなら私が極東の悪魔だと疑われることはないはず。アリバイ作りが終わった今、極東の悪魔として堂々と行動に移れる。
『はんっ。またすべてお前の計画通りってわけか』
セルシウスの言葉に、アリアは首を横に振る。
「ううん。すべてじゃないよ。ひとつだけ誤算があった」
『誤算?』
セルシウスが意外そうな声を上げる。
「うん、学院長のこと」
『あぁ。そう言えば人間にしては強かったな。何者なんだあのジジイは?』
アリアは溜息を吐いた。
「ジジイじゃないよ、レイファルス魔法学院の学院長。灰麟のプライドって言ったらかなり有名な傀儡師なんだよ?」
『そうなのか?』
「うん。プライド先生の血族魔法はレア中のレアだもん。世の中では世界最強の傀儡師って呼ばれてるみたいだし」
セルシウスは数秒黙って考えた後、違う質問を返した。
『なあ、アリア。前にも口にしてたが、その血族魔法ってのは一体何なんだ?』
その質問に、アリアは目をパチクリとさせた。精霊が血族魔法の存在を知らないなんて思わなかったからだ。人間にとっては知っていて当たり前のものだっただけに、アリアは言葉に困った。
「血族魔法っていうのは、血の認証を必要とする特殊な魔法のことなの。えと……うーん。なんて言ったら良いかな」
アリアは頭の中でわかりやすい言葉を選び、説明を続ける。
「えとね、私たち人間が使う魔法には基本、詠唱と術者の魔力、そして解放キーが必要なの。詠唱によって魔元素と魔力が様々な力学反応を起こして、解放キーによってそれらを自在に操る。これが一般的な魔法」
『なるほど、それで?』
そこまでの内容をある程度理解したセルシウスは、すぐに続きを説明を求めた。
「ちょっと待って、ゆっくり説明するから」
アリアは再び話す内容を整理しながら口を開いた。
「発動するために必要な詠唱、魔力、解放キー、それに更に血の認証を加えた魔法のことを血族魔法というの。簡単に言えば、その人にしか使えないレアな魔法ってこと」
『アリア、お前も使えるのか?』
「まさか。血族魔法なんて何百人に一人の割合でしか使えないよ。それに、先天的なものだから努力次第で手に入るものではないし、当然力の種類を選んだりなんてこともできない。まあ、ある意味才能と言い換えてもいいかもしれないね」
『はーん。人間にはそんなものがあるのか。魔法って言っても俺たち精霊とは全く違うんだな』
セルシウスは感心したように言う。
『それで、あのジジイは結局なにがすごいんだ?』
そして、やっとのことで本題へと戻ってくる。説明につかれたアリアはがっくりと肩を落とした。それでも仕方なく話し始める。
「あのね、本来、傀儡師は物質に魔力を送り込んで操ることを得意とする系統なの。人形使いとか、岩石人形師とかはこれね。だけど、プライド先生は物質じゃなくて発動した魔法に自身の魔力を送り込んで操れるの。それが自分が発動した魔法だろうが、他人が発動した魔法だろうがお構いなしに」
『なんだ、随分詳しいんだな』
セルシウスは質問をしておいて、そんなことを口にした。
「誰でも知ってるよ。それだけ有名なの、灰麟のプライドは」
『ほう』
アリアは再び大きなため息を吐く。
「さっき火の竜の魔法を使っていたでしょう?あんな魔法は見たことも聞いたこともない。たぶんあれ、単なる火の攻撃魔法を操って竜に変えたんだと思う。やろうと思えば、私の氷燐の羽衣を操ってかき消すことだってできるかも」
『ああ。だからあの時、詠唱中に攻撃したわけか』
「うん。あの冷静なプライド先生が一瞬だけ表情を緩めたように見えたの。まるで、勝ちを確信するみたいに……」
『はーん。だが、人間ごときに氷燐の羽衣をどうこうできるとは思えねぇがな』
どうやら、精霊であるセルシウスにとって人間の強さなんてどうってことないレベルらしい。アリアと違い、そこに危機感を覚えることはできないようだ。
「でも、結果的に目の前まで迫られたわけだし。あそこで血族魔法を使われていたら、私はここにはいなかったかもしれない。プライド先生のあの強さは、正直誤算だったよ」
誤算と言えば、オルカの容態もそうかもしれない。オルカの意識が戻るまで一か月以上……そのこと自体はあまり喜ぶべきことじゃないけど、一か月間は極東の悪魔として行動できる。できればオルカが眠っている間にすべてを終わらせて、元の生活に戻りたいもん。
「急がなきゃ。残された時間は多くない」
オルカはずっと私を守ってくれた。いつでも、どんな時でも。だから、私が極東の悪魔にさらわれたと知ったら、オルカはきっと助けに来る。学院から出てしまったら、オルカが殺される可能性が高くなってしまう。全てを終わらせたって、オルカが死んでしまったら意味がない。
「一か月以内に終わらせて帰ろう。そして、今度こそオルカに伝えるんだ」
アリアはぎゅっと拳を握りしめた。
『おい、見えてきたぞ』
目を細めると、地平線の先にぼうっと灯る光が見えた。
「あれだ、城塞都市ミッドラッド」
第五皇子カルマ・レイ・ファルスが治める都。
「急ごう」
そう言って、アリアは飛行にかける魔力を増やし、勢いよく加速した。




