私が現実に立ち向かう理由
人間に戻った私は、退院早々にして当然のように現実に直面する事になった。
まず最初に、両親がとっくに離婚していた事実。これは中々に重い。
親権は母親に譲られていたらしいのだが、当の母親は私が入院中に一度も見舞いに来ていない訳で。退院の時だけノコノコ顔を出す訳もなく、私は退院後一人で歩いて自宅に帰還して、母親と一悶着を繰り広げねばならなかった。
なんで見舞いに来なかった。なんでその事知ってるんだ。
なんで勝手に離婚した。これは二人の問題だ。
私の事はどうでもいいのか。別にそこまで言ってない。
本当の事を言え、私はどうでも良かったんだろ。あぁそうだ、どうでも良い。
ふざけんな、それでも母親なのか。当たり前だ、腹を痛めて産んだ子だ。
そんな子供がどうでも良いのか。どうでも良いもんはどうでも良いんだ。
しまいにゃ泣くぞ馬鹿母め。泣いたら追い出すぞ馬鹿娘。
……っとまぁ、食器類どころか植木鉢や電子レンジの投げ合いに始まり、最終的に包丁でのチャンバラなんてものまで経て、ようやく私達親子の激し過ぎる喧嘩……と言うか最早殺し合いは、日暮れ頃にようやく沈静化した。
二人は怪我もなく、五体満足のまま肩で息をしていた。家中のものが散乱しているリビングの真ん中で、私達親子はグッタリと力無く床にへたり込んでいた。
流血沙汰にならなくて良かった、と思っているのは恐らく私だけではないだろう。こんな親子のシンクロは全然嬉しくないけど。
「ねぇ、お母さん」
「……なによ」
カバもとい、馬鹿……じゃない、母が包丁でメッタ差しにされているソファに寝転がりながら、全身汗だくで憮然とした顔をしていた。
「私、お母さん嫌いだったと思ってた」
「……そう」
私は夕陽に照らされて赤く輝くガラス片を箒とチリトリで掃除しながら、言葉を続ける。流石に、照れくさくて、母親の方を見る事は出来なかった。
「でも、私、お母さん好きだった」
「………………」
「なんにもしないお母さんだけど、いなくなるって思ったら、寂しかった」
「……私はそうでもないわ」
母は冷たく突き放す。声を震わせながら。
今、彼女はどんな顔をしているんだろう。怖くて振り返る事は出来ないけど、耳を塞ぐまでは頭は回らなかった。背中の方から、鼻水を啜る汚い音がやけに大きく聞こえて来た。
「……ごめんね。こんな、お母さんで」
母のその言葉だけで、私は少し安堵出来た気がした。私も、何故か泣きそうになったけど、その時は必死に掃除をする事で誤魔化した。
……この時、母なりに、私に対して思う所があったようだ。
母はなんとその後、多少だけど家事をするようになった。
気づいた時には冷蔵庫の中身が買い足されていたり、少しだけトイレが綺麗になってたり、部活から帰ってくると風呂が沸いていたり。
色々と的外れで不器用な家事だけど、私は嬉しかった。
その上つい先日なんて、驚くべき事に近所のスーパーにパートに出ると言い出したのだ。
あまりにも大き過ぎる一歩。その日の晩は二人でファミレスで食事をしながら、父の話をした。私の快復の知らせを受けて、電話の向こうで泣いて喜んでいた、と母は語る。
でも、私は半信半疑だ。父から、死んだも同然の娘と罵られているんだから。
そんな父が、来週末に退院した私の様子を見に家に来るらしい。果てさて、私はどんな顔をすればいいのやら。予定としては取っ組み合いの喧嘩だが、こればっかりは相手の出方次第である。
……とは言え、言う事を聞くつもりもないけど。
一回くらい、娘の我が儘を聞いたって、父に罰が当たる事はないだろうし。
*
「……って、訳なんだけど」
「……ふーん」
クラスメイトの飯山典子は、私の家庭の事情を聞いて興味なさげに嘆息した。
今の典子は、私の記憶の中の今までの典子の中でも一番冷ややかな目であると断言していいだろう。ちなみに今は学校の昼休み。クラスメイトの大半が家から持って来た弁当を食べている。
教室内はえらく緊張した空気に包まれていた。理由は簡単で、私と典子にある。
典子が私の事を嫌っているのは、恐らく私が猫化している間に、クラスメイト中に広まっていたのだろう。
典子自身も、私に対しての剣呑とした雰囲気を隠さなくなってきている。
空手部の実力派である典子から立ち上る闘気と、そんなTNTみたいな典子を無闇に刺激する私を見て、クラスメイトは不発弾を抱え込んだ気分なのだろう。
「でさ、典子」
「……ちょっと良い?」
私の言葉を遮って、典子が箸を止める。切れ長の視線が、私を全力で突き刺していた。ライオンでもいるのかと思う程、背筋に寒気が走った。と、思った瞬間にはもう遅かった。
何かが、私の横っ面に飛んできた。何かは私の頭部をそのまま宙に浮かせ、横に吹き飛ばす。首と一緒に全身を持っていかれた私は、クラスメイト数人を巻き込んで床に転倒した。
顔を上げると、典子が右手を固く握りしめていた。ボキ、なんて骨が鳴る音さえ聞こえてきた。
「馬鹿にすんのもいい加減にしてよ! 私が……私がアンタをどう思ってたか……知ってるんでしょ!?」
典子は泣きそうな顔でそう言っていた。
勿論、知っている。他のクラスメイトにも聞かされたし、何より直で聞いた訳だし。
でも私はやっぱり典子から離れられそうになかった。
私だって離れようって思っていたけど、気づけば典子の隣に座ろうとする自分がいるのだ。
やっぱり私は、この子と親友になりたいから。
今度こそ、本当に、心の底から分かり合える親友になりたいから。
「知ってるよ……典子、でも」
「五月蝿い馬鹿!」
そう言って典子は、私の胸倉を掴む。
鬼の形相を私に近付け、拳を構えて動かない。いつでも、どんな風にでも、殴れる筈なのに、典子は拳を振り下ろさない。
しばらく私達は見つめ合う、と言うか、睨み合う。典子は震える拳を握りしめたまま、瞳の奥に涙を溜めて、動かない。一触即発なこの空間で彼女を止める奴なんて誰も居ない。クラスメイトが狼狽した顔で、私達を遠巻きに眺めている。巻き添えを食らうのはゴメンだと言わんばかりだ。
助けて、なんて言うつもりはない。私は大人しく、審判の振り下ろす鉄槌を待つ。
「……っ馬鹿!」
結局典子は涙声で捨て台詞を吐きながら、私から手を離し教室から走り去って行った。
クラスメイトが誰も口を開かない。こんな空気を作って申し訳ないけど、こればっかりは妥協する訳にもいかない。
私のクッション代わりにしてしまった男子生徒に謝りながら、殴られた頬を擦った。腫れているらしく、熱を持って膨らんでいる。じんじんと痛む。黒猫の暴力よりもよっぽど響く一撃である。
しかし、これくらいなんでもない。典子はもっと苦しんできた。気が済むまで、顔の形が変わる位まで殴られたって構わない。
私達の友情はまさしく木っ端微塵にぶち砕かれたと言っても過言ではないだろう。
でもまだ、希望はある。典子は私を殴るのを躊躇った。しこたま殴りたい筈なのに、典子は一回しか殴らなかった。典子は、心の底から100%私を嫌っている訳じゃないんだ。那由他の彼方にまだ可能性が残っているんだ。
どれだけ細かく割れた皿でも、破片を集めてジグソーパズルのように組み合わせていけば、元に戻る。……いや、元に戻っちゃ駄目だ。元に戻すんじゃなくって、割れた皿の粉末からもっと良い皿を作らなきゃいけないんだ。
材料は私の足元に散らばっている。なら私は、それを捨てずに拾い集めていくだけだ。
私と典子は、元の関係には戻らない。
だったら、元のものよりも素晴らしい、新しい関係を作ればいい。
どれだけ時間がかかっても構わない。
いつか、本当に互いの事を許し合える、本物に親友になるために、私は絶対に諦めない。
*
さて、冬の午後の寒々しい授業風景なんて描写する価値もない。
よって時間は放課後まで飛ぶ。私は退院早々、部活に復帰する事になっていた。
この部活には、私が猫になっている間に三人程顔を合わせた人間がいる。
神宮司先輩、外山先輩、そして奥田先輩。
神宮司先輩と外山先輩に関しては、ぶっちゃけ顔も見たくないと言うのが本音だ。
ちなみに二人は、既に周囲も公認する恋仲となっている。
神宮司先輩はともかくとして、外山先輩は毎日毎日神宮司祐介ファン倶楽部の皆様からの嫉妬を如何に躱すかを試行錯誤する日々らしい。
神宮司先輩が私にアプローチをかけていた事は、部内では完全になかった事扱いされている。しかし態度にはしっかりと現れていて、周りの部員達は、まるで腫れ物を触るように戦々恐々と私に接してくる。それが苛ついて、私は練習途中であるにも関わらず神宮司先輩と外山先輩を、部員全員の前で呼び出してやった。
一年生の分際で先輩二人を呼びつけると言うのはあまりにも大胆というか失礼な行動だったが、事情が事情であるせいか、或いは私の腹黒い本性を全開にした殺意剥き出しスマイルを恐れてか、巻き添えを恐れた部員達は何も言わなかった。
硬式テニス部が使っている人工芝のテニスコートの隅っこで、私は並んで肩を竦めている二人を眺めやった。
外山先輩は目線を斜め上に向けたまま冷や汗を垂らしている。悪戯がバレた悪ガキのような顔をしている。
神宮司先輩は顔を俯けた状態で、全く動こうとしない。こちらはまるで地蔵のようだ。
どちらも私の方を見ようとしない。私は多分今、無表情だろう。心とは裏腹の表情を作るのは大得意だ。
「二人揃ってそんな顔するって事は……」
「…………」
「…………」
「私に負い目があるって事、ですよね?」
二人は沈黙したままだ。外山先輩はとうとう首を脇に反らし、神宮司先輩はゆるゆると頭を下げ始めている。
私は二人にトドメの一撃を加えてやる。
「悪い事したときって、どうすればいいんですかね?」
「…………」
「…………」
「どうすれば、いいんですか……ねえぇ?」
わざとねちっこく聞いてやる。二人は気まずそうに顔を合わせ、同じタイミングで頭を下げた。息が合ってやがる。なるほど、似合いの二人って訳だ。
「ごめんなさい」
「本当に、済まなかった」
「まぁまぁ、二人とも。顔上げて下さいよ」
私は今度は天使のように満面の微笑みを浮かべながら、二人にそう言ってやる。
そして起き上がって来た神宮司先輩の顔面に、全身全霊で全体重を乗せた平手打ちをかましてやった。横で倒れ伏す神宮司先輩に驚く顔をしている外山先輩にも、同様に平手打ち。二人は折り重なるように倒れ伏し、私は彼らの背中に片足をかけて見下ろしてみる。
痛みに潤む外山先輩の瞳を見ていると、なんだか妙に気分が高揚してくる。なるほど、黒猫め。こんな気分を味わっていた訳か。楽しいなこりゃ。
「おおっと、これはこれは。どうしたんすかね、先輩方。
この私の天の女神のようなプリティフェイスを地獄の鬼を眺めるような目で見るなんて。
私ぃ、悪いのは騙し討ちした私じゃなくってぇ、雪解け水の様に純粋な私の心を弄んだ先輩方だと思うんすけどぉ。
その辺り、先輩達はどう思いますかぁ?」
「……ひぃ」
外山先輩の小さな悲鳴が聞こえてきた。
足に力を込めて、体重を乗せる。別に私はそこまで重くないため、大した重圧にはならないだろうが、二人は動かない。
余程私の顔が恐ろしいのだろう。周りで練習していたテニス部の部員達が遠巻きで呆然と見ている。殺意を一身に浴びる外山先輩なんて、歯の根が噛み合ぬようで、口の奥をカチカチと震わせていた。神宮司先輩に至っては耳を塞いでいる。なんという様だ。こんな奴、やっぱりこっちから願い下げだ。
ここまで酷い事をやっている私だが、別にもう怒っている訳ではなかった。言うなれば、これはただの仕返しだ。
この場で私が二人で遊んでやる事で、チャラにしてやろうと言う魂胆だった……のだが。
「おい、何やってやがる!」
私の背中に声がかかった。
待ちわびた声だったんだけど、何も今じゃなくても良いじゃないか。こんな時位、見逃してくれれば良いのに。
色々台無しだ。私としてもムードってものは大切にしたいって言うのに、この男にはやはりデリカシーが圧倒的に足りていないらしい。
私は振り返った先にいた、陰気な男の咎める視線を受けて、頭を抱えたくなった。
片目が隠れているゲゲゲの鬼太郎みたいな彼は、私が人間に戻る切っ掛けになった奥田先輩である。
奥田先輩は私に冷ややかな目を向けている。やっちまった、と言うのが私の正直な感想だ。
「何って……なんだろ。イジメ?」
「てめぇ……兎に角、足を離せ」
私は素直に従う。外山先輩と神宮司先輩は立ち上がり、そそくさと黙ってその場から退散していった。
後に残ったのは、私と奥田先輩だけだ。
奥田先輩は私から目を逸らす事なく近付いてくる。
殴られるのだろうか。と、思って肩をすぼめて待っていたのだが、奥田先輩は何もしようとしない。ただ私を見たまま、口を開くだけだ。
「お前の気持ちも分からんでもないが、止めておけ。
他の部員の迷惑だ。人気のない場所でやれ」
人気のない場所ならいいのか。一瞬疑問が頭をよぎったが、それを考えるより先に頭を下げるべきだろう。
「……すみませんでした」
奥田先輩は顔に少しだけ心配そうな表情を浮かべて、私を労るように声を潜める。
「それと……お前、長期入院でどうかしたのか? なんだってこんな暴力的な……」
「あー、ごめんなさい。私ってばおしとやかなイメージあるけど、あれ、猫被ってただけなんすよ」
「テメェの猫被りは知ってたがな、そこまで危なっかしい奴じゃなかっただろ」
「ものの弾みって奴ですよ。ずっと猫被りっぱなしじゃ、ストレスも溜まるって」
私はわざと、いつも以上にフランクな体育会系の喋り方で奥田先輩をおちょくる。ただ、吐いている言葉は紛れもなく真実である。多分私は、彼の前では自分を偽る事はまずないだろう。これからの長い人生でも、割と関わっていく可能性があるけどそこはまぁ、何て言うか……あんまり言わせんな。
奥田先輩は驚くよりも呆れたようで、髪の毛を掻き上げながら、疲れたような溜め息を吐き出した。
「……まぁ、なんでもいい。兎に角、練習に戻れ」
「あの、先輩」
私は背を向ける奥田先輩を呼び止めた。
奥田先輩は面倒臭そうに振り返る。私はそんな彼に微笑んでみせた。
心の底からの、微笑み。こればっかりは例えこの瞬間に天地がひっくり返っても猫を被る余地はない。私の、心の奥底で暖まっていた感情がゆっくりと、表に現れていく。
「先輩……私のお見舞いに、結構来てくれたんですよね?」
「な……に、言ってんだ。別に、そんなには」
「お医者さんに聞きましたよ。三日に一回は来てたって」
「………………部員の心配するのは、当然だろうが」
奥田先輩は少し顔を赤くして、斜め下に俯く。なにやら照れているらしい。
だが……正直に言おう。気持ち悪い。この人がこんな顔をしてるのは、ぶっちゃけ似合わない。
やっぱりムクれた面をして、誰彼構わず視線の槍でぶち抜いてる方が、イメージ的に合致するんだ。
まぁ……だからと言って、照れてる顔が嫌いだとは言わないけど。こんな顔を見て、引かずに笑っていられるのは、多分私くらいなもんである。
そう思うと、ちょっとだけ優越感。
「先輩」
「なんだよ、さっさと練習に」
「あの、い……言いたい事が、その、あって……」
私は一気に自分の顔が熱くなっているのを自覚した。
テニスコートに吹き抜ける冬の寒々しい風が、まるで私達を冷やかしているように傍らを通り過ぎていく。
アホか。別に愛の告白をするわけじゃないのに、何を口籠っているんだ。
二人揃って俯き加減で、顔を赤くして、チラチラとお互いの顔を窺い合って、本当に馬鹿みたいだ。周りの部員が勘違いするだろうが。変な噂立ったらどうしてくれるんだよ、全く。
……でもまぁ、私の心中も察してほしい。何の為に、ここまでやって来たのか。辛い現実を押しのけてまで、人間の言葉を取り戻したのか。つまり、そう言う事だ。
万感の思い全てを込めるには、一つの言葉では足りない。
でも、私はこの一つの言葉に全てを込める。
様々なものを混ぜ込んだ、何十何百もの、感謝の気持ちと……ひょっとしたら、本当にもしかしてひょっとしたら、小指の爪の先くらいの、愛情も入っているかもしれない。
さあ奥田先輩。覚悟して下さいね。耳の穴を開通直後のトンネルみたいに綺麗にかっ穿じって、よぉく聞いて下さいね。なにせこの私が、猫を被って十五年生きてきたこの私が、人生で一番素直な感情を吐き出してやるのだ。私の心の叫び、真正面から受け止めて下さい!
「先輩、本当に……!」
*
これで、私を翻弄し続けた一連の出来事は全て、本当に全て終わりを迎えるのだが……さて、ここから少しだけ蛇足を加えておこうと思う。
全てを振り返り終えた私は、黒猫の事がふと気になって、後日一人で冬風吹き荒ぶ町中を歩いて、例の祠まで足を運んだ。
しかしその祠は、つい先日降った大雪で耐え切れずに倒壊し、現在は危険地帯とされていて立ち入り禁止区域になっていた。
原型を留めていない木材の瓦礫を遠くから眺める私は、辺りに黒猫の姿がないか、探してみる。雪が積もった鳥居の上、瓦礫の隙間、森の奥。金色の猫目を探してみるが、何も見つける事は出来なかった。
代わりに私は、既に崩れているその祠に向かって手を合わせた。
聞いた話によると、どうやらこの祠は猫の神様を祀っていたらしいのだ。あの黒い化け猫と猫の神様が関係しているのかどうかは、良く分からない。でも参拝客がいなくなって寂しくなった猫神様が私に悪戯した、なんて思うとちょっと可愛いから、私はそう思い込む事にする。
拝み終わった私は、祠に背を向ける。
ここで背中に何者かの気配を感じ取ったりして振り向いて一瞬だけ感動の再会……なんてドラマティックな事も起きる訳なかった。
黒猫は、もうここに居ない。なら、会わないでもいいさ。人生は長いんだ。この事は死ぬまで絶対に忘れられないんだし、私が死ぬ間際にでも看取りに来て、その時に話が出来れば良い。相手は化け猫。寿命くらい問題じゃないだろうしね。
さて、黒猫との再会の代わりに、もっと驚くべき出来事が私に降りかかった。
ポケットに突っ込んである携帯電話が鳴り出す。相手は誰だ、とディスプレイを開いて、私は慌てて通話ボタンをプッシュする。
「もしもし……典子?」
私はマフラーに首を埋めながら、歩き出す。前に思ってたよりもずっと温かくなった世界に包まれて、私は自然と顔が綻んでいた。
最後まで読んで下さった方、本当にありがとうございました。
もしよろしければ、簡単でも良いのでご感想やご意見等を頂けたら、なんて思っています。
以下、自作品語り。しかも長いです。
どうでも良いって方はこのままブラウザバックでお願いします。
内容の話。
猫被りが、猫を被っていない周りの人々に絶望して、かと思ったら小さな希望を拾って、再び原点へと帰っていくお話。
今回は今までと違い、始まりから終わりまで完全に一貫したお話になったと思います。寄り道少な過ぎてちょっと淡白な感じですけど、書き終えた後は思わず溜め息が出ました。疲労と言うよりは達成感的な意味で。
個人的な話。
私の個人的な趣味ですが、こういう割に合わない取引を行なうお話が大好きです。たった一つの、とか言われるとテンション上がっちゃうタイプです。
主人公の話。
実は、初期の頃の主人公の「私」にはちゃんと「木島 里奈」と言う名前があったのですが、あれよあれよと進めていくうちに彼女の名前を呼ぶ機会が減ってしまい「いっそ名無しで良いんじゃね?」と言う結論に至ってしまった訳です。でもやっぱりちょっと無理があったので、次回作への反省点とします。
登場人物の話。
主人公以外の登場人物がなんとなく薄い気がします。記号化された幼馴染み、記号化された憧れの先輩、記号化された家族etc。登場人物、と言うよりは登場記号、といった感じになってしまいました。読者の皆さんのご意見を頂けたら、と思います。
一人称の話。
個人の心の動きを描くには、三人称よりも一人称の方が書きやすいです。しかし、個人の心の動きを読者に魅せるには、三人称の方が良さそうですね。説明しすぎずに行間を読んでもらう文を書く。これは永遠の課題になりそうな気がします。
ちょっと自慢っぽい話。
この小説は、余所で書いた小説(っていうか二次SS)にて「心理描写上手いですね」と言うお褒めの言葉を頂いたせいでテンションが上がった頃、かれこれ半年くらい前にプロットを組んだお話です。実際に書き終えたのはつい最近ですが。全体的に躁鬱の激しいお話であり、心理描写の「主人公が陥っている絶望や幸福感の程度」に変化をつけるのが難しくて、上手くいった自信がなかったり。
それに関して、シビアな御言葉を頂けると、とても嬉しいです。
そして最後に。
実は最後まで入れるべきかどうか迷った小説の最後の本文があったりします。これを入れるとちょっと最後の最後まで説教臭くなるし、読後の余韻(あったらいいなぁ、ってな程度ですが)が薄まるかと考え、抜いたのですが……後書きに書くべきような文ですし、このまま書かないでおくのも勿体ないので、締めの言葉として代用させて頂きたいと思います。
「私」からのメッセージかなにかだと受け止めて頂ければ、恐悦です。
*
私は色々なものを学んだ。ゴキブリの捕まえ方とか鼠の血の味なんていう、碌でもないものも沢山あるけど。
素直に生きなければ生き残れない猫の世界で学んだ事を、素直に生きていては生き残れない人間の世界に還元しても良いものか、私にはまだ分からない。
多分私は、またそのうち猫を被って生きていくようになる。人間として生きる以上、それは仕方ない事だろう。
でも、私は猫として生きたこの人生のうちの一瞬の時を、一生忘れたりしない。
人は、誰でも無意識のうちに猫を被って生きている。だから八方美人は悪じゃない。でも、八方美人は常に最善とは限らない。
時には汚い面を曝け出さないと、本当に心を揺さぶる大事なものは、決して見えてこない。
私が見てきた、猫被りの裏側……大切な人達の知らない面は、決して綺麗なものばかりではなかった。目を背けたくなるような邪悪が潜んでばかりだ。
でももしかしたら、時には絶望に突き落とされた人間さえも突き動かすような宝物も眠っているかもしれないんだ。
だから、本当に大事なときは、被っている猫を取り去ってみる勇気も必要って事だ。
一番猫被りだったこの私が言うんだから、間違いないね。




