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六 家督

「煮え切らぬのう」


 経久は、腹心の亀井秀綱から、毛利家中の動きを聞いて、その台詞とは裏腹にほくそ笑んだ。


「……どれ、もそっと煮詰めてやろうのう」


 経久は秀綱に耳打ちし、伝手(つて)を作った坂広秀や渡辺勝に対し、尼子家の子を毛利家へ差し向ける話をせよと告げた。


「ではお館さま、御曹司の内、どなたを……」


「たわけ」


 経久は本気で息子の誰かを毛利家に、と考えているわけではない。


「多治比元就と相合元綱、あの両名は『まだ』仲が良い。このままでは、どちらかが家督を継ぐにしろ……元就の方が継ぐだろうが……残り一方を臣下にするとかいう、曖昧な決着を見るだろう」


 温い、まるで意味がないと経久は断じた。


「そう……意味がないのだ。毛利の爪牙(そうが)を削り落とさねば。最低でも、どちらかは消えてもらう。でないと……孫が尼子を継いだ時に、厄介よ」


 やはり、嫡男の尼子政久の死は、経久の心に、大きな影を落としているのか。

 (くら)い目をした主君を仰ぎつつ、秀綱はそう歎じた。

 政久の次男、詮久(あきひさ)は元服し、経久の養子という扱いで嫡子となっていた(政久の長男は夭折していた)。詮久は大器を感じさせる男ではあるが、経久としては、その覇道の邪魔になるものを、少しでも多く刈り取っておきたいのだ。


「だからこそ、尼子の子を毛利にとの流言飛語よ。これならば……元就にせよ、元綱にせよ、早急に毛利の家督を継がんと動こうて……『早急に』、のう?」


 雲州の狼。

 その異名のごとく、経久は犬歯を見せて笑うのであった。



「……是非もなし」


 毛利を継ぐと判断した元就は早かった。即座に腹心である粟屋元秀に何事かを命じ、次いで志道広良を呼び出し、家臣らの元就擁立の起請文(きしょうもん)を取るように頼んだ。


「起請文でございますか?」


「ああ。こたびの家督すること、下手に私が主張するより、その方が良い。でないと……」


 皆まで言わずとも、広良には分かった。尼子経久の触手が、毛利の家のそこかしこに伸びている。

 今、元就一人が毛利の家を継がんとしたところで、その触手の伸びた先の家臣たちが(こば)めば、どうなろうか。


「そのために、家臣一同の総意として……起請文を、ですな」


 元就は頷く。これ以上は、声高には家督を、と言わないつもりである。壁に耳あり障子に目あり。飽くまでも家臣たちの懇望を受け、という形に持っていきたいのだ。

 これは何も元就の家督への欲求から言っているのではない。そうしておかないと、元綱なり、尼子家の公子なりが己の家督を主張した場合、毛利家は、家臣たちは四分五裂して、瓦解する。


「恐るべきは尼子経久の謀略よ。かような仕儀にまでなるとは……」


 元就は経久の所業に、恐ろしさと同時に悔しさを覚えた。

 今少し、深く考えていれば。

 このような状況にはならなかったものを。

 もしや、元就の鏡城出馬を要請したときから、ここまで考えていたのやも。


 ……そう考えてもおかしくないぐらい、尼子経久の策は図に当たっていた。


「……だが」


 このままでは、済ますものか。

 歯噛みしつつもそう呟く元就であった。



 志道広良は順調に家臣たちの同意を取りつけた。しかも「反対派」と目される坂や渡辺といった家臣たちに、敢えて元就を当主にと迎えに行かせるという離れ業を見せた。


「かくなれば、いざ継がん」


 元就は愛妻・妙玖(みょうきゅう)(法号であるが、氏名不詳のため、妙玖と記す)と、生まれたばかりの赤子(毛利隆元)と共に、それまでの居城・多治比猿掛城を出で、毛利本家の居城・吉田郡山城へと移った。


 毛利の家 わしのはを次ぐ 脇柱


 とは、当主となった時の連歌の席で、元就が()んだ歌である。

 分家である多治比の家(脇柱)であるが、毛利の家を継がせていただく、という意であり、同じく分家である相合(あいおう)に対しての遠慮が含まれている。

 ……そして、尼子の家など埒外であるという、裏の意味を隠していた。



「……ふん、案の定、か」


 つまらんとばかりに尼子経久はうそぶいた。

 安芸から遠く、月山富田城にいるが、手に取るように毛利家の状況は刻々と伝わってくる。

 経久は、間者に謝礼の粒銀を与えて退室させたあと、(しばら)く座禅するかのように瞑目(めいもく)し、やがて腹心の亀井秀綱を呼んだ。

 すると秀綱の側でも経久に用があるらしく、そう間を置かずに経久の前へとやって来た。


「……御前に」


「早いの」


「………」


 黙って頭を下げる秀綱に、経久は何か良くない知らせでもと思った。しかし、こういう場合、主君である経久に用がある言った場合、けして自分からの用は先に告げない男だった。

 それを知っている経久は、気にはしながらも、口を開ける。


「済まんが、また毛利をかき回してくれんか」


「……されば、いかように」


「案の定、元就が毛利元就となったようだが」


 経久は眼光を鋭くする。この場にいない元就を睨むかのように。


「……なったようだが、家臣たちはいかに」


「坂や渡辺といった輩は……不満がありましょう」


 奥歯に物が挟まったような物言いだな、と経久は感じたが、こちらの用件を言い切らないと、秀綱は何も言うまいとも思い、語った。


「煽れ。ちょうど、尼子の子が毛利にならば、側近にしてやるとでも言って」


「…………」


 沈黙する秀綱であったが、やがて口を開いた。


「お館さま」


「なんだ」


「粟屋元秀……覚えておいでですか」


「……むろんだ」


 間が空いたのは、思い出すのに時間がかかったからだ。覚えているかと言われて、少し意地を張った経久である。

 粟屋元秀。

 今となっては「毛利」元就の、懐刀と言われる男だ。


「たしか、鏡城攻めのとき、あの小僧の後見だったな」


 幸松丸を小僧呼ばわりしているところに、経久の本心が透けて見えた。

 だがかまわずに秀綱はつづける。


「かの粟屋元秀、帰還したとの由……(みやこ)より帰還した、と」


「京……だと?」


 経久は思わず立ち上がる。

 くわっと目を見開き、秀綱につかみかからんばかりに、にじり寄る。


「どういうことだ、秀綱。どういうことだ?」


 そう言いながらも経久には答えは分かっていた。分かっていたが、ここは聞かずばなるまいと迫った。


「将軍、足利(あしかが)(よし)(はる)公より、毛利の家督継承の儀、まことに重畳であると……」


「同意を取り付けたと言うのかッ」


 経久は(ほぞ)()んだ。

 やりやがった。

 そう叫びたかったが、秀綱が見ている前で、それは躊躇(ためら)われた。


「おのれ……」


 将軍まで持ち出すとは。

 「毛利」と言及された以上、「尼子」が物申すわけには、いかぬ。

 尼子の子を毛利になど、もっての外だ。

 経久は歯噛みして悔しがる。


「しかし」


 秀綱は自分で言っておいて何だがと思いつつ、その経久の憤りに対し、異を唱えた。


「将軍家の権威は、かの応仁の大乱以来、永正の錯乱(さくらん)やら何やら、地に落ちました……無視してもよろしいのでは」


「たわけ」


 言うほど(とが)め立てする気はない経久は、怒りを収めたのか、やれやれと呟きながら腰を下ろした。

 経久は誰にも言わなかったが、尼子家を天下人の家とすべく、上洛を企図していた。そのため、今この段階において、京の将軍家の意向に背くことは得策ではなかった。


「……ふむ」


 怒りを収めた以上、経久の冷静かつ怜悧な頭脳は活動を始めていた。


「……『毛利』のとの仰せならば、たしかに『尼子』が介入するわけにはいかぬ……いかぬが」


 そこで経久は、にい、と笑った。

 餓狼の笑みだ、と秀綱は少し距離を置いた。

 だが経久はわが意を得たりと微笑みつつ、さらに秀綱に近づいて、その肩をつかんだ。


「秀綱」


「は」


()く毛利へ発て。ああいや、吉田郡山ではない、『船山』じゃ」


「ふ……船山? 相合……元綱どのの?」


「さよう」


「ですが……今さら……多治比、否、毛利元就どのの家督継承は……」


「ふむ」


 経久は、耳を貸せと言って、そして……ぬるりと、秀綱の耳に言の葉を吹き込んだ。

 言葉の猛毒を。

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