第5話 後輩聖女のお披露目
思わぬ快諾によって交渉は成立したものの、まだ整えなければならないことがある。
「さて、星羅様が突然この教会に現れた理由については、対外的な説明を考えなければなりませんね」
私は姿勢を正し、少しだけ真面目な顔を作った。そう、星羅という異世界の少女が、この世界に召喚された理由をでっち上げなければならないのである。
「異世界から私利私欲のために召喚したなどと言えば、保守的で頭の固い神官たちが何を言い出すか分かりません。ですから……『私がより多くの人々を救えるよう、寝る間も惜しんで祈りを捧げた結果、神が哀れんで新たな御使いを寄越してくださった』ということにしましょう」
「おおー! 神の御使い! なんかかっこいいですね! 私、そういう設定大好きです!」
目を輝かせて、何度も力強く頷く星羅様。その無邪気な反応に、私は再び深く安堵の息を吐き出す。
こうして、安眠への第一歩はこれ以上ないほど順調に踏み出されたのだった。
大聖堂の荘厳な鐘の音が、高く澄み渡った王都の空に響き渡った。
つい数日前まで私が地獄の治癒タイムアタックを繰り広げていたあの冷たい大理石の祭壇に、今日は私と、真新しい純白の修道服に身を包んだ星羅様が並んで立っている。
足元からひんやりと這い上がってくる冷気は相変わらずだが、今日の私の心は、かつてないほどに晴れやかだった。
なにせ、隣に立つこの可愛らしい後輩を神殿の上層部に紹介しさえすれば、私は晴れてすべての公務から解放され、あのふかふかのベッドへ直行できる(はずだ)からだ。
「……レティシア様。異郷から現れたというこの娘が、本当に次代の聖女たり得るのでしょうか?」
祭壇の下に並び立つ数十人の高位神官たちを代表して、長い白髭を蓄えた神官長が、酷く疑り深い視線を星羅様に向けてきた。
保守的で体面ばかりを気にする彼らにとって、どこの馬の骨ともわからない小娘が異世界から喚び出されたことは、到底受け入れがたい事実なのだろう。
神官たちの間から、ヒソヒソと非難めいた囁き声が波のように広がっていく。
突然の冷ややかな視線に晒され、星羅様が不安そうに私のドレスの裾をきゅっと握り締めた。
私は内心で盛大な舌打ちをしながら、表面上は完璧な聖女の慈愛のスマイルを顔面に貼り付ける。
「神官長。彼女の内に眠る魔力は、間違いなく歴代の聖女に匹敵、あるいは凌駕するものです。私が保証しますわ」
「しかし、見たところただの怯えた小娘にしか……」
「なら、お見せしましょう。星羅様」
私は星羅様の背中にそっと手を添え、祭壇のさらに一歩前へと彼女を押し出した。
ここで彼女の凄さを見せつけ、頭の固い老人たちを黙らせなければ、私の輝かしい引きこもり生活のスタートが遅れてしまう。
星羅様は私に背中を押され、ごくりと大きく唾を飲み込むと、神官たちに向かって真っ直ぐに向き直った。
「え、えっと……古賀星羅です! レティシア様のお手伝いをするために来ました。よろしくお願いします!」
大聖堂の静寂を元気いっぱいに打ち破った彼女は、そのまま両手を胸の前でぎゅっと組み合わせ、目を閉じる。
私が昨日「祈りのポーズ」として教えた姿勢だ。
それに応えるように、周囲の空気が銀に煌めき出す。いい調子だと、目を細めたところで、唐突に空気の流れが変わった。
ブワァァァッ‼
という突風のような空気の膨張と共に、星羅様の小さな身体から、太陽を直接大聖堂に持ち込んだかのような、圧倒的で暴力的なまでの銀と黄金色の魔力が爆発的に溢れ出したのだ。
「なっ……⁉」
「目が、目がぁぁっ!」
薄暗かった大聖堂の内部が、一瞬にして真昼の屋外よりも眩い極光に飲み込まれる。
神官たちが悲鳴を上げながら、一斉に両手で顔を覆って後ずさった。
最前列にいた神官長に至っては、あまりの魔力密度と神々しさに腰を抜かし、大理石の床に無様な音を立てて尻餅をついている。
銀と黄金の光の粒子は、まるで意思を持っているかのように大聖堂の隅々まで行き渡り、ステンドグラスの色彩すらも完全に塗り潰してしまった。
それは、神聖などという生易しい言葉では片付けられない。もはや、物理的な破壊力を伴った「奇跡の暴力」だった。
私は、自身の銀色の結界で網膜へのダメージをどうにか防ぎながら、ぽかんと口を開けていた。
ただ挨拶をして魔力を少し見せるだけでよかったのに、なぜ彼女は常に全力全開のフルスロットルなのだろうか。
「ふぅ……どうですか、レティシア様! 私、ちゃんとできましたか⁉」
光が収まると、星羅様は額に微かに汗を浮かべながら、尻尾を振る子犬のようなキラキラとした目で私を振り返った。
床に這いつくばって「おおお……っ! なんという奇跡……! 真なる神の使いだ……!」とガタガタ震えながら涙を流して祈り始めている神官たちを横目に見下ろし、引き攣る頬を必死に抑え込む。
「ええ……完璧よ、星羅様。これでもう、誰もあなたの力を疑う者はいないわ」
やりすぎだが、結果オーライだ。
これで神殿の連中は完全に星羅様を崇め奉り、私の存在などどうでもよくなるはず。
私は心の中でガッツポーズを決め、「よし、私の役目は終わった。あとはよろしく」とばかりに、そっと踵を返し、誰にも気づかれないように祭壇の裏口へ向かって忍び足を始めた。
目指すは、自室のふかふかのベッドだ。
しかし、自由への第一歩を踏み出そうとした私を阻む者がいた。
「……どちらへ行かれるおつもりですか、レティシア様」
背後から、氷のように冷たく、そして私の逃亡を絶対に許さないという強い意志を持った低い声が降ってきた。
びくりと肩を震わせて振り返ると、祭壇の影から音もなく姿を現した専属護衛騎士のルークが、サファイアのような青い瞳を細めて私を見下ろしている。
「ル、ルーク。私はもうお役御免だから、少し部屋に戻って休もうかと……」
「いけません。新たな聖女のお披露目は、これからが本番です。あなたが隣に立って教え導かなければ、あの暴力的なまでの魔力で治る者も天に召されてしまいますよ」
彼は涼やかな顔でそう言い放つと、私の腰に力強い腕を回し、逃げ道を完全に塞いでしまった。
祭壇の下では、星羅様への熱狂が最高潮に達している。そして私の隣には、物理的に私を繋ぎ止める過保護な狂犬騎士。
私の安眠計画は、今日もまた、見えないほど遠い彼方へと遠ざかっていくのだった。




