第40話 正義とは
【前回までのあらすじ】ハッサが隠したヤマトマテリアルの情報へアクセスできる解除コードを持つザイン。カラスたちは、激しい戦闘の末、ザインを拉致したGISA工作員を倒し、彼を奪還した。
GISA工作員を殲滅したカラスたち。傳田が車の後部座席のドアを開けると、頭から麻袋を被せられたザインがシートの上で小さくうずくまっていた。
車内で激しい銃撃戦の音を聞き続けていた男は、銃声が止み、ドアが開け放たれた気配に怯えながら、かすれた声を絞り出した。
「だ、誰だ……!? 警察なのか……? 頼む、助けてくれ……!」
恐怖に怯え、泣き叫びそうな声で命乞いをするザイン。
その姿を見た傳田は、わずかに目を伏せた。任務の非情さを知る者の哀れみと、割り切れない想いが入り混じった複雑な表情だった。
だが、その感傷を瞬時に断ち切ると、背後に立つ中臣へと視線を送った。中臣は無言のまま、その視線に応じた。
腰のホルスターからサイレンサー付きの拳銃を抜くと、麻袋に覆われたザインの頭部めがけて、躊躇なく二度の引き金を引いた。
乾いた金属音が車内に響き、ザインの身体はぐにゃりと後部座席にもたれかかり、そのまま動かなくなった。
「こちらピン。ターゲットを排除した。痕跡を全て燃やして撤収する。」
インカム越しの傳田の声は、いつもと変わらぬトーンだった。
作戦本部ではモニターの映像を見守っていた紅梅や青葉らスタッフが小さく息を吐き、安堵の表情を浮かべる。中には、緊張の糸が切れてハイタッチを交わす者もいた。
だが、その狂騒から切り離されたように、澤村だけは無表情のまま、目の前のモニターを凝視していた。
無人機のライブ映像を見る限り、ザインはただの被害者だ。国家の抗争に巻き込まれた罪なき一般人にすぎない。 GISAの工作員はザインを拉致した悪党だ。ならば、カラスたちはその悪党からザインを奪還する「正義の味方」ではなかったのか。 なぜ、救出ではなく殺害なのか。いったい誰が正義だと言うのか……。
頭では分かっていたはずだった。この作戦の最終的なゴールが「知る者の排除」であることを。
しかし、モニター越しに見せつけられた生々しい生死の現場を前に、澤村の身体の奥底では、割り切れない疑問と拒絶が激しくうごめいていた。
ザインの殺害と、同行していた工作員たちの全滅。その報告を受けた王は、あまりの衝撃に唇を震わせ、言葉を失ったまま立ち尽くした。
完全な想定外だった。まさか日本側がこの土壇場で、これほど迅速かつ全面交戦によるザイン殺害に踏み切ってくるとは。
しかも送り込んだ工作員は訓練されたGISAの兵士だ。彼らを凌駕する精鋭部隊まで投入してくるとは…
白昼堂々行われた日本側のなりふり構わぬ狂気を目の当たりにし、王は自らの甘さと愚かさを噛み締めた。
ザインの死亡により、ハッサが隠したヤマトマテリアルの情報は永遠に失われた。
もはや、隠された情報を手に入れるには、目の前にいるハッサ本人の口を割らせる以外にない。王はハッサを睨みつけると、胸中で渦巻く怒りを完璧に押し殺しながら、静かに歩み寄った。
「……ザインが死んだ。日本の工作員の手によってな」
感情を削ぎ落とした氷のような声で、王は短く言い放った。 ハッサは両目をカッと見開き愕然とした。
「な……なに……!? ザインが……!?」
王はポケットからスマートフォンを取り出すと、激しく炎上し原形を留めていないザインの車の画像をハッサの目の前に突き付けた。そして、畳みかけるようにハッサの心の隙間へ割り込もうとする。
「見ろ!これが奴ら、日本のやり口だ! お前が信頼して預けたヤマトマテリアルの情報を奴らは闇へ葬り去る気だ。マレーヤと手など組む気など日本にはない!」
王は自らの顔をハッサの目と鼻の先まで近づけ、鋭い瞳で威圧するように詰め寄る。
「奴らは己の利権と国際的地位を守るためなら手段は選ばない!昨夜ソフィアの命を狙ったのも日本だ! いいかハッサ!奴らはいずれお前も殺す。南シナ海の海底鉱脈など存在しなかったことにするか、あるいは極密裏に自分たちで採掘し尽くすだろう。奴らがお前らマレーヤの国益のために動くとでも思っているのか!?」
王の顔を食い入るように見つめていたハッサだったが、たまらず視線を横へ逸らした。王の言い分を全面的に否定することができなかった。
(日本が自分たちを裏切って秘密を隠蔽しようとしている)
一抹の不安と強烈な疑念が、ハッサの胸中に芽生え始めていた。王はその顔色の変化を逃さず、口元に薄い笑みを浮かべた。
「ハッサ、我々と組もうじゃないか。ヤマトマテリアルをこの国とアジアのために使うと約束しよう。精錬技術など、我々が本気を出せばすぐにでも日本を追い抜いてみせる。何より、これほどの暴挙を平然と犯す日本を、お前はまだ信頼するというのか!?」
ハッサの心は激しく揺れ動いていた。もし……本当にザインを殺したのが日本だというのなら。ソフィアを葬ろうとしたのが日本だというのなら……確かに王の言うことには一理ある。
だが、日本がやったという客観的な証拠は何一つない。それに、大中と組む気など毛頭ない。彼らを信用してはならないことは、これまでの不条理な歴史が証明している。
激しく葛藤するハッサが選んだのは唯一の抵抗……「沈黙」だった。固く口を閉ざすハッサの顔を見て、王は彼の胸中を読み取った。
(時間をかければ、いずれ落とせる……が)
何時間もかけてじっくりと精神を削っていけば、いずれハッサをこちらに屈服させることはできる。だが、時間がない。
ザインが死んだ今、日本側にとって残された唯一の脅威はハッサ本人だ。ハッサが大中側に自白する前に紅梅たちは必ずこの場所を特定し、すべてを消すために部隊を送り込んでくる。
一刻の猶予も許されない。王はハッサの説得を諦め、特殊部隊の隊長のルーへ視線を向けた。
「……家族を拘束しろ」
「!?…や、やめろッ……! 頼む、やめてくれ!!」
家族という言葉が耳に届いた瞬間、ハッサは狂乱して王へ飛びかかろうとした。しかし、寸前で両脇を固めていた兵士に力ずくでねじ伏せられ、冷たいコンクリート床へ顔面を押し付けられた。
「我々には時間がない。お前に話す気がないのなら、家族を順番に処理していくまでだ」
「た……頼む…… それだけは……それだけはやめてくれ…… 家族だけは……っ!」
床に顔を押し付けられ、涙を流して家族の命乞いをするハッサ。 その惨めな姿を見下ろす王の胸には、絶頂と言える優越感と必ず口を割らせてみせるという自信が満ちあふれていた。
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★本作品はフィクションです。物語に登場する人物、団体、組織、地名、イベント、ならびに一切の国家・政府機関・外交関係の描写はすべて架空のものであり、実在のいかなる対象とも関係ありません。また、作中で扱われるいかなる思想、主張、政治的立場、歴史的解釈についても、特定の立場を支持・肯定・非難する意図は一切ありません。




