婚約者が聖女志望のあざと令嬢に詐欺られています。婚約破棄? もちろん大歓迎です。
最近、私の婚約者、ミハエル様の様子がおかしい。
彼は最近学園に入学してきた元平民、男爵令嬢のエミリーと妙に親しそうにしているのだ。フワフワの明るい髪色に愛嬌たっぷりの瞳。ボディタッチもおてのもの。加えて、巧みな話術で真面目なミハエル様もすっかり彼女の虜なのだ。
「へぇ、そうなんだぁ。さすが、ミハエルさまぁ。センスあるぅ。エミリー、ぜんぜんしらなかったぁ。すっごーい!」
こんな単純な言葉で男を褒めちぎるなど、淑女教育を受けてきた貴族の令嬢たちには絶対にできないことだ。恐るべし、平民出の令嬢……。
ミハエル様は、この「さしすせそ」なご令嬢によって、完全に骨抜きにされている。「貴族令息、チョレー」とか思われていないとよいのだけど……。
「ミハエルさまぁ! ごきげんようですぅ!」
「やあ、エミリー嬢、おはよう」
ミハエル様をお見掛けしたので、声をかけようとしたら、エミリー嬢に先を越されてしまった。私は影の如く気配を消して、二人の会話に耳を傾けた。いや、もはやそんな必要もないぐらい、ミハエル様はエミリー嬢との会話に夢中だった。
「あたしね、聖女になってこの国を救いたいなぁって思うの。そうしたら、みんなのこと、もっと、もぉーっと、笑顔にできるでしょ?」
「素晴らしいな、エミリー嬢! もし、君が聖女になったら、その友人である僕も鼻が高いよ。全力で応援する」
聖女――国が認める聖なる乙女である。強力な癒しの力を持ち、魔物との戦いで傷ついた人々の怪我を治療し、さらには瘴気をも打ち払う力を持つ者である。
聖女になるには、神殿で修行を積み、試験に合格する必要がある。才能も大切だが、どちらかというと努力や信仰心が要なのだ。
そして、聖女は結婚することができない。その身を信仰に捧げなければならないからだ。
正直言って、こんなフワフワ令嬢にそれが耐えられるのだろうか。
「うん! じゃあ、ミハエルさまのためにもがんばらないとねっ。あ、そうだ、ミハエルさまぁ、あたしね、聖女になるための第一歩として、週末に奉仕活動に行こうと思っててぇ。すごく素敵な人たちが参加しているらしいの。でも、一人じゃちょっと心細いから、ミハエルさま、一緒にどうかな? あっ、ごめん、無理だよね……だってミハエル様は、すごい人だから、きっと忙しいよね」
「大丈夫だよ! 僕も協力するって言っただろ? 週末は一緒に行こう!」
今週末は私と一緒にヴァイツ伯爵家のお茶会に行く予定だったのに……。お忘れなのね……。それにしても、奉仕活動って何をするのかしら?
「あの……ミハエル様、週末はヴァイツ伯爵家でのお茶会……」
「ああ、申し訳ない、ロザリンド。その日は急用が入ってしまったので行けそうにもない」
「そうですか……あの、差し支えなければどういったご用事なのでしょうか?」
ミハエル様は眉をしかめて、不快そうな顔になった。
「君には関係のないことだ。婚約者だからといって、常に僕の行動を縛れると思わないでほしい」
「そうですか……申し訳ございませんでした。ただ、この頃、お約束をほとんど果たしていただいておりませんので……」
「これは、国家の行く末に関わる非常に重要なことなんだ。侯爵夫人になれば安泰だと思い、ただのうのうと生きている君にはわからないだろうけどな!」
エミリー嬢とのデートが、それほど大事なものなのでしょうか……。
「邪魔ばかりしていないで、たまには僕を労うぐらいしたらどうなんだ?」
「労う……ですか?」
「そうだ、君からは一度たりとも『さすが』だとか『すごい』と言ってもらったことがない!」
(『さすが、ミハエル様。デートと国家の行く末を同レベルで語るとはセンスあるぅ。すっごーい!』とでも言えば満足ですか?)
それを要求するのであれば、もう少し褒めたくなるような行いをしていただきたいものだ。
「婚約者も交えて会いましょう」と誘われていたので、私は友人でもあるヴァイツ伯爵家のコーネリア嬢に「週末、お茶会に参加できなくなったわ、ごめんなさい」と断りを入れた。
「そう、残念だわ、ロザリンド様……もしかして、ミハエル様はエミリー嬢とお出かけするのではなくって?」
「えっ、どうしてそのことを?」
「実は、私の婚約者のレイナルド様も、アニカ嬢と奉仕活動に行くと……それに、メリッサ嬢も婚約者のオズワルド様がリア嬢とお出かけするからとお断りをなさってきて……」
揃いも揃って婚約者が平民出身の令嬢にご執心で、しかも週末は奉仕活動に行くとは……。
「ねえ、その奉仕活動って何をするのかしら……」
「わからないわ……ただ、レイナルド様のご実家、彼がアニカ嬢と関わるようになったぐらいから、資金繰りに苦労されているようなのよ。先日、彼が我が家に融資を頼んできたのよ……」
「まあ……」
そう言えば、ミハエル様も、うちの父と面会をしていた。融資ではなくて、投資のための資金を集めているというような話だった気がする。「年利6割、元本保証」とかいう誰が聞いてもヤバさ1000%のお話だったわ。
「それ……大丈夫なのかしら……」
「それなのよね……ねえ、ロザリンド様、週末、私たちもその奉仕活動とやらに参加してみませんこと?」
「えっ? ですが、どこで開催されているのかご存じなのですか?」
「はい……ただ、私たちは中には入らず外から様子を見ることにしましょう」
コーネリア嬢の誘いで、週末はその奉仕活動の見学に行った。
奉仕活動というから炊き出しでもするのかと思っていたが、まるで違った。場所もある有名なカフェの一画、奥にある少し広めの個室で行われていた。
多くの参加者は、若い貴族らしい令息と令嬢のペアだった。一人で参加している人はいない。エミリー嬢が「一人では行きにくい」と言っていた理由がわからなくもない。
私たちは個室近くに席を移し、その奉仕活動の様子を窺う。
「我々は、世のため、人のためとなる聖女の育成に力を注いでおります、神殿の独立機関である『全世界聖女教育文化基金連合会』と申します。みなさまの温かなご支援が世界を救う力となるのです! 今日この場に来たことをスタートにして、今のご自分を変えてみませんか?」
「私はこちらで聖女様がお手を触れたという壺を購入しました。それまでは父の暴力、母の浮気、家庭は荒れ果てていましたが、聖女様の御壺のお陰で、両親ともに心を入れ替えて、今は幸せに暮らしております!」
「先ほどご紹介されましたこちらの御壺は、歴代聖女様が見習い時代に人々のために井戸から水を汲み、配られたという伝説の尊い物になります。今回は限定で5つお持ちしております。一つ金貨500枚のところ、本日限り金貨300枚の特価となります!」
「私は皆さんに神の奇跡について語りたいです。私の妹は長年不治の病に苦しんでおりました。ですが、この免罪符を購入した途端、快方に向かったのです! 今では、元気に外を走り回れるまでに回復しています!」
「こちらの免罪符は、最高司祭様のサイン入りとなっております。効力に応じて、金貨50枚からのお布施を受け付けております」
「ねえ、ミハエルさまぁ、あれを買ったらあたし、聖女になれるかなぁ。でも、金貨50枚なんてそんなお金、持ってなくて……」
「エミリー嬢、心配は不要だ。僕が代わりに購入して、君にあげよう。君の夢を応援したいんだ!」
「本当に? ミハエルさま、すごぉーい!」
「お二人とも実に素晴らしい! これはお二人にとって初めての共同作業ですね。では、免罪符のこちらにお二人の名前の記入をお願いいたします。これでお二人には神の祝福が下りました!」
「本日は多くの皆様と無事にご縁をつなぐことができました。この先も、皆で夢を追いかけましょう! 世界平和のために!」
壁の向こうからは驚くべき会話が漏れてきた。その場にいた人たちは、次々と怪しげな壺や免罪符を購入しているようだった。
「えっ……これって……」
(奉仕活動というよりも寄付を募る会?)
「ロザリンド様、どう思われました?」
「はあ……相当怪しいと……しかも、金銭的な奉仕をしていたのは貴族のご令息ばかりのようですし……」
このまま、ミハエル様と婚約を続けていてよいのだろうか。ただ、婚約者を取られただけだと思っていた。だが、そんな単純な話ではなさそうだ。
私はこの先のことを考えながら、馬車に揺られていた。
◇ ◇ ◇
「ミハエルさまぁ……ごきげんよぅ……」
「あれ? エミリー嬢、今日はなんだか元気がないね」
今日も、ミハエル様に先に声をかけたのはエミリー嬢だった。私は黙って後ろで二人の会話に耳を傾ける。
「えっ……そんなことないよぉ。ただ、ちょっとだけ困っていて……ううん、何でもない、今のは忘れて……はあ……」
いつも元気なエミリー嬢が、今日はずっとため息をついている。声にも覇気が感じられない。
「そんな! 僕とエミリー嬢の仲じゃないか! 何でも話してほしい」
「うんとね……あたし、この学園に来る前はね、すっごい貧乏なお家にいたの。毎日、お父さんに殴られて……男の人が怖い。だから、こんな風に楽しくお話できた男の人はミハエルさまが初めてなんだぁ」
エミリー嬢は涙を浮かべたまま笑顔を見せた。エミリー嬢の話が本当だとしたら、確かにそれは同情に値する。だからといって、婚約者を奪っていいわけではないが。
「エミリー嬢……それは大変だったね。僕は貴族としての教育を受けてきているから、その辺りの平民の男とは違って自分を律することができる紳士なのさ」
「えへへっ、そぉだね。ミハエルさまと一緒にいると癒されちゃうなぁ」
「かわいくてがんばり屋さんな君に癒されているのは僕のほうだよ、エミリー嬢。それで、心配事って何かな?」
「うん……でも、こんな話して、ミハエルさまに嫌われたくないし……」
エミリー嬢はもったいぶっていた。
「嫌ったりしないさ! エミリー嬢のことは何でも知りたいんだ、教えてくれ」
「本当に? えっとね……あたしね、今は男爵様の養女になったでしょ? でもね、男爵様、お金が厳しいらしくて、あたし、このままだと……ひっく……」
「どうしたんだ、エミリー嬢! 泣かないでくれ」
エミリー嬢は大粒の涙を流していた。彼女を養女にしたケストナー男爵。むしろここ最近の彼の服装からすると、かなり羽振りが良さそうなのだけど。
「ごめんなさい、ミハエルさまぁ……あたし、遠い国に住む70歳のおじいちゃん公爵様に売られちゃうの……その公爵様ってもう奥さんが10人も不審死しているらしくて……あたし……怖い。それに聖女になる夢だってあるのに……」
「そんな!」
えっ、その公爵様って誰かしら……。そんな凄い人がいたら、たとえ他国のことだろうと、この貴族社会で話題にならないわけがないのに。
「エミリー嬢! どうすれば君を救うことができるのかい?」
「わからない……。でも、男爵様の借金が無くなれば、あたしも売られずに済むのかもしれない……」
「わかった。僕がノイマン侯爵家の威信にかけて、何とかすると誓う!」
「本当に! 嬉しい、ミハエルさまぁ!」
ミハエル様……そのようなこと誓って大丈夫なのかしら……我が家に無心にでも来られたら……。壺も免罪符も不要ですので、全力でお断りします。
「ロザリンド様、ごきげんよう。少しお話いいかしら?」
「ごきげんよう、コーネリア様! ええ、もちろんよ」
コーネリア嬢は困ったような顔をしながら、とある相談を持ちかけてきた。
「えっ、ちょっと待ってください! エミリー嬢もほとんど同じような話をミハエル様にしていて……」
「それは本当ですの!?」
「これは完全に怪しいですわ。ねえ、コーネリア様、私、その公爵様を探そうと思いますの」
「名案ね。私にもお手伝いさせてくださいませ」
「ええ、もちろんよ」
こうして私は、コーネリア嬢、メリッサ嬢の三人で各国の貴族名鑑を調べた。
「……やっぱり、それらしい方はいらっしゃらないわ……」
「そうね。となると、そもそも結婚話は嘘ね。ケストナー男爵たちの資金の流れについても調査してみる必要がありそうね」
私は以前、ミハエル様が父に勧めた「年利6割、元本保証」という投資話について調査を行った。
「ミハエル様が父に勧めていた投資はこれね……」
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要するに、荒れ地を高額で販売しているのだ。その資金で聖女を育成し、聖女に土地を浄化させて資産価値を上昇させ、高級住宅街にするというものらしい。
「全世界聖女教育文化基金連合会って、あの奉仕活動の主催団体と同じね。気持ち悪すぎる名称ね……」
この組織について調査すると、出資者にケストナー男爵たちが名を連ねていた。彼らはあの手この手で怪しい商法を展開し、それを世間知らずな貴族の令息たちに売りつけるために、ロマンス詐欺の手法でエミリー嬢たちを利用していたのだ。
「ということは、もしかして、エミリー嬢たちも詐欺の片棒を担がされている被害者なのかしら? 弱みでも握られているとか……」
コーネリア嬢とメリッサ嬢は、エミリー嬢たちの過去を探る。
「ロザリンド様、すごいものを見つけてしまいましたわ。エミリー嬢たちは、今は閉鎖された娼館で働いていたことがあるようです」
「ええっ!」
「ケストナー男爵たちはそこの常連客でした。それで、恋愛感情を利用して男性から多額の金を巻き上げる才能に長けたエミリー嬢たちと意気投合して、今回のことを計画した」
「それに、その娼館の常連にもう一人、驚くべき有名人がいました」
「神殿の最高司祭ロドリーゴです」
男爵たちは最高司祭と手を組むことで、詐欺的手法で資金を集める際の後ろ盾にしていたのだ。しかも、「聖女育成」の大義名分があれば、騙される側の心理的なハードルがぐっと下がる。
現にミハエル様は、エミリー嬢に貢ぐことが「国家の大事」「自分の使命」とでも思っているのだろうから。
(これって、かなりマズイ状況なのでは……)
私たちは決意した。この事件を公表する前に、婚約者たちとの関係を整理せねばならないと。
そういえば、この週末にある王家主催のパーティに、私はミハエル様と参加することになっていた。
「すまない、ロザリンド……今度のパーティなのだが、君をエスコートできなくなった」
ミハエル様は私の目を見ることなく、そう告げてきた。
(これはチャンスだわ! そのパーティで婚約を解消してもらおう。会場にいる全員が証人よ、愚かなあなた方の断罪劇の!)
「承知いたしました」
「それから、パーティの後で大切な話があるんだ」
「そちらも、承知いたしました」
私はそれだけ返した。呆気ない終わりだった。だが、これでいいのだ。
私はコーネリア嬢たちと対策を練った。そして迎えたパーティの当日。
私は一人で堂々と入場した。
案の定、ミハエル様はエミリー嬢をエスコートしている。
「こんなパーティ初めて。ドキドキしちゃうっ!」
「僕がついているから大丈夫さ」
「ミハエルさまってば、頼りになるぅー!」
二人ともこれから自分の身に何が起こるかもわからず、仲睦まじくじゃれ合っている。周囲から向けられる痛々しい視線にもまるで気づいていない。
親友のコーネリア嬢もメリッサ嬢も一人だ。だから、心細くはない。
「あたし、ダンス初めてで、失敗しちゃったらどーしよぅ」
「大丈夫だよ、僕がついているだろ」
楽しそうに踊るミハエル様とエミリー嬢。しばらくすると、エミリー嬢はよろけてミハエル様の胸に縋りつく。
「あっ、転びそうになっちゃったぁ、失敗、失敗」
「エミリー嬢は可愛らしいなぁ」
「てへっ」
ペロッと舌を出すエミリー嬢。全くもって見ていられない。
王太子ジゼルバート様とふと目が合った。私は、バカップルは放置して、ご挨拶に向かった。
「これは、ロザリンド嬢、久しぶりだな。ところで、これはどういうことなのかな? 私の記憶だと君の婚約者はミハエルだったと思うのだが……」
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。確かにそうだとは思うのですが、おそらくはこのパーティが終わると私はあの方に婚約の解消を告げられるでしょう」
「もしかして、コーネリア嬢とメリッサ嬢もそうか」
コーネリア嬢たちは頷いた。
王太子殿下はミハエル様たちの元へと向かわれた。
「ミハエル、それから、レイナルドにオズワルド。君たちに確認したいことがある」
「は、はい、なんでございましょうか、王太子殿下」
「うむ、君たちの隣にいるご令嬢は誰だろうか?」
「は、はい、その……エミリー嬢は私の友人でして……将来の聖女様です!」
「そうなのです! 僕も、アニカ嬢の聖女になるという夢を応援しているのです!」
「ですが、このままですとリア嬢は……くっ」
メリッサ嬢の婚約者オズワルド様は悔しそうに顔を歪めた。同じように、ミハエル様とレイナルド様も唇を噛んだり、手を握り締めたりしている。
「どうなるというのだ?」
「はい、このままですと、御年70歳の遠国の公爵に嫁がされてしまうと……」
「しかも、その公爵、すでに10度も妻が不審死を遂げているというのです!」
「この先、聖女として我が国を支えてくれるであろうエミリー嬢をそのような男に嫁がせるわけにはいきません!」
「ふむ」
「だから……悪い、ロザリンド! 僕は君との婚約を白紙に戻して、ここにいるエミリー嬢と新たに婚約を結ぶこととする! 侯爵夫人になれば、エミリーはもうあの公爵などに嫁ぐ必要はなくなるのだから、君のことをこの先もずっと守ることができる!」
「僕もだ、コーネリア。将来の聖女であるアニカ嬢を守るため、君との婚約を解消したい」
「メリッサ、僕も同様だ!」
その話を聞いた、エミリー嬢、アニカ嬢、リア嬢は喜び、それぞれの新たな婚約者の男に抱きついた。
「ミハエルさまぁ! あたし、嬉しいです! 侯爵夫人になれるだなんて、夢が叶いましたぁ」
(あら? あなたの夢は聖女になることではなかったのかしら?)
「ということだそうだ、ロザリンド嬢に、コーネリア嬢、メリッサ嬢、これでいいのだろうか?」
「「「はい、全然構いません!」」」
「そうか、では、ここに三件の婚約解消を、我が名において認めたこととする」
ミハエル様とエミリー嬢はお互いの顔を見ると嬉しそうに微笑み合った。
「ところで、エミリー嬢たちはいずれもどこぞの公爵に嫁ぐ予定だったと?」
「そうなのです! おそらくその閣下は好色のようですね。若い娘を三人も同時に妻にしようとするなど……」
「ミハエル様、そのお方というのは、もしかしてグレートブリリアント帝国のリッチモンド元公爵閣下でしょうか?」
「私、実はレイナルド様とアニカ嬢のお話を聞いてしまい、その公爵様を探しました」
「現在、御年70歳の元公爵閣下は彼のお方しかおらず、『リア嬢との結婚を諦めてほしい』と連絡を取ってみましたところ、そのような話は知らないとおっしゃっておいでで……」
「「「えっ……」」」
「こら、小僧ども! よくもワシのことを好色のジジイにしてくれたな」
会場内にはリッチモンド元公爵閣下が登場なさった。元公爵様は、帝国の海軍を率いていた強面の軍人で「鉄の鬼提督」と恐れられていた方なのだ。
「な、何かの間違いでは? こちらの公爵様ではなく、別の方なのでは?」
「悪いが、70過ぎて鬼籍に入っておらん公爵家の男は、大陸広しといえども、今やワシしかおらん!」
「エ、エミリー嬢、どういうことだろうか?」
「えっと、もしかすると69歳とかで、四捨五入して70歳ってことだったのかもですぅ。それか、公爵ではなくて、侯爵とか……」
次第にエミリー嬢はしどろもどろになっていった。アニカ嬢とリア嬢も目を逸らして、口を開こうとしない。
「ところで、エミリー嬢、あなた方に会わせたい方が、まだいるのだけど」
「王太子殿下、こちらにお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
今度は、メリッサ嬢が平民を数名連れて戻って来た。
「ああ、エミリー! 心配したんだ。お前がオリバーと駆け落ちしてからずっと探していたんだ」
「エミリー、酷いじゃないか! 俺と愛を誓い合ったのは、嘘だったのかよ!」
「エミリー、俺が貸した金、返してくれないか? 親父さんが病気だって言っていたけど、元気そうじゃないか!」
「ど、どういうことかな、エミリー嬢?」
「し、知らない、こんな人たち全然知らない!!」
「知らないとは酷いじゃないか! あんなに愛し合ったのに!」
「そんなの嘘! 全部知らない!」
三カ所で痴話げんかが始まる。エミリー嬢、アニカ嬢、リア嬢は、半狂乱になりながら、かつての恋人たちと口論を繰り広げていた。
ミハエル様たちは戸惑いながらも、それぞれのパートナーに視線を向けた。
「それに、ミハエル。君たち知らなかったわけではあるまい? 聖女は未婚の女性しかなれない」
「あっ……」
ミハエル様たちは顔面蒼白になると、その場に座り込んだ。
(そうだ……。そもそもエミリー嬢との結婚と彼女が聖女になることは両立しないじゃないか……)
そうかと思うと、勢いよく立ち上がり、ミハエル様はエミリー嬢を指さし、文句を言い始めた。
「侯爵夫人になるのが夢だと!? 騙したな、この性悪女が! 金を返せ!」
「はあ? お金を自発的に払ったのはあなたでしょ? あたしのせいにしないで!」
「ロ、ロザリンド! 助けてくれ!」
「なぜ、私があなたを助けないといけないのでしょうか?」
「そ、そんな、僕たちは婚約者同士じゃないか!」
「それは先ほどあなたが白紙にされましたけど? だから、私たちは赤の他人同士ですわ」
私は冷たくミハエル様を突き放した。隣では同じようにコーネリア嬢とメリッサ嬢がそれぞれの元婚約者を切って捨てていた。
「王太子殿下。そちらのミハエル殿たちに面会を求めている商会長たちが城に押しかけているのですが……いかがいたしましょうか?」
「こんなところまで、一体何の用だというんだ?」
「王太子殿下、僭越ながら、こちらの件ではないかと……」
私は、調査の途中で手にした投資を呼びかける「年利6割、元本保証」をうたうチラシを示した。
「随分と胡散臭い内容だな……」
「王太子殿下、そちらのご令嬢とご令息から頼まれ、聖女育成のための資金として、当商会は金貨1万枚を投資させていただきました。ですが、件の土地はいつまで経っても浄化されることなく放置されたままでございます」
「我が商会も同様です。聖女育成のためと思い、資金を出したのですが聖女様の育成はどの程度進んでいるのか、お伺いしたく……」
「僕は知らない! 全部その女が言っていた出鱈目だ! 資金はその女から回収すればいい!」
「はあ? 冗談言わないで! あんただって『これは素晴らしいよ』とかなんとか言いながら、皆に勧めまくってたじゃない! こんな怪しい話信じる方が馬鹿じゃないの!」
「なんだと! このクソ女が!」
「もう十分だろう。こいつらをつまみだせ」
結局、ミハエル様たちは王宮の騎士たちに連れていかれた。騎士たちに両脇を抱えられながらも、ミハエル様とエミリー嬢は最後までお互いを罵り合っていた。
「ロザリンド嬢、コーネリア嬢、メリッサ嬢、ご協力感謝する。これで、王国内に蔓延っていた汚職を一掃することができる」
王太子殿下は不当な方法でお布施を集めていたとして、最高司祭のロドリーゴを告発した。彼は教皇によって破門され、すべてを失った。
ミハエル様たちは廃嫡されたうえで、借金の返済が終わるまで、商会で下働きをすることになった。今日もごっつい労働者たちに怒鳴られながら、必死に重い荷物を運んでいるようだ。
詐欺を行っていたエミリーたちやその養父たちは捕らえられ、財産と身分を没収された。現在は王命により、ド田舎で例のチラシに載っていた土地の開墾に人力で励んでいる。残念ながら「超高級住宅街」になるわけではなく、そこは一面の畑になる予定だ。
そして、私とコーネリア嬢、メリッサ嬢は、今、聖女を目指して修行に励んでいる。
国民にとって心の拠り所でもある神殿の腐敗を暴いたことで、私たちは多くの民たちから感謝されていた。
「いっそのこと、私たちが聖女になりましょうよ!」
「そうね、神殿の立て直しと今後の監視もできるし」
「国民の期待にも応えられて、独身でいても誰も文句を言わない!」
聖女の仕事は、一石二鳥、いや、一石三鳥なのだ。
国民の役に立てる。神殿の改革も行える。そして、何より――。
これでもう、あざと女に惑わされて、免罪符を嬉々として買うような男と結婚しなくてもいいのだから!
「男はもう、うんざりだわ」
「そうそう、それよりも仕事をしているほうがずっと楽しいものね」
「本当に。あんなどうしようもない男からの婚約破棄だったら、喜んで受け入れますわ」
私はまっさらなローブに袖を通し、襟を正した。このローブのように、きっと私たちの未来も白く輝いているに違いないと信じて――。
最後までお読みいただきありがとうございました。
もし、お気に召していただけたら評価やリアクションなどいただけると幸いです。
また、作者はほかにも長編、短編書いております。
そちらもよろしくお願いいたします。




