表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

第7話 聖女の暴走

 庭園での背筋が凍るような宣言から一夜が明けた。


 私は早朝から重い身体を引きずり、王宮の敷地内に併設されている大図書館へと向かっていた。目指すは、魔法の基礎理論が記された教本だ。


 安眠計画を阻む最大の障壁は、星羅様がこの世界の常識と魔法の制御法を全く理解していないことにある。

 昨日の実技で彼女の才能は証明されたが、感覚だけで魔法を扱わせるのは危険すぎる。

 理論を学び、完全に魔力を制御できるようになれば、晴れて私はすべての公務を彼女に丸投げできるはずなのだ。



「レティシア様。足元に段差があります」



 不意に腰のあたりに強い力が加わり、私の身体がふわりと横へ引き寄せられた。



「きゃっ……ル、ルーク?」


「お気をつけください。考え事をしながら歩くのは危険です。万が一、あなたの美しい顔に傷でもつけば、俺は自分を許すことができません」



 真横から降ってきた低く涼やかな声に、私の鼓動が不規則に跳ねた。見上げれば、ルークがサファイアのような青い瞳でこちらを見下ろしている。

 彼の大きな手が私の腰をしっかりと抱き留めており、騎士の制服から漂う微かな革と石鹸の香りが鼻先を掠めた。

 確かに廊下の継ぎ目に数ミリの段差はあったが、転ぶほどのものではない。しかし彼にとっては、私の歩行経路にある微小な障害物すら許しがたい脅威なのだろう。



「ありがとう……でも、もう大丈夫だから離してちょうだい」


「いいえ。大図書館まではまだ距離があります。俺がこうして支えていれば、あなたの体力も温存できるはずです」



 彼は涼しい顔で言い放ち、あろうことか腰に回した手の力をさらに強めた。

 歩幅を私に合わせ、まるで私が壊れ物であるかのように丁寧にエスコートしてくる。

 真横に張り付く長身の熱に当てられ、私は頭を抱えたくなった。



 重苦しい道中を経て、私たちはようやく大図書館へと辿り着く。

 美しい彫刻が彫られた扉を押し開けば、古い紙とインクの微かな匂いがふわりと漂ってきた。

 吹き抜けになった二階建ての広大な空間には、壁一面に天井まで届く巨大な本棚が立ち並び、無数の書物が眠っている。



「あ、レティシア様! おはようございます。ここ、すごいですね。映画のセットみたい!」



 どうやら先に案内されていたらしい星羅様が、ひょこりと本棚の間から顔を出した。

 まったく、朝から元気なことだ。

 私は苦笑いを浮かべながら挨拶を返すと、彼女を伴って本棚の間を奥へと進んでいく。


 目的の棚に辿り着くと、私は古い背表紙を指でなぞった。

 この辺りは、初級魔術師の教本として使われる書が集められている。その中から『呼吸と魔力循環』という分厚い魔術書を引き抜き、彼女に手渡した。



「まずはここに書かれている第一章、魔力を体内で循環させる基礎を読んでみてください」


「わかりました!」



 素直な返事とともに星羅様は真剣な表情でそれを受け取り、近くに設置された閲覧用の椅子に座って本を開き始めた。


 ページをめくる音が心地よいリズムを刻み、静かな時間が流れていく。

 彼女が学ぶ間、私も本を読もうかと近くの椅子に腰を下ろすけれど、連日の睡眠不足からか、次第に瞼が重くなっていくのを感じた。

 このままほんの数分だけ、目を閉じてもいいだろうか。

 腕を組み、ゆっくりと微睡みの底へと沈みかけた私を、傍に立つルークの鋭い声が覚醒させた。



「レティシア様っ!」


「……っ、あれ? なんか、熱い……?」



 微かな星羅様の声が耳に届くのと、周囲の空気が急激に膨張するような感覚が肌を叩いたのは、ほとんど同時だった。

 パチパチと静電気が弾けるような音が図書館内に響き渡る。


 目の前では星羅様が、本を握り締めたまま小刻みに震えていた。

 彼女の身体の周囲に、黄金色の光の粒子が尋常ではない密度で渦巻いている。



「星羅様⁉」


「レティシア様……っ! 私、本に書いてある通りに魔力を動かそうとしたら……急に、止まらなくなって……!」



 彼女の赤茶色の瞳が恐怖に見開かれている。

 荒れ狂う黄金の魔力は完全に制御を離れ、周囲の空間を焼き尽くさんばかりの勢いで膨張していた。

 本棚に収められた古い書物たちが、魔力の風圧でカタカタと震え始める。


 魔力が暴走しかけていた。

 こうなることを避けるために学ばせていたというのに……。

 このままでは、彼女自身の身体が内側から破裂してしまう。



「レティシア様、下がってください。俺が物理的に彼女の意識を刈り取ります」



 ルークが剣の柄に手をかけ、冷酷な声で進み出ようとした。



「待って! 彼女を傷つけるのは駄目よ!」



 私は椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がり、凄まじい熱風を放つ星羅様へと歩み寄った。

 彼女の周囲には、触れれば火傷をしそうなほどの高密度の魔力の壁ができている。



「大丈夫よ、星羅様」



 躊躇することなく、私はその黄金の暴風の中へ右手を差し込んだ。肌を刺すような熱と痛みが走る。

 しかし私の中にある『銀の魔力』は、こんなものよりも遥かに冷たく、そして強大だった。



「――鎮まりなさい」



 指先から放った純白の光で、星羅様の荒れ狂う黄金の魔力を優しく、けれど有無を言わせぬ圧倒的な質量で包み込む。

 そして、まるで風船を割るように魔力の壁を一瞬にして霧散させた。

 パァン、と微かな破裂音が響き、光の嵐が嘘のように消え去る。



「……え?」



 星羅様はぽかんと口を開けたまま私を見上げていた。



「星羅様、怪我は……」


「……っ!」



 星羅様の瞳から大粒の涙が溢れ出し、彼女をの無事を確かめようとしていた私の腰にすがりついて顔を押し付けてきた。



「レティシア様……っ! ごめんなさい、私、また失敗して……でも、レティシア様が、一瞬で……!」



 彼女の肩が激しく震えている。恐怖から解放された安堵と、目の前で起きた圧倒的な力に対する限界突破した畏敬の念。



「私、一生レティシア様についていきます! ずっと、ずっと私の傍で、私を守ってくださいっ!」


 早く独り立ちさせるために教本を読ませた結果、彼女の私への『依存』がさらに強固なものになってしまった。

 私の安眠計画は、私が有能に振る舞えば振る舞うほど、自らの首を絞める結果になるのだと痛感したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ